何時しか瑠佳はコートのポケットにいつも折りたたみのナイフを持ち歩く様になっていた。
新学期が明けてからも学校へは顔を出していない。
大抵は部屋に籠り、たまに外を目的もなくぶらつく日々を過ごしていた。
その日は誘われる様にその路地裏へと歩いた。
とある店の前に立って始めてどうやって自分が此処まで来たのか思い返したが判らなかった。
その店は、大きな木の扉をたずかえ古びた感じがあり、薄気味悪かった。
良く見れば看板すらない、本当に此処は店なのだろうか?
それとももう潰れたのかも。
不意に瑠佳は背後に気配を感じて後ろを振り返った。
そこには大きな紙袋を抱えた女性が如何にも瑠佳が邪魔で通れないと言わんばかりに右足で足踏みを踏み、立っていた。 横には灰色の猫が寄り添っている。
「ちょっとアンタ、入るのかい?入らないのかい?ハッキリしな。」 そこには艶やかな黒髪を蓄えたフードの付いた黒いコートを着た女性が立っている。首から蒼い石のペンダントを下げ妖艶な美しさを放っている。
「あ…いえ…わたし…」
女性は確かめる様に瑠佳を見つめると、 「そうかい、まあ入りな。」
「え?でもわたし…」
「いいから入りな。ちょっと話があるんだよ。」
無理矢理に近い形で瑠佳は女性の店に促された。
「紅茶でいいかい?」
「はい…」
「さて、何から話そうか。」
「あの…」
「あぁ、アンタの事情は判ってるから話さなくていいよ、まあ私は辛かったねぇなんて、慰めたりはしないけどね。」
その言葉で瑠佳はうつ向いてしまった。 「同情しないわけじゃないよ、まったく世の中ってのは正しい選択をしても、正しい回答が返ってくるわけじゃない。」
「人間の作った正義ってのはね、正しい物に与えらるじゃない、争いを制した物が語る物さね、昔からね。」
「弱い者ってのは、正義だと嘯く間違った行為に痛めつけられる、いつも…いつの時代もね。」
「そんなの…間違ってる……」 瑠佳は精一杯に声を絞り出した。
女性は哀しい眼をしながら、瑠佳の髪を撫でる。
「ああ、そうさ間違ってる。でもね……弱者にも、チカラが与えらる。そう耐え難い闇を背負って生きている者にはね」 「チカラ…?」
「あぁ、アタシには、それが出来るんだ。アンタが望むなら、ソイツらを全部消してあげてもいい。」
瑠佳は女性をじっと見つめ話に聞き入っている。
「ただし、それなりの対価を頂くけどね。」
「対価?」
「ああ、アンタの“刻”を頂くんだ。」 「“刻”?……どうやって?」
「そうさね、それは色々あるさ、契約しだいでね。」
「私は……」
「アンタはどうしたい?ゆっくり考えな。アンタにはそれを行う、権利がある。闇に喰われてしまうまえにね。」
「おっと、まだ名前を言ってなかったね、アタシはドゥルーシラ、ドゥルーシラ・アグトリッヒ。」 「あ…私は瑠佳です、酒井瑠佳。」
ドゥルーシラは優しく笑うと
「ドゥルーシラと呼びな。アンタがここに来たのは、偶然じゃないよ。アタシの力にアンタの闇が反応したんだ、つまりアタシとアンタは似た者同士なのさ。」 「ドゥルーシラさん、わたし…まだ」
「あぁ、直ぐに決めなくていい、いつかアタシの力が必要な時はここにおいで。対価は必要だけど力を貸してあげる。」
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