20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:みどりの孔雀 作者:zamazama

第38回   暴動
       暴動




 ゆりかが〈天球院〉から戻って、二ヶ月が過ぎようとしている。
 そして、いよいよ明日は、ロデリア姫のお輿入れという日の午後、王女は宮廷女官をゆりかへの使いに差し向けて、例の怪獣の頭飾りのある木戸のところに、ゆりかを呼び寄せた。ゆりかが現われると、王家の血を引く異界の姫ぎみと、日本の一少女とは、じっと目と目を見かわして、どちらからも口をきこうとはしなかった。
 突然、王女の瞳に涙のかたまりがあふれ出し、王女はゆりかに飛びついて、ぎゅうっと抱きしめた。ゆりかは一瞬うろたえたが、すぐに王女を抱きしめ返した。王女の体からは、この世のものとは思われぬ、強い、言い知れぬ香りが漂ってくる。
 初めて王女に会った夜のことを、ゆりかは思い出していた。あの時も、王女は異世界の香りを強く体から放って、泣きじゃくったものだった。ゆりかは一瞬、腕の中で泣いているのが、背の高い美しい異界の姫ぎみなどではなくて、あの晩の、小さくて弱々しい女の子なのではないかと疑った。
 王女はゆりかを抱きしめたまま、ぽろぽろと泣き続けた。若草色のひだ飾りのついた、カンバーランド織りの薄い生地のドレスを通して、王女の胸のふるえがゆりかにも伝わってくる。
 気がつくと、ゆりかも泣いていた。
 二人は半時間ばかりも泣き続け、とうとう泣くのにあきてしまうと、さすがに決まりが悪くなったのか、もじもじしていた。
「ゆりか―― これを受け取ってください。どうぞ受け取って」
 ゆりかはロデリア姫の差し出した品物を、穴のあくほど、まじまじと見つめた。
「だめよ―― こんな―― 立派なものを―― だって―― 『本物』―― なんでしょう?」
「そうよ、本物よ。これはカンバーランド王国に代々伝わる、由緒ある〈薔薇真珠のネックレス〉なのよ。カンバーランド王国の代々の当主一族は、〈即天式〉がすむと、めいめい一人が一つずつ、これを至聖大祭司さまから受け取って、いずれ時が来たら、これを変わらぬ友情の誓いのしるしとして、たった一人の相手に贈るのよ。これは持ち主の心に二心のない時だけ、朝焼けの露に似た薔薇色に輝くと言われているわ。
 見て、ゆりか!―― 光ってる! 光ってるわ!」
 王女は有頂天になり、手を叩いてよろこんだ。大粒の赤い宝石をつないだ、一巻きの美しいネックレスの石の中心が、あわいいちご色に輝いている。
 ゆりかはふいに、王女にネックレスを押し返した。
「駄目よ。受け取れないわ」
「まあ! どうしてなの?―― なぜ―― そんなことを―― 言うの?―― へええ、そうなのね? 私からの贈り物じゃ、受け取れないっていうわけなのね?―― ようくわかりました! ようくわかりましたわ!―― 私、あなたのことを―― とっても―― とっても―― 買いかぶっていたようなのね!」
 つぎの瞬間、お姫さまは、口に出しかけた文句を、あわてて飲み込んだ。
「そんなんじゃないわ―― わたし―― わたし―― そんなつもりで―― そんなつもりで―― 言ったんじゃ―― ないわ!―― わたし―― わたし―― とっても―― とっても―― あなたが―― あなたが―― ヒック!―― あなたが―― ヒック!―― ヒック!―― ヒック!―― 」
 ああ! どうして、そんなことができたのだろう!
