再会 (その二)
ゆりかが止めるのも聞かずに、ロデリア姫とパピリカは出発の準備を整えると(パピリカが魔法で出したテーブルと椅子を、魔法で“無”の世界へと引っ込めただけだったが)、 「あなたはどうなされますか、ゆりかさん? これからは、相当の苦難が待ち受けているでしょう。あなたは元の世界に帰られた方が、よろしいのではありませんかしらねえ?」 「冗談ばっかり! わたしもいっしょに行くわよ! そりゃあ、ちょっぴりこわいけど、わたしもお姫さまの結婚には関心あるし、それに―― 」 「わかっておりますわ、あなたのもう一つのお体のことですね。わたくしがなんとか取り戻すという、お約束でしたからね。ゆりかさん、あなたは、このわたくしがこれまで出会った中で、正真正銘、いつわりなしの、真のつわものですわ。もう、これ以上は何も申しません」 「そうよ、パピリカの言う通りだわ」 ロデリア姫は自分のふっくらとした胸に、ゆりかの手を取って押しつけると、
「“定めは はや 定まりぬ 女神フレイアの 黄金の糸車さえ その重き石うすの 回転にも似た 〈運命〉のそぞろなる歩みを 変えるすべとて もはや持ちあわせぬ”
これは聖詩人セレニウスの息子の、小セレニウスの詩よ。 ゆりか、あなたを私に引き会わせてくれたのが、もしも運命ならば―― 私は喜んで、この運命に従います。たとえ、お暗い野に咲く祈念花の、赤い花びらのひとひらに変えられて、この身を怪鳥ハーピーに食べられようとも、怪鳥ハトホルの黄金色の泥でこねた神像の前で、この身を生贄の肉柱に変えられようとも、ゆりか、私の心は永久にあなたのもの―― 永久にあなたの奴隷なのよ」 ゆりかは胸がいっぱいになり、王女に手を握られたまま、深々とおじぎをした。 パピリカが、二人に向かって宣言をした。 「これから、わたくしどもの身に、何が待ち受けているかはぞんじません。ですが、わたくしどもが、この決意を悔やむ日は、永久に来ないと言えるでしょう。それでは王宮をめざして、いざ出発!」 *
ゆりかが身がまえた瞬間、光のあぶくがはじけて、広い往来の真んまん中に、三人は立っていた。ゆりかはあやうく、悲鳴を上げかけた。 「あんまり、きょろきょろなさらないで! このまま胸を張って、堂々とお城の門まで行進するのですわ!」 パピリカがゆりかの耳もとで、ささやいた。 気をとり直したゆりかもまじえて、一行が歩き出すと、その場にいた人々や生き物たちが、うやうやしい目つきで一行をながめ始めた。 何と言っても、人々を驚愕させたのは、一行の前を胸を、張って堂々と歩く、ロデリア姫の威厳に満ちた姿だった。 長の年月、ロデリア姫が行方不明になっていたといううわさは、国中に広まってはいたものの(人々の口に戸は立てられないからだ)、正式に王宮から発表されたことは、一度もなかったので、その場に居合わせた者たちのほとんどは、まさかそれが自分たちの慕う王族の一員であるとは、夢にも思わない。それに、王宮はロデリア姫の替え玉を常に用意していたので、これまで国民に気づかれることはなかったのだ。 一行がお城の門までやって来ると、突然、門が開いて、青紫色の軍服を着た美しい身なりの将校の一団が、こちらへとやって来るのに出くわした。将校たちは、オレンジ色の房毛をつけた、世にも見事なそろいの軍帽をかぶっていた。ズボンは白いキュロット・スタイルの粋な仕立てで、しゃれた黒い房毛つきのブーツをはき、地面に届くほどの金さやの長いサーベルを、腰のベルトに下げている。 金と銀色の房毛のついた軍帽をかぶった、美しいオオタカの将校が、先頭に立って近づいて来ると、パピリカがゆりかに耳打ちをした。 「あれは近衛連隊きっての伊達男、ファルコム・パーピリス連隊長ですわ。私が王宮にいた頃からの、水ぎわ立った男ぶりは、相変わらずのようですわね―― 。