最大限にパニクるとは、たぶんその時の須藤の頭の中で起きていただろうと思われる。
仔猫をどうしてよいかわからなかった。 美保にこの状況をどう説明すれば良いかさえわからなかった。 強いて言えば今、自分のどちらの足が前に出ているのかさえ解らなくなっていた。とりあえず一刻も早くこの仔猫をマンションまで連れて行かねばとしか考えれなかった。
降りしきる雨に全身を打たれながらも、須藤にはそんな事は全く気にならなかったのだ。
ひょっとしたら失った命の代わりと考えたのかもしれない。ただ今はこの消えかかりそうな命を救いたいとの想いしか抱けなかった。
たぶんその日の須藤は、経験したことのないぐらいのスピードでマンションのエントランスの入り口まで着いていただろう。
そんな時入り口の手前にある、ゴミの収集所を通り過ぎると、須藤は後方から、またミ〜〜とも、ニ〜〜とも、ナ〜〜ともつかない鳴き声がした気がして不意に足を停めた。
気のせいかも知れない。
ひょっとしたら抱えている仔猫が鳴いたのかも?
そう言って自分を説得しながらも須藤の衝動はその踵を返し、鳴き声のした処まで向かわせていた。
(全く何してるだ?俺は)
そう思いながらも、須藤の目は何かを必死に探していた。
直ぐにそれは見付かった。
小さく丸まって震える黒いソレは、まるで須藤が見付けるのを待っていたかのように、此方に小さな頭を向けた。
それは、大きな瞳を震わせながら、怯える黒い仔猫だった。 首筋が怪我しているように見える。
須藤は、ままよと手を伸ばし震えて動かない黒い仔猫を右手に掴むと、白猫の脇に抱えて自宅のある510号室へと、無我夢中で足を急がせた。
|
|