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作品名:みどりの孔雀 作者:zamazama

第5回   ゆりか、“魂のふたご”になる
     ゆりか、“魂のふたご”になる




 ゆりかはぽかんとしてから、女の子とパピリカを見くらべていた。
「ジーンときちゃったわ! 感動しちゃったわ! ありがとう! どうもありがとう! わたしも、あなたたちのことは忘れない! 『奴隷』とか何とか、よくはわからなかったけど、わたしたちのやり方では、ただ『親友になりましょう!』って言うのよ。パピリカさんの国じゃ、ずいぶん変な話し方をするのね!」
「何が変かは、見る人の立場にもよるんではありませんかしらね。それはそうと、あなたはわたくしの言葉の意味が、まるでおわかりになってはいないのですわ。わたくしどもの世界で、誰かが誰かの『奴隷になる』と言えば、それは単なる、親友以上の意味があるのですわ。
 ある人がある人の『奴隷になる』というのは、その人のことを兄弟とも姉妹とも思って、心からその人につかえ、その人の苦難の時には、すすんでわが身を犠牲にし、富を得た時にはよろこんでわかちあい、たいへんな犠牲と献身と尊敬を、あたえることを意味するのですわ。そして、この場合、あなたはここにおられるロデリア姫と同じ、地位と権力と富とを得たことになるのですわ。
 それが“魂のふたご”になる、ということなのですよ。そして、あなたがロデリア姫さまの“魂のふたご”になった以上、このパピリカ・パピリトゥスも―― 王室付き宮廷大魔法使いのパピリカ・パピリトゥスも―― 今後、永久にあなたさまに、おつかえしなければならなくなる、という意味なのですわ」
「ええっ? えっ? えっ? えっ? えええっ? な、な、な、何ですって? すると、すると、わたしはお姫さまに―― なれるっていう―― わ、わ、わ、わけなのね?」
「いいえ、そうではありませんことよ。ただ、お姫さまと同じ扱いを受ける、資格を持ったという意味なのですわ。だからあなたさまが、悪い心の持ち主で、わたくしどもの王国を、乗っ取ろうとたくらむならば、あなたさまはここにいる、ロデリア姫さまのお心をそそのかして、わたくしどもの王国を、思い通りにできるかもしれませんよ」
「わあ、そんなことはしたくはないな! と、ともかく、わかったわ。全部わかったというわけではないけれどね。それじゃあ、あなたはわたしの、『親友の中の親友』というわけなんだね」
 ゆりかの言葉に、女の子は微笑んだ。そして、ゆりかの両手を、ぎゅっと握りしめた。
「ゆりかさん、わたくしたちは、そろそろ、おいとましなければなりませんわね。グズグズしていると、あいつらに感づかれてしまいますからね。敵はあの二人だけではありませんのよ。ある意味では、王国全体が、王女さまの敵なのですわ」
「まあ、王国全体が! おばさ・・・パピリカさんたちって、本当に大変なのねえ! 何かわたしで、お役に立てたらいいのに! パパに頼んで、新聞に書いてもらおうかな? パパは新聞記者で、困った時には『世論』に訴えなさいって、よく言うから。『世論』て、よくはわかんないんだけど、たいていの物事は、それでうまくいくんだってよ」
「いいえ、セロリにも新聞にも、興味はありませんわ。あなたには、申しわけがありませんが、こちらの世界の住人たちには、どうにも信用がおけないのですよ。わたくしどものことをお知らせするのは、ともすれば両方の世界に、不幸な結果をもたらすに違いありません。
 あなたのお知りあいである、学校の先生とやらにも、今回のことは、忘れていただくことにいたしましたしね。ええ、『たぬき先生』とかおっしゃる方のことですわ。あなたが先ほど、節穴の目の番兵―― 『おまわりさん』とおっしゃる方ですか?―― を連れて来られる前に、わたくしは、あの方の記憶をなくして、帰ってもらうことにしたのですわ。あの方の命に別状はありません。それよりも、私はあなたの身が心配ですわ。わたくしどもが、これ以上この世界にとどまって、あなたを危険にさらすことは、できませんわ」
「そんな! 危ない目にあっているのは、あなたたちの方なのに!」
「ゆりかさん、これで、おいとまいたしますわ。あなたに会えて幸せでした。ごきげんよう!」
「あっ、待って、パピリカおばさん! 行っちゃわないでよ! これで、もう会えなくなるの? せっかく、お友だちになれたのに!」
「私たちは所詮、住む世界が違うのですわ」
 さっきから黙っていた女の子が、ゆりかに聞こえないように、パピリカに何かをささやいた。
「わかりましたわ。わたくしも賛成ですわ、王女さま」
 女がゆりかに向き直ると、
「今日の記念に、これを受け取ってくださいな」
 そう言って、ゆりかに差し出した女の手の先に、見たこともない金ぐさりの、みどり色の宝石のついたペンダントが、小さな木の実のようにぶら下がっていた。
「これは〈みどりのしずく石のペンダント〉ですわ。先ほどの〈孔雀天使のブローチ〉とは対になっている、わが王国に伝わる、秘宝の一つなのですわ」
「そんな―― そんな大切な物―― わたし、受け取れない!」
「いいえ、よろしいのですわ。あなたさまには、王女さまの“魂のふたご”として、これを受け取る資格が、十分にあるのですわ。それに―― それに、これをお渡しするのは、もっと別の理由もあるのですよ。この宝石は、あなたの身に危険が迫った時、どこにいても、わたくしを呼ぶ力があるのですわ。
 あなたは、この宝石に向かって、こう唱えればいいのですわ。


   『パピリカ! パピリカ!
      すぐに来て!』


 まあ、『早く来て』でも、かまいませんがね。
 まさかの用心ですからね、これを使う機会は、まあ、ありますまい。そんなに不安な顔はなされないように。わたくしどもは、これでおいとまいたしますわ。いつか、どこかの時空で、また会える日を楽しみに。さようなら、ゆりかさん!」
「あ、待って! 行っちゃわないでよ、パピリカさん!」
 王女が―― パピリカの言う通りならば、ゆりかの“魂のふたご”の片割れが、急いでゆりかに駆け寄って来ると、ゆりかのくちびるに、そっとそよ風のようにくちづけした。
「エル・パパス・ルタ!」
 女の子は、謎めいた単語を口走った。
「『さようなら、友よ!』と、王女さまは言われたのですわ。わたくしも、あなたさまに、さようならを言いましょう! エル・パパス・ルタ・ユリカ・テンドゥスカ! さようなら! この世界に、ただ一人の友だちよ!」
 ゆりかは、こみ上げてくる涙を手の甲でぬぐうと、目の前の二つの人影が、ぼうっとかすんでいくところを、ただ、じっとながめていた。
「いいですね! くれぐれもわたくしたちのことは、秘密にしておいてくださいな!」 
 何もない空中から、声だけが響いて来た。
「危険を承知で、あなたの前に姿を現わした、このわたくしたちの気持ちを、踏みにじらないでくださいな!」
「わかっているわ、クジャクおばさん! わたし、気をつけるから! 心配なんかしないで!」
 しかし、ゆりかの叫びも、二人に届いたかどうかはわからなかった。
 空き地の中は、ゆりかをのぞいたら誰一人いない、ただの空っぽの、つまらない空き地に戻っていたのだから。




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