34
レスター・ヘイシーの手紙 (続き)。
「私が知る限り、アトランティス世界について書かれた、現在知られている最古の、そして唯一の文書は、かのプラトンの残した、『ティマイオス』と『クリティアス』の中にある、賢者ソロンがエジプトのサイスの老神官から聞いたという、また聞きの記録だけである。 サイスの神官もその話を、ギリシャの古老たちから仕入れたらしい。その中でサイスの神官は、アトランティスとして栄えた国が矯慢に溺れ、神罰によって、一晩と一日のうちに海中に没したと伝えている。このプラトンが遺した二巻の書物のほかに、かの世界について書かれ、世に出た記録の類はない。それゆえ世人の中には、あの話自体が眉唾で、アトランティスなどプラトンが創作した、でっちあげの神話ではないかと疑う者もいるのは当然のことであろう。 だが、私が他人の《リーディング》と、夢の中で知らされたこととを合わせて考えるに、アトランティスは確かに実在し、その記録もエジプトとアジアのおのおのの場所に隠されているらしい。それらの記録や、アトランティスが実在した証拠となる品々が、遠くないいつの日か、必ずや地上に現われるだろうことも、私には確信がある。それがいつのことか私は知らない。その日の遠からんことを、ただ祈るのみである。 さて、アトランティスの滅亡として知られる、かの有名な《大洪水》は、実際にはかの世界を襲い、大陸を複数の島世界に分断した幾度にわたる大災害の記憶が、重なっていつの間にか一つのものとして混同されたらしい。よくある話だ。 幾度となく襲った地質学的災厄と人心の擾乱、はびこる悪と猖獗を極めた邪教の台頭によって、かくも栄えたアトランティスの大文明は堕落し、堕落したことがさらにアトランティスの崩壊に拍車をかけ、滅亡へと向かわせる原動力になった。その過程の逐一を書き記すことは、あまりにも膨大にわたるため不可能ではあるが、ここではかいつまんで話すことにしよう。貴君に興味があるならば、ぜひ私の残した《リーディング》の全ての記録を参照されたい。 アトランティス世界は紀元前二十万年前 (!) に、ある科学的実験の大失敗によりカタストロフ (大破局) が起こり、陸地主要部分が縮小。大陸は、ルタとダイティヤの二つの島に分裂し、それからしばらくは繁栄と小康状態を保ったのち、紀元前二万六千年に、極悪化した黒魔術により、二つの島が滅亡した。残った島ポセイドニスも、紀元前九五六四年に、地震と洪水により壊滅。それが世に言う《アトランティスの洪水》である。 アトランティス世界最後の島ポセイドニスの滅亡については、幾多の矛盾した混乱した印象を私は受け取っている。航空機の攻撃を受けて燃え上がる市街地や、逃げ惑う人々の群れ、たけり狂う暴徒たちが民衆に襲いかかる、地獄絵さながらの陰惨窮まりない光景。 ブードゥー教か悪魔教徒さながらに、バール神を思わせる邪教の神像に生贄を捧げる堕落した僧侶たち。神像には巨大な一つ目がシンボルとして使われている。これはアトランティス世界の黒魔術すべてに関わる《偉大なる不可視の龍》、ティベタット王にまつわるシンボルらしい。恐るべきことには、生贄には生きた子供や処女が捧げられ、儀式には貴族たちや王族までが参加していた。 犠牲になる生贄には、最初は貧しい階層の労働者や植民地の子供たち、敵の捕虜たちが充てられていたが、やがてそれでは足りなくなると、自国の市民階級や裕福な層の子弟にまで、僧侶たちの手が及んだ。それが市民たちの怒りに火をつけ、各地で反乱の火の手が上がる。アトランティス世界を覆い尽くす、腐敗と堕落と混乱の陰で、一団の僧侶たちが力をつけてくるのがわかる。かれらの黒衣のマントのごとき僧服が、まるで地面から立ちのぼる巨大な黒煙のように、全地を覆い尽くすのが見えた。 中でも一人の僧侶――この男は片方の目が悪いのか、眼帯をかけている姿がしきりと浮かぶのだが、この男が狡猾な頭脳と巧みな弁舌と、人心掌握の手練手管とを用い、仲間のあいだでまたたくうちに勢力を拡大すると、やがて支配階級の中にまで、この男を頼りにする者が出る始末。不吉な噂が王宮を飛び交い、降霊術が幾度も王宮の一室で執り行われるところが、私の目に浮かぶ。 