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作品名:マイティーリリー 作者:zamazama

第39回   39
                35 (承前)


「わたしの――王様とお妃様は、どうなったの?」
 バハールが黙っていたので、しびれを切らせたリリーが尋ねた。
 バハールの顔が、いっとき明るくなった。それは輝きを増した、ツーオイ石の照り返しのせいばかりではなかった。
「よくぞ訊いて下された。国王様と王妃様は――あなた様のお父上様とお母上様は――暴徒どもが王宮にふたたび押し寄せて来る前に、万々が一を考えて、合流したわたくしども王宮出入りの神官たちが、《コーダの眠り》におつかせあそばせ、以後そのままになっておりまする」
「《コーダの眠り》?」
 この名前は以前にも聞いたなと思いながら、リリーは用心深そうに、バハールの顔をうかがった。
「左様、《コーダの眠り》です。《コーダの眠り》とは、夢のない永遠の眠りのことにございます。われわれ神官たちのあいだに伝わる、特別なまじないや儀式の時に使う、魂の奥底にまで至る、深い、深い、眠りのことにございます。場合によっては、千年も万年も眠っておりまする」
 リリーは気味の悪いものを感じて黙り込んだ。アトランティス人とわたしたちとでは、時間を計るものさしがあまりにも違いすぎる。アーティーって、なんか変。もっとも、わたしもアーティーの一人らしいけどさ。
「アトランティスが、滅亡してよりのち、みどもは世界各地に脱出した、同邦の痕跡を求めて、あなたこなたをさまよい歩きました。文字通り世界の隅々をです。ある場所ではわたしは《生ける屍 (しかばね)》と呼ばれて恐れられ、また、ある場所では、原住民の信仰する《悪魔》と勘違いされて、その地の野蛮人どもに崇拝すらされました。地の底に潜って都を建設した、アトランティス人の子孫たちの成れの果てを見つけたこともありまする。もっとも、かれらの方では、自分たちが何者の子孫なのかを忘れ果てておって、目の前に現われたみどもに、矢を射かけてきましたがな」
 バハールの顔が、思い出したくない記憶のためか苦痛にゆがんだ。
「みどもが月に眠るツーオイ石のことを知ったのは、ずっとずっとあとのことです。世界各地をさまよううち、言い伝えや伝説を通じて、あなた様がどこかに生きているという確証を、その確かな手ごたえを感じると、まずは洪水で押し流された国王様と王妃様の行方を、探し求めようと考えました。そのあいだの労苦と、費やされた歳月については、とても口では言い表せませなんだ。だが、わたくしめはとうとう、お二人を見つけましたぞ。アトランティス時代の記憶をなくした、子孫たちが生きていて、《聖なる地》とか《アガルタ》とか呼ばれていた、東方の大山脈の地の底に横たわる死の都で、《繭》(まゆ) にくるまれて眠る王様とお妃様のお姿を。お二人は今、ここにおられます。ごらんになられまするかな?」
 リリーは何と言っていいかわからず、神殿詰め永久僧侶の顔を見た。
 返事を待たずに、リリーの背中をバハールが押して、前へうながした。二人は回転するツーオイ石のかたわらを、迂回して歩き始めた。
 石室の向こう、見上げるばかりの壁面をくり抜いて、寝床のようなアルコーブができ上がっていた。そこに二人の人間がいた。
 正確に言うなら、空中に浮かんだままで、横たわっていた。
「今はなきアトランティス王国の、国王とお妃です。そして、あなた様の、お父上様とお母上様にございます」
 リリーは身震いした。
 震えながら、二人を見上げた。
 そこにいたのは、強烈な光を発して宙に浮かぶ、膜に覆われた、二人の若い男女の亡骸 (?) だった。
 二人とも見なれない、襞ばかりがよった、なんとも奇妙な、布製の古代風の衣装を身に着けていた。あっさりした貴金属の飾りが、服のあちこちを体裁よくまとめている。
 膜の内側から放射された光に照らされて、二人の顔は死んだように青ざめ、気味が悪くなるほど透き通っていた。それをのぞけば、おどろくほど線の細い、個性的な美しい顔立ちをしていた。
