51 (承前)
「あなたはこれを会議 (カンファレンス) と言われるのですか、大統領閣下?」ベリンスキーがスクリーンをふり仰いだ。 「大統領閣下がそうお望みになれば、ここではそうなるのだ。きみにも愛国心はあるんだろう、警官なんだから?」カルゲロプロスがすかさず釘をさす。 「この国がこんなところだと知るまでは、あったと思うのですがね。いいでしょう。しっ、黙って」ベリンスキーは、耳打ちしかけたB・Jを目で制した。「この連中の言うことを聞いておこう。そうしたところで、今よりも状況は、悪くなりっこないじゃないか」 「それはそうですけど、すごい特種だ。取材ができたら、編集長はきっと腰を抜かしますよ。発表はとうてい不可能でしょうけど」 「最後まで望みを捨てちゃいかんよ。意志あるところに道あり、さ」 「心強いお言葉だな。この国に移民して来たわたしの両親も、よくその言葉をわたしに聞かせてくれたものさ。二人とも自分が唱えていた意味を、本当にわかっていたとは思えなかったがね」カルゲロプロスがスクリーンをふり返った。「それでは本題に入りましょうか。わたしから話しますか? それとも、あなたから?」 「拷問でもおっ始めるつもりか? 仕掛けが大袈裟すぎやしないかね」 「きみたち警察じゃあるまいし、その辺にぬかりはないさ」 「きみをわずらわせるまでもないよ、ポール」大統領が冷静に割り込んだ。「わたしから話そう。リリー。今、聞いてもらった通りだ。わたしはこの件に関して、わたしに行使することを許された、あらゆる権限をあまさず行使するつもりだ。それがこの場合、わたしに課せられた義務だと考えるからだ。ここまではわかるかね?」 「ええ、わかったと思います。言葉が難しいですけど」 「よろしい。それでは、わたしはきみたちを――ええっと、きみと、あの、きみを救出するために陸軍基地の中に現われた、もう一人の得体の知れない存在を、きみの仲間だと思って話すのだが――この場できみたち二人を、わが国の敵と見なすこともできる。その結果、きみたちがどうなるか、わかるかね?」 リリーは考えた末、「殺される (デストロイ) のだと思います」 「破壊 (デストロイ) か。きみらはひょっとして、ロボットか何かなのかね?」大統領はくすくすと笑った。「破壊 (デストロイ)。いやな響きの言葉じゃないか。いくら何でも、われわれはそこまではしないさ。少なくとも、今のところはだ。きみがわれわれに敵対する意志を表明しない以上は、われわれも公平かつ大胆、かつ率直に、今度の事態に対処したいと考えている。だが、そうは思わない人間たちも、まわりにはいるのだ」 「あのゲジゲジ将軍のことですね、わたしを空港で捕まえた」 「ゲジゲジ将軍はひどいな。かれとは家族ぐるみのつきあいでね。なかなかどうして、立派な人物だよ」 「そうは思いません。あなたもだまされて捕まったら、そうは思えないはずです」 「これは手厳しいな。だが、わたしもこんな場所に閉じ込められているから、きみの言わんとすることはわかるよ」 大統領はまた笑ったが、すぐに真剣な表情に戻ると、リリーを見つめた。 「さあ、きみの話を聞こうか。きみは一体、どこから来たのかね? 何をするために飛び回るのかね? 果たしてきみは何者なのだね? 敵なのか味方なのか? わたしに話してくれ。さあ、今」 リリーはためらった。視線が宙をさ迷い、ベリンスキーのそれと正面からぶつかる。 ベリンスキーがうなずいた。リリーも微笑み返す。 リリーは、ケッセルバッハの屋敷で意識をとり戻してから、起こったことを一通り、洗いざらいぶちまけた。大統領は黙りこくったまま、一度も口をはさまなかった。ベリンスキーもB・Jも、物音一つ立てなかった。カルゲロプロスは話の要所々々で、リリーに鋭いまなざしを投げかけたが、それでも言葉を差しはさむことは、厳重に控えていた。 リリーは話し終えた。 「ううん。なんだか途方もないな。ポール、きみはどう思うかね?」 カルゲロプロスは薄笑いを浮かべ、床を見つめていたが、 「この子の言うことが本当なら、わたしは今の職を投げうって、修道院に入りますよ」 「きみは信じないのだね、ポール?」 「わたしは信じるか信じないかを、ここで判断するつもりはありません。わたしにはその資格も用意もない。ただ一つ言えるのは――」 カルゲロプロスは言葉を切ってリリーを見つめ、しばらく黙っていた。 「なんだね、ポール?」 