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作品名:みどりの孔雀 作者:zamazama

第14回   14
         〈世界図書館〉




 そこは、地下深くにある巨大な広場で、むき出した岩の天井が、途方もない高さで、上空を覆っていた。
 ゆりかたちが立っていたのは、石造りのめっぽう平らな床で、前方には、横幅が何百メートルもあろう階段が、目地のつづく限り、横にも縦にも伸び広がっている。
「変な光よねえ。パピリカさん、あたし、銀色の光って初めて見たわ。それに、あんなに光っているのに、全然まぶしくないわ」
 その石段には、黒い鉄製の街灯のような柱が幾千本も並び、そこからさす銀色の明かりが、あたりをまんべんなく、明るく照らしていたのだ。
 ゆりかがパピリカの背中から飛び下りると、二人はパピリカを先頭に、階段をゆっくりと登った。
 しばらく行くと、
「見て、パピリカさん! 怪獣が立ってるわ!」
「あれは怪獣ではありませんことよ。神像と呼ぶべき物ですわ」
 ゆりかがびっくりしたのも、無理はなかった。
 広場の何百段とある石段を登りきったところに、途方もなく巨大で―― おそらくは、一体ゆうに三百メートルの高さはあったろう―― おごそかで、いかめしい半人半獣の魔物の像が、何十体となくそびえていたのだ。その像は、銀色の光の届かない、暗やみを背景に立っていたので、今にも動き出しそうな気配だった。
「なんとなく、エジプトの神さまに似ているよね」
 ゆりかがつぶやくと、クジャクはゆりかをふり返って、
「おや、あなたもまんざら、物知らずというわけではないんですのね? ここは〈沈黙の砦〉という別名もあるくらいですわ。固く口を閉ざして、訊かれたこと以外は、なにごとも黙っている方が賢明ですわよ」
 ゆりかは言われた通りにしようと思った。
 二人は石段を登りきると、犬に似た像の横の、せまい、おどろくほど曲がりくねった小路を通って、洞窟の岩壁を掘り抜いた横穴についた、小ぶりの木のくぐり戸の前に来た。
 すぐに内側から木戸が開くと、黒い衣を着た小人のような僧侶が現われ、フードの奥にきらめく両目で、ゆりかとパピリカの顔を、じろじろと見ていたが、
「曲がりくねりし、探求の道を進みし、旅人が二人。余は〈世紀の書庫〉の、扉をあずかる番人にして、知識の友たる、いやしきしもべの僧侶なり。なにゆえに、ここに来られた、元宮廷大魔法使いのパピリカ・パピリトゥス、ほか一名の者よ?」
「元ではありませんわ、番人さま。今はゆえあって、姿を隠してはおりますが、このパピリカ・パピリトゥスは、やせても枯れても、終生、宮廷におつかえする身の上ですわ」
「はて、みどもが聞いたうわさとは、違っておるがな。そなたと名を同じくする宮廷大魔法使いが、王女を一人かどわかして、雲隠れ。カンバーランドの王宮は、上を下への大騒ぎとか耳にしたぞ」
「はてさて、なんのことやらですわ。とかくうわさとは、根も葉もないもの。〈沈黙の砦〉の番人たるお方が、かかる流言を真に受けられるとは、つむじが曲って、へそが茶をわかしますわ」
「かもしれぬ、かもしれぬ。ここはもとより、永世中立がモットーゆえ、何国の誰に対しても、扉をこばまぬことが信条。そなたと同じ名を持つ宮廷魔法使いが何をしようとも、みどものあずかり知ったことではないがな。なにぶんにもおぬしを見て、つまらぬやからどもが、つまらぬ騒ぎを起こさぬとも限らぬで、いらぬ差し出口、大目に見てくだされよ」
「とんでもありませんですわ。お心づかい、心底うれしく思いますわ、番人さま」
 パピリカの体が一瞬にして、はりねずみ人間の姿に変わった。
 ゆりかは全身にトゲの生えたその姿を見て、「ぎゃっ」と悲鳴を上げて、気を失いそうになった。ゆりかはといえば、全身がうろこだらけの、魚人間に変わってしまっている。
 番人はくぐり戸のかげに姿を消し、二人分の純白のガウンを持って現われると、
「これを着てくだされ。〈世紀の書庫〉の中では、それが鉄則でな」
「かたじけのうございますわ、何から何まで」
 二人がぎこちない手つきで、ガウンをまとうと、
「結構。お入り願おうか。求める答が、早く見つかるといいですな」
 僧侶がわきへどき、目の前の木戸が、音もなく開いた。二人はもっともっと大きな、見上げるばかりに巨大な、石の扉の前に来ていた。その石の扉の表面には、巨大な戦争のレリーフがはめ込みになっている。
 かたわらの碑銘には、見知らぬ文字が浮かび上がっていて、ゆりかが見ているうちにも、文字はたちまち日本語に変わると――