「これが――わたしの――パパとママ?――死んでいるの?」
 リリーは穴のあくほど二人を眺めてから、年老いた神官をふり返った。
「いいえ、お二人は生きておりまするぞ」
 リリーはもう一度、視線を二人の彫像のごとき男女に向けた。「変ねえ――ちっとも、ピンとこないわ」
「ご無理はございませぬて。あれから一万年近い歳月が、経過したのですからな。過ぎ去った日々の記憶を取り戻すのは、容易なわざではございませんでしょうな」
「それはそうかもね」
 リリーはもう一度、光の膜に包まれている、不動の男女を眺めた。「抱きついて、『パパ! ママ!』と、叫べるといいのにね」
「お二人は深い《仮死の状態》にあるのです。ご無理を言ってはなりませぬぞ」
「もっと、近くから見られない? そうすりゃ、何かを思い出せるかもしれないわ」
「今、お二人を動かすのは、危険ですし、無茶というものです。お二人は《コーダの眠り》におられるのです。これまでに前例がないほど、深く、安定した――。お二人の体はあそこにあられますが、その精神は――お二人の尊い御魂は――今も肉体をさまよい出て、死者がたどる道筋をたどり、生きながらに、不可視の世界を旅されておいでなのですぞ」
「じゃあ、やっぱり死んでるんじゃない?」
「いいえ、死んでいるのではございませぬ。あまりにも深い眠りに、つかれておられるのです。それが《コーダの眠り》なのです。さあ。もう、あまりご案じめされますな。あなた様がここに来られました以上は、アトランティス再興の日も、ごく間近です。かくなったあかつきには、お父上様とお母上様の霊魂も、さぞやお喜び下されましょう」
「アトランティスなに?」リリーがいぶかしげにふり返った。
「さあ、ここは冷えまする。あちらに座興の用意をいたしましてござりますれば、姫ごぜには、ごゆるりとおくつろぎあそばされますように」
「あんた、誘拐犯人みたいな口をきくのね。急にていねいな口をきいても、駄目よ」
「これは、してやられましたですな。そうやって、口先で年上の人間をやりこめようとするところなぞは、あそこにおられる国王様の、お小さい頃にそっくりでございまするな。やはり、血はあらそえませぬわい」
 リリーは不安そうに身じろぎした。
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「宇宙に逃れたアトランティス人たちは、あの世界を滅ぼしかけた災厄がおさまり次第、いずれは地球に戻ってくるつもりだったと、みどもは確信しておりますのです。それも災厄が終わりしのち、さして遠からぬ日々にです。例のアムリカ人たちが打ち上げた宇宙探査衛星・・やつばらめは『旅人』(ボエジャー) とか称しておるそうですが・・『旅人』は、宇宙に脱出し、生き延びたアトランティス人たちにより、いずれは発見されることでしょう。するとかれらは、地球がふたたび人間の進歩と発展を許す世界に戻ったことを、知ることでしょう。冷めないうちに、どうぞ」
 そこは宮殿の奥まった食堂で、バハールが用意したアトランティス料理に、リリーは舌鼓を打っているところだった。二人が味わっていたのは、舌びらめのムニエル風料理に、豊潤な香りのする贅沢なパンだった。
 リリーが、どこでこれを作ったのかと訊くと、
「工場です」
「工場? アーティーたちが作ったの? それも、ここにあるの?」
「左様。ここではどんな物でも、合成できるのですぞ。水も、空気も、食べ物も、何もかもです。しかも完全に、無人の自動工場なのですぞ」
「信じられないわ。ひょっとして、人間も作れるんじゃない?」
「まさか。これをお試し下され」
 バハールは奇妙な形のカクテルグラスに入った、ワイン風の飲み物をすすめた。リリーは一口すすり、むせたあとでため息をついた。「ふう! こうして月に来ているんじゃなかったら、とても信じられないわ!」
「あなた様は月にいるのですぞ。みどもと同様に」
