51
リリーは目を開けた。視界もぼんやりとして、頭もはっきりしなかったため、リリーは夢を見ているのかしらといぶかった。小さな唸り声を上げ、もう一度楽しかるべき夢の世界へ退こうとして、リリーは寝返りを打ちかけた。 背中に冷たい感触を感じて、怒りと絶望が身内に押し寄せる。 まわりを見ようとして首を動かした。 動かない。 もう一度、試した。 やはり駄目だった。 リリーは目を閉じると、 (これは現実じゃないんだわ、おかしな夢を見ているところなんだわ) と、思い込もうとした。 リリーは、夢よ早く覚めよと思いながら、目を開け、また閉じ、もう一度開けた。 信じられない光景が、目に飛び込んでくる。 壁に閉ざされた、途方もなく広い空間。 絶縁物質でコーティングされ、チタン鋼で表貼りされた、半径百フィートほどのリングの中央に、リリーは椅子ごと固定されていた。周囲を半透明の円筒形のカプセル・・・材質はわからなかったが、強化プラスチックか何かだろう・・が覆っている。 銃をかまえた兵士が数百人、壁に沿って、ずらりと並んでいた。 耳元でいやらしい声がした。「ようやく目が覚めたようだな、貴様」 リリーはうめき声を上げた。ゴードンの声が、すぐそばに設置された差し渡し七フィートはあろうという特大スピーカーから聞こえた。「何だと? 何と言ったんだ?」 「悪夢だわね、と言ったのよ」伸びをしたいのにできないとわかると、苛立ちと不快感が一層つのる。「ようやく夢から覚めたと思ったら、また悪夢の中に逆戻りしたというわけなのね」
「あいつめ、洒落たことを言いおるわい」 ゴードンはホールを監視するモニター・スクリーンの前で、副官の兵士にうなずいてみせた。部屋に並んだ十枚近いスクリーンには、起き抜けのリリーの映像が、さまざまな角度から映し出されている。リリーは、肘と手首と足首を金属製の輪で固定され、椅子にくくりつけられていた。 「やつの意識はしっかりしたもんだ。いかれている様子はなさそうだぞ」 「いかれているのは、あんたの方でしょう? 一体全体どこにいるのよ? なんでわたしはここにいるのよ? 出てきて説明しなさいよ、どすけべ!」 ゴードンは制御盤のマイクロホンをわしづかみにすると、唾が飛び散るのもかまわずにわめいた。「その必要はないぞ! おまえは今からある人物と会談するのだ。合衆国政府を代表する人物とだ。何だったら、人類を代表する人物といってもいい。アメリカ合衆国大統領とだぞ」 「誰とですって?」 ゴードンは繰り返した。 スピーカーから息を飲む音が聞こえ、しばらく沈黙が続いた。 「あんた、わたしをかついでいるんじゃないでしょうね? 気は確かなの? わたしを怒らせると怖いわよ。その気になれば、ハリケーンだって、消してしまえるんだから。本当よ」 「そうらしいな。その話もじっくりうかがいたいものだが、あいにくとスケジュールが立て込んでいるのだ。われわれも忙しい体でな」 「それでこうして兵隊さんたちが大勢、武器を持って、まわりを取り囲んでいるわけなのね。反吐が出ちゃいそう。かれらは何人いるの?」 「ネズミを捕えるのに必要な人数だ。悪く思うな。反吐を吐きたきゃ、勝手に吐くがいい。これも必要な処置なのだ」 「あんたって、最低よ」 「最低で、結構。いつかのように、おまえの仲間がおまえを取り返しに来る時の、用心のためだ」 「わたしに仲間なんかいないって」リリーの声が当惑を増した。「少なくとも、あんたたち軍隊に包囲されなきゃならないような、危険でパワフルなお友だちはね」 「それはどうかな。ともかく、おまえはあの人と話をするのだ。俺は気がすすまなかったがな。前のスクリーンを見ろ、子供」 やや間があって、吐き捨てるような声が、スピーカーから聞こえてくる。「スクリーンなんてないじゃない、嘘つき!」 「おまえの目の前にある壁のことだ。壁全体が途方もなく巨大な、一枚のパネル・スクリーンになっておるのだ。今、明りを入れてやる。待ってろ」 ゴードンはかたわらのスイッチ係士官にうなずくと、制御盤の中央に手を伸ばし、金色の電話機を取り上げた。「閣下、こちらの様子は、ご覧の通りです。そちらの感度は、問題ありませんでしょうか?」 「ありがとう、問題ないよ。彼女と話をしてもかまわないのかね?」 「かまいませんとも。今、そちらの映像をスクリーンに出します。合図をしたら、やつとお話しください」 ゴードンは制御盤の前にいた士官の肩を、勢いよくたたいた。士官は弾かれたようにスイッチを押す。 「わお! 本物の大統領じゃないの!」