 つぎの瞬間、ゆりかは王女に飛びついて、キスの雨を降らせていた。
「あなた、気は確かなの? どこか、体のぐあいでも悪いの?」
「―― ああ!―― 王女さま!―― わたし―― わたし―― あなたが―― あなたが―― 大好きよ!―― 大好きよ!―― とっても!―― とっても!―― とっても!―― だから―― だから―― そんな物で―― そんな物を―― わたしに―― くれるのだけは―― やめて―― やめて―― ちょうだい!―― そんな―― そんな―― 石ころの―― ネックレスで―― たかが―― たかが―― 宝石の―― ネックレス―― くらいで―― 私たちの―― あいだを―― あいだを―― あいだを―― 」
 ゆりかは咳き込んでしまい、あとを続けることができない。
「おお! ひ、姫さま!―― こ、ここに―― おいででしたか!―― い、い、一大事―― 一大事に―― ご、ござりまするぞ!」
 息せき切った喘ぎ声が聞こえ、ゆりかも顔なじみの、年老いた小柄な門番が、転ぶように姿を現わすと、
「何ごとですか? ここは、あなたの来るところではないのよ! それに、私はここにいるゆりかと、大事なお話をしている最中で―― 」
「そ、それどころでは―― あ、ありませぬぞ!―― お、お城の―― も、門のところに―― お、大勢つめかけて―― ひ、姫さまに会わせろと―― さ、叫んでおりまするぞ!」
 王女とゆりかは顔を見合わせて、つぎの瞬間、その場を駆け出して行った。
 王女とゆりかが庭を横切って(何しろお城の庭園ときたら、それはそれは広いのだ)、お城の正面の木でできた門の前にやって来ると、なるほど、門番のおじいさんの言った通りだった。
 詰めかけた大勢の群衆が、力づくで門を外から押し破ろうとしているらしく、番兵たちが死に物狂いで、大きなかんぬきを押さえていた。王女が現われると、兵士たちはおどろくやらおそれ多いやら、ふり向いておじぎをしなければならず、かといって、門を押さえた手をゆるめるわけにもいかず、顔だけは王女に向けて、ぺこぺことおじぎをしながらも、汗だらけでその場に踏んばっていた。
「ど、どうしたの、おまえたち? 一体、何が起こったというの?」
「わかりません! 突然、押しかけてきたものですから!」
 太った番兵の一人が、かんぬきに全体重をかけて叫んだ。
「まさか―― まさか―― 反乱ではないんでしょうね?」
 そのとたん、門の向こうでさらなる力が加わったらしく、かんぬきの丸太が音を立ててしなり、兵士たちの顔は赤色から紫色に変わった。
「どうやら、反乱ではないようですぞ!」
 その場にいた、王宮の警備を担当しているらしい、のっぽの兵隊が、声を限りに叫ぶと、
「先ほど耳にしたところでは、群衆たちは、『王さま万歳!』、『お妃さま万歳!』を、くり返し、くり返し、叫んでおりまするぞ! ほら、また聞こえてきましたぞ!」
 門の向こうから、どよめきとも歓声ともつかない大声が上がり、
「国王陛下、ばんざあい!」
「王妃さま、ばんざあい!」
「王女さま、ばんざあい!」
「カンバーランド王国、ばんざあい!」
「万歳!」
「万歳!」
「ばんざあい!」
 その声にまじって―― あれはファルコム師団長だろうか―― 群衆をいさめる甲高いさえずり声が、ゆりかの耳に聞こえてきた。
「―― おまえたち!―― おまえたち!―― すぐに帰れ!―― ここを―― ここを―― どこだと―― どこだと―― 心得ているのだ!―― ここは―― ここは―― おそれおおくも―― 国王陛下の―― 国王陛下の―― お住まいになられる―― 」
 『神聖なるお城であるぞ!』と言おうとしたらしく、ふたたび湧き上がってきた群衆の声に、かき消されてしまった。
「王女さま! 王女さま! われらの誇り!」
「われらの神聖なる、王女さまを守れ!」
