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作品名:マイティーリリー 作者:zamazama

第40回   40
                35 (承前)



 リリーはバハールに連れられて、ドームの壁沿いに掘られた螺旋状の石段を下り、巨大な石室の入り口に出た。そこは洞窟のような宮殿の一番底にあたる部分で、ツーオイ石が回っていた石室と同じく、むきだしの岩盤に囲まれていた。あたりは静まり返っている。
 階段のとっつきの壁に、異様な輝きを帯びた金属製の扉があった。アトランティス世界で広く知られた、火のように燃える金属オリハルコンで作られた扉である、とバハールは教えてくれた。見えない隙間でもあるのか、扉の方からはひんやりとした、鼻をくすぐる奇妙な臭気が、一定の間隔で吹きつけてくる。
「さあ、こちらです。お入り下さい」
 バハールが手をかけた観音開きの扉の表面を、世にも奇怪な動植物の浮き彫り模様が彩 (いろど) っている。
 バハールが扉の中央の凹みに手を入れると、凹みは手の形にぴたりと重なった。扉が音もなく内側へ開く。ぞっとするような冷気が吹き出し、リリーの全身の毛を逆立たせた。
 部屋――というよりは、吹き抜けの巨大な空間が姿を現わした。明り一つなかったが、途方もなく広いのがわかった。リリーはこわごわとあたりを見まわした。
「危険なものはございません。みな、生きているのをやめたものたちです」
「何よ、それ? どういう意味なの?」
 リリーがたずねたが、バハールは無視して、自分から扉の中に歩み入った。
 リリーもあとに続いた。
 バハールが扉口で両手をかざすと、洞窟内に無数の明りがともった。巨大で桁外れの空間が姿を現わす。宮殿内のあちこちで見かけた、粘土とアスファルトで作った壷の中に、銅板と硫酸銅を入れた古代式の《電灯》だった。見えない場所にある親スイッチを、バハールが念動力で入れたらしかった。
 洞窟内には、岩壁を掘り抜いて作られた、大小さまざまのアルコーブが、数限りなく並んでいた。凹みごとに仕切られ、標本箱のように区分けされている。奥から入り口に向かって空気が流れているらしく、ひっきりなしにリリーのケープをなぶっている。(リリーは月の宮殿で意識を取り戻してから、バハールがどんなに言おうとも、変装用のコスチュームを脱がなかった) リリーは、風が運んでくる幾世紀にもわたって降り積もった埃と、繁殖した黴の匂いとに顔をしかめた。
 ようやくリリーが明るさになれるにつれて、洞窟にある何かが形をとってきた。
「まあ、びっくり (リーピン・リザーズ)! 本物の“はねとびトカゲ”(リーピン・リザーズ) じゃないの!」
 リリーのすぐ間近く、洞窟にいくつも開いた掘り抜きのアルコーブの一つに、見上げるばかりに巨大な、肉食獣の像が立っていた。
 大型爬虫類。
 恐竜だ。
 口を開け、歯並びを気前よく見せている。哀れな見物人をとって喰おうとしている態勢だ。
 それは狂暴さと貪欲さで知られた肉食竜、ティラノサウルス・レックスだった。高さはマクドナルドの看板ポールほどもあり、重さはビッグマック百億個分くらいはありそうだ。肉質の発達した後肢にくらべ、前肢は申し訳なさそうに、しなびたピクルス程度の物がぶら下がっている。生き物自体は、結晶化した圭素で覆われ、氷かガラス鉢に埋め込まれた標本のように、《現在》と月の世界とから閉ざされていた。
 リリーが、バハールをふり返った。その目に嬉しそうな輝きが浮かんでいたためだろう、バハールはわが意を得たりとばかりにうなずいた。
「さぞや、驚かれたことでしょう。これは《本物》ですぞ。アトランティス世界の科学者たちが、ある島の粘土層から掘り出して、賦活性液につけて、細胞組織を再生したものです。いいえ、剥製ではありませぬ。言うなれば完璧な複製です。あそこにも、あそこにも、ほれ、あそこにも――」
 バハールがアルコーブを指差しながら、次々とリリーを案内して回った。
 バハールが《貴重な生き物》と言ったのは、嘘ではなかった。
