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《ルナチク・アドバタイザー》紙に勤めて二年目になる新米記者、まだまだケツの青い、バイロン・ジュリアス・ワインストラウブ (通称B・J) は、バーンズ編集長のオフィスに呼び出され、油をしぼられていた。 その時、B・Jを入れて九人いる記者のうち、大半は出払っており、残っているのは編集長秘書のアニー・クイックルと、編集長本人くらいなものだった。 B・Jはあてがわれたデスクに肘をつき、《ルナチク・アドバタイザー》の見本刷りのコミック欄を見ていた。 このところ耳につく、アナハイム・トラベルのコマーシャル・ソングの威力は恐ろしい。B・Jは気がつかないうちに、そのメロディーを口笛で吹いていた。それが記者室の外を通りかかった編集長の耳に届いたのだった。 「わかってるのか、B・J? おまえさんをここへ置いてやっているのは、伊達や酔狂からじゃないんだぞ。これでもメアリーの申し出には、十分配慮しているつもりだ。だが、おまえさんの方にやる気がないんじゃ、どうにもならんじゃないか」 B・Jは人のいい顔に、ばつの悪そうな笑みを浮かべた。 「なんだ、その態度は? いくらおまえさんが有力者の一族の出ではあってもだな、ここじゃ給料分の働きはしてもらうからな。さもなきゃ、おまえさんのケツを蹴っ飛ばして、ここから叩き出してやる。わかってるだろうがな」 バーンズがやると宣言したことを、やれないのは、B・Jもバーンズも承知していた。バーンズはこのしがないローカル新聞社の、雇われ編集長に過ぎなかったし、B・Jの方は、《ルナチク・アドバタイザー》の社主である、ヒッコリー&ハーバー・ドライ・ビスケット社の会長の、こんがり焼いた娘婿の甥だったのだ。 「さっきは何をしていたんだ、B・J? こんな時間に、社にいるようじゃ、一人前の記者とは言えんぞ。ブンヤたるもの、どんなに早くても、夜中前に帰って来るようじゃ、ろくな記事は書けんぞ」 「クイズの答を考えていたんです」 「何だと?」 「アナハイム・トラベルの、クロスワード・パズルを解いていたんです」 「何だって?」 「だから、アナハイム・トラベルの、クロスワード・パズルの答を・・・・」 「おまえはふまじめなのか、おちゃらけているのか? それとも、俺をおちょくってるつもりじゃないだろうな? 暇がある時は街中を歩けと、いつも言ってるだろう? ニュースは待っていても、向こうの方からは、飛び込んで来ちゃくれないんだぞ。ニュースは自分の手でつかみ、もぎとってくるもんだ。まったく、おまえさんの頭には、アボガドでも詰まっているんじゃないのか?」 「そんなにあたり散らすものじゃないわ」 B・Jとバーンズがふり返ると、『ハーパーズ・バザー』誌から抜け出て来たような、カタログ雑誌型美女の劣化コピー版のキャサリンが、一巻きのボール紙を抱えて、足でドアを開け、入って来た。 「ふう! ここはクソ戦場かもしれないけど、たいした兵隊はいないわね」 「キャサリン、訊くのが怖いが、そこで何をしているんだ?」 「何をって、模様替えですわ。ここはわたしが使うには、趣味が合いませんものね」 「なんだって?」 「部屋の模様替えですよ。耳まで遠くなったんですか?」 「おい、B・J。俺の目の前で、キャサリンに似た幻覚が、ごたくを並べてうごめいているんだが、実際には何がいるのか、話してくれないか?」 「そいつは幻覚ではありませんよ。キャサリンさんが壁にボール紙を伸ばして、サイズが合うか試しているところです」 「ああ! 神様! B・J! ありがとう! 頭の方はともかく、目はいかれてはいないらしいな、クソ!」 「いかれていた方がよかったような口ぶりですわね、編集長?」 「それがわかるとは、おまえさんも新聞記者の素質が開花しかけているようじゃないか、キャスさんよ。