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作品名:虚無の像 作者:TBA

第4回  




私が今から記していく二人の内の一人は、私の親友の頼子の事です。彼女は幼稚園の頃から頼子のお母さん(みっちゃんの事、皆分かるよね。)とうちのお母さんが仲良しであった事もあり、大学まで共に歩んで来た友人の中でも一番掛け替えの無い人でした。
どうして彼女がこの台詞を言ったのか。その時私は先に記した頼子の言葉を馬鹿正直に受け取って、色んな男と褥を共にしていました。しかし一向に私の疑問に対する答は返ってこない、ばかりかその疑念というものが増して行くだけでした。その事を頼子にも伝えようと思い、彼女をスターバックスに呼んで相談をした時の話です。すると今迄聖母の様に暖かい表情を持った彼女が、行きなりサキュバスのような訝しい顔を私に向けて来たのです。彼女が放った言葉をまたこれも私は今でも一字一句覚えておりますので、此処に記したいと思います。

(此処から先は彼女の台詞です。)
利恵、さあ。
利恵って本当に馬鹿正直よね、私の言葉を素直に行動に移し過ぎだって。私は利恵を励ます為に前の言葉を言った訳で、本当に男と沢山セックスをしろって言った訳じゃないんだよ。
小学校の時もそうだったけど、私が「いじめっ子は許せない。」って言った時、あの時も不良に誰かがいじめられてるの見て、利恵さあ、飛びかかって行ったよね?それってやっぱり私がそう言ったからなの?中学校の時もそう。私が好きな男の子をどんどん好きになって行ったし、おかげで今の今まで、利恵に私の彼氏の事を教えた事はないんだよ、気付いてた?
別に利恵が嫌いなわけじゃないんだ。利恵のそう、素直な所は良いんだよ、とても大好き。
でもね、他の人が「虚無の像」って利恵の事を言うの、私は分かるよ。
一見は容姿端麗で才智のある、まるでミスユニバースみたいな人だって、思うけどさ。その中の利恵の意見ってもんは、どこに飛んで行ったの?
いつまでも、金魚の糞のような事は―・・・、。

・・・、 ごめん。
やっぱり、言わずにはいられなかった・・・、ごめんね、利恵。
言いすぎた、ごめん、 ごめんね。 ごめんねりえ・・・。
(此処までが彼女の台詞でした。)
彼女は私の名前を呼びながら、ごめんごめんと謝罪の念を何度も絡繰り人形の様に繰り返すばかりで、目を伏せたかと思うとわっと泣き出してしまいました。瞬時に私の頭は回転し、こういう時は私も泣けば良いという事が分かっていたので、頼子と同じように涙を流しました。(練習には結構時間がかかりましたが、案外出来れば難なくこなせます。)そうした事によって、私の睨んだ通り頼子はいつもの頼子に戻っていましたし、私も気を(多少は遣いましたが)置かずに、いつも通りの親友同士で居ました。
ただ頼子にまでこう言われてしまった、その事によって私の疑念や猜疑心、そして自分に対する不信感などで胸がいっぱいになってしまいました。今思えば、そういう感情が出て来る時には決まってお隣の(少し、気が触れてしまった方)佐々木さんを思い出していましたのでこういった感情も、周りの人間から習得したものなのでしょう。しかし、その根拠を突き止めたかった。これは美夏ちゃん、貴方の心を真似したのです。白と黒をハッキリさせる、その真っ直ぐな貴方の心の猿真似です。


大分冷静になってきました。なんだかこの手紙を書いているうちに、私の心中で絡まった綾取りが、するりするりと解けて行く気がします。今日は入道雲も出ていてとても良い天気ですね。
最後に書くのは、一昨日あった出来事です。
これは本当は書きたくなかった、出来れば一目の触れない所に置きたかった。美夏ちゃん覚えてる?小学校の時におねしょをした事があったでしょう?あれを必死に隠そうとしていたよね、可笑しかったなあ。

最後は、Jさんとのお話です。彼と姦通したのは、上に書いた頼子の一件がある前からでした。私はJさんにこの関係を止めようと提案しようとして、彼の家に訪問した時です。(ちょうど奥さんはお父さんも知っての通り、海外に転勤なさっているのです。)
どうして彼にさえ言われたのか、彼に別れを告げようという心構えを持って部屋に乗り込んだのですが、彼が執拗に「最後だ」とせがんで来る行為を、私は断りきれませんでした。(お父さんも、頼み事は断れない優しい人だよね。)その営みが終わり私は手早く衣服を纏めて返ろうとした時に、捨て台詞の様に彼に言われた言葉です。彼が放った言葉を、というよりも私は全ての人に言われた「虚無の像」という台詞を今でも一字一句覚えておりますので、此処に記したいと思います。

(此処から先は彼の台詞です。)
君はとてもお母さんに似ている。頭の先から足の先まで、皮膚の外側から内側まで、表情から思想まで。
まるで、もぬけの殻に、「虚無の像」である人形に、千代ちゃんの塗装を施したようだよ。だから君が好きだったんだ、いや、千代ちゃんを愛していたんだ。僕は。
(此処までが彼の台詞でした。)

足が震えました。
どうして皆口を揃えて「虚無の像である」と私に言うのでしょうか?
Jさんは特に私の事を母の虚像だと仰っていました。彼の言葉は一体何を意味しているのでしょうか、私には分かりません。
気がついたら私は血に塗れていました、彼の自宅の玄関先で。それから彼の奥さんの衣服を拝借して着替え、そのまま冷静な足取りで家を後にしました。二時間ドラマで見た端正な顔立ちをした女優さんはこういった行動をし、こういった気持ちだった筈です。


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