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作品名:みどりの孔雀 作者:zamazama

第16回   ナーガラージャ
      ナーガラージャ




「ここはどこなの、パピリカさん?」
「〈精霊の森〉の小道のすぐそばですわ。ここでしばらく待っていましょう。あの人が間もなく、ここを通りかかるはずですわ」
「あの人って?」
「ナーガラージャ。私の親友ですわ」
 それ以上は、訊いても答えそうもなかったので、ゆりかは黙った。
 どこからともなく地響きが聞こえ、枝が折れるバリバリという音が、すさまじい勢いで近づいて来た。
 ゆりかは、目の前の木立ちが急に裂けて、白い、小山ほどもある、大きな生き物が姿を現わしたので、心底びっくりして目を見張った。
 それは見たことがないほど巨大な、白い体の、六本足のゾウだったのだ。
 そのゾウは、体の表面に、線と渦巻きの模様が茶色い絵の具のような塗料で描かれ、大砲ほどもある、太くて長い、くねくねした鼻と、三日月そっくりの、白い牙を二本、ふりたてていた。
「行きますよ、ゆりかさん!―― ナーガラージャ、お久しぶりですわね!」
「化け物だ! 化け物がいる! はりねずみに、うろこの化け物だ!」
「おやおや? おわかりにならないのですか?」
 パピリカが言い終わらないうちに、二匹の怪物の全身にみどり色の閃光が走り、白いガウンを着た魚人間とはりねずみ人間の姿は、女の子とクジャクに戻った。
「おお、パピリカ! おお、おお、パピリカじゃないかね! カンバーランドの大魔法使いにして、偉大なる宮廷大魔導師の、パピリカ・パピリトゥスじゃないかね!」
「それに、『おせじのきらいな』というのも、つけくわえてもらいたいですわね、ナーガラージャ?」
「おやおや、おせじを言われることが、何より好きだったくせしてさ! おんや、そちらさまは、どなたさまかね?」
 ナーガラージャの目が、不安そうに曇った。
「ええと、こちらは、わたしの知りあいの、天堂ゆりかさんですわ」
「ほほう、ニンゲンなのかい? あたしゃ、初めて見たよ! ちっちゃいね! おまけにみすぼらしくてさ! ところで、久しぶりだねえ。あんたがあたしに会いに来てくれるなんて、よっぽどの用向きだろうねえ。このまえ会ってから、どのくらいになるかねえ? あんたとは積もる話もあるし、よかったらあたしの家で、ハーブティーでもごちそうしようかねえ?」
「ありがとう、ナーガ。今はゆっくりもしていられないのですよ。ここへ来たのも、あなたに頼みたいことがあったからですわ」
「あんたが? 偉大なる宮廷大魔法使いのパピリカ・パピリトゥスが、この老いぼれゾウに何の頼みなんだい? さぞかし、込み入った用事なんだろうねえ」
「お察しの通りですわ。マンドラゴラを探し出すのに、あなたの助けがいるのですわ」
「ふふん、マンドラゴンかい! なるほどねえ! おやすいご用だよ! でも、マンドラゴンごとき、あんた一人で、十分だろうにさ」
「ええ、ただのありふれたマンドラゴラであればね。実は、わたしどもが追っているのは、変身するマンドラゴラらしいのですわ」