 そこに展示されていたのは、どれもこれも、地球上でかつて生息した絶滅種ばかりで、中にはまったく知られていない動物たちもいた。おそらくどれか一つでも地球に持ち帰れば、数百年に一度のパニックが、学会で起きることは必定だった。
 たとえば頭に角をはやした、ウマとしか見えない四つ足の動物が、氷の中につがいで閉じ込められていた。
「ユニコーンだわ!」
 リリーが叫んで、バハールをふり返った。
「左様。これらはアトランティスの世界の学者どもが作り出した、生きたおもちゃ。言わばなぐさみものの愛玩動物たちです。学者たちはウニコロムスと称していましたが、暇をもてあました貴族たちが育て、戦車を引かせて競走させていましたかな。その隣にいるこの生き物は、大陸の奥地に住み、時折り空から陸を襲っては、大勢の人間たちを苦しめた、魔物のごとき翼手竜の生き残りです」
「げ、げ。まるっきり、ラドンにそっくりだわ!」
「はて? 何でしょう、そのラドンとは?」
 リリーが説明した。
「なるほど“噂の怪物、または空の大怪獣”というわけですかな」
「何よ、馬鹿にして。地球では有名な怪物なのよ。知らない人は、いくらもいないくらいなのよ。それにしても、大きいよね。もう死んでるんでしょ?」
「いいえ。ここにいる仲間たちと同様、こやつは、今でも《生きて》はいるのです。ただ、命を抜き取られただけでして」
「命を抜き取る?」
「左様。古代アトランティス世界でも、仮死の研究は長らくタブーとされてきました。だが、わが師カバール様は大胆にも、そのタブーを打ち破ったのです。師は古代の聖典や禁断の書物をあまた読みあさると、そこに独自の研究を加えて、ある秘法を完成させたのです。いえ、ほとんど完成させたと言った方が、正確やもしれませぬ。師は生き物からその生命だけを、生き物本体の性格も性質も、いささかも減ずることも、損なうこともなく、取り出すことに成功したのです! おお! それは、なんと忌まわしきわざだったでしょう! それはいかに恐ろしい秘術だったでしょう! わが、アトランティス世界に伝わる秘法、または禁断の魔法に通じた者はあまたあれど、わが師カバール様をしのぐ魔道の熟達者は、かの永遠の“不可視の龍”、名を呼べぬ貴き御方、《ティベタット王》として知られた邪悪王を除いては、またとありますまい! そのために大勢の生き物や奴隷たちが、実験の具に供され、世人にはそれが、鬼神を崇める魔道の儀式の生贄と、誤解されてきたのです!」  老いた神官は興奮したように口走ったが、すぐに言いやめた。
 ひんやりした冷気がしつこくリリーにまとわりつく。標本を閉じ込めた結晶が流れ出さないよう、低温で保存するために生じた冷気だったが、寒さの原因はそればかりではなさそうだ。ひょっとしたら、実験材料にされ、生きながらに魂を抜かれた亡者たちの、あの世から届いた、憎しみと嘆きの吐息かもしれなかった。
 リリーは、生きながら命を抜き取られた巨大な生物の骸をながめた。それが今生きているにせよ――厳密な意味では死んでいないにせよ――ここで屍をさらしていることに、いささかも変わりはないと思った。氷に閉じ込められた前世紀の怪物は、ほとんど片側の壁の半分も占領するほどの、馬鹿でかい図体をしていた。
 ふと、間近にただならぬ気配を感じて、リリーはふり返った。誰かがすぐそばに、寄りそうように立った気がしたのだ。
 一瞬だが、自分に話しかける声さえ、聞いたようだった。
 リリーは小首をかしげた。
「ここにいるこいつらは、みんな、わたしたちに似ているよね」
 しばらく黙っていたあとで、リリーがつぶやいた。
 バハールが不思議そうに見たので、リリーは気をよくした。
「だってそうじゃない? ここにいるのはみんな大昔にいて、今は滅びた生き物たちでしょ? わたしたちもおんなじよ。昔はいて、滅びてしまった世界の生き残り。ただ、なぜか、今も生きているだけ。違いはそれだけよね」
「それは大いなる違いと言わなければなりませぬな、王女さま。生きているものと死んだもの、かつて生きていたものと、今も生きているもの。その二つは昼と夜ほども違い、海と陸とを隔てる境界よりも、広くて深い、大いなる違いがありまするぞ」
