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作品名:マイティーリリー 作者:zamazama

第29回   29
                28


「こいつは、どういうことなんだ、旦那?」
 ベリンスキーを見るなり、ブラウン本部長は唾を飛ばして迫った。
「ここの真ん前で、俺は昨日、おまえが撃たれたという報告を受けた。青くなっておまえが担ぎこまれた病院をつきとめ、部下に様子を見に行かせると、今度は兵隊たちの群れがやって来て、おまえさんを手術室から連れ出した、行く先はわからんと言う。電話をすれば通じん。女房に電話して、ベリンダの携帯の番号を教えてもらったのに、これも通じない。天に消えたか、地にもぐったか、あの二人はどこへ行っちまったんだ? 俺はベッドの中で、一晩中震えてたんだぞ。ひざまずいて、神に祈ろうかと思ったくらいだ。
 ところがどうだ。身も細る思いで、眠れぬ夜を過ごし、朝になってあちこち思い当たる場所を探して、オフィスにたどり着いてみると、あの馬鹿が――病院から姿を消したはずのあの馬鹿が――俺さまのオフィスの、俺さまのデスクの上にちょこんと腰掛けて、俺が入ってくるなり、何て言ったと思う?
『やあ本部長、全然遅いですな。ご心配をおかけしたようで』
 だと。
 言うにこと欠いて、『全然遅いです』ときたもんだ。さあ、ベリンスキー。おまえはどこへ行ってた。どうして、ぴんぴんしてる。なぜ電話に出ない。まさか、女房と一晩中、その辺のいかがわしいミリタリー・バーにしけこんでいたとは言わせんぞ」
「二番目の質問についてですが、わたしにもわかりません。三番目については、電話に出られる状態になかったもので」
 ベリンスキーは、本部長のデスクに散らかった書類を、もの珍しげに眺めていたが、
「わたしがどこにいたか、聞きたいですか?」
「聞きたいかだと? おまえ、誰に向かって口をきいてるんだ? 俺はおまえの上司、おまえは俺の可愛い部下だろうが。上司が、
 『おまえの顔に目はいくつ、ついているのか?』
 と尋ねたら、機嫌よく『三つ』と答えるのが、おまえらの努めだろうが」
「なるほど、地上一の部下思いというわけですな」ベリンスキーはにやりとした。「話してもいいですが、いったん聞いたが最後、あなたが厄介な立場に立たされることが、わかっていますか?」
「何を言ってる。おまえの上司になって以来、ずっと厄介な立場に立たされ通しじゃないか。もったいつけずに話せよ」
 ベリンスキーは話し始めた。サンドウィッチの包みを開けてぱくつきながら、ブラウン本部長は、眉を上げたり下げたりした。
「ふうん。だいたいのところはわかった。ベリンダの具合はどうだったんだ? 病院で見つかった時は、無事だったんだろうな?」
「ええ、無事でした。わたしを連れ去ったのとは別の部隊が、彼女を監禁していたようです。もっとも監禁というよりは、基地見学といった方が、正確のようですがね。彼女の話だと、ミネアポリス出身の女性士官が相手をしてくれて、同郷のよしみで明け方まで話し込んでいたんだそうですよ。夜明け少し前に基地を出されて、もといた場所――わたしが担ぎ込まれた警察病院に連れ戻されたのですがね、その士官と仲良くなったあまり、別れるのが辛かったと言っていました。タクシーを呼んで、自宅に帰しましたが」
「おいおい、穏やかじゃないな。おまえも帰っていいぞ。そばにいてやれ。彼女、落ち着かんだろう」
「ベリンダなら大丈夫でしょう。ありがとうございます、本部長」ベリンスキーはにやりとした。
「おまえさんも、相も変わらずの朴念仁だな。おまえさんを見たショックで忘れていたが、おまえさんを襲ったギャングの一味が、意外な場所で発見されたぞ。通報がもとで、半死半生でな」
 ブラウン本部長は書類の山を引っかきまわし、該当する綴りを探しあてたが、
「ああ、これだ、これだ。一人は全治六ヵ月の大けが、一人は肋骨と鎖骨を折り、全治三ヵ月。残る一人は大腿部と腰の骨を強打。おまえさん、肩より上に折れ曲がった足って、見たことないだろう?」
「ありませんな」