「“カンバーランド王国の眠れる白バラ”を、むざむざ敵国に渡してなるものか!」
「国王陛下、万歳!」
「お妃さま、万歳!」
「王女さま、万歳!」
 あとは、
「万歳!」
「万歳!」
「万歳!」
 の大合唱だ。
 その時、金属同士のぶつかる音が聞こえ、ゆりかと王女がふり返ると、お供を連れたよろい姿の太めの騎士が一人、真紅の綾織りのビロード地の、王家の紋章入りの装飾馬衣に飾り立てられた軍馬にまたがって、ゆっくりと二人の方に、近づいて来るのが見えた。その騎士は片手に長槍を、もう片方の手には、やはり紋章入りの丸い楯をかまえていたが、やりにくそうに両手で、かぶとの面ぽうを押し上げた。
「王さま!」
 子供たちが叫んだ。
「うむ、いかにもわしだ」
 国王は鋭いまなざしを、面ぽうのすき間から、城門へ向けると、
「して、何事じゃ。謀反か?」
「いいえ、謀反でも、反乱でもありませんわ、お父さま!」
「門番! 門番はどこにおる!」
「・・・は・・・はい・・・へ・・・陛下・・・こ・・・ここに・・・ここに・・・ひ・・・ひ・・・ひかえて・・・おりま・・・する・・・」
 かわいそうに、さっきの門番の老人は、城の変事を王女に知らせるべく無理をしたため、心臓の発作を起こしてしまったのだった。ゆりかと王女は老人に駆け寄り、あわてて介抱を始めた。
「門番! なにゆえの、あの騒ぎなのか?」
 老人があえぎながら答えようとした矢先、門の向こうから、またひときわ大きな歓声が上がり、城門を揺るがす、どすんどすんという音が響いてきた。
「おお! なんとしたことか! 何かを門に叩きつけておるぞ! ヴァーレナン! ヴァーレナンはおるか! 様子を―― 様子を知らせよ! ヴァーレナン! ヴァーレナン! ヴァーレナン!」
 はしっこい王さま付きの従者の若者が、門のかたわらの尖塔の一つに消え、てっぺんのはねだし狭間に姿を現わすと、
「わあっ! 見えます! 見えます! よーく見えます! すっごーい人数です! 何千、何万といます! 見渡す限りの広場という広場を、数えきれない群衆が埋めつくしています! みんな、武器は持っていない模様です! うん! うん! 武器は持っていません! だが、ものすごーく殺気立っています! すっごーく、殺気立っています! すっごーく、殺気立っている! すっごーく、殺気立っている! こんなに恐ろしい群衆は初めて見たっ! お城の兵隊たちが、この騒ぎを鎮めようとしていますが、次から次へと、噴水に投げ込まれている! ああっ! あれは―― ファルコム師団長だ! ファルコム師団長が、群衆につかまった! 大声で叫んでいるが、全然効き目がない! 師団長、早く逃げてください! ああっ! 師団長も噴水に投げ込まれましたっ! 早く、早く水から上がってください! 羽根がむれてしまいますぞっ!―― ああっ! 一人がこっちを見ました!―― 拙者の姿に気がついた模様です!―― ああっ!―― ああっ!―― ああっ!―― 何かわめいているみたいだが、何を言っているのかは聞こえてこない!―― ああっ、いかん!―― いかん!―― いかん!―― それは―― それは―― 困るぅ!―― ひどい!―― うわあっ!―― 駄目だあっ!―― 人殺しぃ!」
「どうしたの、ヴァーレナン!? 一体、何があったというの?」
 こわくなった王女が叫んだが、つぎの瞬間、レンガや石つぶてが、勢いよく塀の向こうから飛んでくると、尖塔の壁にいくつもぶちあたって、ばらばらと降ってきた。従者は首を引っ込め、石の直撃を受けずにすんだが、狙いをはずれたいくつかの石は、王さまの軍馬に命中して、おどろいたはずみに馬はいななくと、乗っていた王さまを空中に放り出した。王さまは一回転して、やかんが立てるようなけたたましい音を立てて、地面に激突した。
「な、なんとしたことだ! 今すぐに銃士隊を集めよ! 暴徒どもをぶちのめしてくれるわい!」
