〈出会いの井戸〉
つぎの朝、ゆりかは、ペヨルカのくちばしに突つかれて、目を覚まされた。 「起きなさい。支度をなさいな」 「もう出かけるの?」 ペヨルカの声に、ゆりかは跳ね起きた。 ペン子が、水を張ったたらいを手に近づいて来ると、ゆりかはあわてて顔を洗った。水は汲みたてで気持ちがよく、ゆりかは急にしゃっきりとした。 「あら? ペヨルカさん、その袋は何ですか?」 ゆりかは、鳥の魔法使いが首から下げていた、粗い目の布袋に目をやった。相手は意味ありげに笑ったが、何も言わない。 ゆりかがなおも問いただそうとするより先に、ペヨルカがまばたきをした。すると、ペン子がペンダントに変わって、ゆりかの首からぶら下がっていた。 「その方が、移動するには好都合なのよ。あっちに着いたら、もとに戻してあげるよ。さあ、行こう!」
*
ペヨルカは、あぶくみたいな光の空間にゆりかを閉じ込めて、プンデルカンドの上空を移動して行った。はるかに見下ろす眼下には、世にも珍しい風景が続いていた。ゆりかのいる高さからでは、細かいところまではわからなかったが、後ろに流れる町並みの、小さく並んだ家々や建物からは、煙が細く、幾筋もたなびいているのが見える。 「あれは、プンデルカンド中に散らばっている、大昔の神殿跡なのよ」 光のあぶくが砂漠の上空にさしかかると、見るからに乾いた、赤茶けた大地のところどころにちらほらと見える、サッカーのスタジアムの数十倍はありそうな、途方もなく巨大な石の建造物を見下ろして、ペヨルカが言った。 「学者の中には、大昔この地に住んでいた、いにしえの巨人たちが建てたものだと言う連中もいるんだけどね。あたしはそんなへぼ学説は、これっぽっちも信じてはいないわよ」 プンデルカンドは国土の大半を砂に覆われた、みどりはわずかに国ざかいにあるだけの、砂漠の大国だった。今、光のシャボンは速度を増して、カンバーランドとの国ざかいの上空にさしかかると、へばりつくように広がった広大な森の、少しだけ開けた場所に、ゆっくりと降下して行った。 光のシャボンはいきなりはじけて、ゆりかは地面に倒れた。 「乱暴者。パピリカなら、もっとやさしく降りてくれるわよ」 「そうでしょうね。パピリカなら、あんたに観光案内をしてあげるかわりに、一瞬にして現地に急行したことでしょうよ。その方がお望みだったの?」 ゆりかはあんまり腹が立ったので、地面に激突した痛さも忘れて、立ち上がった。 そこはこんもりとした森の奥の、石でできたほこらのすぐ前だった。ほこらのすぐそばには、小さなあずまやがあり、地面にすえつけられた石作りの日時計の台座には、異国風のみだらな男女の天使像が、はだかで踊っている姿が彫られていた。 「ここが―― 〈出会いの井戸〉―― なの?」 「そうだよ。別名〈天使の井戸〉とも言うらしいけどさ。あたしらが一番乗りのようだわね。ここで待つとしようよ。準備もあることだからさ」 「あの、ペンダントのペン子ちゃんが―― 」 ゆりかがしまいまで言い終わらぬうちに、胸のペンダントがきらめいて、ペンダントの精の姿に戻った。あたりを見回して、ペン子はやたらと感激している。 ペヨルカが、例の首から下げた布袋を地面に下ろすと、くちばしで器用に袋の口をこじ開けた。中から出て来たのは、六個の広口のガラスビンで、中に何かが入っていた。 「うげっ!」 ゆりかは一目見て、あわてて飛びのいた。 ビンの中に入っていたのは、身長約三ケタ(約十七センチ)の、火のように赤い肌の小人たちだった(一ケタは長さを表す単位で、約五・六センチ)。小人たちは、それぞれのビンに一人ずつ、合計男女の六人がいて、めいめいが違う色の軍服を着ていた。ゆりかに手をふったり、わめいたりしている者もいる。 ゆりかはへなへなとくずおれた。 「ホムンクルスたちだよ。