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作品名:マイティーリリー 作者:zamazama

第43回   43
                   37 (承前)


「危ないところでございましたな。もう少しで、あれなる悪霊どもに取り込まれるところでござった。低級な連中とはいえ、油断がならん。また邪魔が入らぬとも限りませぬで、戴冠式をすませてしまいましょう」
「いやよ、わたし、そんなのかぶるの!」
「王女さま!」
「わたし、わかるわ、バハール。わかるのよ。あなたは嘘をついているわ。わたしのことでも、アトランティスのことでも、ロジャーを襲ったことでも、何でもかんでも、あなたがこれまで話したことは、全部、全部、嘘っぱちよ!」
「何を言う? 乱心めされたか?」
「ふん! 上品な言葉を使っても駄目だわ。あなたは恐ろしい人よ。本当に恐ろしい人。そして、これからも、もっともっとわたしを使って、恐ろしいことをたくらんでいるのね。その手には乗らないわよ」
「愚かなことを。あなた様は、このわたくしが助けて、ここへお運びいたしたのですぞ。あやつらがあなた様に“下”でしたことを、あれの一切合財をお忘れか? あれこそ、恐ろしいことなのです。みどもがあなた様を、やつばらめの手からお救いしたことが、あれすらも嘘であると言われるのですか、姫ぎみさまは?」
 リリーは痛いところを衝かれたと思い、押し黙った。
「さあさあ、議論はあと。王冠が先です。みどもが正しいことは、これを頭に載せれば、たちどころにわかりまする。王冠の頂きを飾る宝石は、ツーオイ石の極上の一かけら。これが地下にあるツーオイ石と感応して、あなた様の思念の増幅を、お助けいたしまする。さすれば何が善で何が邪か、たちどころにわかりましょうぞ。さあさあ、これを載せるのです。みどもにアトランティスの新しき世継ぎの、喜ばしき誕生の瞬間を、拝ませて下されい。さあ、さあ、早く。さあ、急いで! さあ! さあ! さあ! さあ!」
 バハールは王冠を突き出した。リリーはあとずさりする。
 バハールは、今度ばかりは、引き下がらなかった。
 リリーの後ろに素早く回り込み、退路をふさいだ。
 一瞬ひるんだリリーの頭上に、バハールが王冠をかぶせた。
「あっ!」
 王冠はやや大きすぎ、リリーの顔を覆って、鼻の上まで、すっぽりとはまった。
 リリーはあわてて王冠を取ろうとした。
 そうはさせじと、バハールがリリーを羽交い締めにして、自由を奪った。リリーは手足をばたばたさせて、抵抗を試みた。
 バハールは、この老いさらばえた肉体の、どこにこんな力があるのかといぶかるほど、頑強にリリーを押さえつけ、祭壇の前まで引きずって来ると、片手でリリーを抱え、一つ目の像に目礼した。「ウムール・アクーバ・ルラ・モルケ・モロッケス! 邪魔が入って、申し訳ない!」
「何よ! あんたが一番邪魔よ! 離せ! この気違いの老いぼれ爺い!」
 リリーが手足をばたつかせてわめいた。
 上手にひねりをきかせると、バハールの背中を蹴られるとわかって、リリーの動きにはずみがついた。
「離せ! この欲ぼけの大ぼけ野郎! 気違い! 離せ! 離しやがれ! 離しやがれ! 離しやがれ! 離しやがれ!」
「神よ、ここに来れよ! 神よ、われらとともにあれ!
 汝がしもべにして、崇高なる白き花嫁、リリトス・アルスラギストス・リアメル・カレアラを、汝 (な) が手に受け取り、汝がかいなにて、抱 (いだ) きたまえ!
 ウムール・アクーバ・ルラ・モルケ・モロッケス!
 神は偉大なり! 神は偉大なり!
 ウムール・アクーバ・ルラ・モルカ・モロッケス!
 神は永遠なり! 神は永遠なり!
 神は、とこしえにして、全知なり!
 無限無窮 (むきゅう) の存在なり!
 神よ、わが民とともにあれ!
 神よ、われらとともにあれ!
 神よ、われらが大いなる受け継ぎ手と、その約定の地とに、とこしえの導きと権能とを、下されたまえ!