「たいして違いやしないわ。シェイクスピアが言っているもの。死んでいるのと生きているのは、眠っているのと、朝、目が覚めたくらいの違いしかないって」
 本当はシェイクスピアは、もっと衒学的で、凝った言い方をしていたはずだ。“夢と同じ材料”がどうとか、“死を恐れるくせに、人生の半分は眠ったままだ”とかって。
 リリーの目が暗がりに立っていた、おとなしそうな四体の生き物に吸い寄せられた。
「まあ! 人間よ!」
 近づいてみると、それはつなぎの飛行服を着て、真面目くさった顔つきで正面を見ている、四人の成人の男たちだった。
 かれらに意識がないのは、微動だにしない姿勢からもわかった。ヘルメットとマウスピースに隠れて、人相まではわからなかったが、胸の徽章から、アメリカ空軍のパイロットであることは明白だ。
 四人は何かに驚いたように、両手を広げて、そのままの形で凝固していた。
「この人たちは、どうしたの? なぜここにいるの?」
「さあ、なぜでしょうかな。わたくしにも皆目、見当がつきかねますが」
「嘘。ちゃんとわかるように、説明してよ」
「あれは人間ではありませぬ。ただのこしらえ物でして。ここにいる生き物たちと大きさをくらべるための、ただのあつらえ物です。嘘だとお思いでしたら、間近によって、とくとごらんになられるとよろしい」
 バハールが不敵な笑みを浮かべて、リリーを見下ろした。
 リリーは四体の人形にさらに近づいて、まじまじと見つめた。
 四人のアメリカ航空兵は――これが作り物だとしたら、バハールは世界に二人とない、名うての細工師だ――緊張にこわばった肩や、伸ばした両腕、Gスーツによった無数のしわまでが、本物そっくりだった。
 結晶化したガラスを透して、小柄なパイロットの首筋に、紫色のおできがあるのまでが見える。
 リリーの目が、胸のところに下がった、細長い金属製のペンダントのような飾りに吸い寄せられた。一組の認識票 (ドッグタグ)。片側の表面に、番号が刻まれていた。リリーはそれらの数字を、素早く読み取った・・・・
「どうです、ご納得いただけましたですかな? ごゆるりとごらんになりたければ、日をあらためまして、お気のすむまでご案内いたしまするぞ、ここはあなた様の、城なのですからな」
「どうもね、ありがとさん」
 リリーは肩に置かれたバハールの手を、わざとらしく抜き取った。
 バハールが咳払いした。
「ところで、今日のところはこれくらいにいたして、これより儀式と宴の準備にとりかかることにいたしたいと存じまするが――姫さまにおかせられましては、ご異存ございますまいな?」
「ご異存て、何のことがよ?」
「もちろん、儀式と宴のことにございます」バハールが辛抱づよく繰り返した。「今宵、儀式を開きますることは、バハールめの、幾万年にも待ちわびましたる、悲願にございました」
「だから、儀式って、何の儀式よ?」
「あなた様のアトランティス王国の女王即位の式と、それにともなう領土復活の宣言の儀式、さらに支配の大権能の神聖授受の終了を寿ぐ、喜びとお祝いの宴にございます」
 リリーがぽかんとしていると、バハールがうなずいた。「おわかりになられませぬのも、ご無理はございませぬて。あなた様は無きアトランティス王国のお世継ぎにして、今は亡き・・いえ、《コーダの眠り》につかれた、国王陛下になりかわり、王国の領土と全植民地とを統べる統治支配者、そして、今はこの世にただ一人生き残りし、正統な王家の血筋を受け継ぐ《無明光輝名君》(むみょうこうきめいくん) のご尊称を奉られるべき、唯一にして無二の、御 (おん) 継承者になられるのでございます。
 言い換えますならば、あなた様は、惑星地球のただ一人の統治者として、今宵、この月の王宮にてご即位あそばされ、アトランティス王国の全領土の復活を、全世界に向かって、ご宣告あそばされるのでございます」




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