わたしが〈大いなるわざ〉でこしらえた人造人間なの。長いあいだ準備をしてきて、夕べ、ようやく完成したんだよ。なかなか、よくできてるだろう?」 「じ、じんぞうにんげん―― て、な、な、何ですか?」 「人工的にこしらえた人間たちのことだよ。いわば、生きている木偶人形とでも呼ぼうかしらね―― ほら、おまえたち、出て来な。そして、お客さまにあいさつをするんだよ」 ペヨルカの命令に、六個の広口ビンから、ホムンクルスたちがそれぞれ這うように出て来た。ホムンクルスたちの中には、鉄かぶとをかぶった荒々しい顔つきの将軍もいれば、ぴかぴかに磨いたマスケット銃をかついで、羽根かざりつきのボンネットをかぶった、美しい女性士官もおり、全員、下っ端の従卒にいたるまで、うちそろって一列になると、ゆりかめがけて行進して来た。 「全体、止まれ!―― 気をつけえっ!―― 休め!」 将軍が命じ、後ろの五人がてきぱきと命令を実行して、そのたびに五人が腰に下げたサーベルが、かちゃかちゃと音を立てた。 「わが造り主にして、あるじたる〈ピンク・フラミンゴ〉よ! われら、ご命令をうけたまわります!」 将軍の言葉に、五人のホムンクルスたちが、ペヨルカに敬礼をした。ペヨルカが早口の鳥語で何かを命じると、六人は回れ右をして、下生えの生えた地面を、森の奥へと向かって、えっちらおっちら行進して行った。 「あとはしばらくやることがないよ。話でもする?」 「あの―― 人たち―― なんでできているの? やっぱりキノコの精?」 「あれをピミリガンだとでも言うの? はっはっはっ! とーんでもない! もっと高級品よ。芸術と呼んでも言いすぎじゃないわね。それよか、もっと程度の高い技術。そう、〈科学〉と呼んでもいいかもしれないね―― 思い出した。パピリカのもとでおぼえたんだろう? あの人、昔から材料をけちって、安上がりに仕上げるのが得意だったからね。ふふーん、そうか。ピミリガンか。あんなもの。はっ。はっ。はっ。へええ! パピリカは工場か何かをこしらえて、安っぽく人造人間を、大量生産しているんだね?」 「パピリカがじゃなくて、マデリンて人がです。それに工場は見せてもらえなかったの。えんどう何とかっていうのを持っていないから、中には入れないって」 「えんどう何とかって、えんどう豆のこと? あの人らは昔っから、キノコや豆で何かをこしらえるのが、上手だったからねえ。ホムンクルス作りは、ピミリガンなんかとはくらべ物にならない、もっと、もっと、高度なわざなんだよ。何しろ〈大いなるわざ〉、別名〈黒き土地のわざ〉なんだからさ! と言っても、あんたには何のことか、さっぱりだろうけどね。ところで、向こうの連中のこしらえるピミリガンというのは、どの程度の性能? 役には立ってるの?」 「さあ・・・よく知りません」 ゆりかは、相手がピミリガンの秘密を知りたがっていることに気づいて、あわててごまかした。 「しばらく横になっていたらどう? 会合までは、まだ間があるわよ」 「わたし、眠たくないんです。全然・・・ぜん・・・ぜ・・・ん・・・あれれ・・・?」 ゆりかはまぶたが急に重たくなって、その場に音を立てるように倒れると、たちまち寝入ってしまった。 つぎにゆりかが目を覚ました時は、あたりには夜の気配が満ちていた。 「ペン子ちゃん、ここ、どこなの? ペン子ちゃん? ペン子ちゃん?」 「はあい、ゆりかさん。ここにいまーす」 間のびしたペン子の声が答えて、すぐ後ろの森から、ペンダントの精が浮かぶように現われた。 「よかったあ! 置いて行かれたかと思ったあ!」 「そんなことはしませんわ」 ペン子が笑いながら人さし指をふり立てると、ゆりかの上にかかっていた毛布が浮き上がり、すうっと吸い込まれるようにして、どこかへ消えた。 