 王さまはかぶとをがちゃがちゃいわせ、かんかんになって怒った。
 塔から下りてきたヴァーレナンが、王さまをよろいかぶとの内側から助け出すと、悪戦苦闘する王さまを手伝って、なんとか軍馬にまたがらせた。
「お父さま! 何をなされるおつもりなの? ねえ、何をなされるおつもりなの?」
「おまえは心配するでない、ロデリアよ。わしにまかせておけばよいのだ。あやつらめ、ただの臣民のぶんざいで、よくもこのわしと王宮とを侮辱しおったな! 兵隊ども! 兵隊ども! よーっく聞け! これから、にっくき暴徒どもの鎮圧に向かう! わしは国王である! 皆の者、武器をとれい! よーし、門を開け! 突撃だっ! 絶対にひるむなあっ!」
「やめてください! お父さま! そんなことをなされるのは、まともな国王とは思えませんわ! いけませんわ! いけませんわ! いけませんわ!」
「言うな、ロデリア! こざかしい差し出口は、無用だ! おまえだとて、容赦はせぬぞ!」
「いいえ! いいえ! いけません! いけません! いけません! いけませんわ、お父さま!」
 従者があくまでもうやうやしく、王女を隅に引っぱって行った。
 ロデリア姫が馬の前からどくと、王さまは声を荒げて、
「いざっ、開門!」
 門番の兵士たちが、顔を見あわせた。
 王さまがもう一度命令を下すと、兵士たちはいやいやかんぬきをはずして、それから城門を開けた。門の前に集まっていた群衆が、一瞬、凍りついたように、軍馬にまたがった王さまを見上げた。
「全軍、前へ進めっ!」
 武器を持った兵士たちの一群が、門から前へとしぶしぶ進み出ると、国王みずからが最前列に立って、
「聞くがよい、謀反人ども! 余はカンバーランド王国が国王、キンケリアン十世じゃ! 余に定められた、神聖なる統治の権能が、余に負わせる義務に従い、そちら謀反人どもを、ただちにこの場で成敗してくれようぞ! われと思わん者は―― 」
 そこまで叫んだ時だ、それまで黙り込んでいた人々が、いっせいに大声を張り上げて、「王さま、万歳!」
「国王陛下、万歳!」
「カンバーランド王国、万歳! 万歳! 万歳!」
「万歳! 万歳!」
「万歳! 万歳!」
「万歳! 万歳!」
 時ならぬ万歳三唱に、王さまも兵隊たちも、わけがわからずに目を丸くしている。
 群衆の前の方にいた、かなり身なりの貧しい若い娘が、王さまの御前に転がるように進み出ると、腕にかかげたバスケットから、王室の象徴であるゆりの花を一本差し出して、その場にひざまづいた。
「咲きたての、よい香りのする花を、慎んで陛下に」
 従者ヴァーレナンが、花売り娘からゆりの花を受け取って、国王に差し出すと、武装した王さまはとまどった様子で、ゆりの花をその家来から受け取った。
「ああ―― こ、これは―― どうも―― そのう―― かたじけ―― ない―― 」
「ばんざあい! ばんざあい!」
「ばんざあい! ばんざあい!」
「国王陛下、ばんざあい!」
「カンバーランド王国、ばんざあい!」
「ばんざあい! ばんざあい!」
「ばんざあい! ばんざあい!」
「これはどうしたわけじゃ? なにゆえに、皆はここに集まって、わしのことをたたえておるのだ?」
 幾人かにもその声は届いたと見え、さっきから最前列で地面にうずくまっていた、ぼろ布をまとった一人の老婆が、腰の曲がった体を引きずるようにして、王の御前に歩み出ると、
「へ、陛下―― お、おそれながら、も、申し上げまする。て、てまえども一同、こ、ここにまかりこしましたは、あ、明日に迫った、お、王女さまの、ご、ご婚礼の儀に関しまして、へ、陛下のお耳に入れたきことが、あ、あ、あったからに、ござ、ご、ござい、ござい、ます」
「何? 王女の婚礼?」