「わからないのは、そこよね。わたし、本当に月にいるのかしら? いつかは宇宙の星を見て気絶しちゃったけど、あれだって嘘かもしれないし。第一、月にいるのなら、重力が違うはずよ。ここは地球にいるのと、まったく感じが違わないじゃないの」
 リリーはテーブルの上のナプキンを、床に落としてみせた。
 老神官はうなずいて、
「そこがあの石の力でして。あの石はさる一定の空間を、周囲から切り離して、そこだけに独自の《場》を作り出す働きができるのです。その場所に関してなら、重力を左右することも可能です。もっとも、重力が増えたと感じさせることができる、と言った方が、より正確ですが」
「つまり、空間にひずみを生じさせるか何かするのね。ううっ。このパン、のどにつまっちゃう、バターはないの?」
「バターはございません。蜂蜜をお塗り下さい。そうです。ひずみを生じさせるのです。わたくしめのつたない研究によれば、あの石は無限に秘められた力を持っておりまする。あの石をたくさん集めることさえできれば、光を曲げ、異次元への扉を開くことも、可能でしょう」
「それって、途方もない話よ。ううん、この蜂蜜、おいひい」
「それも工場製です、たんとお召しあがり下さい。今も申しましたように、宇宙へと脱出したアトランティス人たちにも、ここにあるツーオイ石と同じか、あるいはそれ以上に強力なツーオイ石の姉妹石の、助けがあるはずなのです。
 おそらく、われわれの祖先である根源種族たちが、宇宙を航行できたのも、あの石の力があったればこそだったのでしょう。かれらは――あの石たちはという意味ですが――わが師の考えに従えば、宇宙からやって来たものたちだということです。かれらは、それ独自の進化と歴史と意思とを持ち、アトランティス世界の誕生の秘密も、あるいはそれ以前の大いなる宇宙生誕の秘密と真実をも、あの中に刻み込んでいるのやもしれませぬ」
「テープレコーダーみたいにね。あるいはコンピュータのようにね」
 バハールがいぶかしげな表情をした。リリーが説明する。
「テープレコーダーにコンピュータ。ふふん。変わった名前の道具ですな。だが、アトランティス世界にも、それと似た物はありましたぞ。それどころか、もっともっと恐るべき発明の数々も。みどもはわが無柳を慰めるため、それらのいくつかを再現してみましたが、工学にはうといため、あまりうまくはいかんかった。だが、たとえ現生の地球人類が、いかにその科学とやらの力を発達させようとも、わがアトランティス世界の生み出せし、おびただしい数の創造物にはかないますまい。物言う花や空飛ぶ家畜、人の如くに考える像。おまけにわれらは、やつばらめの祖先が猿同然の穴居人だった頃には、すでに大地と空とを征服して、宇宙へと手を伸ばしていたのですぞ」
「あげくに滅亡したのよね」リリーは紙のナプキンで口をふいた。「それも思いっきり派手で、取り返しのつかないやり方でね。ごちそうさま、ありがとう。おいしかったわ」
「どういたしまして」
 バハールは居心地悪そうに身じろぎした。
「わたし、いつ地球に帰してもらえるの、バハール?」
「それはもう少し、あとのことになりまするかな。あなた様がいなくなったのを知り、地球の連中は、今頃は死に物狂いであなた様を探し回っていることでしょう。あの世界で言うところの、『ほとぼりをさまさない』といけませんですかな。それよりも、面白い物をお見せしましょう。あなた様はたいそう、生き物がお好きでしたな」
 決めつけるような言い方に、リリーは顔をしかめた。
「これはこれは、ご無礼を。したが、拙者がおぼえているあなた様は、何かといえば、王宮内に動物を飼いたがり、お側仕えの者たちを、困らせておりましたぞ。ここには、あなた様をお慰めする、今となっては珍しい、貴重な生き物たちの宝庫がありまする。あなた様も、見れば感激すること受け合いですぞ」
 リリーが迷っていると、バハールが顎を突き出した。
「今では見られなくなった、太古の生き物ばかりですぞ。これを逃したら、恐らく一生見られますまい」
 見ないわけにはいかないようだった。



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