「ああ、なるほどねえ! あの性悪どもの中でも、いっとうの性悪ときたか! あいつらには、あたしら魔法使いも、さんざんにてこずらされたもんだっけ! あんた、おぼえてるかい、魔法学校のマスター・リンドンの公開授業で、教授が、教材のマンドラゴンに術をかけてさ。そのマンドラゴンは、ふるいにかけて選ばれたはずの、ただの日干しのマンドラゴンだったはずなのにさ、一つだけ“性悪”がまじっていたばっかりに、教授ったら、あたしら生徒の見ている前で、あっという間に教材に食い殺されちまったよ! 今、思い出しても、ゾッとするねえ!」
「わたしも、実はすこうしばかり、思い出していたのですよ、あの時のことをね。リンドン教授の上げた悲鳴! 教授はあのあと、ばらばらに引きちぎられてしまったのでしたわね。あれが原因で、魔法学校の生徒は、約半時間とたたないうちに、ほとんどいなくなりましたわ」
「そのかわり、あん時の卒業生ときたら、学校創立以来の秀才ばっかりでさ。中でも、あんたが一等だけど」
「おせじはたくさん! 親友のよしみで、少しばかり打ち明けると、私はあいつらがこわいのですわ」
「こわい! あんたが? あいつらを?」
 ゆりかが意外に思ったことには、パピリカの声には、確かに震えているような響きが、少しだけあった。
「でもねえ、パピリカさん。あいつらだって、パピリカさんのことを、こわがっていたわ。パピリカさんが部屋に入って来たら、あわてて逃げて行ったじゃないの」
「ゆりかさん、あいつらが逃げて行ったのは、ただの偶然ですのよ。ふいをつかれて、あわてただけなのでしょう。今頃は態勢を立て直して、次の手も考えていますわよ。そうなると、やっかいですわ」
「まったくだねえ。魔力を持ったマンドラゴンときたら、ただの魔法の道具にすぎないくせに、日一日と悪知恵が発達して、毎秒ごとに、性悪になっていくんだもの。いったん力をたくわえてしまうと、あいつらは、そんじょそこいらのドラゴンよりも、始末が悪いんだ。それであいつらは、最後にどこで行方をくらましたんだい? どんな悪さをしてきたの? できるだけ、くわしく聞かせておくれよ」
 パピリカはゆりかに聞かされた話と、これまで見聞きしたこととを、細大もらさずナーガラージャに伝えた。
「ふーん。そいつらは誕生してから、あまり日が経っていないようだねえ。そいつらを締め上げるのは、今のうちさね。よろしい、ひと踊りやらかすとするか。パピリカにニンゲンさん、ついておいで」
 つぎの瞬間、ナーガラージャは六本足を交互に動かすと、たくみに後ろ向きに進み始めた。
「おばさん、向きが反対よ!」
「大丈夫だともさ! ヒャップ、ヒャップ! ホイップ、ホイップ! ホイのホイの、ホーイ!」
 ナーガラージャは、奇妙なステップで走り続け、しまいにはゆりかも笑い出して、パピリカといっしょに、ゾウを追いかけ始めた。
「なんて速いんだろう! まるで後ろにも目があるみたいよ! 学校のみんなに見せたら、おどろくだろうなあ! あっ、あの人、けがをしたりしないの?」
「ナーガのことなら、心配ご無用! それより、わたくしどもが、ついていけるかどうかですわ!」