リリーはその男の顔なら、よく見知っていると思っていた。 リリーばかりではない。この国の推定三億を数える人口の、全部とは言わないまでも、大半が――そして全世界の数十億の人間が、この顔をテレビや新聞や雑誌で見せられ、毎日のように馴染んでいた。ジョークや小咄のネタにされ、コメディ番組では物真似芸人たちのかっこうのレパートリーの一つになり、インターネットの無数のサイトでは、非難や中傷や揶揄のターゲットに仕立てられていた。それでいて、この男の素顔を知る者は、十指に満たなかった。 合衆国大統領ジョナサン・クレイバーンは、地下ホールの壁に作られた特大のモニター・スクリーンの中で、デスクの上で両手を握り合わせる、テレビ演説用のお決まりのポーズをとっていたが、その姿はブラウン管や液晶画面で見るよりもやつれて、目尻とまぶたにはたるみができ、紅もさされていない頬には、しわが寄っていた。 今夜のかれは世間に見せているイメージよりも、たっぷり十歳は年とって見えた。だが、目には見るものを惹きつけてやまない、あの強烈な意志とバイタリティーの光が宿っていた。特別な任務を神からゆだねられたと信じる者に特有の、英雄と狂信者に共通の、危険であなどれない眼光を帯びていた。大統領はスクリーンを通じて、一座の者を圧倒していた。武装してリリーを取り囲む兵士たちが緊張し、室内の空気が一変するのが、カプセル越しにも感じとれた。 「やあ、きみ。どうかね? わたしは、アメリカ合衆国大統領だよ」 「あら――閣下――どうも」 スクリーンは、大統領のいるホワイトハウスのオペレーション・ルームと、基地のメイン・ホールをつなぐ、双方向のテレビ電話になっていた。リリーの声はモニター装置とスピーカーを通じて、一千マイル以上離れた大統領の部屋と、基地の地下ホールいっぱいに響いた。 「あの――ごきげんは――いかがですか?」 「ありがとう。優しいんだな、きみは」 「いいえ、そんなこと・・・ちっとも――ありません――」 「どうやら、きみはわたしのことは知っているみたいだね。天国でも有名だとは知らなかったよ。光栄だね」 リリーは、はにかんだようにうなずいた。冗談めいた調子だったので、自分が天国から来たわけではないと、否定はしなかった。 「さて、きみのことは何と呼べばいいだろう? 〈鳥〉や〈天使〉だと仰々しいし。リリーと呼んでもさしつかえないかね?」 「はい、どうぞ。そう呼んで下さい。それがわたしの名前ですから」 大統領はリリーを焦らせたあとで、 「ところで、何から話したものだろう。わたしには時間がないし、きみもいつまでも、そんな状態でいたくはないだろう。ここは一つ、率直に話すことにしよう。きみは現在わが軍の拘束下にある。つまり――わが国に捕まっているという意味だがね」 「はい、わかります」 「きみにとっては、それは不本意な状況であろうと推察する」 リリーが顔をしかめたので、大統領は眼鏡の位置をずらした (大統領はその時、老眼鏡をかけていた)。 「つまり、わたしが言いたかったのは、きみにとっては目下のきみの置かれた状況は、あまりありがたくはないだろうという意味だがね」 「ええ、全然ありがたくなんかありません。大統領が命令して、すぐにわたしを自由にして下さい」 「ところが、わたしにはそうする意志が、今のところないのだよ。悲しむべきことではあるのだがね」 「あら、どうしてですか? そっちがここから遠いからですか?」 「いいや、違うよ。