〈ごらん! あそこに見えるのは あれはボンボン あれはチェリー 青いフリルを ひらひらさせて みどりの野原を 越えてゆく
ああ、可愛いな! 素敵だな! 一口ぱっくり かじってみたい! ぼくのこの手で ちぎり取ってさ こ あの娘(こ)は シュガーパイ かわいい チェリーパイ 誰もが ほしがる ケーキな娘(こ)!〉
(カンバーランドのさるお菓子職人が、結婚式を目前にして亡くなった愛娘を悼んでこしらえた、“生きている人形”ことシュガーケーキの歌姫アイシング嬢が、ロデリア王女帰国の歓迎の宴で披露した歌)
第二部 ゆりか、魔法の国へ・・・
マデリンの城
ゆりかは、どろどろした茶色い流れが、周囲にうず巻くのを感じていた。 つぎの瞬間うずが途切れ、ゆりかは明るい光の中に飛び込んでいた。 見なれないフードをかぶった、黒いガウンを着た三人の人影が、じろじろと真上からゆりかを見下ろしていた。 「あれ、ママ、もう朝なの? それとも、まだ夢の中なの?・・・今、何時ごろ・・・なの?」 「ア・プル・プルプル、ア・パラ・ピロピロ」 黒いフードの人影の一人が、ゆりかを指さして、わけのわからないことをささやいた。 (あっ、これはまだ夢の続きなんだわ。まだ眠り足りないんだろうな) そう考えた瞬間、ゆりかはコトリと眠りに落ちていた。 つぎに目をさますと、お日さまがゆりかを照らしていた。ゆりかはびっくりして、はね起きた。 (ここは・・・どこかしら?) あたりを見まわすと、石造りの牢屋の中だった。 ゆりかが太陽だと思ったのは、天井に近い石の壁に開いた、明かりとりの窓から差し込む、ゆらゆらと揺れる、ぼんやりとした月の光なのだった。 ゆりかは二、三度、まばたきをした。 窓からもれてくるのは、月の光なんかではなくて、たいまつの放つ、にぶい炎の明かりのようだった。 「おや? 気がついたんだね」 ゆりかははじかれたようにふり返った。 黒いフードつきのガウンを着たマデリンが、腕組みをして立っていたのだ。 やっぱり同じようにガウンを着た、背高のっぽと太っちょの二人組も、寄りそうように立っている。 「ようやくお目覚めだね。こんばんわ、とでも言おうかね」 マデリンがせせら笑った。 「ここは―― どこなの!? おうちに帰してよ!」 「駄目だね。あんたにはこれから、やってもらわなくちゃならないことがあるからね。それにしても、どうだい? たった今、地面から掘り出された、やせこけたミミズそのものじゃないか!」 マデリンが自分の冗談に、自分で笑い転げた。 「どっちにしろ、その格好で、城の中をうろつかれるのはいやなこった。これを着てもらおうか」 マデリンが指をはじくと、のっぽの手にした金の小箱から、黒い生き物のような何かが飛び出して、ゆりかに覆いかぶさった。 「それでいい。城の中を汚されちゃ、かなわないよ」 ゆりかが生き物だと思ったのは、マデリンとおそろいの黒いガウンで、いつの間にかゆりかの体に、ぴったりと合わさっている。 「それから、この二人は、ポリロ・ポリローニとジフテリア・キューさ。おぼえているだろう?」 「いつぞやは、小学校とやらで、お会いしましたっけかな」 と、のっぽのポリロ・ポリローニが言うと、 「さよう。あれは、とんだハップニングでしたな」 と、太ったジフテリア・キューも、調子をあわせた。ジフテリア・キューなどは、丸まっこい体で宙返りをして見せ、鼻から白い煙を吹き出した。 「ふ、二人とも、生きてたのね! あんたたち、パピリカの魔法で、と、溶かされたと思ってたけど―― それじゃあ、生きてたんだ!―― あの時のこの二人も、あなたがあやつっていたのね?」 それは誰あろう、小学校の図書館でゆりかを待ちぶせていた、あの黒づくめの二人組だった! 「前にもそう言ったろう? ついでに言うと、マンドラゴラもマボロシも(ほら、にせのあんたに化けたやつさ)、あたしが差し向けたんだよ。おまえは、なかなかうまく切り抜けたよ。ニンゲンの子供にしては、上出来さ。だが、もう、それもおしまい。これからは、こっちに協力してもらうからね」 「誰が協力なんかするもんですか! おばさんは、人さらいの罪でつかまるから!」 