「ただ一つ・・・わたしはここにいる彼女に・・・ありがとうを言いたい気持ちですよ」 ホールにどよめきが起こった。 「それは何のためにだね? 何のために、ありがとうを言うんだね?」 「彼女がここにいる事実と、かつて歴史的なおとぎ話と信じられていた一切を、真実に変えてくれたことをです。そして、わたしがその瞬間に立ち合えたことにも、感謝して」 「ありがとう、ポール。今のきみのコメントは、わたしがこれまで聞かされたきみの発言の中でも、最高の部類に入る言葉だよ」 「ありがとうございます、大統領閣下」 「紳士諸君、きみたちの意見は? きみたちは、今のその子の話を知っていたのかね?」 ベリンスキーとB・Jが顔を見合わせた。 B・Jが即座に返答した。「いいえ、知りません。本当です!」 「嘘発見器 (ポリグラフ) にかける必要はなさそうだな。きみはどうだね? ええと、モリンスキー警部だったかな?」 「ベリンスキーです。閣下、わたしは知っておりました」 「本当かね?」 「はい。わたしはこの子からの手紙で――正確には、ある人物がこの子に託した手紙を、この子からことづかって、それを読んで知っておりました」 「それじゃあ、あの手紙を読んでくれたのね、ロジャー?」 リリーがカプセルの中から声をかけた。ベリンスキーがふり返り、言葉に出すかわりにうなずいた。 「あの、手紙って、何のことです?」B・Jがベリンスキーにささやいた。 「今は、いい。レスター・ヘイシーに関することがらは、わたしのところへも報告が届いている」 ベリンスキーがびっくりしたように、スクリーンの大統領を見つめた。 カルゲロプロスがにやりとした。 「驚いたかね? きみたち警察だけに、調査能力があるとは限らんのだよ。政府は必ずしも無能ならずさ」 「残念ながら、そのようですな。納税者としては、喜びたい気もするが」 ベリンスキーは大統領をふり仰いだ。 「その手紙は、今もわたしの手元にあります。それを読めば、この子が話したことが真実だとおわかりになるでしょう。この子を解放していただきたい、今すぐに」 「そこが微妙なところなのだ、きみ。わたしたちは、この子供がただのありふれた子供ではなく、並外れた能力の持ち主であることを知っている。また同時に、この子供がどうやらわれわれ合衆国に、敵対する意志のなさそうなこともわかっている。しかるにだ、この子供を偵察に行った、わが軍の精鋭二機が行方不明となり、しかも警戒厳重なわが国の軍事施設が、正体不明の敵によって襲撃を受けた。わたしはアメリカ合衆国民の安全を脅かす、あらゆる脅威に対して、万全の処置を講ずる義務を負わねばならない。しかも、この子供の素性については、目下のところ、子供本人の証言と、その――“予言者”の手紙とがあるだけなのだ」 「月をお調べになったらどうです? この子が言った通りだとすれば、月にその証拠があるはずでしょう。この子が生まれたという、その世界の連中が作った、宮殿だか神殿があるはずでしょう」 「無論、われわれはそうするつもりだよ、ベリンスキー君」と、カルゲロプロスが口をはさんだ。「見つかれば、大変な発見になるだろう。科学者や歴史学者の連中が、大騒ぎをするのが目に浮かぶようだ、もしも、そんな物があるとすればだがね。だが、それには大変な費用と時間がかかる。外部への公表も必要になるし、おいそれといかないのはわかるだろう?」 「わたしはこの子供の言っていることが、真実なのか虚偽なのか、今すぐにその証拠を、手に入れねばならない。そして、いなくなったパイロットたちの行方も合わせてだ。もしも、この子供の言っていることが、真実でないとすると、わが国は今もって、重大な脅威にさらされていることになるのだ」 大統領は言葉をとぎらせ、スクリーンの中からリリーを見つめた。リリーも身じろぎもせずに、大統領の視線を受け止める。今やリリーは、ホールにいる何百という人間の、刺すようなまなざしを感じていた。 「あの――それって、もしかして――いなくなったパイロットたちの行方がわかれば、ゆるしてもらえるってこと?」 「それによってきみたちをどう扱うかを、慎重に考慮するということさ。今わが国は、正体不明の“歓迎されざる人物”(ペルソナ・ノン・グラータ) の存在に脅かされ、“事実上の交戦状態”と呼ばれる状態に直面している。だが、それが単なる思い違いとわかれば――われわれ双方が、ただ過失により重大なあやまちを演じているだけだとわかれば――」 カルゲロプロスは押し黙った。 