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作品名:みどりの孔雀 作者:zamazama

第30回   逮捕
            逮捕




 ああ! 運命の急転直下!
 ゆりかはあわや監獄行きのところを、すんでにまぬがれたが、それには、ロデリア姫のとりなしと、〈水晶の婆〉による、ありがたいお告げの助力があった。だが、それについてお話をする前に、みなさんに知っておいてもらいたい、〈魔法〉(タルパ)に関するある事実がある。
 およそバルトの世界で、タルパと呼びうるものには二つあり、それぞれ“高級魔法”と“低級魔法”、または“広い魔法”と“せまい魔法”と呼ばれて、きっちりと区分されていたということだ。
 そして“低級魔法”の下には、もはや、いかなる意味でも真実のタルパに入らない、ちょうど、わたしたちの世界でいうところの、手品にあたる、見世物のための〈いんちき魔法〉があって、それは正真正銘の魔法とは区別するべく、〈ぼろすけ魔法〉とか〈タルパ・タルパ〉と呼ばれて、本当の魔法にかかわるすべての術者から、ひどい軽蔑の目を向けられていたということだ。
 実際“高級魔法”(広い魔法) を使える者には、“低級魔法”(せまい魔法) は何でもないのだが、その反対に“低級魔法”しかわきまえない者にとっては、“高級魔法”は神わざに等しい、神秘的とも呼べる、難しいしろものなのだった。
 そんなわけで、ロデリア姫が行方不明になり、他ならぬ“高級魔法”の使い手でもある宮廷大魔法使いのパピリカ・パピリトゥスをも失った王宮では、急遽、大臣たちが話し合いの結果、とりあえずの策として、〈水晶の婆〉の助力をあおぐことになったのだった。
 この婆は、カンバーランドの王国のはずれの、薄気味悪い妖魔の森の差し掛け小屋に、たった一人でおとものワタリガラスと生活をしており、ときおり訪ねて来る世間の貧しい人々を相手に、手相見や人相占い、ちょっとしたまじないなどをして、生計を立てていたのだ。
 最初、王宮からの使いが、森の奥の差し掛け小屋におもむいた時、この婆は灰色のマントについたフードの下から、使者をじろりとにらんで、
「ふん! そんな役目は、お断わりじゃよ!」
 と、すぐに木戸を閉めてしまった。
 しかし、城からの使いが幾度も続き、しまいには王室顧問官みずからが、特別にかごを仕立てて、婆の助言を乞い願いに現われると、婆もとうとう折れたのか、古ぼけた木の箱にまじないの道具を詰め込んで、城の使いが用意した二番目のかごに乗り、王城めがけて出発したのだった。
 城に到着すると、婆はさっそく大臣たちと面談をしたが、ロデリア姫失踪の事実と、それにほかならぬ宮廷大魔法使いが、一枚かんでいることを知らされると、さすがに度肝を抜かれた。だが、余計な詮索で時間を無駄にはせず、さっそく王宮の依頼に応える準備を、婆は始めた。婆は〈水晶の実占い〉の名手として、あまねく知られていた。
 この〈水晶の実占い〉というのは、バルト世界の一地方に生えている、〈水晶の樹〉になる実で未来のことどもを占う、典型的な〈タルパ・タルパ〉の一種で、れっきとした魔法使いからは、ことのほか軽蔑されていたが、下々の人々のあいだでは、たいそうな人気があった(“高級魔法”では、時間の秘密をのぞく魔法は、異端とされていたから、未来を占うこの術が、とりわけ正当な魔法使いから軽蔑されていたのは、やむをえないことだった)。占いには、王宮の庭に一本だけ生えている、観賞用の小ぶりの〈水晶の樹〉が使われ、婆は〈水晶の樹〉から、ある決まったやり方でえらんだ実を、毎朝一つだけもぎ取ると、ナイフで割って、中の種の並びを調べ、その日、宮廷がやるべきことを告げ知らせるのだった。
 その日も、婆はいつものように実を一つもぎ取って、お城に用意されたまじない部屋にこもった。
 しばらくして、婆はわけのわからない叫び声を上げて、部屋から飛び出して来た。
「―― い、一大事!―― 一大事ですじゃ!―― か、か、か、帰って―― 帰って―― まいりますじゃ!―― か、か、か、帰って―― 帰って―― まいりますのじゃ!」
「帰ってくる? 一体、誰が帰ってくるのだ? はよう言わぬか、婆どの! 早う! 早う!」
「か、帰ってくるのは―― 王女さまに―― パ、パピリカどのと―― そ、それに―― み、見たことも―― き、聞いたこともない―― い、異世界からの、お、お、お客人が、い、一名―― こ、この世界に―― お、思わぬ運命を―― も、もたらすでしょう!―― み、実はそう―― つ、告げて―― おりまするわい!―― 」