 そして、神々の水晶よ! 今こそ、汝がしもべの白き御子に、聖なる力と導きとをたまわりたまえ!」
 バハールがそう叫んだ時だった。
 リリーの頭の奥に、激しい疼きと、とらえどころのない力とが流入し、リリーをたじろがせた。
 王冠の内側で、リリーの閉じた目の内部に光があった。
 真っ白い、この世の物とも思われぬ光。
 鮮烈で、強固で、威厳と力に満ち、強烈な意志と、精神の介在を感じさせ、しかも、慈愛と寧猛 (ねいもう) さをも同時に感じさせる、異様な閃光。
 いかなる星からのものでもない、その白き輝き。
 リリーにはなじみのない、それでいて、強烈なシンパシーと畏怖とを感じさせる、いわく言い難い、不可知の光だった。
 光は異次元からの侵入を思わせる仕方で、リリーの脳髄に信号を送り込むと、リリーの感覚中枢を掌握し、あっという間に支配してしまった。
 リリーは何者かの声を聞いた。
 リリーの錯覚だったかもしれない。バハールが、リリーの耳元で怒鳴りつけた声だったかもしれない。
 だが、リリーは何者かの声が、威厳をもって命ずるのを聞いた。
 オマエハフクジュウ (服従) シナケレバナラナイ。
 オマエハフクジュウ (服従) シナケレバナラナイ。
 オマエハフクジュウ (服従) シナケレバナラナイ。
 オマエハフクジュウ (服従) シナケレバナラナイ。
 ――誰よ? あんた誰なの? いやよ! 誰が言いなりになんかなるもんですか! あんたの言いなりになんか、なりたくないわ! おまえなんか、消えろ! 消えろ! 消えろ! くたばれ! 消えてしまえ! ばか! 
 オマエハ、ナンナノダ?
 オマエハ、《キセキジ》ナノカ?
 ――知らないわ。そんなこと知るか、ばか! 
 ほんの一瞬、時間にして一マイクロ秒の数万分の一の単位で、闘争があった。
 結果は、声の敗退だった。
 声は抵抗を予期していなかったのだろう、一瞬、力がひるんだのを感じた。
 ――そうだ! おまえなんか用なしだ! 消えろ! 消えてしまえ! ばか! ばか! ばか! ばか! 消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろ!
 そして、光が消えた。
 リリーは体の自由が、一挙に戻るのを感じた。
 リリーをバハールが横抱きに抱え、わけのわからないことをわめいていた。
 そうだ。用なしはまだいた。
 ――あんたも消えてしまえ! 月と一緒に消し飛んでしまえ! 月と一緒に、王冠と一緒に、宮殿と一緒に吹き飛んでしまえ!
 ものすごい力の解放があった。
 凄い爆発だった。
 体が左右に引っぱられ、裂けるかと思われるほどの圧力がかかった。
 目の前が真っ暗になり、続いて真っ白になる。
 激しい勢いで体が揺さぶられ、虚空に向かって放り投げられた。
 めまいと吐き気が同時に襲い、四肢がばらばらに引きちぎられそうになる。
 リリーは悲鳴を上げ、守護を願った。
 すると、守護があった。
 体が外皮にくるまれ、リリーを襲った圧力が、一気に取り除かれる。
 途方もない慰めと庇護とを感じ、魂が上方へ、天国の方へと吹き飛ばされていく感覚がして、幸福と歓喜とに包まれた。
 月の宮殿はどうなっただろう。
 あのクソったれの老いぼれ神官は?
 リリーが目を開けると、《無》があった。
 無。
 まったくの空虚。
 何もない、闇さえもない真の空隙。
 色も形も匂いも音もなく、無色透明ですらない、無そのもの。
 死よりも、何層倍も悪いもの。
 死さえこれにくらべたら、崇高で気高く、意義深い存在に思われたろう。
 リリーは、その《無》の中心に向かって、まっしぐらに引き込まれていくところだった。
 自分は《無》に飲み込まれようとしている。
 《無》と一体化し、《無》そのものになろうとしている。
 それは、まだ早いんじゃない?
 自分はこのまま吹き飛ばされて行くのだろうか。
 あそこへ向かって、飛び続けて行くのだろうか。
 地球にはやり残したことや、し忘れたことが、まだまだたくさんある。
 ベリンスキーはどうなったろう。
 エスターや、死んだ農夫のお仲間や、気にかかる人や、ことがリリーにはあった。
 あり過ぎた。
 リリーの中には、大勢の人間が生きていた。
 生きて、自分の存在を表わしたいと、心の底から願っていた。
 そうだ、死ぬには早過ぎる。
 ――帰ろう! 帰らなければ!
 リリーは意志した。
 ――帰ろう! 今すぐに地球に帰ろう! 今すぐだ! 今! 今! 今! 今!