リリーが口を開いた。「あのう、わたし――ひょっとして――ひょっとしたら――いなくなったその人たちじゃないかと思う人たちを――見ているんですけど――」 「本当かい?」 ベリンスキーとB・Jがふり返った。 大統領と補佐官は、リリーが話すことを待っていた。 「わたし、あの――話していて思い出したんですけど――月で――月のアーティーたちの宮殿で――人間を見たんです。それも四人。彼は人形だと言っていましたが、着ている服は兵隊みたいでした」 「本当かね?」 大統領が興味のなさそうな口ぶりで訊いた。スクリーンから身を乗り出さんばかりに尋ねたら、リリーが黙ってしまうのではないかと恐れているように。 「その人たちは・・・ヘルメットとマスクをつけていたから、顔まではわからなかったんですけど・・・首から下げているメダルの番号は覚えています」 リリーは数字の列を四つ、暗唱してみせた。誰もがしばらく口をきかなかった。 「ビンゴ。いなくなった兵隊たちの、認識番号だ」 「間違いないね、ポール」 と、大統領も言った。 「それで、その四人はまだ生きていたのかね?」 「わかりません。でも、バハールは――わたしを宮殿に連れ去った人ですけど――かれは《命を抜き取る》方法を知っていると言っていました」 「《命を抜き取る》?」 「殺すという意味かね?」 大統領が、同時に口を開いたカルゲロプロスを制して訊いた。 「いいえ、そうは思いません。あの人が言っていたのは、殺さずに命だけを抜き取ることができる、という意味だったと思います。殺すのならば、そう言ったはずですから。あの人の言い方だと、いつでも好きな時に、生き返らせることができるみたいでした」 「ありがたい。彼らは生きている公算が高いわけだ」カルゲロプロスがスクリーンにうなずいた。「それなら、まだ望みがあります。さっそく救出部隊を派遣しましょう」 「まだだ」と、大統領。「まだ、十分ではない。ところで、そのババロア何とかいう男は、いつでも好きな時に好きな方法で、地球に現われることができるのかね? その男は一体、どういう方法で空間を移動するんだろうか? はたしてその男は、武器や軍隊を持っているんだろうか?」 「わかりません。わたしも月の宮殿を、全部見たわけじゃないんです。宮殿がまだ、あそこに残っているかどうかもわかりません。ただ――バハールはわたしを女王にすえたあとで、地球を征服するんだみたいに言っていました。わたしがそんなことはできっこないと言うと、あの男は変な機械がある洞穴にわたしを案内しました。その機械のスイッチを入れると、機械のあちこちから突き出た、角みたいな物に電流が走って――」リリーはできる範囲で、身震いした。 「それから二匹の猿がお互い同士、殺しあいを始めたんです。それはそれは恐ろしい光景でした! そうだわ! バハールはあの機械を、《発狂する壷》って呼んでいました。あんまりおかしな名前なんで、覚えているんです。あの人はあれを使って、わたしたちに殺しあいをさせるつもりなんです!」 「黙れ!」部屋のスピーカーからだみ声が割って入った。一同はびくっとして、声の主を探した。
ゴードンは作戦予備室に陣取ったまま、マイクロホンのスイッチを入れると、会話に割り込んだ。 「黙って聞いておれば、好き勝手なことを! 何が《発狂する壷》だ! 何が人類を征服するだ! 大統領閣下、だまされてはなりませんぞ。こやつはその基地にあらわれた男と、グルなのに違いありません。月にある宮殿の話も本当かどうか。われわれの注意を引きつける陽動作戦かもしれませんぞ。われわれを月におびき寄せて、皆殺しにするつもりかもしれない」
「そんなこと、しやしないわ! あなたこそ、どんな証拠があって、そんなことを言うのよ?」 「証拠は、おまえがここに、この場所に拘束されている、その事実そのものが証拠だ! おまえがわが国の敵でないならば、なんでおまえが、ここに縛られている必要がある!」 「それは、あなたがむちゃくちゃいやな連中の一人だからよ! あなたがいかさま臭い、爺さん将軍だからよ! 悔しかったら、ここまで出て来たらどうなの?」 「ようし、いいだろう! そこで待ってろ!」 マイクロホンのスイッチを切る音が聞こえ、しばらくしてホールの隅のドアが開いて、軍服姿の禿鷲のような男が、軍靴を蹴立てて近づいて来ると、 「どうだ、これで満足か? それとも、このわしのあごに、一発食らわさなきゃ、満足できんか?」 