 たまたま近くにいたなまくら大臣がそれを聞き、王宮は上を下への大騒ぎとなった。
 宮廷は、いつ、どこに現われるかわからない王女を、とりあえず保護するべく、兵士たちをあちこちに派遣することにして、マデリンの城に向けても使いを走らせたが、その使いはマデリンに会うことはかなわなかった。何しろマデリンは、その時パピリカに、時間ごと固められていたのだから。
 ようやくパピリカたちが、お告げの通りに現われると、ファルコム師団長が、王女たちを出迎えに現われたというわけだった。
「ええい、衛兵たち! この者たちをとらえなさい! 早う! 早う! 何をぐすぐずしているのですか!」
「違うわ、お母さま! この二人はいけなくないわ! いけないのはこのわたくしよ! この二人じゃなくてよ!」
「お黙りなさい、ロデリア! 衛兵たち、何を突っ立っているのですか! 耳が聞こえないのですか!」
「まあ、お待ち、奥や。この子の言い分を、まずは聞いてみようじゃないか。おまえたち、下がっていてよいぞ。用があれば呼ぶほどにな」
 兵士たちは困った顔で、王と王妃を見くらべていたが、やがて国王に一礼すると、控えの間に下がって行った。
「あれな正直者らめが。わしと奥の顔を見くらべておったわい。さあ、話すがよい、わが子よ」
 そこでロデリア姫は、パピリカと王宮を去ってからの一部始終を、包み隠さず国王に打ち明けた。
「―― あいわかった。つぎはそなたの番だ、パピリカ・パピリトゥスよ。何なりと申し開きをするがよい、もしもできるものならばな」
「国王陛下のお言葉、わが胸にしみまする」
 パピリカは一礼して、話を始めた。
「―― かようなる次第で、わたくしどもは、おめおめと、この場所へ舞い戻ってまいりましたのです。この上は、いかなる処罰も、甘んじて受ける覚悟はできております」
「あたりまえです! 図々しい!」
 王妃の言葉に、パピリカは一礼して、くちばしを閉じた。
「つぎは、そなたの番じゃ、お客人。聞けば、子とは、“魂のふたご”とあいなったとか。そなたは外国人(とつくにびと)でありながら、なぜ、ここへと参ったのじゃ? そのわけを申せ」
「あのう―― わたくしは―― べつだん―― まいりたくて―― まいったわけじゃ―― ないんで―― あります―― 」
「陛下、そのわけは、わたくしからご説明いたしましょう。このお方は、なれぬ異世界の言葉づかいに、とまどっておられるようですから―― 」
「黙りゃ、さしでがましい! 陛下はお客人にきいておるのじゃ!」
 王妃の叫び声に、パピリカは震えながら、王妃におじぎをした。
 ゆりかは、つっかえつっかえ話をした。
「ふうむ!」
 と、王さまはうなった。
「そなたの言うことが、真実かどうか、あとでマデリンめに確かめずばなるまいな。だが、もしも真実だとすると、そなたには、何の罪とがもないことになる。牢にぶち込めば、気の毒というものだ。なあ、おまえ?」
「あやしいものですよ。その舌に魔法がかけられているとすれば、口ではなんとでも言えますからね」
「わたし、魔法なんて関係ありません!」
「そうじゃ。〈水晶の婆〉に占わせてはどうかな? このお客人めの話が真実か否か、あの婆なら、とくと見抜こうほどにな」
 すぐに〈水晶の婆〉が呼び出された。
 婆は用向きをうかがうと、ただちにまじない部屋にとって返し、占いに必要な道具を取って戻って来ると、机と椅子と、水を張ったたらいを用意させ、まじないを始めた。
「おいで、お客人」
「ええっ? わたし?」
「そうじゃ。おまえさんの言うのが本当かどうか、この婆が占ってしんぜるほどにな」
〈水晶の婆〉は、だぶだぶとした服のたもとから、小さな木切れと赤い糸を巻いた、細い糸巻きを取り出すと、糸を木切れにゆわえつけた。婆の肩先で〈使い魔〉のからすが鳴き声を上げ、ゆりかは、からす天狗の手下たちのことを、ふと思い出した。
「おんや? おまえさんの心臓は、どこにあるのじゃ? たらいの水が、こそりとも動かんぞ」
「この子は、二番目の体を、よそに置いてきたのですわ。マデリンがこの子に術をかけて、この子の体を二つにわけてしまったのですわ。ですから、この子の心臓は、おそらくはまだ、あの娘の城のどこかにあるのですわ」
「それは、まことか?」
 国王がゆりかにたずねた。
 ゆりかがうなずくと、王さまは鼻に手をあてがって、考えていたが、
「あいわかった。続けよ」
 (わたしってば、よく生きてるよなあ。これが夢なら、いいかげんに覚めてよ!)
