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作品名:虚無の像 作者:TBA

第3回  




次に私を「虚無の像」だと言ったのは、私が高校三年生の時に学級担任をなさっていたK先生です。彼はとても物腰の穏やかな人で、私はとても彼に親近感を覚えていました。殊更積極的に会話をしようとも思いませんでしたが、何故か彼と喋る機会は多く恋仲とまでは行きませんが接吻を交わして枕を共にした事があります。この台詞とは関係無いと思うのですが、ありのままを書こうと思ったので、彼と私しか知らなかった事実を此処に告白します。
どうして彼にもその台詞を言われたかと言うと、彼に大学の進学を相談した時、私がお父さんの母校であるD大学に進学したいという旨を述べた所、猛反対にあった事がきっかけでした。彼に言わせると、D大学よりもランクが上の学校を目指せるのに、どうしてそうしないのだという事なのです。私はかねてからお父さんのように、外国語に興味がありましたしお父さんの青春時代を過ごしたD大学の事を聞いたりする事によって、D大学に入るという事しか考えていなかったのだと反論しました。(怒りとかは微塵も感じられず、ありのままを伝えました。)そこでまるで天使のように微笑みを崩さなかった先生は、瞬く間に悪魔の表情を浮かべたのです。彼が放った言葉をこれも私は今でも一字一句覚えておりますので、此処に記したいと思います。


(此処から先は彼の台詞です。)
利恵ちゃん。君はどうして何時もそうなのだ、勿体ない、非常に勿体ない事だよ。
家族を愛している君の気持ちは分かる、でも何時も如何して彼らの猿真似しかしないのだ。
僕は君の姉である美夏ちゃんにも教鞭を震っていたが、君は背筋が寒くなる程姉である美夏ちゃんに酷似しすぎている。まるで彼女の思想を取ったクローンの様だ。君の「正義感」や「慈愛」更には「接吻の仕方」まで美夏ちゃんにそっくりじゃないか!
その次は父親の真似事かい?冗談は止してくれ!君には君の親父さんにはない、その才智と人望がありふれる程あるんだよ。親父さんの敷いた長いレエルの上に乗って、果ての見えた旅を続けるのかい?それだとあまりにも虚しいよ、利恵ちゃん。
彼らを尊敬するのは構わない、というよりも素晴らしい事である事には変わりないよ。でも彼らを真似するのは違う。君には君自身がある筈だ。何でそんなに自分を押し殺しているのかい?
今の君は「虚無の像」だよ、まるで。心内を隠す事は無い、何に怯えている?快活に他人を真似るのでなく、怯えながらでも自分を曝け出した方が人生の先は明るいよ!僕が保証する。
だから、手を取って。
さあ。利恵ちゃん。
(此処までが彼の台詞でした。)
私はその手を取りました。そのまま彼の家へ行き一通りの儀式を済ませてから、ベッドの上で横たわりながら彼に髪を撫でられていたのです。彼の言葉通り私は私自身を曝け出す事に恐怖を覚えていたのではなく、私は今迄の立ち振る舞いが私自身だと信じ切っていたのです。だから憤怒もしなかったし、言えば悲劇のヒロインにもならなかったのです。ただただ、どうして同じ言葉を言われるのかが不思議で不思議で、私はその事ばかりを考えていました。
その後K先生とは二三度交わしましたが、そのうちに先生が離島に転任になられまして、私たちの曖昧な関係には終止符が打たれました。


このように、様々な情を交わして来た男の人たちに私は「虚無の像」だと言われ続け、親友である頼子に何度か相談もしました。彼女は「男の見る目が無かったんだ。もっと多くの男を知れば良い、きっと分かってくれる人が居るのだ。」と何度も私を励ましてくれて、その彼女の言葉を受けて私は色々な異性と通じました。同級生(S君とか)、先輩(Hさんとか)、美夏ちゃんのお友達にも通じましたし(申し訳ありません。)、頼子のお兄さん、教授、それからお父さんの友人であるJさんとも姦通してしまいました。これらは、特にお父さんに、謝らなければなりません。関係のあった方々、真に申し訳ありませんでした。でもきちんと私は皆さんに真実を述べないと、この先私が何故死に思い立ったのかを、書く事が出来ませんので、記させて頂きます。
一部、身体の交わりだけだった異性を省けば、ほぼ全員に「虚無の像」であると称されました。ですがその関係を書けばあまりにも夥しい紙を消費して終います。それを回避する為、私の記憶に特に鮮明に残っている二人を特筆させて頂きます。


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