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作品名:マイティーリリー 作者:zamazama

第34回   34
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 それは、幻の月が、天空に輝いていた頃のこと。
 空が今とは違う色に息づき、海はその光を反射して、奥深く太古のままにたゆたっていた頃のことだった。
 そして、夜には月が二つあった。
 宙天に輝く巨大な月ハイリと、伏し目がちにおずおずと昇る、小ぶりの月インレカだった。
 ハイリは冷たい青みがかった光を空中にふりまいていた。インレカは、名前の由来ともなった、寝起きの処女の姿そのままに、赤みを帯びた健康的な若々しい輝きを、地上に投げていた。
 詩人たちは、ある者はハイリに、神秘と怜悧と理知とを感じて讃え、またある者はインレカのゆかしい輝きに、秘めたる情熱と変わらぬ誠実と、愛の魔法とを見てとった。
 その世界の人々は、二つの月を、あまりにも正しく姉妹同士にたとえた。
 すなわち、《理知と高潔とかたき掟を守る、忠実なる姉》ハイリと、《愛と奥深い官能の美をたたえた、やわらかき夢見る妹》インレカとにである。
 恋人たちが酔いしれた月の光は、ハイリよりもインレカのであったが、アトランティスを滅ぼしたのも、またインレカであった。インレカはゆかしい炎をたたえた地獄の使いであり、世界を滅ぼした死の妹であった。
 大陸が今とは異なった姿を見せていた古 (いにしえ) の時代に、アトランティスの科学者たちは、地下に堆積したマグマ・エネルギーを利用して、文明の動力源を得るための大規模な科学的実験を行っていたが、ふとしたはずみで地下のマグマ対流に異変が生じ、大陸に四つある火山帯が、いっせいに火を吹いたのだった。
 アトランティスの火山はことごとく噴火し、連鎖的に小爆発を引き起こした。噴火は世界各地に被害をもたらした。噴煙と火砕流と濘泥とが、町や都市をいくつも飲み込んだ。そうでない場所も、地震によって家屋がおし潰され、大勢の人々が圧死し、または焼け死んだ。この千年のあいだに、アトランティスの領土は、初めて人口が減少に転ずるというほどの、甚大な被害を受けた。
 その頃、アトランティスの全土を統治していた支配者で、のちに“不可視の龍”と呼ばれ、アトランティスの全人民に恐れられ、憎まれることになる、伝説の王ティベタットは、火山被害に明け暮れする人民の悲嘆の声をよそに、鬼道ともいうべき儀式魔術の研究にひたっていたが、ある時かれを補佐する神官の勧めもあって、火山の熱と活動とを制御するための、黒魔術の儀式を執り行うことになったらしい。
 伝説は、その儀式の手順と運びとを詳しく伝えてはいない。だが、その結果起きたことは、地球規模での《破局》と呼ぶにふさわしい、未曾有のものだった。
《その日、その時刻、天は震え、地は青ざめ、水と大気は怒りと恐れとに悉 (ことごと) く滞 (とどこお) り、川も海も流れることをやめて、立ち止まった。山は谷となり、谷は山となり、鳥ははばたくことをやめて、地に落ち、魚は腹をあらわにしてのけぞり、木々は気違いとなり、火は燃えることをやめて、みずからを凍りつかせ、地に立った。不幸なるかな、そのとき世にありし人たちよ。かれらの目は、この世の生きとし生けるものたちの中で、最悪のものを見たればなり。ああ! 災いなるかな、心悪しき者よ。汝の身と魂の上にも、かくなる滅びの、すみやかに訪れるべけんや》と、歴史家が《クダの書》に記した通りの天変地異が起こり、その結果、大陸は三つに分裂した。
 ルタとダイティヤと呼ばれるようになった、大陸の二つの主要部分も、それからのち数千年にわたって、地震や津波、地殻の変動といった、大自然の力が猛威をふるい、徐々に浸食され縮小していくと、やがてまた起こった大規模な黒魔術の流行が拍車をかけ、二つの島は滅びてしまった。残った大陸の最後の部分である、島大陸ポセイドニスの運命も、いまや風前の灯火 (ともしび) だった。

