まだ残暑の残る9月の陽射しはきつく二人を照らしていた。
楽善寺に安置された亜樹奈の墓前に向かう車の中で、謙二と瑠佳の間には少しの会話はあったものの、ピアノ線を張り詰めたような緊張があった。
車を運転する謙二はその気まずさからどんどんと口をつぐんでいく。
寺の駐車場から墓前まで瑠佳は押し黙ったまま謙二から少し離れて歩いていた。 道中の秋桜は小さな蕾を付けている。遠くに見える山の景色もチラホラと色づき始めている。
亜樹奈の墓前に立ち、謙二の胸中は色んな感情が渦巻いていた。
少し前に瑠佳に今日の事を告げた時、瑠佳はやや沈黙を守った後に静かに首を縦にふった。
それから時折、瑠佳は一人で出掛ける事があった。
何処に行ったのか聞いても「散歩」としか答えなかった。
謙二も瑠佳を連れていく罪悪感から深くも聴けずにいた。
謙二が墓前に立っている間、瑠佳は少し離れてしゃがみこみ、じっと道路に咲く遅咲きの彼岸花を眺めていた。
すっうと冷たい風が二人の間を駆け抜けた。
謙二がふとみた携帯のディスプレイの日付は9月16日を表している。
今日も鈴虫の奏でる音が聴こえいる。
その日の夜はやけに寒く感じた。
2005年、9月17日。
朝からの続く重たい雲と、近付いているらしい台風の影響からか、空は荒れ始める兆候を見せていた。
早朝から瑠佳は実家に荷物を取りに行くと出掛けたままで、部屋に独り、謙二はまどろんだ時間を過ごしていた。
10時になる頃、謙二はふと外に出掛け街へと繰り出した。
特に用もなくこうして出掛けるのは何時以来だろうか…
宛もなく街をぶらついていると、不思議に貴金属の露店商の前で足が止まった。 「とりあえず、観てってね〜」 外国人らしき露店商の女性はフード付のコートを身に付け、フードも深々と被っている。 艶やかな金髪は多分地毛なんだろうなと謙二は思った。
『女の子はどんなのか好きですかね?』 謙二は瑠佳の事を考えて店主に聴いてみた。
「あ〜それは恋人?それとも…ん…カラオモイか?」
店主はまだ完璧ではない日本語を繋ぎ合わせるように聴いてきた。
『……え……と…恋人かな…』
「oh〜じゃあ、此がいいよ、恋人達を繋ぐコオカがあんだよう、」 と、店主は指輪の頭に透き通ったピンク色の小さな石が付いた指輪を謙二の手に乗せた。
「石のナマヘは、【祈り】。お兄さんと彼女の仲を繋ぐ石ね。」
謙二は掌に乗った指輪を見ながら瑠佳の指に収まった姿を想像した。
ハッと自分がにやけていないか心配になり店主を見た。
店主はニコニコと謙二を見ながら笑っている。
『でもサイズが…』 「あ〜、サイズダメなら何時でも直すからね〜。サービス、サービス。」
店主は両手を拡げて掌を上に見せ、どうぞどうぞとジェスチャーしてみせた。
『そうだこれ、幾らなの?』
「サンマン円ね。お兄さん、久々のお客サマだからマケタからどうぞカッテッテー。」
値段を聞いた謙二は何だか騙されてんじゃないかと疑いながら、瑠佳が指輪をはめているのを想像し直して、代金を手にした。
帰り道、指輪を入れた右ポケットを押さえながら、何だか幸せな気分で謙二は家路に付いた。
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