どういうわけで、この素晴しいマハラジャ宮殿並の快適なオフィスを、ナチの第三捕虜収容所みたいに作り変えているのかね?」 「先週、わたしたち約束したじゃありませんか、アルのバーで」 「アルのバーだと?」 「《ニュージーランド・クワイヤ・キウイズ》の一件ですわ」 「あの全メンバーがオカマのクソ・フットボール・チームが、どうしたって?」 「ええ。全メンバーがオカマのクソ・フットボール・チームが、昨日のナショナル・チームとのクソ親善試合に勝ったら、あなたはこの痰壷部屋をわたしに明け渡してもいいって、そうおっしゃってましたわ」 「俺のクソいまいましい前頭葉には、何も浮かんではこないぞ」 「確かに言いましたわ。あなたもおぼえてるでしょ、B・J?」 「おまえは黙ってろ。こいつは他人の介添えがなければ、自分のケツも拭けない、クソ坊主さ。キャス、言っておくがな――」 「ボス、ここを押さえていてください。早く!」 「えっ? こうか? おいっ! カザリン・バクスター!」 キャサリンは編集長を見、手元のクソ壁紙を見つめ、また編集長を見て、にやりとした。 バーンズは鼻を鳴らすと、 「おまえさんは酔っていた。俺も酔っていた。あそこにいた全員が、酔っていた。俺の母校のクソ・フットボール・チームが、二十年ぶりに優勝した祝賀会をしてたんだものな」 「でも、あの親善試合について賭けをする時には、あなたはしらふでしたわ。それにUSのナショナル・チームは、ニュージーランドから来た素敵なキウイたちには負けましたわ。編集長のお言葉を借りれば、『全員オカマの糞ったれ野郎のふぬけチーム』にね」 「クソ構わん。どうせ親善試合だ」 「あら、あなたはあの時は、そうは言わなかったと思いますけど」 「商工会議所のクソ・ハーヴェイには会ったのか? あん畜生のクソ昼食会は今日じゃなかったのか? クソ面会のアポは取ってあるんだろう? どうなんだ?」 「クソ・アポイントメントは確かにあります。だけど、約束は一方的に反故にされると思いますわ。どうせ、わたしたちのようなミニコミには、会ってはくれませんよ、ハーヴェイは」 「ミニコミ! わたしの前でそれを言うとは。確かにクソ・ハーヴェイの野郎は強欲だが、根は菜食主義者のモービィー・ディックさ。約束は守るよ。きみは未来のジョン・F・ケネディを見つけたくて、ジャーナリズムの世界に飛び込んだわけじゃあるまい? 取材に行くんだ、取材に」 「ストレート・パンチをお見舞いされたいんですか? わたしを馬鹿なティーンエイジャー呼ばわりして。撤回してください」 「俺はそんなことを言ったかな、B・J?」 B・Jは今度はうなずいた。 「ふむ――その――どうも――すまん――」 「クソ・ハーヴェイの昼食会には出かけます。あなたもどう、B・J?」 「こいつには俺の方で用事がある。行くんなら、きみ一人で行け」 「むこうで二人分のサラダバーをもらって来ますわ」 「半分はB・Jが食べるとして、残った半分はどうするんだ?」 「失業したあなたが、二人分のサラダバーで食いつなぐんですよ」 「なんだと? そのクソいまいましいペーパー・ロールを置いて、さっさと出て行くんだ」 キャサリンはB・Jにウインクして、脱兎のごとく、部屋を飛び出した。 「まったく、クソいまいましいヤクザ娘だ。女にしておくのがもったいないくらいの、はねっ返りだな――おっと、女うんぬんは言いすぎた。今のは聞かなかったことにしてくれよ。ところで、俺はおまえさんに、説教している最中じゃなかったかな。キャサリンのことはさておくとして、俺はおまえさんがここに居続ける限り、おまえさんの『社会教育』とやらに、責任があるのさ。これはメアリーと――おまえさんの大伯母さんと、俺とのあいだの約束だ。俺の声を、俺のと思って聞くな。死んだおまえの親父さんの声だと思え。