「どうして、こんなに、暗いの?」 「もう夜ですから。ゆりかさんは、ずっとずっと、おやすみになっていたんですよ」 「二人とも、こっちへ来な!」 どこか近くでペヨルカの声が聞こえ、薄暗がりにペヨルカの目だけが、きらきらと輝いているのが見えた。 「ペヨルカさん? ペヨルカさん? どこですか? ペヨルカさん?」 「しっ、静かに! あの森の明りが見えないの? 行列がやって来たのよ!」 前方の暗がりで、ちらちらとまたたく炎の明りが、こちらへと近づいて来るのが見えた。ゆりかはペン子に引っぱられるようにして、ほこらの前から離れると、一本の名も知れぬ大木のかげに走り込み、森の奥をながめた。 灯は全部で十あまりの、一列に並んだたいまつの炎らしく、それがまるで鬼火の集団のように、木の間がくれに見え隠れしている。行列が近づくと、それが輿をともなったプンデルカンドの兵隊たちであることに、ゆりかは気がついた。 四隅に、黒い房飾りの垂れた黒檀製の真黒い輿は、黒いターバン姿の兵隊にかつがれて、静かにほこらの前に到着した。 「いかがいたした、ラル・シン? 着いたのか?」 輿の中から聞きおぼえのある、アヨング・オキの声がすると、 「はい、殿下。〈出会いの井戸〉に到着してございます。ただ今、お履物をお持ちいたします。―― これ、殿下にスリッパだ」 輿のまわりで、兵隊たちが動いた。 「それで―― 姫は来ておられるのか?」 それに答えるラル・シンの声は、吹いて来た風の音に消されてしまい、しばらくすると供の者が手を貸して、アヨング・オキを輿の中から立たせるのが見えた。 「ペヨルカ?―― ペヨルカはおるのか?」 「はい、殿下。こちらに」 ペヨルカの声が―― ゆりかのすぐそばに体はあるのに―― 輿のところから聞こえてきた。 「おお。首尾はどうだったのだ?」 「べつだん、変わった様子はございませんでしたわ、今のところは」 「そうか」 二人はひそひそ話にうつり、その声は、ゆりかには聞こえなくなった。 突然、ペヨルカの声だけが、ゆりかの耳もとで、 「しばらく、ここで待ちましょうよ。間もなく、相手も現われる頃だと思いますよ―― しっ! 来ました! そら、あそこをごらんなさい!」 右手の森の奥でちらちらと、薄みどり色の明かりが、ほたる火かきつね火のように、またたいているのが見えた。その一行は、森の小道をうねうねと進んで、何ごともなくほこらの前に到着すると、黒いヴェールで顔を隠した、召使用のドレスをまとった、全身黒づくめのほっそりとした少女が、駕篭の中からすっと姿を現わした。 「あれがロデリア姫に、間違いございませんか?」 「わからない。だって、顔が見えないもの」 「だったら、ごらんになってくださいな」 一陣の風がほこらの前を吹き抜け、たいまつの炎を揺らし、少女の黒いヴェールをめくった。 「ロデリア姫!」 ゆりかが小声で叫んだ。 風は一瞬にしておさまり、ロデリア姫と供の者は、さすがに不審に思ったのか、あたりを見回していたが―― 「間違いないわ、あれがロデリア姫よ。誰かが変身しているんでなければね」 「だとしたら、あれは正真正銘、お姫さまご本人ですよ。魔法の力は感じられません。その点に抜かりはございませんとも」 ゆりかとペヨルカの二人は、さすがに興奮しきった声を、低く抑えていた。 黒いフードつきのマントを着込んだ、全身黒づくめの、かなり大柄なお婆さんが、ロデリア姫の駕篭の近くに急に現われて、お姫さまに手を貸した。ゆりかは〈水晶の婆〉かと思ったが、全然違う人だった。 ロデリア姫は儀礼的に、供の者たちにうなずくと、日時計をはさんで向かい側にあった、プンデルカンドの輿に向かってていねいにおじぎをして、それからあずまやに向かった。続いてアヨング・オキが、ラル・シンに手をとられて、一歩々々地面を踏み固めるように、あずまやに入った。 