「それはわたしが、やってやろう」 ベリンスキーが言い、目を見張るアッパーカットが、ゴードンの下顎をえぐった。 「ロジャー!」 続いて、リリーが叫んだ。 ゴードンは下顎を撫でながら立ち上がると、足元にうずくまっているベリンスキーを立たせた。ベリンスキーはわけがわからずに、鬱血した目をしばたたかせた。ベリンスキーを殴り倒した兵士は、眉一つ動かさずに直立している。B・Jはそんなつもりはまるでなかったのに、かれをエスコートして来た兵隊たちに、両側から押さえこまれた。 「やれやれ、油断したぞ」 ゴードンは苦笑いしながら顎をさすり、ベリンスキーの腹に一発蹴りを加えると、自分から立たせてやった。 「俺もなまったもんだなあ、ええ、おい?」 ゴードンは兵士たちに笑いかけると、 「貴様、なかなかいいパンチをしているな。警官にしておくには、もったいないくらいだぞ」 ベリンスキーはさらに拳をお見舞しようとして、くだんの兵士に、銃の握りで後頭部をまた強打された。 「ロジャー! あんたたち、なんてことをするのよ!」 「二人ともよさないか、大統領閣下の面前で」 カルゲロプロスがたしなめたが、言葉とは裏腹ににやにやしていた。 「なかなか面白いものを見せてもらったよ。だが、それどころではないことを忘れないように。エライジャ。何だね、年甲斐もなく。それから、きみ。かれの短気を許してやってほしい。そして、どうか自分の立場も、わきまえてくれたまえ」 「いくらあなたの命令とは言え、この男に好き勝手をやらせておく法はありませんぞ、大統領閣下」 ベリンスキーが口の中の切り傷を、指で探りながら言った。 「わかっている、ベリンスキー君。だが、悪くは思わんでくれ。それから、きみもだ、リリー。われわれには時間がない。事態は急を要するのだ」 「この子のいましめを解いたらどうです? あんた方は話しあいをすると言いながら、この子やわれわれを、一方的に拘束しているのですぞ。この子はまだ小さい。こんな扱いは人権蹂躙です」 「あいにくだが、そうではないんだよ」 カルゲロプロスがベリンスキーの鼻先に、人差し指を突きつけると、 「その点に関して、われわれは真っ先に、ペリー司法長官の判断をあおいだ。かれと司法省のスタッフの見解では、この子を人間として扱う必要は、今のところはないそうだ。この娘は、外見はともかく法的には、人間である証拠は何一つない。むしろ、その反対の可能性を、全ての状況は示している。彼女は知られざる生物だ。いわば不可知の天体からやって来た、未知の異星人にも等しい存在なのだ。違うかね?」 「なるほど。だから何をしても、おかまいなしというわけですか。そうなのですか、大統領?」 「きみはかれの言葉を曲解しておるよ、ベリンスキー君」 「あんたの主張は涙ぐましいが、法律的には何の根拠も正当性もないのだ。わかってくれたまえ」と、カルゲロプロスも言った。 大統領が咳払いした。「今、われわれに言えることは、この場合、三つのうち一つだ。この子の話が一つ残らず真実で、月にわが軍の兵士が捕虜になっているか、または、この子の話がぜんぶ作り話で、この子が正体不明の敵と結託し、われわれをとんでもない罠に陥れようとしているか。あるいは、われわれ、もしくはこの子を含む、われわれ全員が、途方もないペテンかエイプリル・フールの犠牲になって、神か宇宙にかつがれているかだ。さて、われわれはどう対処すべきかな。将軍、きみの意見は?」 「わたしの見解はですな、閣下」 と、ゴードンは、リリーとベリンスキーが聞いているのを意識して、 「今まで通り、国家安全保障会議の方針に従って、こいつらを敵とみなして対処すべきだと考えます」 「ポール、きみの意見はどう?」 「わたしの考えは――」と、大統領補佐官は意識的な間を置いた。 「わたしも現在は、ゴードン将軍の意見に賛成です」 「《合衆国ひとでなし組合》の会合か、ここは?」ベリンスキーが毒づいたが、文官も軍人も無視した。 「こうなったら、先遣部隊を派遣して、敵の本拠地に攻撃をかけましょう。先制攻撃は早い方がいい。遅れれば遅れるほど、手の内を読まれ、迎かえ撃つ準備の時間を、敵に与えることになる」 「待ちたまえ、将軍。攻撃を行うかどうかの最終的な判断は、わたしが下すことになっている。そして、わたしはまだ、自分の見解を述べてはいないのだがね」 「大統領閣下のお考えをうかがいましょう」 聞かなくてもわかっているが、寛大に聞いてやるんだとばかりに、ゴードンが顎を上げた。 パネルに映された大統領は、デスクの上で両手を組み替えた。 「わたしはこの子供の言うことを、全面的に信ずるつもりだ」