 パピリカの言う通り、全力でナーガラージャを追っていたゆりかとパピリカだったが、六本足の巨象の駆け足に、二人とも早くもあえぎ始めている。
「ゆりかさん、私の背中に乗ってくださいな! 前のように、私の首を締めないでね!」
「そんなことは、していないってば!」
 つぎの瞬間、ゆりかの体は、見えない手につかまれて、パピリカの背中に乗せられた。クジャクは空高く舞い上がると、巨象にぴったりとくっついて、飛び始めた。地平線のかなたまで広がった森のはずれから、虹色にかがやく奇妙なもやが、かげろうのように立ちのぼってくる。
「パピリカさん、あれは―― あの光は何?」
「あれは、こちらの世界と外の世界とをつなぐ、時空の出入り口のみなもとですわ。わたくしどもは、ただ〈光の壁〉とだけ呼んでおりますけれどね」
 もやは、オーロラと見まがう七色の光のヴェールに変化すると、ひときわ輝いてから、ふっつりと消えた。
 ゆりかは光を探してふり返り、
「あああっ!!!」
 と、大きな声を上げた。
「あれがククラット山ですのよ。あれが、この世界の中心にそびえ立つお山。あの地下深くに、先ほど訪ねた〈世界図書館〉が、おさまっているのですわ」
 ゆりかがおどろいたのは、無理もなかった。ゆりかとパピリカの背後には、とてつもなく巨大な山がそびえ立っていたのだ。その頂きは、はるかかなたの雲の上空に隠れ、その山すそは、どこまで広がっているのか、ここからでは見当もつかない。まるで空中にそびえ立つ、一本の〈樹〉のようにも見える、巨大な山だった。
「あのお山の中腹に、〈永劫の岩屋〉と呼ばれる洞窟があって、本物のサラマンデルが眠っている、とも言われているのですわ」
「サラ―― マン―― デル?」
「つまり、火の池に住む竜ですわ」
「火の池に住む竜! イゴールの竜よりも、恐ろしい奴なの?」
「イゴールの竜ですって? あんなもの、私に言わせれば、ただの〈タルパ・タルパ〉ですよ」
 ゆりかがパピリカの背中でまゆをひそめると、まるで見えていたのか、パピリカが、
「子供だましの、インチキ魔法のことですよ。あんなものに引っかかるのは、それこそ、ニンゲンの子供くらいでしょうね。といっても、べつだん、あなたを侮辱するつもりはないのですわ。それよりも、私から落ちないように、気をつけてくださいな。どうやら到着したらしいですわ」
 ナーガラージャは、森の開けた場所に来ていた。ゆりかがパピリカの背中から飛び降りると、そこはちょっとした広さの、空き地のような集会場だった。真ん中には、黒い土を丸く盛った一種の舞台があり、すもうの土俵に似ているな、とゆりかは考えた。
「ここはねえ、あたしの秘密の踊り場なのさ。ちょいとした用事に使うんだよ。あたし専用なのよ」
「ええ、ええ。そんなに神聖で大切な場所に、わたくしどもを案内していただけて、すこぶる光栄の至りですわ。ゆりか、あなたからも、お礼を言って!」
 パピリカに名前を呼ばれて、ゆりかは言われた通りにした。
 ナーガラージャは土の舞台に立つと、六本足で地面を踏み固めたが、やおら両の前足をふり上げて、つぎのような歌を歌い始めた。