「―― そうでなければ、ごめんなさい。プンデルカンド国のご領主、フリギア・ヨニモオオキナ大公さまのご子息で、アヨング・オキ殿下―― そうですわね?」 風に乗ってロデリア姫の、ささやくような愛らしい声が聞こえてくる。あずまやの中がよく見通せる位置に、ゆりかは移動した。 アヨングの声が、炎のはぜる音にまじって、かろうじて聞こえてきた。 「さようです」 その声は気のせいか、震えているように、ゆりかには聞きとれた。 「私は、カンバーランド王国第一王女、ロデリア・ユキノームと申しますわ。ロデリアと呼んでくだすって、結構ですわ」 その声のふだんと変わらぬ調子に、アヨングも勇気づけられたのか、目に見えて落ち着きを取り戻したようだった。 「あの、お手紙―― 私がお送りした・・・あんなぶしつけなことをして、さぞかし、とんでもないじゃじゃ馬だと思われたでしょうね。私の小さい頃のあだ名が『じゃじゃ馬姫』だってことは、先刻、ご承知なのでしょう、殿下?」 「いいえ―― ぞ、ぞんじませんでした! い、今、初めて、み、耳にしたことです! ほ、本当です! う、嘘は申しません!」 「あなたのお顔に、はっきりと『嘘だ』と書いてありますわよ、嘘つき殿下」 アヨングはぎょっとしたように、ロデリア姫の顔を―― 顔があると思った方を、にらみつけた。 しばらくして、二人はいっせいに吹き出した。 「ひ、姫ぎみの、お、お手紙、た、た、確かに、拝読いたしましたぞ!」 アヨング・オキは興奮を抑えて、静かに語り始めたが、 「い、いいえ! 私はごらんのような、あ、ありさまなので、こ、ここにいる家臣に、お、音読をさせもうしたのです! しょ、正直、は、初めはおどろきましたぞ! い、今も、じ、実は、お、おどろいておりまする。こ、このような、も、申し出を、ひ、姫ごぜご自身が、も、持ちかけられるとは! お、女の方から、そ、相談を持ちかけるなど、わ、わが国では、と、と、とても、か、か、か、か、考えられない、こと、こと、ことですから、ことですから」 「そうでしょうね。私の方こそ、殿下のすみやかなご返事に、かえってとまどってしまったくらいですわ。こんなにも早く、私たちのお話し合いが実現するなんて、思ってもみないことでしたからね。あのお手紙にもしたためましたように、このたびのわたくしどもの―― 例のお約束の儀について―― 殿下に折り入って、ご相談したいことがありますのよ。ついては、殿下とはお二人きりで、お話し合いをしたいので、アヨングさまにはお人ばらいを、お願いいたしますわ」 「き、聞いたろう、ラル・シン。席をはずしてくれないかな」 「な、なりませぬ! 殿下じきじきのご沙汰とは言え、このラル・シンめ、たとえ王族とは言え、とつくにびとと二人っきりで、殿下をお会わせまいらせるわけには―― 」 「ひ、ひかえよ、ラル・シン! あ、あるじは目が効かぬ上に、か、家臣は、ものの道理をわきまえぬ、へ、へ、へらず口叩きときたか! ひ、姫の御前で、ぶ、無礼であろうが!」 「ラル・シンどのとやら、ご不快ではありましょうが、この姫のお願い、どうか聞いてくださいね」 年下とはいえ、生まれついての王家の出身、さしものラル・シンも、その威厳にはかなわない。 「そ、それでは―― 殿下―― し、しばしのあいだ、だけですぞ」 「わ、わかっておる」 ラル・シンは、二人にかわるがわるおじぎをすると、不承々々あずまやを出て行った。 あずまやの外には明りをともすため、双方の国の兵隊たちが、たいまつを持ち寄って立っていた。ラル・シンは手をふって、双方の兵隊たちを下がらせた。自分が会話を聞けなくなるなら、全員がそうなるべきだと考えたのだろう。 カンバーランドの兵隊が気をきかせて、あずまやの中に、火のついたランプを差し入れたので、森の中に隠れていたゆりかにも、じゅうぶん、あずまやの中が見通せた。 その時、アヨング・オキとロデリア姫が何を話したのか、ゆりかがその場で漏れ聞いたところと、あとになって聞き知ったことをつなぎあわせると、およそ次のような会話が、かわされたらしかった。
