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モールに隣接する遊園地は、フェンスで囲まれていたが、誰でも買い物がてら、利用できる造りになっていた。入り口には人だかりができて、警備員とおぼしい制服を着た年寄りの男が、寄せ来る人波を押し戻し、叫んでいた。 「向こうへ行ってくれ! 見世物じゃないんだ!」 「何があったんだ!」 警備員は灰色の目で、B・Jを睨みつけた。 「《ルナチク・アドバタイザー》紙の記者だよ」 B・Jは記者証を差し出した。男の目から不審と敵意が消え、この場を取り仕切る仲間が来た、という安堵の色にあふれた。 「ああ、現場は中ですよ」 何が起きたのか質問はせずに、B・Jはかたわらのリリーを見下ろした。 「きみはここにいるんだよ」 「わたしも見てみたいわ」 「駄目だめ。ここにいなさい」 入り口を通って右手に、昔、州の定期市に立っていたイーライ・ブリッジ社製の実物大の観覧車、ビッグ・イーライ一号の複製があり、負けず劣らずの人だかりができていた。 観覧車はストップしていて、一人の客が、てっぺんから落ちかかっていた。十歳くらいの男の子らしく、てすりと座板の継ぎ目にしがみついている。 「レスキューは? 警察には知らせたのか?」 B・Jはジョギング中に立ち寄ったらしい、カーリーヘアの若い男に尋ねた。 その時、どよめきが起こった。 B・Jのインタビューを受けた目撃者で、近くのオフィスから息抜きに来ていた、オレンジ色の髪にそばかすの女性社員の語り口を借りると、 「まるで夢を見ているみたいだったわ。モスリンみたいな何かが――風に吹かれてシーツが飛んだりするでしょう、ちょうどああいう時みたいに――観覧車のてすりからぶらさがった、気の毒な子供の上に来たかなと思ったら、もうその子を抱えて、地面に降りてるじゃない。びっくりしたわよ」 最初に目に入ったのは、ふわふわした白い固まりだった。東の空の、よく晴れた一角を、ひと固まりの布のような物体が近づいて来て、観覧車のてっぺんに降り立った。 「何だい、あれは?」 下で見ていた群衆の一人から声があがった。 「幽霊みたいだわ!」 別の女が叫んだ。 若い女の張り裂けんばかりの悲鳴がとどろいた。 落ちかけた子供の手が、さらにずるずるとすべった。二十ばかりの口から、いっせいに「おお!」というどよめきが上がり、息を飲む音が聞こえたが、次の瞬間、歓声に変わった。 派手なブラウスを着た大柄な女性――子供の母親だった――が半狂乱で叫び、物体に――その時抱かれていた我が子に駆け寄った。 人間に似た物体は子供を解放するや、来た時と同様、音もなく浮上した。母親と泣きわめく子供をのぞいて、全世界が静止した。 次の瞬間、野次馬たちがいっせいに動き出した。 B・Jは気がつかないうちに大声を上げ、カメラを持っている人間がいないか探し回っていた。本当なら新聞社を出る時に持参すべきだったのだが、そこまでは頭が回らなかった。カメラつき携帯電話を取り出すには、気が動転し過ぎていた。 B・Jの目が、すぐ前方にいた、異様な風体の老人に吸い寄せられた。 老人は青ざめたしわだらけの顔をして、見慣れない黒のマントに身を包み、驚くほど背が高かった。 B・Jと目が合うと、老人は口元をゆがめ、奇妙な薄ら笑いを浮かべた。 B・Jは悪寒を感じて身震いした。老人から漂う、ある底知れぬ不穏な空気が、B・Jを打ちのめしたのだ。 B・Jは顔をそむけると、老人のことをたちまちにして忘れた。 B・Jは群衆の中にいた、眼鏡をかけた小柄な東洋人の夫婦を見つけると、興奮していた男の手からカメラをひったくり、空を見上げた。 西の方に小さくなっていく、ふわふわした人影を認め、レンズを向けると、続けざまにシャッターを押した。 その晩、デスクのワードプロセッサーに向かい、B・Jは締切よりだいぶ前に原稿を書き上げた。
号外! 世紀のスクープ! 噂の幽霊戦士は実在した!!! 本紙記者は見た!! 本紙契約記者ワインストラウブは語る! 空飛ぶシャーリー・テンプル〈ワンダータウン〉に出現!! 本日、午後三時二十分頃、当市ペンシルバニア・スクエアにあるショッピング・モール〈ワンダータウン〉に付属した遊園地内に於いて、世にも稀なる珍事が発生した。 ことの起こりは単純な事故だった。ショッピング・モール内に設置された、高さ四十五フィートのイーライ・ブリッジ社製フェリス観覧車 (同社製造の一九○○年当時の実物大レプリカ) に於いて、観覧車の座席前部に固定された安全バーが外れ、乗っていた市内のジョン・キャンベル小学校一年生、アーノルド・シルベスター・マカトジ君(六)が、シートからすべり落ち、宙吊りとなった。 その時、記者と五十あまりの目撃者の前で、正体不明の物体が出現、矢のようなスピードで東の方角から飛来し、観覧車のてっぺんに降り立つと、ぶらさがるアーノルド君をやすやすと抱えて地面に降り立ち、母親に手渡した。物体は女の子らしく見え、間近で目撃していた複数の談によると、顔面に笑み、もしくは威嚇の表情を浮かべたという。物体はその後すみやかに上昇すると、東の方角へ向け飛び去った。上の写真は、たまたま現場に居合わせたトルコからの旅行者、ファキル・ムスタファ氏により撮影されていたものである。 記者は探訪任務中に発生したこの出来事を、終始その場で目撃し、読者に報告する機会を得た。これを読まれた読者諸兄姉が、次の一点に注目されるよう、特に注意を喚起したい。 最近、同市のあちこちに出没し、その正体と目的とが取り沙汰されている、《幽霊戦士》または《天使》と呼ばれる怪人物にまつわる目撃談と記事の数々を、読者は覚えておられよう。 当市警察本部長フェニモア・クーパー・ブラウンは、昨夜、同市庁舎内で行われた緊急記者会見の席上、この正体不明の善意の協力者の身元について、目下、警察当局としても、重大な関心を寄せていると発表。近々これについて、警察本部から、正式の会見がある旨を、記者団に確約した。 (目撃者の談話と詳しい記事は、次のページから)
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