お出迎えご苦労さま、近衛連隊のみなさん」 「ロデリア姫さまとお見受けいたしまするが、尊いご身分をあかし立てする証拠の品を、よもや、お持ちではあらせられますまいか?」 ファルコム・パーピリスが、慎み深い中にも断固とした口調でたずねると、ロデリア姫は、あのゆりかと知りあうきっかけともなった、銀色の〈孔雀天使のブローチ〉をえり飾りの下から取り出して、ファルコム連隊長に突きつけた。 ファルコムは、気をつけの姿勢をとった。 「ロデリア姫さま、ならびに宮廷付き大魔法使いパピリカ・パピリトゥス、ほか一名の者よ―― (ファルコム・パーピリスは、ちらりとゆりかを見た)―― 〈水晶の婆〉のお告げにより、近衛師団将校一同、ロデリア姫さまをお出迎えに、参上つかまつりました!―― (ブーツの踵を打ち鳴らし)―― 姫ぎみさまには、おすこやかにあらせられ、まことに恐悦至極にぞんじまする!」 「あなたのお子たちは、元気にしていますの、ファルコム・パーピリスどの?」 パピリカが、わざと陽気に連隊長に声をかけたが、連隊長は聞こえなかったふりをした。(実際には連隊長は、とうの昔に、近衛師団長に出世をしていた) 「出迎え、大儀。皆の首がうちそろい、私はうれしく思いますよ」 ロデリア姫が胸をそらして威厳たっぷりに言うと、師団長以下、近衛将校の一団は、かしこまってロデリア姫に敬礼をした。 突然、ファルコム師団長の注意が、ゆりかに向けられた。 「こちらの、見なれない奇妙な顔立ちのお方は、どなたでしょうか?」 「この人には、かまわないでちょうだい。わたくしの、“魂のふたご”ですからね」 ロデリア姫の言葉に、将校一同がたじろいだ。 「では、ごいっしょにお連れするといたしましょう。おい!」 師団長の声に、鎖につないだ鉄のはめ輪を持った、さえない人間の兵隊が進み出て、パピリカをとらえようと近づくと、パピリカはつばさをふって、その兵隊に打ちかかった。 「無礼者! わたくしを誰だと思っているのですか? わたくしは逃げも隠れもいたしませんですわ! こんな物は、無用に願いますよ!」 くだんの兵隊は、困った顔つきで師団長を見た。 師団長がうなずくと、兵隊はすごすごと、列の後ろに戻って行った。 「いざ、まいりましょう! かしらをあげて、向かうはわが王宮の門!」 パピリカ・パピリトゥスが、まるで自分がこの場のリーダーででもあるかのように、宣言をした。一行は、ロデリア姫を真ん前に、城門へと行進を始めた。 一行はなにごともなく門をくぐり、びくびくするゆりかをともなって、王宮の建物の前に到着した。 「部下がお供するのは、ここまでです。あとは、わたくしめがご案内いたします」 ファルコム師団長が言うと、パピリカは、さすがに逃げ出したいくらいの恐れを感じたのか、二、三度まばたきをしたが、それでも何も言わなかった。 一行は王宮に入り、ぴかぴかに磨かれた、鏡だらけの大広間を通り抜け、廊下を奥へ奥へと進んだ。一行が進むにつれ、建物のそこかしこから、女官や侍女たちが現われて、おどろいた顔つきで一行をながめ出した。一行は〈玉座の間〉の入り口へ到着した。 「国王さまとお妃さまは、中でお待ちです。わたくしめは、ここで控えております」 「ご苦労でしたね。奥方とお子たちを連れて、一度、私に会いにおいで。もしも、いやでなかったらね」 「ははっ。かたじけないお言葉、おそれいります、王女さま」 「ファルコム・パーピリスどの。つきましては、このお方を〈渦巻く嵐の間〉へと、ご案内していただきたいですわ。わたくしどもが、国王さまとお妃さまに、お目通りするあいだだけでもね」 「あら、いやよ、パピリカさん。わたしならいっしょに行くわ。一人にしないでよ!」 「いけませんわ、ゆりかさん。ここはぜひとも、わたくしの言う通りになさい。さもないと、あとで後悔しますわよ。ああ、あなた」 パピリカは、その時、近づいて来た一人の侍女に呼びかけた。 