「はい、はい、陛下―― わ、われら一同、う、氏素性は、ち、違えども、そ、祖国を信じ、お、王室をしたう、その、こ、心根は、ひ、一つに―― 一つにございます。ぜひ、ぜひ、こ、国王さまのお耳に、い、入れたきことが、あ、あ、ありまして、ご、ご、ご無礼を承知で、ま、まかりこし、まかりこし、ました。た。た。な、な、なにとぞ、なにとぞ、お、王さま―― 王さま―― お、お願いで、ござ、ござりまする。あ、明日の、王女さまの、プ、プンデルカンドへの、お、お輿入れを―― な、なにとぞ、なにとぞ、お、お、思いとどまっては、い、い、いただけ、いただけ、ま、ま、ませぬか? わ、われらのおしたいする、ロ、ロ、ロデリア姫さまを、み、み、みすみす隣国へ、隣国へ、ひ、ひ、ひ、引き渡すなど、わ、われらの、の、の、望むところでは、と、と、と、到底、あ、あ、あ、ありませぬ、ありませぬ。ど、どうか、この、この、この年寄りめを、あ、あわれと、お、お、お、おぼしめしたなれば、な、なにとぞ、なにとぞ、なにとぞ、なにとぞ、こ、このお願い、お、お、お聞き届け、く、く、く、くださいませ、くださいませ、くださいませ」
 長い、長い、沈黙が続いた。
 ふいに、王さまの目から、涙がこぼれ落ちた。
 王さまは、声を震わせて叫んだ。
「―― 余は―― 余は―― そちらのような―― 心根の厚い臣民を持って―― まことに―― まことに―― このバルト世界随一の―― か、果報者じゃよ!―― いかに―― いかに―― 世界広しといえども―― い、いえども―― そ、そなたらにまさる―― じ、人民は―― ま、またとは―― またとは―― お、お、おるまい!―― 余は―― よ、余は―― 余は―― 余は―― 」
 王さまはすっかり声を震わせてしまい、あとを続けることができない。その時はからずも、万歳三唱を叫ぶ歓呼の声が、群衆の中からわき起こった。
 ひとしきり万歳三唱が続くと、王さまは、
「そ、そなたらの申し出は、ま、まことに、まことに、も、もっともなことじゃよ! わ、わしも、で、で、できることならば、ひ、姫を、と、嫁がせたくはないのだ!―― だが―― だが―― こればっかりは―― こればっかりは―― どうすることも―― で、できんのだ!―― きょ、今日の―― 今日のところは―― こ―― この―― この―― 愚か者の―― 愚か者の―― 国王に―― め、め、めんじて―― めんじて―― めんじて―― ひ、ひ、引き下がって―― 引き下がって―― くれまいか!」
 群衆の中の一人が叫んだ。
「王さま! 姫ぎみさまを渡すことはありませんぞ! プンデルカンドの連中が、力づくで姫ぎみさまを奪うというんなら、われわれも、覚悟のほどを見せつけてやりますぞ!」
「そうだ! そうだ! プンデルカンドに屈するな!」
「王女さまは、我々がお守りするのだ!」
「プンデルカンドに、災いあれ!」
「われらの王室に、弓を引くやからに死を!」
「王女さまを渡すくらいなら、われわれは死を選ぶぞ!」
「そうだ! そうだ! 死を選ぶぞ!」
「プンデルカンドに、いくさを挑め!」
「そうだ! いくさを挑め!」
「戦争だ! 戦争だ!」
「戦争だ! 戦争だ!」
「戦争だ! 戦争だ!」
「カンバーランド王国、万歳!」
「カンバーランド王国、万歳!」
「国王陛下、万歳!」
「国王陛下、万歳! 万歳! 万歳! 万歳!」
「プンデルカンドに、災いと死を!」
「われらの敵に、呪いと死を!」
「プンデルカンドに、災いあれ!」
「プンデルカンドに、災いあれ!」
「プンデルカンドよ、呪われろ!」
「そうだ! そうだ! 呪われろ! 呪われろ! 呪われろ!」
「われらの敵に、災いあれ!」
「プンデルカンドに、災いあれ!」
「われらの敵に、呪いあれ!」
「プンデルカンドに、呪いあれ!」
「戦争だ! 戦争だ!」
「戦争だ! 戦争だ!」
「戦争だ! 戦争だ! 戦争だ! 戦争だ!」
 門のところで立ち往生していた兵隊たちは、途方にくれたように群衆を見つめた。