 その頃、宮殿の外の物音が、建物の奥まったところまでたびたび聞こえてきた。その音は潮騒のように高くなったり低くなったりを繰り返しては、日に何度も聞こえる儀式の砲声のように、リリーをおびえさせた。
 お付きの乳母たちが、リリーをいさめて言った。いいえ、あれは、民衆がお祭をしている音です。あなた様は見に行ってもいけませんし、外へ出てもいけません。あれは下々のお祭なのですから、あなた様のような身分の高い御方が目にするなど、もってのほかです。あなた様はきたるべきご即位の日にそなえて、いろいろと知る必要のある知識を、身につけねばなりませんよ。いいえ、そんなことはありません。あれはお祭の楽の音なのですからね。
 しかし、それは祭の楽の音ではなかったし、リリーが即位する日も、永久に来なかった。
 そもそも民衆は、祭など開いてはいなかった。王宮の外で、蜂起した民衆と警備兵たちの小競り合いが、日々飽きることなく繰り返され、暴動は日毎に、規模がふくらみ、激しさを増していったのだ。
 警備の兵隊たちもそれにつれて増員され、装備も重々しい物にとってかわっていった。
 民衆が暴動を起こす理由は、定かではなかった。
 ある者は、革命的な思想を唱える輩に扇動された、破壊分子であり、ある者はいつの世にもいる、不平不満を抱えた反抗分子、またある者は、群衆心理に駆り立てられた、物見高い危険な野次馬たち、そして少数の、王宮打倒を企てる、本物の反政府勢力が混じっていた。
 民衆を惑わす首謀者たちは、実は王宮内にいるのだという物騒な噂が持ち上がった。いや、民衆は外国勢力にたぶらかされ、利用されているのだという声が、一方で上がった。
 この王国が抱える植民地領は広がる一方で、その頃までには、実効性のある支配の及びうる範囲を、とうに越えていたから、いつ中央のくびきを逃れる地方が出てもおかしくはなかった。それらの植民地同士がひそかに連携を図り、首都で暴動を画策すること、なきにしもあらずと思われた。
 首都を治める王のもとで、かつてはゆるぎない団結を誇った家臣団、《十人の封土の領主たち》の結束も、今やゆるみっぱなしだった。
 ここにアトランティス代々の王権授受者よりも、権勢を誇るようになっていった一団の僧侶たちがいた。かれらはアトランティス世界を信仰の名のもとに支配し、今や全世界を手中に治めるべく暗躍していた。かれらの途方もない野心と欲望は、実現する寸前にまで達していた。
 この世界では僧侶たちが、今で言うところの科学者の地位をもかねていたから、支配に必要な知識と知恵、権威と力とは、必然的に僧侶階級の、黒いフード付きのマントや、特別の儀式の時にかぶる円錐形の帽子の下に集中するようになっていった。
 それらは短時日のうちに起きたことではなく、長い年月が経るにしたがって、そうなっていったのだった。先にあげた大陸を見舞った大災害を別にしても、この世界は、衰亡の兆しが見えてからですら、すでに久しい年月が経過していた。そして、あらゆる生ある者の末期の時が、その世界国家としての臨終の日が、間近に迫っていた。
 意志においても、知力においても抜きん出ており、それがために、無辜の民より善かれ悪しかれ危険な存在となった、新支配階級に属する者たちの中には、死と終末をやすんじて受け入れるよりはと、あたら破滅を急がせる行いに、祖国と民衆を駆り立てる者がないでもなかった。
《腐敗のあるところ腐臭あり》のたとえ通り、僧侶たちの内にこもった、あるいはあからさまに示されるようになった、この権力への欲求と、正当な王権授受者に対する悪だくみとは、芽を吹いたテンニンソウのつぼみが、ふくらんで人目を引くように、日に日にふくらんで明らかとなり、ついに天の知れるところとなった。
 僧侶たちの中に、ひときわ際立つ能力を持った科学者がいた。かれは諸惑星の運行とその法則とに早くから着目し、僧侶階級にだけ恵まれた特権と知識の宝庫とを利用して (それに隠された魔道の力、あの“不可視の龍”ティベタット王のわざ、黒魔術として知られた、異端の知識と諸能力とを加味して)、ほどなくしてアトランティス世界にも、外部の植民地世界にも、二人とおらぬほどの、天体物理学と惑星の諸性質に通じる者になっていった。
 知識とは本来、力そのものである。そして力を所有した連中が、いずれはそれを誇示し、利用したくなるように、力の源泉であるところの、異端の知識と秘密の学問とに通じたこの男、すなわち神殿詰め永久僧侶カバール=アルディガバールは、おのれの持つ知識を、ただのぼんくら坊主どもが民衆をどやしつけ、脅かすための道具としてではなく、真に世界を説き明かす力たりうるものであることを示そうと、機会をうかがっていた。
 これが平和の長く続いた、鏡のごとき平明の時代であれば、カバールの世迷い事に耳を貸す者などなかっただろうし、かれの命脈も早くに尽きてしまったに違いない。だが、天才と偶像破壊者、夢想家と扇動者を、同時に必要とする時代があるものである。他の時代であれば疎んじられたであろうカバールの知識に、目をつけた者たちがいたのである。
 それらの腹黒い者たちの中には、カバールの持つあやしげな不老不死の妙薬に関する知識に、目を奪われた上流階級のご婦人方や、なんびともこれまで目にしたことのない、動力と原理で働く、おどろくべき殺傷能力を持った兵器に、目をつけた軍人たちもいた。その中には、王家に近い筋も混じっていた。
 カバールは僧侶にあるまじき抜け目のなさと、狡猾きわまる二枚舌とをあやつり、政治家や権力筋のご機嫌をとり結びながら、みずからの野心の達成に必要な地歩を、一歩一歩と王宮内で固めていった。
 ほどなくして、宮廷の内でも外でも、カバールの威光に逆らい、ことを運べる人間は皆無となった。もちろん国王その人は別で、いかなカバールといえども、国王の権威に表立って反抗するほど、間抜けではなかった。しかし、国王その人が、いかに聡明かつ賢明な判断力を持とうとも、すでに一国の中枢を黒衣の僧侶団に握られていたのは、まごうかたない事実であった。
 そして、それらのすべては、幼いリリーの、あずかり知らないことだった。




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