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その昔、プンデルカンドには、支配者たるアドミラス大王を支えて、六人の直参大公たちが、大王の住まう宮殿で、大王に仕えて暮らしていた。それは〈六人大公制度〉と呼ばれ、プンデルカンドの王政の、盤石の要ともなっていた。 ところで、先代の大王アドミラスの妃ヘルデアは、生まれつき子供をもうけることができなかったらしく (当然のことながら、結婚するまではわからなかったのだ)、王家の血筋がとだえることを心配した宮廷では、急ぎ御前会議を召集して、この問題について激しい議論が戦わされた。 妃に子供ができないのは、妃の体に原因があるとみた宮廷では、王に側室を持つよう、しきりとすすめたが、ヘルデアを愛していたアドミラスは、その申し出をきっぱりとはねのけた。世継ぎの誕生より、側室を持つことで妃の心が傷つくことを、大王は何よりも怖れたのだ。 やむなく家臣団は、宮廷のお抱え占い師を呼び出して、どうしたら妃に子供がさずかるかを、占わせることにした。 占い師はつぎのような托宣を、家臣団にもたらした。
〈あわれ大王妃ヘルデアさまには おん胎内に うまずめ 恐ろしい石女の呪いを かけられているご様子です この呪いは 王家の血筋をば食い滅ぼし ゆくゆくは この国に災いと殺戮とを 確実にもたらすでしょう (ああ! 災いなるかな 災いなるかな)
その呪いと災いとを打ち消し はたまた永久に無効となすには 遠きカルケーの地に産すると言われる 黄金なるクベレーの実を食すること それ以外は 呪いと災いとを避くること 永久にあたわずして その実をみごと持ち帰りし者が いずれはこの国の支配者となり 大いなるみ業を行う “大王の中の大王”となるでありましょう
(耳ある者は心しなさい 知恵ある者は さあ、説き明かしなさい)〉
この占いの結果は、大王のもとへも届けられたが、托宣の後半の部分だけは、あえて秘密にされた。王家にとっては不吉な予言だと、家臣たちは考えたのだ。
“遠きカルケーの地に産すると言われる 黄金なるクベレーの実”
が何をさすのか、学者たちにも、家臣たちにも、さっぱりわからず、それを確かめるため、プンデルカンドの各地方に伝令が遣わされたが、一年がたち、二年あまりが過ぎても、『クベレーの実』の正体はわからないままだった。学者たちの中には、ただあてずっぽうで、思いつきの植物の名前を並べる者も出たし、占い師がでたらめを言っただけだと、唱える者もあった。肝心の占い師は、口封じのため、家に戻る途中で何者かに刺し殺されてしまっていたので、今となっては、真偽を確かめるすべはなかった。 とうとうおしまいには、六人の直参大公たちが、それぞれ手勢を引き連れて、〈クベレーの実〉なる物を探し求めて、国外に旅立つことになった。 あげく、六人のうち五人までが、行方不明となった。 最後に残った六人目の大公(これがすなわち、アヨング・オキの父親で、現在プンデルカンドの事実上の支配者となった、ラフレシア大公だ)は、各地に腕の立つ斥候を派遣して、行方知れずの大公を探させたが、五人の大公たちの行方は、わからずじまいだった。 そのうち、アドミラス大王と妃のヘルデアが、原因不明の病に倒れた。日ならずしてアドミラス大王が、続いて妃のヘルデアがみまかると、ラフレシア大公は国中に触れを出して、プンデルカンドの全領土を「六人大公制度が復活するまで、一時的に」(ずっとではなく、ほんの一時だけ) 支配すると宣言した。 