     聞け! 聞け! 
      天地に棲まう はらからよ
     大気を統べる 友がきよ
      ナーガラージャの歌うよう――


     そこな
      どこ行く マンドラゴラの
     悪をはらみし
      魔法の蔓よ


     露をはらいし
      この白妙の
     世にも妙なる
      この白ゾウの
     げに恐ろしき
      二つ牙の
     鋭き切っ先
      ゆめ忘れるな!


     ああ! あわれ
      マンドラゴラの
     悲鳴ぞ上がる
     「熱い! 熱いよ! 
     助けておくれ!
      この根がかわいて
     もう死にそうだ!」


      さあれど
     どちらも
      助けちゃくれぬ
     悪をはらみし
      魔法の蔓よ
     さっさと
      消えろよ
     この世から
      おさらばじゃ!


     ああ!
      クバタン クブタン
     クブトリン
      クバタン クブタン
     クブトリン


      消えろ 魔法よ
     失え 術よ
      土に埋もれよ
     とこしえ とわに
                な
      汝れが生まれし
     土くれに
      消えよ
     戻れよ
      永久に


     ああ! クバタン クブタン
      クブトリン
     クバタン クブタン
      クブトリン


     消えろ 炎よ
      冷めろよ スープ!


     クバタン クブタン
      クブトリン
     クバタン クブタン
      クブトリル
     

     ゾハ!
      クバタン クブタン
     クブトリン
      クバタン クブタン
     クブトリル
     

      ヤハ!
     クバタン クブタン
      クブトリン

    
     モハ!
      クバタン クブタン
     クブトリン 


      ゾハ!
     クバタン クブタン
      クブトリン


     ナハ!
      クバタン クブタン
     クブトリン・・・



 ゾウは、
「クバタン、クブタン、クブトリン」
 をくり返しながら、あやしげな身ぶりで踊り続けた。途中からはパピリカもくわわって、一緒に魔法の呪文を唱え出す。
 そのうち、あたりに蜃気楼のような、あやしいもやが立ち込めたかなと思った瞬間、そのもやは空中で輪を描いて、土舞台のまわりを、せわしなく飛び始めた。
 ゆりかが、クジャクにしがみつくと、
「プネウマたちですわ。空と大地に満ち満ち渡る、生きた精霊たちの一団ですわ。ナーガラージャの使い魔たちですよ。自然精霊を使い魔にたとえたら、ばちがあたるかもしれませんけれどね。ごらんなさい、プネウマたちが歌い出しますよ!」
 あたかもそれが合図になったように、不思議な響きが、空中から聞こえてきた。



     聞けよ! 聞けよ!
      大地の子らよ!
     生きとし 生ける
      土の子よ!
     ヘビや いもりや
      かえるに ででむし
     みみずや
      とかげに いたるも
     聞けよ!

      われらは プネウマ
     目に見えぬ やから
      宇宙を舞い
     あまたの物心両世界を
      踊り 駆けめぐる

     われら 世の初めよりあり
      しこうして
     世の終わりまで
      ともにあらん     
     われら 知らざりしもの
      ついぞ なかりき

     世の初めより
      終末の来たる
     その日まで
      あまたのことども
     数えおりたり

      かくて われらは
     生まれ出でず
      滅び逝かず
     生きることなく
      死することも
     また なし   

      訊けよ! 訊けよ!
     土の子よ
                 な
      汝が内なる心の 切なる望み
     おそれず われらに
      訊くがよい  

     われらは プネウマ
      あらざりしもの
                な
     汝が頼みにぞ
      答えるならん!



 ナーガラージャが前足をふり上げ、甲高く、のぶとい声で――



                な
             ああ! 汝れ
      偉大なる
     霊の子らよ
      とこしえに生きる
     精霊よ
      われはいやしき
     土のしもべ
      いざ 聞きたまえ
     われの頼みを

      ナーガラージャの歌うよう――


     げにいまわしき
      悪魔の根っこ
     三千世界にその名を
      知られし
     マンドラゴラの
      隠れし根城を つつがなく
     われらに われらに  
      告げたまえ


     ここなる友がき
      パピリカと
     そのつれあいの
      ニンゲンの
     悩めるもとの
      そのもとを
     根絶やしにせんと
      われ欲す


     さあ 告げたまえ
      教えたまえ
              な
     汝れ 精霊よ
      風の子よ

     ナーガラージャの歌うよう――

      しかと聞き かつ
     届けたまえ!



 ナーガラージャは歌い終えて、満足したように足を休めた。
 風がぴたりとうなるのをやめ、静けさがあたりをつつんだ。
 突然、霊の子らが、ぶつぶつと何ごとかをつぶやき始めた。
「然り! 然り! 然り! 然り!」
 霊の子らは、今度は大声でくり返した。
「然り!!! 然り!!! 然り!!! 然り!!!」
 それから突風が吹き荒れ、つぎの瞬間、精霊の一団は、どこへともなく消え失せた。
 空中の一角に、直径二メートルから三メートルくらいの、見たこともない奇怪な真黒い穴が、ぽっかりと浮かんでいた。その穴はまるで生きているように、大きくなったり小さくなったりを、規則正しくくり返している。
 最初に気がついたのは、ナーガラージャだった。
「やったよ! やったよ! あれだ! あれだ! うまくいくだろうとは、わかっていたけどね、本当はちょっぴり、自信がなかったんだよ! 何しろ、久しぶりだったからさ!」
「あなたなら、完璧にやりとげるだろうとは、わかっておりましたわよ。何しろ、私の親友ですからね。さあ、まいりますよ! 変身マンドラゴラを追って、いざ〈次元トンネル〉の中へ!」
「あたし、SFって、ちょっと苦手だけどな」
 ゆりかが小声でつぶやいたが、二匹の魔法動物には、気づかれもしなかった。






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