いくらクソ・オーナー一族の出だからって――いや、失礼――俺がおまえさんを甘やかすと思ったら、大間違いだぞ。さあ、とっとと、そのでかっ尻を上げて、クソ記事にする材料でも仕入れて来い。喧嘩、身投げ、刃傷沙汰、何でもいい。殺人なら願い下げだがな。俺は明日の版下でも見るとするか。さあ、行った、行った」 バーンズは手で追い払い、B・Jはその日の午後を、記事あさりにあてることになった。B・Jにとってのそれは、市内の目抜き通りの角々にある公園を、順番に訪問することを意味していた。 クソ公園は、いまいましいほど、たくさんある。 公園の一つの杉材のベンチに腰掛けて、B・Jは編集長のお小言の意味を考えていた。 自分が記者にさっぱり向いていないことは、わかっていた。 バーンズばかりではない、大伯母でビスケット会社の会長のメアリーだとて、同じ見解だった。 「あんたは新聞を作ったり売ったりする器ではないようね? 載っかる見込みも薄いようだけどさ」 メアリー (一族のあいだでは《マダム》で通っていた) は、親族が年に一度集まるクリスマスの夕べで、口に出してそう言ったことさえあった。 B・Jがうつむくと、《マダム》はくゆらせていたロシア製の高級タバコの煙を、娘婿の甥に吐きかけて、 「あんたは一族で一番のならず者になりたいわけ? 何か一つまともな職業について、その仕事で頭角を現わしてごらんなさいな。うちの一族は、誰でも何かしら他人に秀でた取り柄が、一つはあるはずですよ」 目の前に影がさしたので、B・Jは見上げた。 見ず知らずの女の子が立っていた。 「ハロー。こんな場所で何をしているの? ここはわたしの縄張りで、わたしの優先席なのよ」 「そうなのかい? ごめんよ。気づかなくてさ」 B・Jは立ち上がろうとした。 「いやあねえ、冗談よ」 女の子は、はじけたように笑い出した。 笑うと女の子の頬には、パンチで開けたような、えくぼが浮かんだ。 「こんな時間に何をしていたの? あんた、失業者なの?」 「いや。そういうわけじゃ・・・・」 自分が失業者とどこが違うのだろうと、B・Jはいぶかった。 B・Jの煩悶に気がついたのか、女の子は黙り込んで、地面を見つめた。 地面に黒い粒々が歩いていた。女の子はかがみ込んで眺めていた。 「きみ、どうしたんだい?」 女の子はB・Jを見上げて、またにっこりした。 思わずつり込まれてしまいそうな笑顔。 「蟻たちよ。戦争をしているみたいなの。第三次大戦よね、蟻にとってはだけど」 「第三次大戦?」 B・Jは興味を引かれて、地面に目を向けた。 黒い虫の行列が二つ盛大にぶつかり、片方が乱れて花のように散った。 「戦争か。僕たちの足元の」 「そうよ。蟻たちにとっては、生きるか死ぬかよ」 「蟻たちにとっては生きるか死ぬか。面白いな。こいつはニュースにならないかしら」 女の子がいぶかしそうに見上げたので、B・Jは笑い出した。「きみって変わった子だねえ」 「あんたほどじゃないわ」 「このあたりの子?」 「ううん。このあたりには住んでいないの」女の子は立ち上がった。「ところで、見かけで人を判断するのって、とっても失礼なんだろうけど、あなたこそ、とっても変わった人に見えるわよね。オチが見つからないスタンダップ・コメディアンか、自殺の方法を考えあぐねている、落ちこぼれの証券マンって感じよね」 「そうかい?」 「思いっきり変だわよ」 女の子はまた地面にかがむと、蟻たちのノルマンディー上陸作戦を、監視する特別任務に戻った。 「あなた、今、ニュースって言わなかった?」 女の子はまたもやB・Jを見上げ、無関心を装った、なにげない調子で尋ねた。 「言ったとも。だいぶ出来損ないの、へっぽこ記者だけどね。一応これでも新聞記者なのさ」 女の子が「へえ」とか「まあ」とか感心した声を上げるものと、B・Jは予想した。 女の子の顔が青ざめ、今にも逃げ出しそうにした。 