「閣下、おうかがいしてもよろしいでしょうか?」 「なんだね、エライジャ?」 「閣下が、この――」ゴードンは興奮した時の癖で、無意識に葉巻を胸ポケットから出そうとすると、リリーと全世界に向かって拳をふり上げた。 「とにかく、こいつを信じる根拠は? こいつはすでにわが軍の施設に対して、甚大な被害を与えているのですぞ。あなたも報告書はお読みになったはずだ。軍に対するいわれなき攻撃は、わが国家に対する攻撃も同様です。これは一種の宣戦布告ですぞ。それをお忘れなきように」 「彼女がではなく、彼女の仲間がだろう?」 カルゲロプロスが言い、ゴードンに睨みつけられた。 「わたしに仲間なんかいないって!」と、リリーが叫ぶ。 「こいつだろうと、こいつの仲間だろうと、この際、どっちでも同じことだ! 大統領閣下。われわれは歴とした、あからさまな侵略行為に直面しているのですぞ。それを敵を信じるなどと、たわけたことを。わたしはこの際、断固抗議しますぞ!」 「きみの言い分はわかったよ。だが、わたしの言うことも聞きたまえ。彼女はわれわれが知る限り、自ら進んで敵対行為に出た形跡はない。それどころか、むしろわれわれの利益を図り、幾度となくわれわれの味方に、力にもなってくれている。彼女がわれわれに及ぼした被害というのも、行方不明のパイロットに関する以外は、すべて正当防衛と認められる。しかも、そのパイロットの救出に関しても、彼女は進んで協力を申し出てくれるはずだ。なあ、そうだろう、きみ?」 「もちろんです!」 「しかしですな――」 「心配することはないよ、エライジャ。わたしも、ただで彼女を信用しようとは思わない。交換条件があるのだ」 「交換条件?」 「その条件とは?」 ベリンスキーが、ゴードンに先んじて訊いた。 スクリーンの大統領が人差し指を突き立て、カルゲロプロスにうなずいた。補佐官もうなずき返すと、カプセルに近づく。ゴードンはわけがわからず、目を見張って、高名な政治家の歩みを見守っている。 カルゲロプロスは、ベリンスキーとB・Jを押し退 (の) けるようにして、カプセルに近づくと、膝を折り曲げて、リリーの目の高さに顔を持ってきた。 「わたしの声が聞こえるかね? わたしの話が理解できるかね?」 リリーは当惑しながらもうなずいた。 「よろしい」 カルゲロプロスはスーツの内ポケットから、合衆国の公用封筒を取り出した。大統領から国務長官あてに送付される正式の大統領書簡で、裏には封蝋で国璽が押され、表にはアメリカ合衆国の紋章が仰々しく飾られている。 「わたしはここに、大統領の名前で、きみにある提案をしたい。それを受け入れるかどうかは、きみ次第だ」 「提案? わたし次第?」 「ちょっと待て。俺は何も聞いとりゃせんぞ」 ゴードンが腕組みしたまま、顎を上げた。 「きみは黙っていたまえ。これはわたしと、彼女とのあいだの話なのだ」 「そして、ここはわたしの基地で、まわりを取り囲んでいるのは、わたしの兵隊なのですぞ」 「大統領と合衆国市民の兵隊、の間違いじゃないのかね?」 「軍の秘密施設の中で、たいそうな口をおききになりますな。まあ、いいでしょう。今は議論をしている時じゃあない。その提案とやらを聞きましょう」 「きみは聞くつもりがあるかね、リリー?」 カルゲロプロスは〈天使〉に尋ねた。リリーは当惑した様子で、ベリンスキーに視線を向けた。 ベリンスキーがうなずくと、リリーは意を決したように、カルゲロプロスに微笑みかけた。 「結構。提案というのはほかでもない。きみの――」 「しっ! 静かに!」ゴードンが制した。 B・Jも耳をすませて、あたりを見回した。 遠くから地響きのような、巨大な震動音が近づいてくる。 「あれは何でしょう、警部?」 「海鳴りだ」ベリンスキーがつぶやいた。「いや、そんなはずはないな。地震かな?」 「ううん、そんなんじゃないわ。もっともっと、恐ろしい何かよ!」 リリーが叫んだ瞬間、凍りつく一同と兵士たちの前で、信じられないことが起こった!
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