須藤さんが車のドアを開けると、首輪を着けた真っ白猫がまるで待っていたかのように、座っていた。須藤さんを見つけるなり、ニャォーンと綺麗な声で鳴いた。「バロ〜ン、ん?どうしたんだ?まさかパパを迎えに来てくれたのか?ん〜可愛いヤツだなぁ」そう言って須藤さんは猫を抱っこし頭を撫でている。もといバロンと呼ばれるその猫は気持ち良さそうに目を細めまたニャォーンと鳴いた。 須藤さんの足元にはもう一匹赤いリボンの付いた首輪を着けた黒猫が須藤さんの足に頭をこすり付けてじゃれている。「あれ?ノアールもいるって珍しいなぁ、まさか美保がここにいるのか?」
すると、二匹は合わせたようにニャォーンと鳴いてみせた。
ほぼ同時に美容室の入り口から数人の女性の賑やかな話し声が聞こえてくる。
「でね、莉菜ちゃん今日の焼き肉来ない?お呼ばれなんだけど弥生ちゃんも材料多すぎるって言ってたし」 そんな話し声の中、ドアが開き莉菜と30代の女性、横に新人らしき若い女の子が出てきた。
「あっ美保、なんでチワワブースにいるの?」須藤さんが美保と呼ばれる30代の女性に話しかけた。
「パパ、なんでここにいるの?メールないからまだかかるのかと思って、ちょっとカットモデルをね。」
「須藤さん、ごめんなさい、私が無理矢理頼んだんですよ。予定してた人が急にキャンセルしちゃって。この子の使える時間、今日逃したら来週になるから」
車で見ていた僕は莉菜が須藤さんに謝ってるのを見て、車を飛び出し、輪の中に加わった。
『間に合った?』
「あれ〜透、なんでいるの?」
『あ〜須藤を送って来たからさ。終わった?』
「あっちょっと待っててかたずけて来るから」
『ああ』
「なあ、樋口。これから家のお隣さんのとこで焼き肉パーティーなんだけど、莉菜ちゃんと一緒に来るか?」 奥さんと話してた須藤さんが、耳打ちしてきた。
『あっいえ、ちょっと今日は…すいません。』
「いや、いいんだいいんだ。お前も莉菜と二人がいいだろう?うん。わりいな。そんじゃありがとな、お疲れさま〜」
そう言うと、須藤さんは抱えたバロンの右前足を握ってバイバイのポーズをしてみせた。
『あっお疲れさまです。』 歩いて行く須藤さんの肩にバロンは頭を乗せ、こちらを見ながらまるで「猫もこれで割りと疲れるんだよ〜」って顔をしながら、またニャォーンと静かに、あの綺麗な声で鳴いた。
約10分後、後片付けを終えた莉菜が新人の子と再び出てきた。
「華山(かやま)さん、お疲れさまで〜す。」「うん、結花ちゃん気を付けて帰ってね。お疲れさま〜」
そんな声が聞こえた後、 しばらくして助手席のドアが開いた。
「ごめん、お待たせ。行こっか〜」
『ああ』。 ほんの少しだけど、莉菜を待ってる数分間、僕は凄く幸せに思えたんだ。
エンジンをかける前に僕らはキスをした。
少しだけ長いキス。
離れていた1日の寂しさを埋めるキス。
そして僕は静かに車を走らせた。
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