それから考えを変えたらしく、急にその場に踏みとどまると、 「へえ、なーんだ。そうなのね」 B・Jの好奇心が、カタツムリのようにうずいた。 「こんな時間に何をしているんだい? 学校はさぼったの?」 「わたし、商売をしているのよ」 「まさか、かっぱらいか何かかい?」 「それこそ、まさかよ! 真っ逆さまの真っ赤っかの、マッカーサーのまさかりよ。売ってるのよ」 「何をだい?」 「買ってくれるなら、言うわ」 「言ってくれきゃ、買えないよ」 「ちぇっ、癪に触る客だわ。そのかわり、かならず買ってよ。あれを売ってるのよ」 女の子は隣のベンチを顎でしゃくった。 野球場で売り子が使うような、物売りの台が置かれ、けばけばしい表紙のパンフレットの束や、小さな袋がいくつか並んでいるのが見えた。 「あれはお花の種よ」 B・Jが質問するより先に、女の子が答えた。「どれでも一つ一ドル四十セントなのよ」 「高いか安いかは物にもよるよね」 中に入っているのが、ただの燃えかすではないとしたらだが。 「失礼ね、燃えかすなんかじゃないわよ。ちゃんと東五丁目のバーニー通りとウエスタン小路の角の、チャーリーの花屋兼ドラッグストアで仕入れてきたんですからね。一袋あたり七十五セントでね」 「すると、一つあたり六十五セントの儲けになるわけか」 B・Jはまじまじと女の子を見つめた。 「きみ、今、僕の頭の中を読まなかったかい? 僕が『それって、ただの燃えかすじゃないだろうな』って考えたら、きみがその通りのことを言ったような気がしたけど――」 「いやねえ。自分でそうつぶやいたんじゃないの。心の中を読むだなんて、そんなことのできる人間がいるわけないじゃないの。それよか、買うの、買わないの? 話をしたんだから、これだけは買ってよね」 女の子は隣のベンチに移動すると、並んだ袋から二つ三つ選り分けて、B・Jに突き出した。 B・Jが、ヴィトンの財布から十ドル札を取り出すと、女の子は受け取って、いかにも嬉しげに陽にかざした。 「うん、間違いない。アンクル・サムの親方の仕事だわ」 「お釣をおくれよ」 「男たるもの、こういう時には、『全部、取っておきたまえ』とかって、言うもんよ」 「そりゃ、気づきませんで、どうも。全部、取っておきたまえ」 「毎度ね。どうも」 女の子はもう一度紙幣を取り出すと、しわをのばしてていねいに折りたたみ、スカートのポケットに戻した。 「きみみたいな女の子が、こんな場所で現金を持ち歩くなんて、危険だよ」 「大丈夫よ。隠し口座を持ってんのよ、あたい」 「へえ、そんな大富豪が、こんな時間に花の種を売って、『あたい』なんて言うのかね」 「あら、おニブさんね。金持ちに限って、変人ぶるのが好きなものよ。ハワード・ザ・ダックや、ヒッコリー&ハーバー・ドライビスケットの、メアリーおばあさんを知らないのね?」 「それを言うなら、ハワード・ヒューズだろう、おりこうちゃん?」 「言ったわよ、ハワード・ショートってね。それから、人のことを『おりこうちゃん』なんて、ロジャーみたいなことを言わないでよ。月までぶっ飛ばすから。わたし、こう見えても、飛行機を持ち上げるくらい怪力なのよ」 「へえ、飛行機を持ち上げるんだって? ロジャーって、誰だい?」 「あなたには関係ない人だけどね」 女の子は物売り台を首にかけると、意外に軽々と持ち上げた。 「公園をもう一めぐりして、あなた並のお馬鹿さんを見つけてくるとするか。夕方までに、もう一稼ぎしなきゃ」 言い方が案外さまになっているので、B・Jは苦笑した。 「その必要はないよ。あまった分も、ぼくが買い取ろう」 「ホント?」女の子の顔がぱっと輝いた。 B・Jがうなずくと、女の子は小躍りして叫んだ。「今日はなんだかツイてる気がしたんだよね。世界中がみんな、あんたみたいな抜け作ばっかだと、みなしごにとっては、地球はパラダイスなんだけどな」 「きみ、みなしごなのかい?」 