「俺もない。ありがたいことに、人類の大半は、そんなものにお目にかからずに、あの世に行っちまう。その点、この男は幸運だ。自分の足がそうなったのを、見れたんだからな。頭蓋骨にひびが入ってるのは、どれだったかな。ああ、なんだ。これで見る限り、ほとんど全員そうじゃないか。朝飯にサンドウィッチを頬張りながら読むには、ぴったりの報告書だ。心がなごむな。おまえも一つどうだ」
「わたしがコンビーフ・サンドウィッチを、親の仇と憎んでいるのはご存じでしょう?」
「そうか。だったら、コーヒーをやれ。俺にもついでくれ」
 コーヒーの香りがオフィスに充満する頃、制服を着たベリンスキーのなじみの警官が入って来た。
「よう、バート。なんか用か?」ブラウンは書類越しに眼鏡をずり上げた。
「いいえ、ベリンスキー警部に。警部がこちらにいると聞いたもので」
 バートと呼ばれた警官は、不思議そうにベリンスキーを眺めた。総務課に勤務する堅物タイプの警官で、その表情からベリンスキーが撃たれたニュースを、誰かから仕入れていたらしかった。
「何だね、バート?」
「はい、警部」若い警官は当惑を押し隠しながら、
「自分が昨日、本部の受け付けを、シンディ・キング巡査に交代してもらっておりますあいだに――と言うのも、故郷 (くに) のお袋が、急に本部の玄関先に現われまして――」
「フランク・キャプラばりの話が始まるなら、省略しろ」
「はい、本部長。交通課のキング巡査が、自分のかわりに受け付けにいると、若い女の子が、これをベリンスキー警部に渡してほしいと、言って来たそうであります。キング巡査が、警部はあいにく出かけていると言うと、だったら警部が現われ次第、これを直接手渡してほしいと、頼んだそうでして。受け付けのボールペンで宛名を書き、その場でこれを仕立てていったんだとか。夕べ受け付け任務に戻った際、キング巡査から自分が預かっておりました。時刻もメモしておいてくれたんです。あの娘はなかなか気の回る警官ですね」
「気が回るのは、そっちの方ばかりじゃあるまい。きみのお袋さんは、そうちょくちょく田舎から出てくるのかね?」
「いいえ、本部長。昨日はどうしても、評判のミュージカルを見たいと言うものですから――」
「それでキング巡査のご登場か。彼女、ずいぶんと、都合よく代わってくれたもんだな。非番だったのか、ええ?」
 バートは真っ赤になった。
「あんまり責めたらかわいそうですよ。かれはお袋さん思いの、素敵な警官なんですよ。あなたや私とは大違いのね」ベリンスキーは心ここにあらずといった調子で言った。バートは紙に入った包みのような物を、ベリンスキーに手渡した。かさばる物が入っているらしく、ずっしりしている。
 裏返すと、《ロジャーへ。リリー》と、ボールペンの走り書きで記されていた。ベリンスキーは包みを表に返した。
「若い女からだって? すみにおけんな。一体、いくつくらいなんだ?」
「九つか、十くらいだったそうです、本部長」
 ブラウンは一瞬にして興味を失ったらしく、
「わかった、わかった。用事がすんだのなら、出て行ってくれ。ご苦労さん」
「ああ、待て。きみ」ベリンスキーが呼び止めた。
「なんでしょう? 何かお役に立てることでも?」
「この手紙を持ってきた子供だが、いつ頃持って来たと、その――キング巡査は言っていたんだね? だいたいの時刻でいいんだが」
「午後六時を過ぎていたはずです。シンディ ――キング巡査と交代したのが、午後六時ちょうどで、彼女がこれを預かったのは、そのしばらくあとだと言っておりましたから」
「その子供の様子は、どこか変ではなかったのかね?」
「さあ、自分は直接会ったわけではありませんので」
「何だ、何だ? おかしなことがなくちゃならんのか?」
「いいえ、何でもありません。きみもどうもありがとう。行っていいよ」
 ブラウン本部長が椅子から立ち上がりかけたので、ベリンスキーはあわてて手を振った。
「あの、警部」バートはおずおずと、
「自分が昨日、聞いた話では、警部は大怪我をされたそうですが――」
