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「あれは何なの?」 リリーは見慣れない、灰色のかたまりを指さしていた。 そこは月の地下施設の動物園で、リリーはバハールに案内されて、巨大なアルコーブのとっつきから、奥の薄暗いその小部屋に入ったところだった。小部屋といってもタージ‐マハールくらいあるそこには、比較的小さな動物たちの剥製が、雌雄つがいで、岩を掘り抜いた窪みに、大きさ順に飾られていた。ありとあらゆる動物たちがいた。猫のつがいだけが見当たらなかった。 リリーがわけを訊くと、バハールは怖じけをふるったように、 「猫? ああ、あの嫌らしい毛のかたまりですか。あれはアトランティスの産ではありませぬ。それどころか、あの生き物は、地球という星に、もともといた生き物ですらありませぬ。わたくしどもが支配していた頃の地球には、あのような『猫』などという、ふざけた動物はおりませなんだわい」 リリーが呆気にとられて、バハールに説明を求めたが、バハールは頑として説明を拒んだ。 リリーの目は動物たちを追っていき、離れたところにぽつんと置かれた、一組の生き物のつがいに釘づけになった。 その動物は、これといって変わったところはなかった。 ごく一般的な囓歯類。とがった鼻と張り出した髭と、三角の耳とを持つ、賢そうな、丸い目をしたネズミのお仲間。大きさはリリーの手のひらに乗るくらいだが、体にくらべてつやつやした長い尻尾が、目を引く特徴といえばいえる程度だ。 「あれはアカマダラハイイロスナネズミといって、アトランティス原産のネズミですぞ」 リリーが注意を引かれたことに気づいて、バハールが話した。 「おもに大陸中央部の砂漠に生きた、生き物としてはごくつまらない、最下等の連中でしたな」 バハールはくちもとに薄笑いを浮かべて、口ごもると、 「あの歯並びをごらん下さい。黒みを帯びた灰色の毛と、全身を覆う、まだら模様の赤茶けた斑点をごらん下さい。アトランティス人が目をつけて、この生き物を改造する気になったのは、一つにはあの歯のためなのですぞ」 リリーは胸騒ぎを覚えて、バハールをふり返った。「改造?」 「左様。アトランティス人たちは、自分たちの用向きに役立つように、色々と動物たちに工夫をこらしたものです。今の人類が『馬』と呼び習わして、重宝している動物たちも、もとはといえば、アトランティスの科学者が、あの世界にいた二つの生き物を掛け合わせて、こしらえたものなのですぞ。荷物の運搬と、人の輸送に役立つように」 「それで、この生き物は何の役に立てたの? こんな小さな動物だもの、まさか荷物運びとか、畑をたがやすとかいうんじゃないわよね?」 「違いまするな。この生き物はある種の《適正処理》に用いました。ありていに申せば、見せしめに死をたまわった連中を、公衆の面前でなぐさみものにするために、生きたままこやつのいる檻に閉じ込めたのです。反抗的な囚人や、主人を侮ることを覚えた奴隷どもを、悲鳴を上げながら貪り食わせたこともありましたかな」 リリーはぞっとした。 そんなことって、あるのだろうか。
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