「ちょ〜っと何してるの?須藤君。そんな処で寝てると風邪引くよ。」 玄関からはロングヘアにパーマネントを蓄えた、背の低い30代らしき女性が顔を出している。 見た目の髪型や色、容姿からはまだ20代前半で通用するのではないかという雰囲気を醸し出している。 『なんだ陽子か、美保は寝てるのか?』 須藤は釘宮陽子が自分が濡れないように腕だけ必死に伸ばして開けたドアを左手で支えると、バックを持ち直して部屋の中へと入った。
出版社に勤める釘宮と須藤夫婦はふとしたきっかけで知り合ってから、もうすでに10年来の付き合いになっている。 最近では、担当する作家が須藤と同じマンションに住んでいる事から、こうしてちょくちょく顔を出してくれている。
「ううん。さっきまで話してたよ、まだ…ゆっくりだけどね。美保ちゃん凄いね〜足音だけで須藤君を解るんだもん」
「ハイ、風邪引くよ。」とリビングから出てきた美保がバスタオルを二枚、須藤に渡し静かに話すと、須藤は受け取ったタオルで濡れた頭を軽く吹き上げ、『美保、大丈夫なのか?』となんと声をかけてよいか判らず、絞り出すように言葉を返した。
「うん。たぶん…」 美保はうつ向き加減に頭をたれ、キッチンのテーブルに腰掛ける。
「ちょっと、須藤君、さっきから何を大事そうに抱えてるの?ひょっとしてプレゼント?」 陽子が沈みかけた雰囲気を察してかなるべく明るい調子で須藤に声をかけ、須藤の左肩をポンッと叩いた。
『あぁ、実はさ』
須藤は申し訳ない気持ちになりながら、左腕に抱えていた仔猫を大事そうに、美保が用意してくれたもう一枚のタオルに移して、テーブルの上に置く。
二匹はタオルの上で、悶えながら苦しそうに眼を閉じたままだ。
須藤は心配そうに除き込み、ゆっくりと右手の中指で撫でてみる。
「ちょっとーどうしたのよ?この子達なんか苦しそう、大丈夫なの?」陽子が急に不安そうな面立ちになり須藤の横から二匹を覗き込む。
『わかんないよ、』 須藤は、連れてきたのは良いものの、次にどうしたらいいか判らずに思わず声を荒げてしまう。
そんな中で美保が二匹の濡れた毛をゆっくりとくるまれているタオルの端で拭い始めながら、
「ねぇ、智君。この子達このままじゃ死んじゃう。病院連れて行こう。」と涙目になりそうなのを堪えながら、須藤に訴えかけた。
『そっそうた病院。近くにあったかな。陽子、知らないか?』
「ん〜〜、〜〜、〜〜、あっ耕介。アイツなら知ってるかもっ」
とリビングに向かい、バックから携帯を取り出すと陽子は何処かへ電話をかけ始めた。
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