少なくない人々が反対したが、大王に世継ぎもなく、ラフレシア大公にかわる者も出なかったので、ラフレシア大公が事実上の支配者となった。大公は自分に反対する者を、次々と投獄し、処刑したので、最後には反対する者も出なくなった。(あのカンバーランドとプンデルカンドの、馬鹿げた〈釣りの日の約束〉も、この頃にかわされたものだ) ラフレシア大公が国を乗っ取って、五年あまりが過ぎた。そしてある日、大公に世継ぎの男の子が生まれると、人々は大王暗殺のうわさが本当だったのだと、その時になって思い知った。(人々は、ラフレシア大公が五人の大公の留守を狙って、大王と妃に毒を盛り、この国を乗っ取ったのだとうわさしていた。ひょっとしたら五人の大公たちも、ラフレシア大公が次々に手にかけたのだ、ともだ) その赤ん坊は生まれつき盲目で、宮殿づきの医者やまじない師が手を尽くして治療しても、目を治すことはおろか、その原因すらわからなかった。人々は心の中で、アドミラス大王と妃のヘルデアが、生まれてきた赤ん坊に、あの世から呪いをかけたのだろうと、ささやきあった。 赤ん坊の生みの母親―― ラフレシア大公の三番目の奥方(あとの二人は子供をもうけることなく、亡くなっていたで)、大公に気に入られるまでは、宮殿で洗濯女をしていた、ものすごい美人だった―― が謎めいた熱病にかかり、夜毎うなされながら、むごい死に方をとげると、人々の確信はさらに強まった。 ラフレシア大公は、世継ぎの息子(すなわちアヨング・オキ)を、国中の医者やまじない師はおろか、遠く外国や海のかなたの魔法使いにまで診せてまわったが、生まれつき光を失ったその瞳には、いっこうに光が戻る気配がない。 ラフレシア大公は恐ろしくなってきた。人々のうわさは本当かも知れず、自分と息子は呪われているのかもしれない、と本気で考えるようになったのだ。 (ラフレシア大公は、生まれつき魔法やまじないが大嫌いという性分で、自分自身にも《災い封じ》の呪文をかけさせないほどだったが、赤ん坊の目を魔法使いが治せないとわかってからは、なおさら、魔術師や妖術師の類いを、軽蔑するようになった) その頃までには、アドミラス大王と妃のヘルデアが、何者かに暗殺されたのだということを、人々は確信していた。 大公が、本当にアドミラス大王と妃を手にかけたのか、五人の大公たちを次々と暗殺したのかは、今もってわからない。それは神とラフレシア大公だけの、暗い秘密なのだ。 大公は、自分の身に不幸が起きて、生まれた息子がこの世にたった一人残されたら、その時どんな目にあわされるのだろうかと、死ぬほど心配し始めた(つまり、ラフレシア大公にも人の心はあったわけだ)。そして、わが子のために、少しでも強大な権力を作り上げて、それを財産として残してやろうと、考えるようになったのだった。それには、今度の〈釣りの日の約束〉は、願ってもない好機だった。ラフレシア大公は、二人の世継ぎの縁組みを通じて、カンバーランド王国をプンデルカンドと併合して、ゆくゆくはバルト世界随一の、強大な帝国に仕立て上げようと考えついたのだった。 「これが、私の話のすべてです」 アヨング・オキが語り終えた。 「それでは、あなたのその両の目は、本当に呪いを受けた結果なのですか?」 「それは・・・わ・・・私には・・・わ・・・わかりません・・・」 王女とアヨングは、ふたたび小声で話し込み、やがて小一時間ほども経つと、二人の会話は終わったようだった。 「誰かある」 お姫さまが声をかけ、双方の家臣と兵隊たちが、それぞれの主人に駆け寄ると、お姫さまは殿下の耳もとに、別れの言葉をささやいた。