「そう聞こえた?」 「うん、そう聞こえた」 「だったら、そうかもしんないね。どっちみち、あんたには関係ないじゃん。あたしがみなしごだろうと、親を一ダース以上持ってる、世界的な『ふた親コレクター』だろうとさ」 「いいや、そうでもないよ。だったら、似たもの同志かもしれないからね」 「あんたとあたしが?」 B・Jがうなずくと、女の子は汚い物でも見るように、B・Jの染み一つない下ろし立てのシャツとズボン、磨き立ての靴を見つめた。 「やめとくれよ、旦那あ。それこそ『おえっ』だよ」 B・Jは笑い出した。 女の子にも、B・Jの気分が伝染したようだった。 「自己紹介がすんでなかったね。ぼくはB・J」 「変わった名前だわね。あんたにはぴったしだけどさ」 「みんながそう呼ぶんだ。本名は、バイロン・ジュリアス・ワインストラウブさ」 「みんなの気持ちがわかる気がする。どうしてあんたを、B・Jと呼ぶかってこと。あたいの名を知りたい?」 「知りたいな。トゥーランドットなんていうのは、やめてくれよ」 「ふん、それって何さ。リリーよ」 「リリー、何だい?」 「リリー・センチメンタル=デジャ・ヴュよ」 B・Jが目をぱちくりさせた。「それって本名かい? それとも、通り名かい?」 「知らないわ。芸名みたいなもんよ。たぶんだけど」 「たぶん、て?」 「たぶんはたぶんよ。悪いの?」 B・Jは開きかけた口を、すぐに閉じた。 アイスピックのような、心を突き刺す、氷の凝視だった。 「オーケー。どこかにホットドック・スタンドはないかしら?」 B・Jがきょろきょろと見回した。 「あんた、ソーセージになって、かじられたいの?」 「違うよ。かぶりつきたいんだ。お腹がすいてきたよ。気分直しに、いっちょう食べに行こうよ。ごちそうするよ」 「そんなこと言って、わたしをここから連れ出して、何とかしようとしても、駄目よ」 「ぼくが、何するって?」 「とぼけないで。こう見えても、ミフネの愛弟子よ」 リリー・センチメンタル=デジャ・ヴュは、空手を繰り出す真似をした。 ホットドック・スタンドのワゴンは、公園を出て五分ほど歩いた、ショッピング・モールの一角に停めてあった。 女の子が声をかけると、アフリカ系の太った主人が、 「やあ、リリー。商売の調子はどうなんだい?」 「まあまあよ。おやじさんこそ、どうなの?」 「上々さね。ここんとこ、少し寒かったけど。チャーリーのやつはどうしてる? 最近、さっぱり姿を見せないが」 「リュウマチに罹ってるんで、お店を休んでるの。店番も、息子の方のチャーリーがしてるわ」 「そいつはいけないな。W (ダブル) チャーリーに会ったら、俺からよろしくって、伝えとくれよ」 「もちよ」 リリーが辛子のチューブを一口すくって舐めた。 「ちょっと、辛子の味、落ちてるんじゃないの?」 男はすんでのところで、辛子の供給源を救出すると、 「あんたこそ、舌がリュウマチなんだろう」 「この子と僕に一つずつ」B・Jは財布を取り出しながら言った。 「レギュラー? それとも、ラージサイズで?」 「レギュラー」 「あたしはラージサイズ」女の子が何食わぬ顔で言った。B・Jが驚いた顔をすると、 「だってあたし、レギュラーサイズなら、二つは食べられるもの」 「それなら、ラージサイズを二つだ」 「まいど」 「辛子をうんと効かせてね、おやじさん」女の子が言った。 B・Jとリリーがホットドックを頬張りながら、スタンドを離れた時、悲鳴が起き、人々の流れが急に走り出した。 「どうしたんだ?」 「どうやらバーゲン・セールじゃなさそうよ。もしそうなら、もっと悲鳴が聞こえてもいいはずだもん」 「行ってみよう」 B・Jは、女の子と並んで走り出していた。
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