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作品名:みどりの孔雀 作者:zamazama

第10回   不気味なうわさ
       不気味なうわさ




 つぎの朝、ゆりかが学校へ着くと、うさぎ小屋のまわりに、人だかりができていた。
「あっ、おっはよう、天堂さん!」
 クラスの女子たちが数人、めざとくゆりかを見つけて、まず木島みどりが声をかけた。
 ふだんはゆりかのことなど、はなから無視して、口をきくことなどない“ななえ女王”までが、ゆりかに愛嬌をふりまいて、
「おっはよう、天堂さん!」
「ど・・・どうかしたの?」
「あのねえ、うさぎが全部、死んじゃったのよ」
「ええっ! う、嘘!」
「死んだんじゃなくて、いなくなったんでしょう?」
 木島みどりが訂正すると、
「今朝、一年生がうさぎ小屋に来てみたら、中のうさぎが、全部消えていたんですってよ」
「あらあっ、浮浪者に食い殺されたのよ。いやあだ」
「あら、違うって。野良犬のしわざよ。金網が壊れてるじゃないの」
 みどりと“女王陛下”の口論も、ゆりかには届かなかった。
「早く行きなさい。授業が始まりますからね」
 教頭の中平和江先生がみんなに声をかけて回り、心配そうに顔を青ざめさせた、わたぬき先生もやって来ると、
「はいはい、わかっていますよ。その話はあとでしましょうね」
 その日は一日中、寄るとさわると、いなくなったうさぎたちの話題で、学校中がもちきりだった。
 二十分の休み時間に、うさぎ小屋を見に行った、四年一組の女子生徒が、まわりにロープを張った地面のまわりを、警官がはいつくばって、何かを調べているのを目撃した。
 警察が動き出しているといううわさは、またたくうちに校舎中を駆けめぐり、あっという間に無責任な尾ひれがついて、校内中に広まった。
 その晩、ゆりかは遅くまで起きていて、めったに見ることのないテレビのニュースを、片っぱしから目をこすって見ていた。
「テレビには出ないかもしれないわよ。小さな町の、小さなニュースですからね」
 お風呂から上がったママが、湯気を立てながら、ゆりかに言った。
 その晩、ゆりかは目がさえてしまって、いつまでもベッドの中で、考えごとにふけっていた。
 ゆりかが、あの夢のことを思い出したのは、その時だった。
 (いやあな夢! 気持ちの悪い、ゾゾーッとする夢!)
 目を閉じると、三人の老婆の歌っていた、あの不気味な歌も、よみがえってくるようだ。
 


    燃えろ 炎よ! 
     たぎれよ スープ!
    煮えにゃ
     赤子が 目を覚ます
    今夜もこうのとりが
     歌ってる



 (こうのとりが歌うって、どんな歌を歌うのかしら? あのおばあさんたちの呪文には、どんな意味があるんだろう?)
 そう考えているうちに、ゆりかはふと、背中にいやな寒気を感じた。
 一週間がすぎ、十日が経ち、一月ほどする頃、袖ヶ浦町から西桜町一帯の、かなり広い範囲で、世にも奇妙なうわさが広まっているのを、ゆりかは知った。
「ねえねえねえ、みんな、知ってる、知ってる、この町で広まってるうわさ?」
 クラス一早耳の“人間eメール”こと、綾波英明が訊いた。
「知らねえよ。もったいつけずに、早く話せよ!」
「この町のあちこちで、犬や猫がいなくなってるんだってさ」
「なんでえ、そんな話! どうせ害虫駆除かなんかだろう? どっちみち、うわさじゃあござんせんか」
 クラス一すけべニンゲンの森川弘昌が、吐き捨てるように言うと、
「あらあ、犬や猫を連れてくのは、保健所でしょ? あたしもママに聞いたわよ、そのうわさ」
 おちょぼ口が可愛い、久井田明美が言い、
「あたしも聞いた気がする」
 と、これは女子のいるところ、どこにでもいる「あたしも」さんの一人が、
「あたしもゆうべ、お母さんに聞いたのよ。お母さんがお料理をしている時に、お母さんのお手伝いをしていて、お母さんがあたしに話をしてくれたのよ。お母さんが言うのには、お母さんのお友だちで、お母さんと同じ生け花教室に通っている、お母さんのお友だちのある人が―― 」
「お母さん、お母さんて、おまえは何人、お母さんを持っているんだ? おまえの家は、お母さんのおろし問屋か?」
 ヒョウキン者の“芸人くん”こと、あちゃば(秋葉道宏)がツッこみを入れ、クラス中が笑い転げた。くだらない冗談に、最初はムスッとしていたその女の子も、最後にはつりこまれて、笑い出していた。
 でも、たった一人、笑わない女の子が、教室の隅に立っていた。
 その晩、ゆりかは夕食の席で、うわさのことを、ママに訊いてみた。
「へえっ、この町に、そんなうわさがあるの? いいえ、知らないわ。犬や猫がいなくなってるなんて、うわさとしては古典的ね。近所にハンバーガー屋さんでも、オープンしたのかしらねえ。ママの小さかった頃だって、口裂け女のうわさで、そりゃあ盛り上がったものよ。あらあ、ゆりか、知らないの、口裂け女? おっくれてるう〜! あっ、ママが古いのか」
 つぎの日、うわさはうわさではなくなっていた。
「ビッグ・ニュース! ビッグ・ニュース! 夕べ『小松』のおばさんが、怪獣に襲われたんだってさ!」
 ゆりかが学校へ着くやいなや、“人間eメール”こと綾波英明が、興奮した様子で教室に飛び込んで来て、口からつばきのしずくを飛ばして叫んだ。
 夕べおそく、夜の十一時頃、魚屋の『小松』のおかみさんが、町はずれのさびしい道を、自転車を押しながら歩いていると、すぐそばの植え込みの暗がりで音がする。小犬か何かだろうと思い、おばさんが自転車を止めた、まさにその時――
「そばの木の茂みが二つに割れて、真っ黒い何かが、にゅうっと飛び出して来たんだってさ。
 おばさんが、『ぎゃっ』と叫んで腰を抜かしかけると、その真っ黒い物もおどろいたらしくって、そいつは木の枝そっくりのごつごつした腕で、おばさんの頭をいやっていうほどひっぱたいて、アッという間にそばの植え込みに、また姿を隠してしまったんだってさ。この話は、全部ほんとう。神かけて誓ってもいい。『小松』のおばさんに会って、じかに聞いてきたんだからさ」
「だったら、余計あてになるかよ。あの『小松』のばばあの言うことじゃあな」
 森川弘昌の口ぶりに、クラスの大半がわいた。『小松』のおかみさんのお酒好きは有名で、町中の誰もがそれを知っていたのだ。
「おばさん、きっと、お酒を飲みすぎてさ、それで電柱か何かに、自分からぶつかったんだよ」
 考え深い山之内繁がそう言い、クラスのみんなもうなずいた。
 みんなはこう考えたのだ。
 みんなのよく知っている魚屋のおかみさんが、みんなのよく知っているありふれたこの町で、みんなが知らない怪獣に襲われるなんて、そんなことはありっこないなって。
 ゆりかだけは心の奥で、こうつぶやいていた。
 (『小松』のおばさんは、いい人だわ。おばさんが怪獣を見たっていうんなら、本当に見たのかもしれないわ。おばさんに会って、じかに確かめてみなくちゃ。いなくなった動物のこともあるし、もしかするとその怪獣、本当にいるのかもしれないな!)





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