それが現在、わたしがきみと話しあわなければならない、理由につながるわけだがね――つまりだね、リリー。きみがそうしているのは、わたしがそうするようにと命じたからなんだよ。言いかえるならば、軍に命令してきみを捕まえさせたのは、このわたしなんだよ」 リリーはしばらく息をするのも忘れていた。広告看板のコパトーン・ガールに話しかけられても、こんなに驚きはしなかったろう。 「今、あなたは何て言ったの?」 「すまない、驚かせてしまったようだね。きみに会ったら、何と言おうか考えていたのだが、きみは賢そうだし、自分の考えをちゃんと持っている子供だと思うので、あえて率直に話そう。実を言えば、そういう次第なんだよ。きみを捕えるように、このわたしがゴードン将軍に命じたのだ。報告では、きみはかれと会って、話もしたんだってね?」 「あなたが言うのが、あのいかれ頭の老いぼれ爺さんのことなら、イエスです」 (ゴードンは別室のモニターを見入りながら、あのガキめ、なかなか言うわいと苦笑した) しばらく沈黙があったあとで、リリーがつぶやいた。 「そうだったの。大統領が命令したのね。知らなかったわ。でも、どうして? わたしは何も悪いことは――してはいけないことは、していないはずよ」 「それはつまり、きみが、その――きみが許可なくあちこちを飛び回り、何をするかわからないからなのだよ。レーダーできみを見つけた連中は、きみのことを、空飛ぶ円盤やミサイルとすら間違えたんだよ」 「それでわたしを捕まえさせたの? 飛行機やヘリコプターを使って、わたしをだましてまでしてね。わたしにわざと飛行機の墜落と思わせて、空港までおびき出してまでしてね。なぜなの? わたしをミサイルか空飛ぶ円盤なのだと思ったのなら、わたしに訊けばいいのに? そうすれば、すぐに違うとわかったわ。なぜ、わたしをだましたの? なぜ今も、こんな真似を?」 「それはきみを、わが国の・・・合衆国の敵ではないかと判断したからだよ」 「はっ。わたしが合衆国の敵? わたしがこの国を攻撃するとでも思ったのですか? わたしはむしろ――むしろ――この国の役に立ちたいと思っていたのに。そうしたいと思っていたのに――それには気づかなかったんですか? ふうん。そうだったんですか? そうか――わたしのことを、敵だと思っていたんだ。リリー、がっかり。みんなに喜んでもらっているとばかり思っていたのに――」 リリーは拘束椅子の中でうなだれ、しばらくブーツの先を見つめていた。「わたし、飛行機を助けたこともあったし、女の赤ちゃんを救ったこともあったのよ。あの時なぜ、わたしを飛行機で撃とうとしたの、わたしが赤ちゃんを助けたあとだけど?」 大統領は、リリーがその話題に触れてくるのを待っていたかのように、勢いづいて話しかけた。 「ああ、わたしも覚えているよ。井戸に落ちた赤ん坊だったね」 「下水溝の中です」 「あれは実に素晴しい働きだった。あの赤ん坊の母親から、ホワイトハウス宛に、きみに勲章をやってくれないかという手紙をもらっているよ」 「まあ、知らなかったわ。わたし、お役に立てて嬉しいです」 「まったくだね。わたしも、きみは、勲章を受けるにふさわしい働きをしたものだと思う。あの母親になりかわって、わたしからも礼を言わせてもらうよ。ありがとう、〈天使〉」 リリーは恥ずかしそうにうつむいた。 「ところで、それはそれとして、あのあと、きみが二機の偵察機の追跡をかわして、逃げきってしまったのには、驚いたよ。きみに、あんなに素晴しい飛行能力があるとはね。ひょっとして、どこかの国の軍事施設か訓練センターで、特別のトレーニングでも受けていたのかね?」 リリーは大統領の目に、油断のならない光があるのを見てとった。 「いいえ。わたし、生まれつき飛べるみたいなんです。どうやら、あの世界で生まれた時から――とにかく、わたしは自分の身を守ろうと思っただけなんです。そういうの、《正当防衛》とかっていうんでしょう? ロジャーに聞いたけど――」 リリーははっとして、あとの半分を飲み込んだ。 