その若い侍女は、ベージュ色の、おそろしく丈の長い、みどり色のスカートをはき、頭にはみどり色の、長いヴェールのついた三角形の帽子をかぶり、宮廷に働く身分をあらわす、濃いみどり色と薄いみどり色の、市松模様に染め抜いた、派手なエプロンを身につけていた。 パピリカが同じことをくり返すと、侍女は、パピリカの言うことを聞いてはいるようだったが、何の反応も示さなかった。 「そなた、名前は何というのだえ?」 あらためてパピリカがたずねると、 「名はイパメルと申します、マダム」 「では、イパメルや。パピリカに言いつかったことを、実行してちょうだい」 ロデリア姫が、パピリカにかわって命令した。イパメルは、王女の声が聞こえたというしるしに、かすかにうなずいたが、やはり動こうとはしなかった。 「なぜ黙っているの? わたくしの言うことがわからないの? それとも、わたくしの命令が聞けないとでも?」 「その通りだ、姫よ」 よく通る太い声が、〈玉座の間〉の入り口から響いてきた。 ロデリア姫がふり返り、 「お父さま!」 と叫んで、その場に現われた人物に、かじりついて行った。 カンバーランド王国の現君主、ロデリア姫の父君にして、パピリカの主人、カンバーランド王国第十三代支配者、アドルファス“金獅子王”キンケリアン十世は、ビヤ樽に似たずんぐりした体型の、どちらかと言えば愉快な顔つきの王さまだったが、長年の苦労がたたったのか、今ではすっかり疲れきった、うちひしがれた様子をしていた。それでもヒゲを生やした大口を、貝のように開いて大声で笑い出すと、 「そなたのような、親不孝者の馬鹿娘を持った、愚か者のあほう親の顔が、ぜひともに拝みたいものだな。さぞかし、胸のすく見物になるだろうて。のう、パピリカ・パピリトゥスよ」 「おおせ、ごもっともかと」 「あいかわらずだのう。だが、そのへらず口、いつまで叩けるものやらな」 「あなたなのですか? 本当に、私のロデリアなのですか?」 「お母さま! お母さま!」 ロデリア姫は叫び声を上げて、倒れ込むように、その場に現われた長身の王妃にしがみついた。 ロデリア姫の母ぎみ、カンバーランド王国々王妃アムンゼルムス=ゲルダムンダは、あわい灰色の瞳に、やつれきった、青ざめた頬をして、今にも折れそうな体を、意地と気力だけで支えて生きているといった感じの、見るからに不幸そうな女の人だった。 ゆりかはこんなにも美しくて、こんなにも気の毒そうな女の人を、見たことがないと思った。 今、母王妃は、か細い両腕を娘に回して、 「本当に―― 本当に―― 私のロデリアなのですか?」 と、うわごとのようにくり返しながら、娘のあごに手をかけて上向かせ、その目をじっとのぞき込んでいた。 ロデリア姫が、ゆりかにはよく聞きとれないつぶやきを、やはりうわごとのようにくり返すと、母王妃は娘を乱暴に揺さぶってさえぎり、母と娘は抱きあったまま、おたがいをむさぼるように立ちつくした。 「よかったわねえ、パピリカ。お城に来たかいが、これであったわねえ」 ゆりかが、もらい泣きをしながら言うと、 「さあ。それはどうでしょうかしらね。今後の王宮の出方しだいでは、あなたの涙も、じきに乾くことと思いますがね。しっ! 王妃さまが、何かおっしゃるつもりだ。くわばら、くわばら」 その時、母王妃がこちらをふり返って、燃えるようなまなざしで、ゆりかとパピリカをにらみつけた。 「衛兵たち! 衛兵たち! であえ! であえ! であえ!」 次の間にひかえていた警備兵の一団が、手に手に剣を抜いて、駆け込んで来ると、王妃は、 「あそこにひかえておる、汚らわしい裏切り者と、そこな小娘をとらえなさい! 生きたまま火あぶりにして、丸焼きにしてくれようぞ! その方たちの行い、最後の一ダーリンにいたるまで、きっちりと償わせてみせるわ! それ! とらまえたり! とらまえたり!」
|
|