        見るものを、見られるものから、切り離せ
        知るものを、知られるものに、知らしめよ





 パピリカにうながされて、ゆりかは巨大な扉の奥に入った。



   *


 
本!本!本!本!本!本!本!本!本!本!本!本!本!本!本!本!本!本!本!本!本!本!本!本!本!本!本!本!本!
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本!本!本!本!本!本!本!本!本!本!本!本!本!本!本!本!本!本!本!本!本!本!本!本!本!本!本!本!本!




 あっちを向いても、こっちを向いても、うんざりするほど大量の、ありとあらゆる大きさと装丁の、ありとあらゆるジャンルの本が、目につく限りの書棚という書棚に、何百万冊と並べられている。
「うへえっ! こんなにたくさんの本があるなんて、知らなかったわ! わたし、この世界に、こんなにたくさんの本があるなんて、思ってもみなかった! すっごーい!」
「あんまり、お声をお出しにならないで。ここにある本は、この〈世紀の書庫〉にある本ぜんたいの、ほんの一部分にすぎないのですわ」
「へええ? 全部で何冊くらいあるの?」
「数えきれないくらいですわよ。何しろ、ここにある本は、こちらの世界に関することはおろか、あなたの世界に属することも―― いいえ、そればかりじゃございません、この宇宙に起きたあまたのできごとに関する、ありとあらゆる写しが集められ、収められているのですわ。たとえば、あなたの世界に存在した、かの有名なアレキサンドリアの大図書館が、ローマ軍に襲われて焼け落ちる寸前、集められた蔵書のパピルスが七十万巻、すべてこちらに運び込まれているのですわ」
「ええっ?」
 パピリカは、もう一度くり返したが、ゆりかが理解できないでいるのを見てとると、
「もの知らずの子供に、何を言っても無駄なことでしたわね―― しっ! 司書の方が、こちらへ来られますよ!」
 今、蔵書のあいだをぬって、一人の長身の黒衣の僧侶が、足音を立てずにこちらにやって来るのが見えた。
 ―― 行きますよ。こちらですよ、ゆりかさん――
 パピリカが声に出さずに、ゆりかの頭の中に話しかけてきた。ゆりかはあやうく悲鳴を上げそうになったが、パピリカのあとについて、黙って歩き始めた。
 三人は、黒衣の僧侶の案内で、巨大なその部屋を横切ると、奥にあった、何の変哲もない手すりつきの木の階段にたどり着いた。僧侶は先に立って、木の階段を登り始めた。その階段はえらく旧式で、ギシギシと音を立てたが、僧侶は楽々と登って行く。
 気がつくと、あたりには濃いむらさき色のもやが立ち込め、暗くなった天井には、星すらまたたいている。
 ―― 心配いらないのですわ。ここはあなたの住む世界とは、時空が異なっているだけなのですからね――
 不思議なことに、ゆりかは疲れを感じなかった。
 木の階段は突然、おしまいになると、
「こちらに、あなた方の探している、知識がありますわい」
 謎めいた僧侶が、謎めいた口ぶりで言った。





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