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作品名:マイティーリリー 作者:zamazama

第35回   35
               33 (承前)


 リリーは王と王妃の実子として生まれ、出産後ほどなくして、両親から引き離されると、王宮内にしつらえられた特別の部屋で、《神の子》たる《奇跡児》として育てられていた。
 この国では、隔世遺伝による先祖返りの形質を持った子供は、ちょうど蜜蜂の子の選ばれた者たちだけが、王台と呼ばれる特別の室で、栄養価の高い女王ゼリーを与えられて育てられるように、一般の人間から隔離され、生き神としての地位を保ちながら、特別の儀式の時に民衆の前に現われるほかは、隠れたところで一生を終えることになっていた。それはこの世界の人間たちが、こことは異なる世界から来た人間たちであるあかしの、選ばれた子供であった。そういう形質の子供が見つかった時には、国の中でたいそうな騒ぎが持ち上がる。
《奇跡児》誕生の知らせは、該当地区を管轄する役場に届けられ、そこからしかるべく経路をたどり、中央政府の役所の一つである、国家遺伝管理省 (実際はこんな武骨な名称はついていなかったが、現在の言葉に置き換えると、ちょうどそういう意味の名前だ) に報告が上がる。すると役人たちがその地に派遣され、厳格な手順にしたがって、くだんの子供を《奇跡児》であるかどうか、あるならばその度合を、法律で定められた、何段階かに区分けされた等級表に照らして分類する。報告はあちこちから寄せられるため、役人たちもそれに応じて八方へ飛んだ。
 万が一――そういった場合は何百年か、ことによっては何千年に一度の割合でしか起こらなかったが――子供が真性の《奇跡児》であった場合、それは《神の子》の誕生として、この世界では歴史的大事件として、記録されることになる。子供は神殿に引き取られ、そこの奥まった寝所に設けられた《聖なるみどりごの部屋》で、面会や勢子 (せこ) に担がせた椅子に掛けて地方巡幸に向かう以外は、専任の召使いたちにかしづかれて、生涯をつつがなく安楽に暮らし、一方、子供を生んだ両親は、その日を境に労働や納税、徴兵など全ての義務を免除され、国家の手厚い保護を受ける資格を持つとされるのだった。
 そのような子供の誕生は、国王に世継ぎの生まれた時以上の国家的慶賀として、末永く寿 (ことほ) がれる習わしになっていた。生きているあいだに、その子らの誕生に居合わせた者たちこそ、幸いだった。そういう僥倖 (ぎょうこう) に恵まれた者たちは、孫子の代まで語り草となるよう、枝葉や尾ひれをたっぷりとつけて、語り継ぐのだ。
 リリーはこの世界に久しく生まれていなかった、真性の、しかも記録されている限りではかつてない高濃度の“純粋変異度”を誇る子供であった。しかも、彼女の場合にはこれまでの《奇跡児》とくらべて、あまりに異なった特徴が一つあった。
 すなわち、彼女は《奇跡児》であると否とに関わらず、国家にとって生まれながらにその身分を保証された、神聖無二にして唯一の子供、国王と王妃の血のつながった実子にして、アトランティス王国の王位継承者であり、万系一世の支配者たる二人の王族の、正式な世継ぎだったのだ。
 王家に《奇跡児》誕生の知らせは、国の内外に大変なセンセーションを巻き起こした。国民たちはこの知らせを、国家と王家のさらなる繁栄と、久遠 (くおん) の幸福をしろしめす吉兆と受け取った。各地で盛大な祭が催され、飲み尽くせない量の酒が酌み交わされると、妙齢の女たちが大勢はらんだ。だが、不吉な予言を口にする者もあった。王家に《神の子》の誕生する時、それはアトランティス世界の滅亡の先触れともなるというのだ。
 だが、その声は狂乱と歓喜の叫びにかき消された。そうでなくても、民衆というものは、聞きたくない声には耳を傾けないものだ。
 やがてリリーは、王宮の人目につかない場所に移され (国王の跡継ぎということもあって、他の《奇跡児》たちのように、神殿に引き取るというわけにもいかなかったのだ)、神殿から嗣公して来た、召使いがわりの神官たちに、養育・指導・監督されながら、すこやかに成長していった。
 神殿ではなく王宮で暮らしたことは、リリーの知的な、情緒的な発育にとっては、このうえない幸運だった。
 王宮では、リリーは次代の支配者として敬われていたとはいえ、いや、だからこそ、一層しつけを行き届かせ、必要以上に甘やかされないよう、ことさらに厳しく監視されていた。
 『旧約聖書』の「箴言」(しんげん) にある通り、《むちを惜しむと子供が駄目になる》式の伝統を尊ぶ王家の、なかんずく王妃その人の教育方針が、王宮の隅々に徹底していた。それは宮殿に働く者たちも、同様だった。世継ぎに対する王宮の、下僕 (げぼく)、婢 (はしため)、召使いたちの厳格さ、非情さといったら、信徒に対する厳しさでは、人後に落ちない神殿僧侶たちも、舌をまくほどのものがあった。
 実際、神殿に移されなかったことは、リリーにとっては無上の幸運だった。今までにも、生まれてからさほど年数がたたないうちに《生き神》扱いされ、鼻持ちならない人間にスポイルされてしまった《奇跡児たち》の例が、あまりにあったのだ。大きな声では言えないが、高慢が長じるあまり小皇帝と化し、象徴的存在におさまるだけではすまず、実際に権力を手中におさめようとして、兵を揚げ、密かに始末された《神の子》もいたと記録にはある。
 リリーがそうならなかったのは、リリーの持って生まれた性質もさることながら、周囲の環境がこの子供に注ぐ、諌心 (ちゅうしん) からの容赦ない、無遠慮極まる、厳しいまなざしがあったのだ。
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 その日、時ならぬ叫びが王宮内部にこだまし、人々の阿鼻叫喚と悲鳴が、神殿居住区と、その他の区画を隔てる壁を越えて、リリーのいる遊戯部屋にまで聞こえてきた。
 その時リリーは特別仕立ての飛行服を着て、天井のいやに高いその部屋の中で、宙返りの練習をしていたが、明り取りの窓から響いてくる、その声に凍りついた。




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