「へっ! おまえを連れて来るのと入れ違いに、ちゃーんと、替え玉のおまえを、おまえの家族のもとに送り込んであるんだよ―― おっとっと。危ないね! 乱暴な子だよ!」 マデリンは危ういところで、ゆりかのこぶしをよけると、 「うふふふふ、馬鹿な子だよ。まあ、すぐに、むきになっちゃうところが、たまらなく可愛いんだけどね。おい、ポリロ・ポリローニと、ジフテリア・キュー。あんまり手荒く押さえなさんなって。おまえたち二人して、その子を連れて、城の中を案内しておやりよ。あたしはしばらく準備に手間取るだろうから、それまでの時間つぶしだ。城の司令塔で、会うよ」 マデリンは右手を上げると、煙といっしょに消え失せた。 「行きましょう。面白いものを、お見せしますですよ」 「さよう、さよう。面白いものを、いっぱい、いっぱい、お見せしますですよ」 と、ポリロ・ポリローニとジフテリア・キューが、愛想よく言った。 ゆりかが逃げ出そうとすると、二人がすぐにゆりかをつかまえた。 「お逃げにならんでくださいな! あの時のわたしたちとは、わたしたちが違いますから!」 「そうです! このジフテリア・キューめも、一味違いますですよ!」 こいつら、何を言っているのだろうと、ゆりかはいぶかった。 暴れても勝ち目がなさそうなので、ゆりかはおとなしく、二人について歩き出した。 城の中は思ったよりも広くて、石組みの通廊や、たくさんの骨董品で埋めつくされた大きな部屋が、いくつも、いくつもあった。弓矢や槍、鉄砲や斧、剣などの物騒な武器や武具が、壁一面に飾られている大広間もあった。 「ここは〈戦いの間〉ですよ。これだけの武器のコレクションを誇るのは、国中を探しても、マデリンさまのほかにはおりますまい、国王さまを勘定に入れてもね」 と、ジフテリア・キューが自慢をした。 「あら、あれは何?」 「ああ、あれですか。あれは、〈アーラム一世の特大目覚まし砲〉ですよ。かの王は毎朝、にわとり小屋の前であれをぶっ放しては、飼っていた十万羽のにわとりどもの目を、無理やり覚まさせたものですよ。今はもう、使ってはおりません。だいぶん昔のことですからな、アーラム一世のいた頃というのは」 「ねえ、おじさんたち。おじさんたちは一度、パピリカにやられて溶けちゃったでしょう? どうして、今はなんともないの?」 ポリロ・ポリローニが、急にぞんざいな、荒っぽい口ぶりになると、 「俺たちは、キノコとはしばみの煮汁を混ぜ合わせた生地を、こねて、型抜きをしたあと、レトルト蒸留器にかけて、蒸してこしらえられるんだぜ。そんなこと、誰でも知ってると思ったけどな」 「いろんな形に、こねたりできるの?」 「よかったら、俺たちの仲間が作られるところを、見学しないかね?」 と、ジフテリア・キューが、急に言った。 「ええ、まあ。よろしければね」 ゆりかが承知すると、二人はゆりかを連れて城の階段を昇り降りし、城の一番地下にある、掘り抜いたトンネルのような大きな室の真ん前に出た。 「向こうの作業場で、俺たちのもとになる生地をこねているんだよ。あんたも見るかね?」 「待てよ、ポリロ。この子はきっと、円筒印章を持っていないぞ。円筒印章を持っていない奴を、あの中に入れると、マデリンさまに、あとでこっぴどい目にあわされるぞ。そういうところだけは、やけにきっちりとされているからな、マデリンさまは」 「ねえ、二人とも、そろそろマデリンさんに、会いに行かないといけないんじゃないの?」 「おお、そうだ、そうだ。この子の言う通りだな。早く司令塔へ行かねばね、また大目玉を食らうぞ」 ジフテリア・キューがあとの二人をせかし、三人は城のてっぺんにある、ものみの塔までやって来た。 塔の一番てっぺんにある、張り出したバルコニーのある石造りの小部屋で、黒いマントをはおったマデリンは、床にうずくまって何かを描いていた。 「なーんだ、馬鹿に早かったじゃないか」 「マデリンさん。あなたにお話があるんです!」 「何だい、ゆりか、こわい顔をしちゃってさ?」 「わたしを、家に帰してください!」 「まーた、その話かい。あんたがおりこうさんなら、その答はちゃーんとわかっているだろうに。