上目使いに見回すと、どうやら誰も気づいてはいないようだ。 「あれも、わたしがやったことだ。正確に言うと、わたしに命令されたゴードン将軍が、やったことだがね。ところであの二機の偵察機は、あれからどうなってしまったのだね? きみにまんまと逃げられたあとで、二機は帰ると連絡をよこし、そのまま消息を絶ってしまった。ひょっとして墜落したのかと、コースの近辺を捜索したが、機体も破片も見つからない。四人のパイロットたちも、消え失せたままだ。生きているのか死んでいるのか、身動きすらできずに、何者かの捕虜になっているのか、それすらもつかめていない。パイロットの家族たちには、嘘の報告を伝えてあるのだが、わたしにはその真相は、きみが知っているのではないかと思えてならないのだがね。違うかね?」 リリーは心の中であっと言った。 「わたし――知りません。大統領閣下が、何をおっしゃっているのか、わたしには全然わかりません」
「やつめ、とぼける気だな。おまえが知らないはずはないんだ! 言え、ちびの化け物。妻子持ちのパイロットたちを、どこへ隠した?」 ゴードン将軍は作戦予備室のモニターの前で歯ぎしりした。
「そうか。残念だね。きみとは腹を割って話せると、そんな気がしていたのだがね。きみなら、行方不明のパイロットたちについて、居所や生死を教えてくれるのではないかと思っていたのだがね。何しろかれらは、きみを追跡していたあとで、行方不明になってしまったのだからね。パイロットたちは全部で四人。訓練された、わが軍の優秀な精鋭たちだ。四人ともに家族がいて、かれらの帰りを待ちわびている。わたしには、かれらの家族に真相を話す義務があるのだ。かれらは合衆国のために、かけがえのない命を捧げてくれる者たちの家族だ。わたしの言う意味がわかるかね?」 「ええ、わかります。でも、本当に、そんなことは初耳なんです」 その時、リリーの脳裏に何かの映像が浮かんだ。映像は浮かんだと同時にすぐに消え、何かを思い出しかけて、忘れてしまったようなもどかしさを、リリーに味あわせた。 「そうか。それは残念だな。きみとのあいだでの妥協点が見い出されれば、わたしも平和的な解決の手段に訴えるつもりでいたのだ。だが、事態はわたしの願った方向には向かないようだ。こんな手段はとりたくはなかったのだが――」 大統領の映像がふいに黙った。 突然ホールの壁のドアが開いて、後ろに両手を回された、ひどく背の高い男と、小柄な男が、両側を兵士に連行されて入って来た。二人は黒い布で目隠しをされていた。リリーはその一人に、見覚えがあるような気がした。 一行はリリーと数百人の兵士が見守る中を、リリーが閉じ込められている金属製のリングの縁までやって来た。一行が立ち止まり、兵士の手で目隠しが外された。 「やあ、リリー」二人のうち、背の高い方が声をかけた。男の声を集音マイクが拾い、スピーカーに再現する。「やあ、元気かね?」 「はあい、ロジャー」 リリーは涙をぬぐおうとして、腕が動かせないのに気づき、ふたたび顔を上げた。「はあい。元気よ。わたし、さびしかったわ」 「わたしもだよ。きみに会いたくて、会いたくて、たまらなかった。ずっと、ここで捕まっていたのかね?」 「ううん」 リリーが首をふりかけた時、頭上からゴードン将軍の、電気的に増幅された声が降ってきた。 「余計なことはしゃべらん方がいいぞ、ブチンスキー。おまえたち全員は、わが軍の拘束下にあるのだからな」 「そして、おまえたち軍隊と政府は、われわれ納税者の監視下にあるのを忘れるなよ! ここには市民の代表である、マスメディアの優秀な記者もいるんだぞ!」 ベリンスキーの隣にいた若い男が、びっくりしたように警官を見た。リリーはその男の顔にも、見覚えがあるような気がした。どこで会ったのかは思い出せない。 ベリンスキーへの返答は、連れの兵士の自動小銃の、後頭部への一撃だった。 「ロジャー!」リリーが悲鳴を上げた。 「乱暴なことはするな、馬鹿者! やつがわれわれにとって、大事な切り札なのを忘れるな!」