 叫んでいる女や子供の顔が見えている。
 さっき王さまにゆりの花を差し出した、あの娘も叫んでいる。
 王さまに意見を申し上げたあの老婆も、今ではすっかり何かにとり憑かれてしまい、別人のように口汚くわめいていた。
「戦争だ! 戦争だ! 戦争だ! 戦争だ!」
「戦争だ! 戦争だ! 戦争だ! 戦争だ!」
「戦争だ! 戦争だ! 戦争だ! 戦争だ!」
「戦争だ! 戦争だ! 戦争だ! 戦争だ!」
 ゆりかもその叫びを、門番のおじいさんと聞いていた。かわいそうに、おじいさんはもう虫の息だった。駆けつけた侍女の一団が、門番の老人を、城の一室へと運んで行った。
 ロデリア姫も震えながら、群衆の叫びを聞いていた。
 ゆりかは、おじいさんが死にそうなことを、王女に知らせようとして、門の近くに立っていたロデリア姫に向き直った。
 (そうよ。この人たちの言う通りなのよ。何も悩む必要なんてなかったんだわ。王女さまをプンデルカンドに渡さなくても、こっちには、魔法使いも軍隊もあるんだし、いざとなったら、戦えばいいのよ。そして、勝てばいいのよ!)
「あの―― わたしも、戦争に賛成です」
 ゆりかはロデリア姫に、耳打ちしようとした。
 その時、ゆりかの目の前を、みどり色の影が素早く横切った。
 その影は、門を走り出ると、まっすぐに群衆に向かって、すっくと立った。
「ロデリア姫だ! ロデリア姫だ! ロデリア姫! ロデリア姫!」
「ロデリア姫! ロデリア姫!」
「ロデリア姫! ロデリア姫! ロデリア姫! ロデリア姫! 万歳! 万歳! ばんざあい!」
「ロデリア姫、万歳!」
「王女さま、万歳!」
「カンバーランド王国の眠れる白バラ、万歳!」
「カンバーランド王国の眠れる白バラ、万歳!」
「カンバーランド王国の眠れる白バラ、万歳!」
 王女はとっさに身をひるがえすと、門の中に駆け込んだ。
 群衆が一瞬、静まり返った。
 王女の姿が、城門のわきに建つ尖塔の一つに消え、すぐに塔のてっぺんの、はねだし狭間の胸壁のそばに現われると、群衆の熱狂が頂点に達した。
「ロデリア姫! ロデリア姫!」
「ロデリア姫! ロデリア姫!」
「ロデリア姫! ロデリア姫!」
「ロデリア姫! ロデリア姫!」
「―― 皆さま!―― 皆さま!―― どうか、お静かに!―― どうか、お静かに願います!―― お静かに願います!」
 王女が手をふり、群衆も手をふって叫び返した。
「静かに! 静かに! 王女さまが、われらにお話しくださるぞ!」
「静かに! 静かに! みんな、静まれ!」
「みんな、静まれ! みんな、静まれ!」
 さざなみのように広がった声が、水を打ったように、群衆自身を静めた。
「―― 皆さま!―― 親愛なる皆さま!―― どうか皆さま!―― どうか落ち着いて聞いてください!―― 私は―― 私は―― カンバーランド王国国王、アドルファス“金獅子王”キンケリアン十世の娘ロデリア・ユキノームは―― 愛する祖国と皆さまを捨てて―― 憎むべき隣国へと―― 嫁いだりは―― 到底できません!―― 私の愛する―― 祖国と国民とを―― 二つながらに捨てて―― どうして―― どうして―― 愛してもいない―― 隣国のもとへと―― 皆さまのあたたかいお心づかいと―― 王室に対する―― いいえ―― 祖国全体に対する―― この―― 大いなる愛にそむいて―― 私は憎むべき敵国―― プンデルカンドへなど―― この身を捧げられましょう?―― どうして―― どうして―― 乙女が―― この世で捧げることのできる―― たった一つの―― たった一つの純潔を―― むざむざ―― むざむざ―― いやな相手に―― 敵国の支配者の息子へなど―― 差し出せましょう?―― そうでしょう、皆さん?―― そうでしょう?―― しかしながら―― しかしながら―― 残念なことには―― この取り決めには―― 破ることのできない―― 〈天球院〉との―― 〈天球院〉との―― 誓いがあるのです!―― そむけば―― わが王国は―― 条文通りに―― 隣国に召し上げられるか―― さもなくば―― さもなくば―― 〈天球院〉に滅ぼされて―― この世から―― この地上から―― 永久に―― 消えるでしょう!」