「ああ、そうだとも。こいつは、クソいまいましいギャングどもに撃たれて、病院に担ぎ込まれてたんだ。その時刻に誰かさんときたら、いつもいちゃついている交通課のかわいこちゃんの巡査に、受け持ち任務を交代させて、夜の街でお袋さんと芝居見物ときたもんだ」
「いいえ、自分はそんなつもりは――」
「わかってるよ、アルバート。きみは法律よりも強制力のある、血が定めた義務にもとづいて、よんどころのないエスコート任務についていたんだ。心配してくれてありがとう。防弾チョッキを着ていたので、休暇がもらえるほどの怪我には至らなかったのさ。キング巡査にもよろしく伝えてくれたまえ。きみのお袋さんにもな」  バートは口の中でもごもごと礼を言いながら、一刻も早くと焦るようにオフィスを出て行った。
「まったく近頃の連中ときたら、警察の仕事を何だと心得ているんだ。州公認のサマーキャンプ場じゃないんだぞ、ここは。ところでと、さっきの話の続きだがな、旦那」
「ええっ?」
「だから、おまえさんを襲った賊の居所を通報してきた、例の電話のことさ。通信課の報告によると、通報してきたのは、未成年のひどく幼い声の持ち主で、年齢は十か十一くらいの女性だったそうだぞ。おや、今の子供も、だいたい同じ年齢だったな。今、やつが言ってたのは、男だったか女だったか」
「さあ、どうですかね。生まれて十年たった子供は、たいていそのくらいの年ですけどね」
「まあそうだな。で、電話の相手だが、その子供は名前を訊かれると、ためらっていたそうだが、係の者がしつこく問いただすと――通報者はめったに名乗らんものだが、相手が子供だったんで、連中も気になったんだろう――女の子はこう答えたそうだぞ。
 『自分は名乗るほどの者じゃないの。ただのロジャーの養女よ』
 って。『ロジャーの養女』って、どういう意味だろう。俺の記憶が、射撃の腕ほどにも錆びついてなきゃ、おまえさんの名前も確か、ロジャーだったよな?」
「同じ名前のウサギもいましたよ、マンガの中ですけど」
「ああ、知ってる」
「それでギャングたちは何か言ったのですか、自分を傷つけた者の正体について?」
「いいや。首やあちこちが折れて、折れた骨が皮膚から突き出してるような連中が、筋の通ったことを話せるとは思えんしな。ところでだ、俺に、どうにもわからんのはだな、どうして軍隊が、〈天使〉――あちら風にいうと〈鳥〉だそうだが――あれを尋問するのに、おまえさんを必要としたかってことさ。おまえさんの話では、軍はわざわざおまえさんの居所を調べた挙げ句、昼日中――でもない時間帯だが――堂々と兵員を送り込んで、病院からおまえさんを拉致している。報道こそされなかったものの、なんだってそんな目につくことをしたんだ?」
「さあ。わたしは軍隊生活の経験がありませんので、連中の行動についちゃ、あまり自信をもって断言できませんがね。残りの人生を、連中に関わることで、無駄にしたくもありませんし」
「にも関わらず、連中がおまえさんの方に、積極的に関わりたがっているのは、どういうわけなんだ? まだ何か隠してるな、旦那?」
 ベリンスキーは窓の外に目を向けた。「おや、いやな色の雲が出ているぞ。あいにくと、今日は雨になるかもしれませんな」
 ブラウンはデスクをたたいた。
「焦らすんじゃないよ! さっさと白状しちまえ、このならず者め!」
 本部長の顔はにやけていたが、目は真剣な光に輝いていた。もはやごまかす段階ではないことを、ベリンスキーは瞬時に悟った。
「わかりましたよ。ありのままに白状しましょう。〈天使〉は実は人間なんです、あなたやわたしと同様に」
 ブラウンは、コーヒーに口をつけたまま、固くなった。これはちょっとした、爆弾発言だった。
「おまけに彼女は、わたしとは顔なじみの、いわば知り合いなんですよ」
 ブラウンの目が、まん丸く見開かれる。
「それだけじゃありません。わたしはあの子を養女にしたいと、ずっと以前から考えていたんですよ」
 ブラウンが吹き出したコーヒーを、ベリンスキーは正面からかぶった。
 コーヒーがぬるくなっていたのは幸いだった。
 ブラジルのコーヒー農家は、無駄にはなったが、いい仕事をしていた。




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