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リリーは震えながら手紙をめくっていった。 手紙が書かれた用紙は、当時であっても何処でも買えたとは思えない、厚手の極上の犢皮紙 (とくひし) だったが、リリーにとってはあまりにも途方もない内容が、そこには記されていた。リリーは手紙を読み進めながら、指先がぶるぶると震えてくるのを止められなかった。カンザス州はバードの町の、やんごとない児童公園の一隅にいて、乾燥地帯を渡ってくる特有の熱い風に髪の毛をなぶられ、司直の手が周囲に包囲網を敷いているのも気づかずに、リリーは手紙に読み耽っていった。 「その世界は――」 と、ヘイシーの手紙は段落を替えて、また続いていた。 「その世界は四方を海に囲まれた、一繋がりの巨大な火山性大陸である。その世界のもっとも広い部分の差し渡しは五万六千スタディオン。もっともくびれた部分でも三万九千スタディオンはある (ちなみに一スタディオンとは約五八七フィート=一七七・六メートル=のことだ )。現存するいかなる大陸の都市にも劣らぬ輝けるその首都は、往時の世界にあって文明の中心地として君臨し、いやがうえにも富み栄えていた。首都の名は (しいて英語風に訳すと) イスカリオンまたはアスカリオン。その世界の女性名詞で《並ぶ物のない輝き》または《飛ぶ鳥のごとき勢い》とも読み取れる名前であった。 その世界の起源は今となってははっきりとはわからぬ。その世界にとっての神話の時代――その世界自体がすでに現生の人類にとっては神話であるのだが――その世界にとっての神話の時代に、よその惑星――一説には火星――から、空を渡る乗り物によって地球に移り住んだ異星の住人によって、かの文明がもたらされたと記録には記されている。《興味深いことにアフリカ大陸や南アメリカ大陸にも、似たような起源を持つ未開民族がいるらしい。かれらはシリウスBという星から、または別の天体から、先祖が蛇の守り神に導かれてかれらの受け継ぎの地へと移り住んだというのだ。もっともかれらの場合は未開民族特有の、起源の定かでない口承伝承のたぐいかもしれないが》 それが真実か否かは、今となっては確かめようもない。自分たちの起源を、さももっともらしく権威づけするための、はったりかもしれないのだ。わたしはただ銀版で見せられた記録を書きとどめるだけにしよう。かれらは宇宙の深奥からかれらの母なる星 (名前も記されていたが、奇妙なことにその名をエロゥヒムという) に帰還の途中、ただ物見遊山に立ち寄っただけの地球で恐ろしい事故に見舞われた。 かれらの乗り組んで来た宇宙船 (宇宙船とは書かれていなかったが、要するに宇宙船のような物だろう) の一隻が爆発事故を起こし、その船団の一部が地球に置き去りにされたらしいのだ。仲間の船は地球の重力があまりにも重すぎるため、救出を断念して飛び去ったものらしい。 銀版には、『かの星大気のあまりに重たければ、《天つ船》――そうだ《天つ船》という呼び名であった――は、ひとたびかの星の大地に降り立てば、その翼を失い、二度とふたたび舞い上がることを得ず』と記されていたと思う。 これはわたし流に解釈すると、たぶんかれらの星の重力と地球の重力があまりに違うため、一度母船で地球に降りてしまうと、重力を脱するだけの浮力をふたたび得られないという意味なのだろう。あるいは単に仲間の船が地球に墜落して、木っ端微塵に吹き飛ぶのを目のあたりにして、搭乗員一同恐ろしくなり、乗員全員死んだものと勝手に判断して、ろくな救助活動も行わないまま、見捨てたのかもしれない。今となっては何ともわからないことだ。 だが地球に難破した乗組員の中には、どうにかして生き残った連中がわずかにいた。 かれらは母星へ帰る目処を失い、仲間から置き去りにされた、絶望と孤独と無力感にうちひしがれたが、そこは文明人の図々しさからか、やむをえずいったん地球に移り住むことを決意すると、そこを自分たちの母星に似せて改造し、爆発をまぬがれた船の文明の利器のうち、残せる物を全力を上げて残そうとした。 ちょうど無人島に漂着したロビンソン・クルーソーのようにだ。 だがロビンソン・クルーソーと違っていたのは、その星 (つまり地球) には、原始的ながら文明の崩芽があったことだ・・・」 ヘイシーの手紙はまだまだ続いた。
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