「私たちは、とっくに覚悟はできていますぞ!」
 群衆の中の一人が叫んだ。
「そうだ! そうだ! みすみす隣国のしもべになるくらいなら、死んだ方がましというものだ!」
「そうだ! われわれは、死をおそれない!」
「そうだ! 死をおそれない!」
「死をおそれない! 死をおそれない!」
「死をおそれない! 死をおそれない!」
「ありがとう、皆さん!―― 敬愛する国民の皆さん!―― 私は―― 私は―― ことのほか、うれしい!―― うれしくて―― なんと言えばいいのか―― わからないくらい―― うれしいです!―― ですが―― ですが―― 皆さん!―― どうか聞いてください!―― どうか聞いてください!―― どうか聞いてください!―― 私は―― 私は―― 皆さんの―― お気持は―― ひどく―― 大変に―― 率直に言って―― 大変に―― うれしいのですが―― 皆さんを―― 皆さんを―― 死の危険に―― 死の危険に―― さらすことは―― 到底―― 到底できません!―― 愛する―― 愛する―― この祖国と―― 国民の皆さんとを―― みすみす―― みすみす―― この手で―― この手で―― この手で―― 死の淵に―― 追いやることなど―― できません!」
「だったら、どうするおつもりですか? 嫁ぐか滅びるか、二つに一つしかないではありませんか?」
「私は―― 私は―― プンデルカンドに嫁ぐ気は―― 毛頭―― 毛頭ありません!―― しかしながら―― しかしながら―― あの条文を―― 〈天球院〉との約束を―― たがえるつもりも―― また―― またありません!―― (広場は急に静かになった)皆さん!―― 聞いてください!―― 聞いてください!―― あの時の―― あの時の―― 約束は―― 確か―― こういう―― ものでした!―― 『プンデルカンドに、男、または女の世継ぎが誕生し、カンバーランド王国にも、男、または女の世継ぎの誕生することあらば、二人を夫婦としてめあわせることとする』―― 私はこの条文を―― いささかも―― いささかも―― 破ることも―― 損なうこともなく―― このたびの―― 誓いを―― 誓いを―― 果たしたいと―― 考えます!」
 突然、王女の声が、うわずった甲高い調子に変わった。
「―― 皆さん!―― 皆さん!―― ごらんなさい!―― ごらんなさい!―― あの門のところを!―― あの門のところを!―― あそこに立っている―― あそこに立っている―― 人々の中に―― 素敵に可愛らしい―― 可愛らしい―― 女の子の姿が―― 女の子の姿が―― 見えませんか?―― 見えるでしょう―― 皆さん?―― あそこに立っている―― あそこに立っている―― あのお方は―― とつくにからみえた―― 私の―― 私の―― 大切なお客人―― 名を―― 名を―― 天堂ゆりかと―― 天堂ゆりかと―― 申します!―― 無礼を言っては―― いけませんよ!―― なぜなら―― なぜなら―― あのお方こそ―― わたくしの―― わたくしの―― “魂のふたご”であり―― また―― また―― このわたくしにかわって―― 明日―― 明日―― プンデルカンドに―― プンデルカンドに―― 嫁がれる―― カンバーランド王国―― 第二王女―― プリンセス―― プリンセス―― ユリカ・テンドー―― なのですよ!」
 群衆は凍りついたように、身動き一つしなかった。





← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 10412