あんたにはこれから、ちょいとばっかし、あたしの役に立ってもらわなきゃ」 「役に立つって、何のこと?」 「それをこれから話そうとしていたのさ。これをごらんよ」 マデリンは、色チョークで途中まで描いていた、奇妙なマジック・サークル(魔法円陣)を指さした。 「あんたに頼みというのは、このあたしがロデリア姫をつかまえるために、あんたの分身を呼び出したいのさ」 「ええっ、分身を?」 「そうだよ。あんたが、このあたしに協力するはずがないのは、わかりきってる。だけど、あんたの片割れならばね―― 。ねえ、ゆりか。あんたはあたしのことを、こっぴどい悪党と思っているようだけど、あんたが考えているほど、このあたしは、悪い女じゃあないと思うんだけどな」 「嘘つき! ここに来る時だって、あたしをだましたくせに!」 「あれは、仕方なくやったんだよ。ああするより、あんたとさしで話をする方法がないもんでね。あんたは、すっかりあたしのことを、悪者扱いするしね」 「だって悪者じゃない! 学校にいるうさぎは、あんたのせいで、みんな死んだのよ!」 「ああ、あのことかい。だったら、あれはあたしのせいじゃないよ。あれは、マンドラゴラどもがやったことさ。おい、おまえたち! あの根っこをえらんだのは、おまえたちだろう、このボケナスどもが!」 「そんな―― あれにしておけと言ったのは、マデリンさまの方で―― 」 「さよう、さよう。そうでした、そうでした」 「お黙り! それ以上言うと、両の目玉をほじくって、脳みそをかき出すよ!」 「われわれには、もともと、かき出すほどの脳みそはありませんが」 ポリロ・ポリローニが馬鹿正直に言うと、マデリンが二人をにらみつけたので、二人は紙でできた人形のように震え上がった。 「二人とも、さっさとお行き! さもないと、おまえたちをまた、煮溶かしてやるからね!」 二人のピミリガンたちが、駆け出して行くと、 「ゆりか、もっと、こっちへお寄りよ」 「いやです」 「お寄り!」 ゆりかはビクッとして、言われた通りにした。 「いい子だねえ。さあ、いいものを見せてやろう。外のバルコニーだよ」 ゆりかを連れて、マデリンは外の石造りのバルコニーへ出た。 「ごらんよ、あの向こうに見える城を。あの町なみと―― 。ここは国中が見渡せる、見晴らしのいい場所なんだよ。あのカンバーランドの王城に、王と王妃とロデリア姫とが、仲良く暮らしていたのさ」 森の向こうに、見なれぬ尖塔を持った小ぶりの城が、つつましくも堂々とそびえている。マデリンがどこからか双眼鏡を取り出して、ゆりかに渡すと、ゆりかは手すりから身を乗り出すようにして、レンズをのぞき込んだ。 「うわあっ! あんなところに、お化けがいる! 道路を歩いているのは―― あれは―― ひょっとしたら―― ナーガラージャおばさん!? あっ、違うよね! おばさんは六本足だもんね! うわあっ、あそこにいるのは―― 黄色のフラミンゴみたいよ! もう、いろいろいるんだ!」 ゆりかがながめているうちにも、ぴかぴか光る城門が開いて、きれいな房飾りのついた青い軍服を着た兵隊たちが現われて、どこかへと行進して行った。 「ああして兵隊たちは、日がな一日中、ロデリア姫とパピリカとを探し回っているのさ。表向きは訓練といつわっているけどね。さあ。もう、それだけのぞけば十分だろう。カンバーランド見物はあと回しだ。さっきの続きを話そうじゃないか。あんたに質問があるんだよ。あんたは、パピリカとロデリア姫が逃げている、その本当の理由を知っているのかい?」 ゆりかは用心深く、首をふった。 「だろうと思ったよ。あんたは確かめなかったのかね、パピリカの奴に?」 「―― 確かめたわ。だけど、教えてくれなかったの」 「あんたが訊いたら、あいつ、怒っただろう? それであんたは、それ以上は尋ねなかったんだね? なあるほど、なあるほど。ゆりか、教えてやろうか、その秘密を。ロデリア姫とパピリカが逃げている、その本当の理由はね―― 」
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