ゴードンが息巻いた。 「だいぶ気がたっているな、将軍どのは」三番目の声がのんびりと、「そう、かっかすることはないんじゃないかな」兵士と捕虜の背後に隠れていた、もう一人の人物が、ゆっくりとリリーの前に歩み出て来た。「久しぶりだね。カルゲロプロスだよ」 国家安全保障担当補佐官は、気さくな笑みを浮かべてリリーに会釈した。 ベリンスキーの隣にいた若い男が目を見張った。 「本来なら科学顧問のショウナウアー博士も同道するところだがね、やっこさん、準備の方に忙しくて、来られないとさ。ところでと、きみとはいつも妙なところで、妙な会い方をするもんだね、お嬢ちゃん?」 「たぶん、あんたが妙な人だからよ」 「なるほど、あなたでしたか、ドクターK」ベリンスキーも、カルゲロプロスが誰なのか思い当たったらしい。「あなたのような『超』のつく大物が、ここにいるということは、あなたもこのいかさま陰謀団の一味と見て、間違いないようですな。それとも、あなたが首謀者なのですか?」 「そう、いきりたつものではないよ。それから、そのテレビ向けのニックネームだが、ここでは使わんでくれ。不愉快になる。兵士たちがきみたち二人にとった処置については、大変申し訳なく、また遺憾に思っている。だが、きみたちは、どうやらわたしのことも、このプロジェクトのことも、まるっきり誤解をしているようだな。わたしがここに来たのは、われわれが直面している、このひどく込み入った状況を、双方に納得がいく形で打開して、お互いの利益を図るためなのだ」 「ぜひ、うかがいたいものですな、あなたのその名案とやらを。できるならば、政府の要人であるあなたが、このような非道で残酷なふるまいに及んだ、そのわけもご説明いただきたいものですな」 「非道で残酷なふるまいかね? よかろう。きみのその警官頭でもわかるように、諄々 (じゅんじゅん) と説き聞かせてやろう。だが、その前に、きみたち二人とも回れ右をして、この部屋のボスに敬意を表した方がいいんじゃないのかね?」 ベリンスキーが腑に落ちない様子で、カルゲロプロスを睨みつけた。 カルゲロプロスがあごで後ろをしゃくる。ベリンスキーと若い男はふり返り、壁一面の映像に気づいた。 「どうだね、満足したかね?」 カルゲロプロスがたっぷり一分は経ったあとで、ベリンスキーに声をかけた。 連れの若い男――他ならぬ《ルナチク・アドバタイザー》紙の記者、B・J・ワインストラウブは、「大統領だ」とつぶやいて、また押し黙った。 「こいつは――議会で問題になりますぞ、閣下」 ベリンスキーがようやくのことで沈黙を破ると、 「こちらの声が聞こえているかどうかは知りませんが、あなたが厄介な立場に立たされることだけは明白ですな」 「ご心配いただいて、すまないね。だが、率直に言って、今のきみの立場ほどまずいことにはならないと思うよ。何しろ、きみが目撃している光景について、きみの側に立って証言する人間は、一人も見つからないだろうからね」 「それは脅しのつもりですか、大統領閣下」 「真実を言ったまでだよ」 「だが、われわれ自身がいますぞ。われわれという証人が。なんぴともわれわれの目と心と口に、蓋をすることはできないはずです。あなたが早晩この件に関して不利な立場に追い込まれることは、火を見るよりもあきらかです。違いますかな?」 「残念ながら違うね。きみはこの件に関して、重大な思い違いをしているようだ。われわれは今度のこの〈鳥〉の件に関して――」と、カルゲロプロスはリリーをふり返り、「一貫して強い姿勢で臨むことに態度を決めたのだ。この件に関して、大統領閣下の決定や意志や権限を弱めるものは、この地上に何一つとして存在しないのだということが、わからないのかね? この意味をしばらく考えてみたまえ。おいおい、きみだって、法執行に携わる現場の警察官だろう」 ベリンスキーは不敵な笑みを浮かべたが、何も言わなかった。 大統領が宣言した。「よろしい、会議 (カンファレンス) を続けよう」
|
|