それに対して、若者が何ごとかをつぶやき返すと、ロデリア姫の頬が赤く染まり、お付きの兵隊たちのかかげたたいまつの炎が、ロデリア姫の顔を正面から照らし出した。 ああ! その時のロデリア姫の顔ときたら! ゆりかは不思議なおどろきに打たれると、見てはいけないものを見た気がして、あわてて目を伏せた。 お姫さまが兵隊たちのかついだ駕篭に乗り、すべるように夜の中へと遠ざかって行った。 「どうやら、すんだようだわね。わたくしはちょいと行って、殿下にごあいさつをしてこなきゃ」 ペヨルカは、自分にかけていた〈声〉の魔法を解くと、わかぎみに近づいて行った。 その時、森の奥まった暗がりに、一匹のけだものが立っていた。そのけだものは、ヤミオオカミを思わせる、黒く鋭い目つきをした、謎めいた姿の生き物だったが、ただのオオカミではない証拠に、異常に長い四本の足は、ひざもなく、まっすぐに、胴体から地面に伸びきっていた・・・。 突然、生き物は向きを変えると、背後の森の奥へと、走り込んで行った・・・ 「お二人とも、ご立派だったこと! いいえ、いいえ、殿下とお姫さまのことよ。あんたとペンダントの精も、それなりに立派だったとは思うけどさ」 ペヨルカは、わかぎみの輿が遠ざかるのを見送ってから、ゆりかのそばに体ごと戻って来た。 「さてと、それでは宮殿に帰ることにしようよ。ホムンクルスたちを呼び戻さなきゃだわね」 ペヨルカは手羽の先から、虹色の光の輪っかを出すと、森の奥へと送り込んだ。 十分後、ペヨルカは待ちくたびれたように、ゆりかたちに言った。 「変だわね。戻って来ないよ」 「探しに行った方が、いいんじゃありませんか? わたし、明かりのかわりになりますから」 ペン子がまぶしく全身から光を放って、あたりを銀色に照らし出した。 ペン子を先頭に、三人は小人たちが消えた方角に、歩いて行った。 三人は森の奥で、ホムンクルスたちの変り果てた姿を見つけた。 「死んでいますの?」 ペン子が声をかけると、 「ええ、かわいそうに・・・。一体、誰がこんなことを―― 」 六人のホムンクルスたちを、ていねいにくちばしで解きほぐすと、ペヨルカは六つの死骸を一体ずつくわえて、地面に並べて横たえた。 「こいつらを作るのに、どれほどの時間と手間をついやしたか。レトルトから始めて、準備に丸二年はかかったのよ! それをこんな風に、丸めて肉だんごみたいにして!」 「森の生き物のせいではありませんの? この辺には、チビルとか、シマイマとか、野うさぎどんとか、オオカミとか、たくさんの動物たちが、住んでいるのでしょう?」 「そうして、そいつらの一匹が、あたしがホムンクルスたちに仕掛けた、魔法の防御網をかいくぐって、このあたしに気どられずに、ホムンクルスたちを襲ったとでも言うの? それも前足か何かで、丸めて殺して? 絶対に違いますね! こいつらは、そんじょそこいらの生き物とは違うのよ! ホムンクルスですよ、このくされペンダント!」 「そ、そんな、ひどいです!」 ペン子が涙ぐんだ。 「ほら、見て! 誰かがこっちの様子をさぐるために、こっそりとやって来て、この人たちを殺したのよ。そこに足跡があるわ!」 ゆりかが指で指し示したところに、不思議な四つのつめあとが残っていた。そのつめあとは、一本の倒れたジャグヤツデの前で立ち止まったあとで、森の奥へと消えていた。 「不思議ね。こんな足跡は、今まで見たことがない。一体、何の動物だろう?」 ペヨルカがつぶやいた。 「あ、動物じゃないかもしれません」 「動物じゃないかもしれないって? だとすると、一体何なの、これは?」 「いわゆる、魔法使いの変身です」 ペン子が、不思議そうに見ているゆりかとペヨルカに、目をぱっちりさせて答えた。
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