謙二が部屋に戻ると、瑠佳はまだ戻って無いようだった。
つい少し前まで独りで暮らすのに慣れていた部屋を見渡して、謙二は瑠佳が居ない事に、少しの恐怖を感じた。
半年足らずの瑠佳との同棲生活が崩れるとすればそれは謙二にとって果てしなく耐え難い事の様に感じていた。
外はしとしとと雨が落ち始め、空は暗闇に染まってゆく。
時計の針は午後6時を指している。謙二はこの数年で感じた事がない程、〔孤独〕と言うものを恐れ始めていた。
たまらず瑠佳に連絡をとろうと、携帯電話に手を伸ばそうとしたその時、ガチャガチャと玄関の鍵が回る音が聴こえた。
(あっ、よ…よかった…)
瑠佳は片手にワインと、包みを抱えてキッチンに現れた。
『お…遅かったな。』
「ごめんなさい。」 『いや、いいんだ。濡れてないか?』
「うん、大丈夫。お腹空いたでしょ?これ。」そう言って瑠佳は包みを肩ほどまで掲げた。
「お母さんが、持って帰れって。なんか沢山作ったみたい。」
包みを瑠佳から受けとると、謙二は中のタッパを取り出してテーブルに拡げた。
『すごいな、これ。』
「今度、謙二くんを連れて来なさいって。」
『あぁ、そうだよな、うん。ちゃんと挨拶しなくちゃ。』
「そんなに畏まらなくていいよ。お父さんは……怖いかも。」 と、瑠佳はいたずらっ子みたいに、舌を出しておどけて見せた。
「さあ、食べよ。私もお腹ペコペコ。」 「用意、頼んでいい?」
『ああ。任せて。』
そう返事を貰い、瑠佳は洗面所に消えて行った。
謙二はズボンの右ポケットにある、指輪の所在を今一度確認した。
その日の瑠佳はまるで人が変わったかの様に、流暢に話した。
家族の事や、将来の事。 母親の作ったローストビーフがいつになく絶品だとか。 実家のペットの犬が自分を忘れて吠えてきたから困ったとか。
瑠佳の父親は堅物だから苦労するよと謙二を脅かしたり。
「謙二くん。好きよ。」
いきなり、面と向かって、言われたから謙二は口にした海老フライを詰まらせそうになった。
酔っているのかと思ったが瑠佳の表情はいつになく真剣だったから、少し謙二は気圧された。
「ねぇ、聞いてくれるだけでいいから。……私、謙二くんに出逢ってから凄く色んな体験をしたわ。凄く凄く、たった一人を好きになった。私の命を懸けれるくらい。」
瑠佳の眼にはうっすらと泪が浮かんでいる。
「私は……謙二くんが好き……大好き……だから……ずっと忘れないで……」
『オイ、瑠佳……!!!!!!』 立ち上がった瞬間、謙二は急に意識が遠退くのを感じた。
右手で必死に指輪の入ったケースを取り出す。
身体はまるで金縛りの様に固く動かなくなっていく。
段々と消えゆく意識の中で、瑠佳が誰かと話しているのを感じていた。
謙二は身体を引きずられ運ばれている気がしていた。
瑠佳は今も泣いているように感じる。
(瑠佳……何で泣いてるの?……瑠佳……俺も瑠佳の事、大好きだよ、愛してる。きっと…きっと…忘れたりなんかしないよ。)
瑠佳の身体が近付いて来るのを感じる、瑠佳の柔らかな唇を感じる…
「謙二…愛してる…きっと忘れないで…。だから……その刻を待っていて……。」
そこで、謙二は意識を失った…………
何時間たったか、酷い頭痛を感じながら謙二は、目を覚ました。
遠くで食器を重ねる音がする。
重たい身体を引き摺って、キッチンへ向かう。
うっすらと人影が見えた。
『る……か……』
「あら、謙二起きたの?朝食済ませちゃいなさい。」
??????? 目を凝らすと、 キッチンには、亡くなったはずの謙二の母親が立っていた。
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