「クバタン、クブタン、クブトリン・・・」
ほどなくして、ゆりかの身の上に、恐ろしいできごとが、立て続けに起こった。 ゆりかのクラスメートで、男子からも女子からも人望のある、田辺まことという物知りの男の子が、お父さんの外国出張のおみやげだという布の袋を、学校に持ってきたことから、それは始まった。 「これだよ。ほら、すっげえ気味わりいだろう? お父さんが、アフリカから送ってきたんだぜ」 そう言って、あらい目の布袋の口をほどいて、田辺が中味を取り出すと、みんなはあっとおどろいた。 そこに入っていたのは、しなびたサツマイモに似た植物の根っこで、てっぺんにはしおれた葉と茎が、逆立った髪の毛のように、生えていたのだ。大きさは二十センチを越え、ゴボウのようにどす黒い根っこは、二つも入っていた。 誰かが、 「何、これ?」 「マンダラ草だよ。お父さんが、アフリカの出張先から、送ってくれたんだぜ。現地では『魔女の薬草』って、呼ばれてるんだってさ」 (ま、魔女?) 「あたしにも見せて」 ゆりかがみんなの背中をかきわけて、机が見える位置に来た。 「うわあ、なんだか人間に似ていない?」 瀬山ななえの言葉に、みんなはうなずいた。 二つのマンダラ草は、ところどころが枝分かれして、ちょうど手足が四本、体から生え出たように見えた。おまけにおへそにあたる部分には、くぼみまでできていて、片方のマンダラ草には、胸のあたりに小さなふくらみが二つ、はっきりと浮き出ていた。 「げっ! オッパイまでついてるじゃんか!」 クラス一すけべな森川弘昌が、大きな声でおどけ、ゆりかをのぞいた全員が、笑い出した。 みんなは薄気味悪いものを感じて、すぐに笑うのをやめた。 「田辺、おまえ、変なもん学校に持ってくんなよ」 「そうだよ。バイキンがうつるだろ」 「バイキンなんかついてないよ。お父さんの外国のおみやげだよ」 田辺が泣きそうな声で言うと、わたぬき先生が入って来て、 「ほらほら、席につかんね。バックドロップを食らわせるわよ。まったく、ここのクラスのガキどもときたら、いつまでたっても、五月のハエなんだから」 五月のハエというのは、漢字で書くと『うるさい』という意味だ。 「ほれで、何を騒いでいたんだい?」 「田辺が学校に、変態植物、持ってきたんでーす!」 “ありしゅう”というあだ名の有山修が、小馬鹿にしたように言った。 「へえ。先生、変態って大好きよ。見せて! 見せて!」 「これです」 と、“たなちん”こと田辺まことが、机の上を見せびらかした。 「うはっ! 奇々怪々の、ナンジャ・モンジャ! 何なの、これ? 植物なの? 動物なんじゃない? ひぼしのミイラとか?」 「マンダラ草って、お父さんはeメールに書いてました。お父さんがアフリカの市場で、買って来てくれたんです。地元の人も珍しがってたって。めったに手が入らないからって」 「手に入らないでしょう? 文法には気をつけようねえ。ほんでも、高麗人参みたいね。ずいぶん高かったんでしょ、これ?」 「さあ、値段までは書いてなかったけど」 「それ、『魔女の薬草』っていうんだってさ。先生にぴったしじゃん」 「さんきゅー、森川。おまえのこと、愛ちてるよ〜」 「おえ〜っ! ケッコンは、ケッコーでえ〜す」 クラスのみんなは、またまた笑った。 「さあさあ、一時間目はとっくに始まってるのよ。たなちん、その薬草をクラスの花壇に埋めてみたら? 先生、許可するよ」 「ええっ、いいんですか?」 「君さえよかったらね。その、マンダラ草?―― 変わった名前だわね―― 一体、どんな花が咲くものやら、みんなで観察してみるのも、面白いかもね。はあい、授業を始めちゃいまあ〜す」 つぎの休み時間、誰言うともなく、クラスの全員が、田辺の席に集まってきた。 「そうだ。日本の地面で育つかどうか、図書館で調べてみようよ」 みんなは一も二もなく田辺に賛成し、さっそく昼休みに、図書館に民族大移動した。昼休みの図書委員の当番にあたっていた上級生は、現われた大群におどろいていたが、みんなは植物図鑑がある書架の前に行くと、たなちんを中心に、隅のテーブルを占領した。田辺は植物図鑑のページを、初めからおしまいまで、めくったあとで、 「おっかしいなあ。載ってないや」 「そんな馬鹿な。貸してみい」 おせっかいで、おっちょこちょいの、野々村聡が口をはさみ、田辺から本をひったくると、ものすごい勢いでめくっていたが、 「本当だ、にゃいや。育つかどうか、わかんないよな」 「日本の植物じゃないから、載ってないのかもよ」 「待って。もう一度、索引を調べたら?」 クラス一美少女で、頭も悪くないとみんなが認める瀬山ななえが、鼻をつんとそびやかすと、おん手ずから索引を、ご参照あそばされたが、 「ないわ。