 老婆は、右手でゆりかの手をつまんで、左手で木の切れはしを、たらいの水の上に浮かべた。
「走れ、走れ、語りの枝よ。われにあまさず、伝えよ、水よ―― これで、よし、と。そなた、名は何と申すのじゃ?」
「あ、あの―― て―― 天堂―― ゆりかです―― 天は天国の天、堂はお堂の堂。あとは、ひらがなです」
「ふうむ。して、その名の由来はなんじゃ?」
「―― ゆらいって?」
「名前の意味のことですよ」
 パピリカが説明しかけると、王妃が手で払いのけて、
「そなたのその名前は、何から来たものなのか、この婆に申せ」
「知らない。そんなこと、考えたことないもの」
「そなたの名前じゃ、知らぬはずはなかろう!」
「お母さま、ゆりかはニンゲンの国から来たんです。私たちとは違うのよ」
「お姫さま、ものにはなべて名前がありまするのです。そして、名前というものには、当座の意味とは別に、隠された意味があるものなのです。ちょうど、すべてのこの世界のできごとに、あまさず隠された意味があるように」
「馬鹿々々しい!」
 パピリカが聞こえよがしにつぶやいたが、王も王妃も頭から無視した。
「さあてと、いかがでしょうかな? 王女さまの“魂のふたご”であるお方ならば、何の由来もない名前など、つけられるはずもないはずですじゃ」
「ええ・・・と、待ってよ・・・『ゆりか』っていう名前には・・・確か漢字で書くと、『ユリの花の香り』っていう意味があるんですって。いつだったか、ママが教えてくれました」
「まあ、あなたにぴったりだわ、ゆりか!」
 ロデリア姫が手を打って、よろこんだ。
「お姫さま、お静かにお願いしますですよ。ふうむ、ユリの花の香りね。ほかに意味はないのですかえ? そなたの身に起きたできごとを解く、手がかりになるような、ほかの意味は?」
「ほかの手がかりって言われても―― あっ、そうだ! いつだったか、からす天狗さんがあたしの名前を聞いて、『ベルバラ』って叫んでました!」
「それを言うなら、ヴァルハラでしょう。ニンゲンの世界で、神々や英雄の霊が住むと言われる、天の玉座のことですわ」
「ほほう! それそれそれ!」
〈水晶の婆〉はパピリカの言葉にうれしそうに叫ぶと、老婆の手にした糸の先で結んだ木切れが、ぐるぐると回り出して、たらいの水の上を、ジグザグに走り始めた。
「ほかには、ないのですかえ?」
「そうだわ! 『ゆりか』っていう名前には、“見つけた”っていう意味があるんですってよ。どこかの国の言葉で―― 確かギリシャ語だったかな?―― ずっと以前に、わたしのパパが教えてくれました!」
「ほうじゃろう! ほうじゃろう! 『われ、天の宮居を発見せり』。おまえさんの名前には、そういう意味があるんじゃろうね。それがすなわち、そなたの天命なのじゃろうね」
「店名? あたし、お店をやるの?」
「あなたの運命のことを言っているのですわ。たわごともここまで来ると、本当に立派なものですわね。感心いたしますわ」
 パピリカが聞こえよがしに、くすくすと皮肉たっぷりに笑った。
「〈名前の読み取り〉のまじないは、それくらいになさい、ミカルド。そなたをここへ呼んだのは、ほかの役目のため。それを忘れるでない」
 王妃は〈水晶の婆〉の名前を口に出して、あえて注意をあたえた。これは、王宮のしきたりでは、そうそうあることではない。
「これはこれは、私としたことが、めっきりと老いぼれてしもうたですかな。さてさて、それでは尋ねるとしますかな。そなたが王さまに申し述べたことは、まことか嘘か? 世をたばかった、いつわりではあるまいな、お客人?」
「ま、まことです―― はい、本当のことです」
「ふうむ。このお客人の言うたことには、毛ほどの嘘、いつわりはないようですじゃ。糸の先で木切れが、生きのいい虫のように、ぴょんぴょんぴょんと跳ねておりますからな。すべて、いつわりなしの、まことのことですじゃ」
