出会い
ゆりかは物思いにふけりながら、歩いていた。 ゆりかのポケットには、さっき図書館の隅に落ちていたのを見つけた、あの銀のブローチが揺れている。 「あ、あの、ゆりかさん!」 ゆりかがびっくりしてふり返ると、すこし離れた街灯の明かりの下で、二人の人影が、こちらを見ていた。 「わたくしたち、怪しい者ではありませんわ! どうか、お逃げにならないでくださいな!」 大きい方の人影が、まばたきもせず、ゆりかのことを見つめている。 もう片方は、その半分くらいの背丈で、ちょうどゆりかと同じくらいの子供らしく、やっぱりこっちもゆりかを見ていた。 二人はこざっぱりとした、とてもしゃれた服装をしていた。 「天堂ゆりかさんですのね? ご本人に間違いございませんのね?」 女は不思議なことを訊いた。 ゆりかがためらいつつ、うなずくと、 「先ほどは失礼をいたしましたわ。あなたさまを、とんだことに巻きこんでしまいまして―― 私が誰だか、おわかりになりませんか?」 「ああっ! さっきのクジャクさん!?」 どうして思い出せなかったのだろう。この目はまちがいなく、ゆりかが図書館で出くわした、あの大クジャクの目に間違いはないのだった。 「先ほどはあやういところで間にあい、ようございましたわ。おけがはございませんでしたか?」 「ええ、だ、だ、大丈夫よ! 大丈夫よ! それじゃあ、さっきのことは、やっぱり本当だったのね? ゆ、夢じゃなかったのね?」 「もちろんですとも。あなたや私が、この世界にいるのと同じくらい、確かなことですわよ」 「それじゃあ、さっきのおじさんたちは―― あの人たちは―― ひょっとして―― 死んだの?」 「一度も生まれてこなかった連中です。死ぬなどという器用なことが、あの連中にできますかしらね。あの男たちはピミリガン。人間の姿はしていても、その実態はキノコの精なのですわ」 「え? え? え? キ、キノコ?」 「自己紹介が遅れて、申しわけありませんでしたわね。わたくしはパピリカ・パピリトゥス。カンバーランド王国につかえる、宮廷付きの大魔法使いです。以後、お見知りおきを」 「ええっ、ま、ま、魔法使い? おばさん、魔法が使えるの!?」 「はい。こちらが、わたくしが現在おつかえしている、カンバーランド王国の第一王女にして、王国のお世継ぎであられる、ロデリア・ユキノーム姫ですわ」 横に立っていた小さな女の子が進み出て、スカートの端をつまぐると、宮廷風の、実に見事なおじぎをしてみせた。 「まあ! まあ! まあ! まあ! 王女さま! わたし、王女さまに会うのは、う、生まれて初めてよ!」 「それはようございましたわね。ところで、わたくしどもの国にあっては、高貴な人の前で、そんなにぽかんと、口を開けて突っ立っていたのでは、とても無礼なふるまいと、そしられてしまうのですよ」 「まあ、そうなの。つい見とれちゃったのよ。ご、ごめんなさい」 「ゆりかさん、わたくしたちは、長々とお話をしている時間はないのですわ。場所を変えましょう」 パピリカと名乗った女が、二、三度まばたきをした。 いつの間にか、例の土管のある空き地の隅に立っているのに、ゆりかは気がついた。 「そんなにびっくりなさらないで。ここならば少しばかり、落ち着いてお話ができますかしらね。ゆりかさん。わたくしどもは、今も申しましたように、こことは違った時空に存在する、カンバーランド王国からまいりましたのよ。まいりましたと言いましたが、実は逃げ回っていると言った方が、正確でしょうかしらね。わたくしどもは、実際、国を追われているのですからね。なぜ、あなたを、かれらが襲ったのかは、よくわかりません。かれらは、一度は退散するでしょうが、今にふたたび、襲ってくるでしょう―― ええっ、何ですか?」 「あの、これのせいじゃないかと思うんだけど。これを見て、あたしをお姫さまと勘違いしていたみたいよ」 ゆりかはスカートのポケットから、例のブローチを取り出した。 それを見た女の子の両目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。 「まあ! どうしたの? この人、どうしちゃったの?」 「ゆりかさん、これは重大な発見ですわよ。これは、この宝石を所有する者が、カンバーランド王国の王家の一員であることを示す、カンバーランド王国に伝わる、〈孔雀天使のブローチ〉なのですわ。わたくしども―― 正確に言うならば、ロデリア姫さまは―― こちらの世界に来られた時に、これをなくしてしまわれ、わたくしたちは大変、困ったことになっていたのですわ」 「それじゃあ、これ、お返しします。あなたのだもんね」 女の子はブローチを受け取り、しばらくゆりかを見つめていた。 女の子はふいに両手を広げて、くるくると踊り始めた。 「まあ! どうしちゃったの、この人? どうしちゃったの?」 パピリカは何も答えずに、女の子を見つめていたが、 「おお・・・おお・・・王女さま・・・おお・・・おお・・・おお・・・」 女の子は踊りをやめると、ゆりかに向かって、深々とおじぎをした。 「ゆりかさん、わたくしどもカンバーランド王国の者は、言葉でかわすあいさつの他に、自己流の踊りで気持ちを伝えあう、そういう習慣があるのですわ。今、王女さまが、あなたのために舞われた踊りも、そういった『ダンス語』の一つなのですわ。あなたさまのために、このわたくしが、踊りの言葉を翻訳してさしあげましょう」 そう言って、パピリカはうやうやしく頭を下げると、 「『おお、愛する友。わが真実の友よ。わたくしはあなたの髪をかざる、一本のしんちゅうのピンの値打ちもない。たとえ、わたくしたちの住む世界が異なり、わたくしたちの話す言葉が、いかに違っていようとも―― おお、愛する友、わが別世界の友よ。わたしは永久に、あなたの奴隷・・・』」
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