 すると力を感じ、体が一方に引っぱられた。
 内臓が破裂するかと思われるほどよじれ、激しいめまいと吐き気、気違いみたいな頭痛がしてきた。
 死んだ方がましだった。
 ――やめて! 助けて! 誰かっ、止めてぇ! なんてこと――なんてこと――なんてこと――なんてこと・・・
 リリーはまた目を開けた。
 行く手に大渦巻きがあった。
 《無》の大渦巻き。
 《無》が音を立てて回転している。
 差し渡しが何光年にもなろうかという、巨大な、途方もなく巨大な単極磁気の漏斗。目に見える形で発生し、とぐろを巻いている。渦のあいだにはエネルギーの溜まりが、無数の染みのような黒い粒子となって、高速で回転し、乱舞しているのが見える。時折、渦の中心から飛び出してくる閃光は、荷電粒子か、崩壊した電子殻の束だろうか。
 リリーは、宇宙が波動でできていることを思い出した。
 知っていたのではなく、誰かに聞かされたのかもしれない。
 (一瞬、ケッセルバッハ教授の笑い声が聞こえた)
 波動はすぐそこに、手の届くところにあった。
 目の前にあって、リリーを嘲笑い、嘲笑うと同じだけ熱心に、リリーを観察し、誘惑していた。
 リリーは、息をするのも忘れて見つめていた。
 それは大いなる眺めだった。
 渦巻きの中心に、みどりに光る小さな点が、ぽつんと浮かんだ。
 みどりの輝点は、あっという間に、リリーを取り巻く巨大な空間全体に広がった。
 リリーは叫び声をあげた。
 理性を捨て去った、獣の雄叫び。
 次の瞬間、リリーは固い床に背中を打ちつけ、うめき声をあげていた・・・。
                 ☆
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 そのまましばらく気を失っていたらしい。
 気がついた時、リリーはひどく冷たいコンクリートの上にいて、生温かい、ぴちゃぴちゃした物体が頬をなめるのを、ぼんやりと意識していた。
 リリーははっと上体を起こしかけ、頭を何かにぶつけて悲鳴を上げた。
 目から星が飛ぶ。
 泣きながら見上げると、金属性の突起物が、てっぺんを覆う遮蔽物の真横から突き出していた。
 リリーはそこに勢いよく頭突きを食らわせたのだった。
 リリーは痛みのあまり、涙を流しながら、慎重に突起物をかわして這い出した。
 あたりはひどく暗くて、空気も湿っぽかった。
 おまけに、やけに生臭い。
 どこかはわからなかったが、ひどく懐かしい感じがする。
 ふいに鳴き声が聞こえたので、リリーは心臓が飛び出しかけた。
 深呼吸しながら、かたわらを見やると、一匹のつやつやした黒い毛のかたまりが、物問いたげにリリーを見上げて、にゃあにゃあと鳴いていた。
「あらっ? あんた、バチスカーフ?」
 リリーは思わず声に出し、名前を知っているのに、あらためて驚いた。
「バチスカーフ? あんた、バチスカーフなのね? すると――じゃあ、ここは――」
 リリーは無意識に手を伸ばし、ぼんやりとあたりを眺め回した。そこは街はずれの鉄工場の廃虚跡で、工作機械の列が占領した、だだっ広い工作室の一つに、リリーは倒れていたのだった。リリーの横には、たった今這い出したばかりの工作機械が、リリーを見下ろしていた。部屋に人気がないのは相変わらずで、割れたガラス窓の向こうからは、月の光らしい銀色の矢が、静かに、斜めに差し込んでいる。
 月?
 月の光?
 リリーは立ち上がりかけ、激痛にうめいて、横になった。
 しばらく倒れたまま、深呼吸を続け、指を動かし、また涙を流す。
 涙腺が乾くまで泣くと、頬をふたたびバチスカーフのざらざらした舌に舐め回させた。
 わたし、地球に帰って来たんだわ。
 猫のいる星に帰って来たんだわ。
 よかった。
 安心したわ。
 でも、どうしてここに、戻って来られたんだろう。
 偶然にしてはできすぎじゃない?
 あんたがここへ呼んでくれたの、猫ちゃん?
 それとも、まだ夢の続き?
 リリーの疑問は、ふと見回した工作室の床に光る、かすかなみどり色の光の粒に気がついて、氷解した。
 なにげなく取り上げると、小さな石のかけらだった。
 ツーオイ石の水晶のかけら。
 みどり色に輝いているので、一瞬とまどったが、ツーオイ石の特徴である不思議な力線を放射している。
 どうやら月の宮殿にあった結晶とは、種類が違うらしい。あるいは小さく削り取ることで、石の色は、表面的には異なって見えるのかもしれない。
 リリーの網膜は月にいたわずかの間に、ツーオイ石の放射する力線を見抜けるまでになっていた。
 それにしても、どうしてこのかけらが、こんなところにあるんだろう? さっきの巨大な渦の中心に見えたみどり色の光は、この石の放ったものなのだろうか。この石が呼びかけに応じて、自分をあそこから――どこかは知らないけど――ここへ連れ戻してくれたのだろうか。
「あんた、信じられる? わたし、さっきまで、月にいたのよ。おまけにもう少しで王冠をかぶらされて、この地球の支配者にされるところだったのよ」
 リリーはバチスカーフの頭を撫でながら、自分自身に向かってつぶやいた。
 バチスカーフは、信じられませんよ、と言うように唸った。
 地球の支配者は、とっくにぼくら猫族に、決まっているじゃ、にゃあですか。
 リリーは何かを思い出しかけ、天を仰ぎ、くすくすと笑った。
「それにしても、あの王冠は、わたしにはちょっと大きすぎたわね。王女さまになったとしても、わたしはあちこちぶつかりながら、残りの一生を手探りで、ムーンウォークのまま、歩く羽目になったでしょうね。ああ、ばてた、ばてた」




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