「その通りよ、お父さま! ゆりかは正真正銘、潔白です! わたくしの“魂のふたご”ですもの!」
「ロデリアよ、あいわかった。このお方は、おまえのご恩人らしい。王室のお客人として、今後はお迎えいたそうぞ―― イパメルや、このお方に、お部屋をご用意いたせよ。イパメル! イパメル! おお、そこにおったか、イパメルや。くれぐれも、丁重におもてなしをするのだぞ」
 控えの間の入り口まで下がっていた、例の若い侍女が、深々とおじぎをした。
「それから、このお客人の、失われたもう一つのお体のことだが―― さっそくブルガマデリン城に使いを走らせ、そのお体を持参するようにと、マデリンめに申し伝えよ! よいな、ファルコム?」
「おおせ、かしこまりました、陛下。さっそくにも、手配して参ります」
 ファルコム師団長は軍人らしく、てきぱきと敬礼して出て行った。
「ところで、のう、パピリカ・パピリトゥスよ。おまえの身分だが、おまえの王宮の一員としての、これまでの地位は、無しにせずばなるまいぞ。さりとて、おまえを客人として迎えるわけにも、到底まいらぬ」
「心得ておりますわ、陛下。すべては陛下のみこころのままですわ」
「衛兵たち! このクジャクめを、牢に閉じ込めよ! 一日中、見張りをたやすでない! パピリカ! そなたも宮廷大魔法使いの身分を、ほしいままにした身であったのだから、〈神聖ふたまたハンノキ〉の枝にかけて、今後、魔法で牢脱けや牢破りを一切しないと、ここで約束をいたせよ!」
「陛下、お約束いたしますわ。聖なる〈百眼のアルゴス〉のたっときつばさの、眼状模様の一つ一つにかけましても、魔法で牢脱けも牢破りも、一切いたさないと、お誓いいたしますわ」
「それでこそ、パピリカじゃ。衛兵たち! 衛兵たち! このクジャクめを、引っ立てい!」
「待って!」
 ゆりかは無我夢中で叫ぶと、パピリカに群がった兵隊たちに、飛びかかって行った。
「お客人、いかがいたしたのだ?」
「パピリカさんは―― クジャクさんは―― いい人よ!―― とっても―― とっても!―― だから、つかまえさせるなんて―― いけないわ!―― 王さま! パピリカをつかまえさせないで!―― お願い!―― お願い!―― ロデリア! ロデリア! ロデリア!」
「そなたには関係のないことですよ、お客人。これはわが王国の不始末。本来、王宮で働く者が、絶対にしてはならないことを―― 本当に憎むべきことを、この者はしたのですからね。王権に対する裏切りは、即刻、死罪か追放こそがふさわしい。牢につなぎ、裁判にかけてやるのは、わが方のいわば慈悲というもの」
「でも、お妃さま!―― パピリカさんは―― お姫さまのために―― したことよ!―― お姫さまが―― きらいな相手と―― 結婚しなければならないから!―― そうでしょう、パピリカ? そうでしょう、ロデリア?」
「そうよ! ゆりかの言う通りよ! 駄目よ、お父さま! つかまえさせないで! つかまえさせないで!」
「ゆりかさん、よろしいのですわ。心配はいりませんのよ―― 私なら平気ですわ。とうの昔に、覚悟はできておりましたもの」
「でも、パピリカさん―― 」
「―― でも、はなしですよ」
 ゆりかがパピリカを見つめていると、クジャクはほっそりとした首を、ゆりかの肩にもたせかけて、突然ささやいた。
「安心していなさい。このパピリカ・パピリトゥスめは、あなたを裏切ったり、失望させたりはしませんからね」
 パピリカはにっこりと笑って、くちばしの先で、ゆりかの鼻の頭にキスをすると、衛兵たちの一団に引き立てられ、おとなしく部屋を出て行った。






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