マンダラ草の、『ま』の項をみてよ」 確かめてみるまでもなく、その通りだった。 みんなで手わけして、他の植物図鑑もあたってみたが、結果はかんばしくなかった。 おしまいに“ななえ女王”が、 「あーあ。昼休み、丸々損しちゃった!」 そこにいたメンバーの中には、図書館が死ぬほど大きらいで、一刻も早く、本の牢獄から抜け出したいと思っていた者もいたので、みんなは失望のコメントを口にしながら、ぞろぞろと図書館を出て行った。あとには、真実を求める探求者の一群が、とり残された。 「日本でも育つんかなあ、たなちん?」 きつねに似た色っぽい顔の宮島優子が、精一杯流し目をしながら訊くと、 「さあ、育つんだろう、花なんだから」 女心にはいたってうとい“たなちん”が言い、 「あらあ、天堂さん? 何を熱心に見ているの?」 鈴木みちよの声に、一瞬、みんなの関心が、ゆりかに集中した。 「おまえ、これ食ったら、どんな味がするかと思ってたんだろ? いやしい奴」 森川の言葉に、他の一同はいひひひひと笑った。 授業が終わると、クラスの全員はよろこびいさんで(ただし、ゆりかだけは不安顔で)、学校の中庭の学級花壇に、マンダラ草を埋めに行った。たなちんがクラスを代表して、備品のシャベルで、四年一組に割り当てられた花壇を堀り返した。途中で職員会議を抜けてきたわたぬき先生も、百葉箱に寄りかかり、なりゆきを見守った。 すぐそこの校長室にいて、やることのない、人呼んで〈さびしい校長〉こと角田又一郎 (通称〈またいち〉) までもが、何ごとならんと近寄って来ると、 「イモ掘りをしているんですの。英語で時間を訊かれて、『掘ったイモいじるな』なんてね」 わたぬき先生はまじめな顔で、古くさい冗談を言った。(アメリカ人に「掘ったイモいじるな」と言うと、英語で「今、何時ですか?」を意味する「ホワット・タイム・イズ・イット・ナウ?」に聞こえるという駄洒落) 田辺は想像していたよりも、ずっと、ずっと深く掘ると、包みから二つの植物を取り出して、穴に埋めた。それから念入りに土をかけて、シャベルで上から押し固めた。 「ずいぶん、ていねいにするんだね、たなちん?」 「うん。夜中にこいつが、逃げ出さないようにね、先生」 みんなは背筋が、ゾクゾクとしてきた。 その晩、ゆりかは夢を見た。 どこかの洞窟のような奥まった場所で、黒い鉄の大鍋が焚き火にくべられ、ぐらぐらと煮立っているところへ、三人の真っ黒いフードつきの、不気味なマント姿の老婆が現われると、持っていた木の大さじで順番に鍋をかき回しながら、どす黒い気味の悪い声で、こんな歌を歌ったのだ。
煮えろ 煮えろ 魔法のスープ 闇にうごめく 魔性のやから 地に這うけものに 虫や鳥 つめでひっかき 目玉をえぐれ ウヒヒ 今宵はたのしい 魔王の宴よ 魔女も箒に乗って やってくる!
くばたん くぶたん くぶとりん くばたん くぶたん くぶとりん
燃えろ 炎よ! たぎれよ スープ! 煮えにゃ 赤子が目を覚ます 今夜も こうのとりが 歌ってる
ああ くばたん くぶたん くぶとりん くばたん くぶたん くぶとりん
燃えろ 炎よ たぎれよ スープ! いつまで歌うか ああ こうのとり
くばたん くぶたん くぶとりん くばたん くぶたん くぶとりん くばたん くぶたん くぶとりん・・・
老婆たちはいつまでも、「くばたん、くぶたん、くぶとりん」を歌い続けた。 すると、信じられないことが起こった。 湯気の立つスープの中から、二人の赤ん坊の笑う声が聞こえ、鍋のふちに小さな手が四つ、そろそろと這うように現われると、一組の男女の人間の赤ん坊が、鍋の中からよろよろと立ち上がったのだ。 それにしても―― ああ! なんといういやらしい、のっぺらぼうの赤ん坊だっただろう! 二人の顔には目も鼻も耳もなく、ただ口から白い歯だけを見せて、けらけらと笑っているのだ。 老婆たちが、赤ん坊の頭上で、あやしげに手を一人ずつ、順番に交差をさせると、赤ん坊の手足から、こげ茶色の蔓のようなものがいっせいに生え出して、二人の子供はあっという間に、太い根っこのような姿に―― あの奇怪なマンダラ草にそっくりの、怪物の姿に―― すっかり変わり果てた。 ゆりかは汗をびっしょりとかいて、目を覚ました。 (ああ! 夢だったんだわ! 夢だったんだわ! 夢だったんだわ!) ゆりかはため息をついて、寝返りを打とうとした。 (あれは今日、学校で埋めたマンダラ草だわ。あんな変な物を見たから、こんな気味の悪い夢を見たのかしら?) それにしても、この二人ののっぺらぼうの赤ん坊が、夢の中でマンダラ草に変わってしまうなんて、これには一体、どんな意味が隠されていたのだろう?
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