にせ電話
ゆりかは、空き地から少し離れたところにある、わかば団地の五階の一号室に、両親と三人で暮らしていた。団地に飛んで帰ったゆりかは、アニメの『パーマン』の時間に、何とか間にあった。 「遅いぞ、ゆりか! 今、何時だと思ってるのよ?」 台所に立ったママが、怒った顔でゆりかをふり返った。ママはこの町の小さな商事会社で、受付事務の仕事をしている。 「ママ! 早かったのね!」 「もう六時過ぎてるのよ! 今日はあなたが当番でしょ。今日だけはママがかわるけど、今度から罰金をとりますからね!」 「あっ、ママ。今日はとってもきれい。素敵!」 ゆりかは、学校とはうってかわって、家ではとても快活な女の子だった。 ゆりかが奥の部屋に駆け込み、テレビをつけると同時に、ダイニングで電話が鳴った。 「――ゆりか、あなたによ。わたぬき先生」 「えっ、先生から?―― はい、お電話かわりました。ゆりかです」 わたぬきめぐみ先生は、今年の春から教職についた、小柄で丸顔のぴかぴかの新人で、小さい頃は声優を目ざしていたと言って、アニメの人気キャラクターの真似を演じてみせ、ゆりかのクラスのみんなに、とても好かれていた。 「あ、天堂さん?・・・ごめんなさい。あなたに渡さなきゃいけない物があったのよ。すぐに学校まで来られない?」 「え・・・あ、はい・・・」 「じゃあね、おいでなさいね。先生、学校の図書館で、待っていますからね」 電話は一方的に切れた。 「先生、何ですって?」 「うん、渡したいものがあるから、すぐに来なさいって」 「まあ、先生も非常識ねえ。明日じゃ駄目なんですって?」 「うん。今すぐだって」 「じゃあ、先生をお待たせしちゃわるいから、すぐに行きなさい」 団地の外はとっくに暗くなり、カーディガンを着ていても、肌寒いほどだった。ゆりかは団地から走って、五分で学校の正門に着くと、暗い中庭を横切り、築山のかげの図書館に向かった。暗がりで図書館が見えてくると、ゆりかはゾクゾクとしてきた。 (電気がついてないわ。誰もいないのかしら?) ゆりかが図書館の階段を駆け上がり、アルミ製のドアを開けて、すぐわきにある蛍光灯のスイッチを押すと―― わたぬき先生が、黒づくめの二人組のマント姿の男に、はがい締めにされて立っていた! 「あっ、わたぬき先生! ど、どうしたの!? 」 「お静かに! 騒ぐと、この女の命は保証しませんよ!」 二人のうちののっぽが、すごみをきかせた声で、ゆりかにささやいた。 もう一人の、すごく太ったちびの男が、わたぬき先生の首に、何かを押し当てながら、 「ご苦労さま、先生。あんたの役目はこれでおしまいだ。役に立ってくれて、礼を言いますよ」 ちびの太っちょが、先生の首から黒い小型の円盤を離すと、先生はその場に、ばったりと倒れた! 「ああっ、先生っ!」 ゆりかが駆け寄ろうとすると、二人の男たちが、すかさずゆりかをとり押さえた。 「いやよっ、放してよ! 何をするのよ! わたぬき先生! わたぬき先生!」 「暴れられては困ります、王女!」 「―― えっ、王女?」 「さよう。変身でごまかそうとしても、無駄でございますよ」 「あなたさまは、カンバーランド王国の姫ぎみ、ロデリア・ユキノームさまでしょう。われらは、父王さま、母王妃さまのご命令を受け、はるばるとこちらの世界まで、あなたさまを連れ戻しに、まかりこしたのです」 と、のっぽが言うと、 「さよう、さよう。悪いのは、王女によからぬ考えを吹き込み、家出をそそのかした、あのふらちなパピリカのせいゆえ、王女さまには、お気持ちをわずらわせることなく、すみやかにお城にお戻りあそばされますようにとの、国王さまからのご伝言でありますよ」 太っちょも調子をあわせた。 「ええ、何を言ってるのよ?―― 王国って?―― お姫さまって?―― 」 「とぼけても無駄です、ロデリア姫さま。わたくしたちは、あなたさまが誰であるのか、ちゃんとわかっているのですからな」 そう、のっぽが言うと、 「さよう、さよう。われらは、あなたさまがさいぜん広場にいたおり、王室の一員であるあかしの宝石を、持っておられるところを、ぐうぜん見てしまったのですぞ。あれこそ、あなたさまがまぎれもない、カンバーランド王国の王族である、あかしの品ですな」 「カンバーランド王国? 王族のあかし?」 「中央に真っ赤な宝石のついた、〈孔雀天使のブローチ〉のことですよ」 「あのう、ひょっとして、おじさんたちが言っているのって、これのこと?」 ゆりかは先ほど空き地で見つけた、あの血のように赤い宝石のブローチを、ポケットから取り出した。 「おお! やっぱり、このブローチを持っているということは、あなたさまは―― 」 「間違いない。ロデリア姫さまだ」 太っちょが、のっぽと顔をあわせると、 「お姫さま。今日という今日は、何がなんでも、お戻りいただきますぞ」 ゆりかはこわくなって、後ずさりをした。 ゆりかが悲鳴を上げようとした、まさにその時、二人の男たちの手が伸びてきて、ゆりかの口をぱっとふさいだ。
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