パピリカ登場
ああ! わたし、ここで死ぬんだわ! 助けて! 助けて! 助けてえ―― っ!!! その時、まばゆい光線がゆりかの目に射し込み、ゆりかは一瞬、目がくらんだ。 つぎの瞬間、ゆりかは信じられない光景を、目のあたりにしていた。 大人の背丈ほどもある、一羽の大クジャクが、全身をみどり色に光らせて、部屋の中央に立っていたのだ。 「あああっ!!!」 大クジャクは、ゆりかの声に、ちらりとふり返った。 「おお! パピリカだ! パピリカが来たぞ!」 男たちのどちらからともなく、叫び声が上がり、二人はわれ先に、図書館の入り口へと駆け出していた。 「ふふん! 馬鹿々々しい!」 クジャクが一声うなると、一回だけまばたきをした。二人の男たちがドロドロに溶けて、服も残さず消え失せた。 「ああっ! と、溶けた!」 ゆりかのすっとんきょうな叫び声に、クジャクはまたゆりかをふり返り、ちょっと困った顔をした。 つぎの瞬間、クジャクは現われた時と同様、まぶしくみどり色の光を放って、消えた。 ゆりかは悲鳴を上げながら、いつの間にか図書館を走り出していた。 一体、どこをどう走ったものか、気がついた時、ゆりかは学校の裏手にある、交番の前に来ていた。 「どうしたね? だいぶ、あわててるみたいだが」 年をとった警官が、ゆりかに気がついた。 「た、たた、大変よ! が、が、学校で、きえ、きえ、きえ、消えちゃたの! 消えちゃったのよ!」 「学校で、何か起こったんだね?」 年とった警官が立ち上がり、ゆりかに手を引かれて、黙って歩き出した。 ゆりかは学校の図書館の前に、警官を連れて来ると、入り口を指さした。 「あの中で、何か起きたんだね? ちょっと待っていなさい」 警官は図書館の中へと入って行ったが、すぐに入り口に現われると、 「きみ! ちょっと、こっちへ来なさい! 何があったふりをして、私を呼びに来たのかな?」 「ええ? あ・・・あの・・・わたし・・・あの・・・み・・・見たんです・・・二人の・・・おじさんたちが・・・」 「ふん! おじさんたちが、どうかしたのかね?」 「・・・あ・・・あの・・・あの・・・その・・・あの―― ご・・・ごめん・・・なさい・・・」 「ごめんなさいとは、どういうことかな? おじさん、これで結構いそがしいんだからね。きみ、名前は?」 「て、天堂・・・ゆりかです」 「この学校の生徒さんかね?」 「はい・・・四年・・・一組・・・です」 「どうして、こんなことをする気になったの? おじさんに言ってごらん」 ゆりかはつばきを飲み込んだ。 おまわりさんは、急に優しい顔つきになると、 「ところで、きみは学校の勉強で、何か得意なものはあるのかな?」 「えっ? あ、あの・・・はい・・・い・・・いいえ・・・な、何も・・・」 「ふふふ。正直でよろしいな。勉強以外で、きみの得意なことは、何なのかな?」 「・・・ああ、あの・・・ええっと・・・絵を描く・・・こと・・・です」 「ほう、絵を描くのかね」 「それに・・・詩を書くのも・・・好きです」 「ほほう、大芸術家さまというわけなんだね。きみはこんな時間に、何をやっていたんだね? もうとっくに学校は終わっているんだろう? 忘れ物でも、取りに来たのかね?」 「あ、あの・・・で、電話が・・・かかって・・・きたんです・・・わたぬき・・・先生から・・・あっ、わたぬき先生、どうしちゃったのかな?」 「何だい、そのたぬき先生って?」 「うちのクラスの担任の先生です。先生、どこに行っちゃったのかな?」 ゆりかは図書館の入り口から中をのぞいたが、床に倒れていたはずの先生は、どこにも見あたらない。ゆりかは急に早口になると、わたぬき先生から電話があって、ここに呼び出されてから起きたことを、おまわりさんに、しどろもどろに告げた。 「ふうむ・・・本官は、どうしたものかなあ」 「嘘じゃないんです! 本当に見たんです!」 「そうだろうね。きみは見た。というより、見た、と思い込んだんだ。おじさんにもおぼえがあるよ。おじさんは小さい頃、山奥の小さな村で育ったんだけど、ある晩、バレーボールくらいの大きさの、これっくらいの火の玉を見たんだよ。もちろん、誰も信じちゃあくれなかったがね。おじさんは今でも信じてる、あれは絶対ひとだまだったって。さあ、きみ、もう遅いから帰りなさい。お家の人が心配するよ」 「で、でも、わたぬき先生が・・・」 「その、たぬき先生のことなら、大丈夫。明日になれば、ちゃんと学校に来ているさ。おじさんが家まで送ってあげよう」 「あ・・・あの・・・だ・・・大丈夫・・・です・・・」 「そうかい。それじゃあ、まっすぐ家に帰るんだよ。おじさんはもう行く」 おまわりさんは笑って、図書館から出て行きかけたが、ふと、ゆりかのところに戻って来ると、 「空想することは大事なことだよ。だから空想するのを、やめてはいけないよ」 そう言って、おまわりさんは立ち去ってしまった。その時ゆりかの目が、床の隅に落ちている、何かを見つけた。 「こらあ! 何をやっとるかあ!」 急に声がすると、宿直のみやすいちふさ先生が、入り口に立って、ゆりかをにらみつけているのが目に入った。 ゆりかが答えられずにいると、体育係のジャージの先生が、急に優しい顔になって、 「何か、忘れ物でもあったんかい?」 「ええと・・・あ・・・あの・・・わ・・・わたぬき先生に・・・言われて・・・来たんです・・・先生はまだ・・・学校ですか?・・・」 「先生なら、用事があるからと、とっくに帰られたよ。きみも早く帰りなさい」 ゆりかは頭の中が、急にくらくらとしてきた。
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