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作品名:マイティーリリー 作者:zamazama

第52回   52
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 ジョナサン・クレイバーンは執務室を歩きながら、首席補佐官ヤン・マッケナーと、国家安全保障担当補佐官ポール・カルゲロプロスの提出した手書きメモに目を通していた。メモの題目はメラニスタン共和国の紛争についての現状分析と評価で、両者とも一両日中に内戦に発展することで一致していた。
 皮肉なことに、犬猿の仲である国務省とCIAが別個にもたらした報告書にも、同様の結論が出されていた。大統領は鼻の頭を神経質にかきながら、無言で唸り声を上げた。
 大統領の思考は、首席秘書の声で断ち切られた。見上げると、開け放したドアから、ナンシーのとび色縁の眼鏡をかけた黒い顔がのぞき、中を指さしている。
「何だね、ナン?」
「電話です。将軍からですわ。早くお出になってください」
 部屋のあるじは反射的にデスクをふり返った。電話機の二番目のライトが灯っている。
「将軍て、どの将軍だね?」
 秘書はとがめるように人差し指を突き立て、合衆国最高の、世界で最高の権力を託されたいたずら坊主を睨みつけると、答えるかわりに両手を広げ、はばたく真似をした。
「おお、そうだった。そうだった。忘れていたよ。ありがとう」
 大統領は電話機に飛びつき、秘書にウインクした。
 ナンシーはさっさと退散した。
「私だ」
「大統領閣下」
 ゴードンのしゃがれ声が聞こえてきた。
「ゴードン将軍です、閣下」
「エライジャかい? 元気?」
「元気であります、閣下。やりましたぞ。〈鳥〉を再捕獲いたしましたぞ」
 一瞬、何を言っているのだろうといぶかりながら、大統領はあいづちを打った。「君ならやれると思っていたよ。それで?」
「直ちに《シナイ山作戦》を発動します。部屋の方をご準備下さい」
「ああ、そうだったのか。準備はできているよ。ペンタゴンの作戦本部の方へ出向こうか?」
「どちらでもお好きになさって下さい。閣下のお気の召すままに」
「それにしても、大丈夫なんだろうね、その――〈鳥)の方は?」
「ご心配なく。今度は逃げられるようなへまはいたしません」
「いや、そういう意味ではなくて――いや、いい。あとで話そう。こっちも色々と込み入っていてね。いや、何でもない。ああ、わかってる。ここまでのこと、ご苦労でした」
 大統領は電話を切り、執務室の中で一瞬、見当識喪失に陥った。これから何をするつもりだったのだろうと、いぶかる。あわてて気を取り直すと、打ち合わせていた手はずに従い、チーフ秘書を呼び出した。
 ナンシーが姿を現わす数秒のあいだ、ジョナサンは自分が人っ子一人いない断崖に立って、世界の涯を見下しているような錯覚を覚え、めまいに襲われた。
 気がつくと、チーフ秘書のナンシーが、デスクの向こう端に立って、気掛かりそうにこちらを見つめていた。
 目があうと、ナンシーはにっこりと微笑んだ。
 クレイバーンもつられて微笑み返す。
 ナンシーも、大統領自身も気づかなかったが、ジョナサン・クレイバーンの心の底からの、安堵の照れ笑いだった。
「顔色が悪いですわ。飲み物でも持ってきましょうか、ボス?」
 雇い主の心の内を見透かす秘書の魔法にたけたナンシーが、先手を打ってジョナサン・クレイバーンに訊いた。
「いや、いい。ああ、頼むよ。そうしてくれ」
 キッチンのある二階の居住区へ行こうとした秘書に、大統領が力なく続けた。
「グラス一杯のミルクがほしいな。できるだけ冷たいやつをね」
 秘書は部屋のあるじをふり返って、何か言いかけた。
 それからうなずくと、飲み物を手配するべく、ドアの外へ消えた。






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《シナイ山作戦》は同日二○○○時から、コロラド州シャイアン・マウンテンの地下〇・五マイルに建造された、北米航空宇宙防衛司令部真横の大規模核ミサイル貯蔵施設と、隣接する《最終核戦争指令タンク》の中枢、半径○・二五マイルの巨大プラットホーム、および付属する作戦会議用メイン・ホールを併用して、行われる手はずになっていた。
 ここなら熱核ミサイルや中性子爆弾、原爆、水爆、コバルト爆弾、イリチウム爆弾などを含む外部からの各種の攻撃はおろか、宇宙線の侵入すら防ぐことができたし、地下に潜って爆発するバンカーバスター・タイプのミサイルの衝撃波を阻む、厚さ三十三フィートのチタン鋼の防護壁が、いかなる侵入者をも拒んでくれるはずだった。
 当初、数百発の核弾頭が実戦配備を待って貯蔵されている施設で作戦を遂行することには、相当の危険がともなうのではと、統合参謀本部が難色を示したものの、軍が現在使用できる施設で、あそこ以上に警戒厳重な保安設備の整った場所はない、というゴードンの主張で反対は押し切られた。ゴードンとしてはフォート・レントンの二の舞は踏まないよう、打てる手は全て打つつもりだった。統合参謀本部は妥協案として、移せる範囲で全ての核弾頭を、地下二階から七階にあるミサイル・コンビナートまで移動するよう、再度警告を発した。ゴードンは今度は要求を飲んだ。できることは限られていた。基地全域にコンディション・レッド警報が発令され、核弾頭の一時的な移送が開始された。
 その日、何が起こるのか周辺には知らされていなかったが、付近の住民は《水晶宮》(クリスタル・パレス) の異変にすぐに気がついた。平時の予定にはない車輛の出入りが行われ、いつもの三倍の人数の警備兵が、K9ドッグ (ドーベルマン) を連れてゲートを行きかい、見慣れない軍用ヘリや、大型輸送ヘリが何機も飛来しては、いずこへともなく飛び去って行った。
 今夜、シャイアン・マウンテンに、UFOの大群が飛んで来るらしいという噂が広まった。少なからぬ住人から問い合わせが殺到し、広報担当の兵士は、噂の真偽を確かめる電話におおわらわで対応した。
「政府のお偉方がみえるので、特別の警戒体制を敷いているのです。誰が来るのかは答えられません。大統領かどうかも、お教えできません」
 それ以上の質問には、わざとあいまいな言い方をした。そうするようにと、上官から指示されていたのだった。中には、第三次世界大戦が始まったのかと金切り声で問いただす主婦もいて、担当の兵士は疑惑を打ち消すのに、三十分以上を費やした。
 準備が完了し、作戦決行の時が迫ると、ゴードンは全体を眺めてよしと言った。彼の出番は滞 (とどこお) りなく事態が進行すれば、しばらくは来ないはずだった。核弾頭の移動は間に合う見込みがなかったため、半分以上を残した時点で中止になった。
 ゴードンは基地のメイン・ホールに兵を配置すると、作戦予備室に、武装した警備兵の一団とともに立てこもった。そこから、合衆国、否、全世界に張り巡らされた空中警戒管制網を監視し、必要ならば基地の警備にあたる一個小隊から、世界中に展開された、核ミサイル搭載の原子力潜水艦までを指揮できる態勢に入った。同じシャイアン・マウンテン内に設置された、北米航空宇宙防衛司令部のレーダー・スクリーンと直結したモニター・パネル群が、ゴードンの目となって、地球を周回する複数の軍事衛星シリーズと、合衆国の動員可能な全ての宇宙監視システムが送り込む、地球表面の偵察状況を逐一表示した。
《シナイ山作戦》が発動したのだ。







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