巷に星占いや辻占がはびこるようになったら、その世界は長くは続かない。滅びは最初は親切な手相見の追従から始まると、私は考えている。指導者が星占いに導きを求める国は、遠からず破局に向かう。その原形があそこに、かつてアトランティスと呼ばれた世界に、確かにあった。 この男――謎めいた僧侶だか神官だかは、言葉巧みに支配階級に取り入ると、一方では民衆を操って、かれらの不満と憤りとを王宮に向けさせることに成功した。今や民衆は呪詛の声を上げている。各地で王政を打倒すべしとの叫びがかわされているが、こんなことは、かつてはこの世界では見られなかったことだ。 健全な民衆のいる国ならばどこでもそうだろうが、ここでも、数少ないが真実を見抜く力のある少数者が、かの忌まわしき僧侶の正体を見抜いて、反逆ののろしを上げたが、味方する者のあまりの少なさに、あっという間に鎮圧されてしまった。民衆は今や僧侶たちの思うつぼだ。王室に対する憎悪をたぎらせ、今や、かの世界では破滅の兆しが見え始めている。 するとアトランティスの一角に不思議な光が宿り、全地をいっときのあいだ、平和で満たした。かの世界に一人の力あるみどりごが生まれ、白く輝くその子供は、人々の目と心から曇りを取り除き、アトランティスの世界に、束の間の平和と幸福とが宿ったかに見えた。 だが、その日々も長くは続かない。かの暗黒の僧侶の一団――かれらがアトランティス世界の腐敗と堕落と混乱とに乗じ、またみずからもその原因となる騒乱の種を巻き散らしつつ、この世界の永久支配を画策していることは、すでに明白だった――が言葉巧みに民衆を扇動して、最初は夜盗が忍び寄るように、こっそりと、やがては昼の日の光の中でも公然と、王家に楯突くように仕向けていった。国王も王妃もこの時代の人々にしては比較的聡明であったが、いかんせん、力の均衡は神官たちに大きく傾いている。もはや思いきった手段に出るほか、事態を好転させることは難しかったろう。国王も王妃も善良ではあったが、かかる手段に打って出るには、あまりに上品で頼りがいのない、力のない支配者たちらしかった。 しばらく続いた小康状態が、とうとう終わる時がきた。各地で反乱の火の手が上がり、まずは海外の植民地で、続いて国内のあちこちで暴動が起こる。それまでにも自由と独立を求める各地の植民地で反乱が続き、そのたびにアトランティス世界は、莫大な兵力の投入と人的物質的犠牲を強いられてきたが、今回はその比ではない。植民地がいくつも勝利し、敗走を続ける兵士たちのあいだには、不満がつのっている。国内の反乱が長引けば長引くほど、軍隊の中からも造反者が出る。それも下級の兵士たちばかりではなく、驚くほど身分の高い、国防の要のような重要人物たちも、混じっている。かれらは王宮と政府を裏切り、敵の側に寝返ると、各地の反乱勢力の戦術的な後ろ楯となって抗った。それ以外の軍の大部分は、王家につく者、民衆を支持する者、神官団に取り込まれる者たちと、四分五裂し、ばらばらであった。 軍隊が頼りにならないことを見て取った、かの片目の僧侶は、かねてから実験中だった、ある恐ろしい武器を使ってみることを思いついたらしい。 紀元前八四九八年 (もしくは紀元前九五六四年)、その年のある日、かつてない激しい反乱が各地で起きると、それに呼応するように、王宮のある首都で民衆が蜂起した。それはかつてない大規模な反乱で、王宮は暴徒を鎮圧するのにてこずり、最終的には失敗したらしい。かの神官は世界各地で反乱を企てる暴徒たちを一気に鎮めるべく、《一大実験》を強行することにした。それが正確には、いかなる実験かはつまびらかにできぬ。わたしが見たのは、とりとめのない一連のイメージだけだからだ。それによると、その実験にはアトランティスでよく知られた摩訶不思議な力を持つ、かの大いなる水晶石、別名《ツーオイ石》と呼ばれた石の介在があったのは確かなことだ。 夢で見たイメージをつなぎ合わせて判断するに、その神官はツーオイ石の底知れぬ力を解き放ったのだろう。一連の黒魔術に似た、長々しい儀式を執り行った直後、月が軌道をはずれて引きつけられるように、地球に落ちてきたのだ!
|
|