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作品名:マイティーリリー 作者:zamazama

第18回   18
                   18


 B・Jは憑かれたように、キーボードを叩いていた。
「また駄目だ・・・クソッ、こっちも駄目か・・・一体全体、どうなってるんだ?」
「マウスで何をしているの、B・J? まさか、真っ昼間からネット・ゲームじゃないんでしょうね。はい、コーヒー」
「すみません、どうも」
 B・Jは顔をしかめて、キャサリンが差し出す紙コップを受け取った。コップの表面にはヒッコリー&ハーパー・ドライビスケット社のシンボルマーク、おむつをはいた二歳の女児“ちっちゃなウープラちゃん”(リトル・ミス・ウープラ) が、動物ビスケットを片手に、歯の生えそろわない口でにっこりしているイラストがプリントされていたが、B・Jはコーヒーが大の苦手だった。
「本当に何をしているのよ。何か困ったことなの?」
 キャサリンがB・Jのデスクの端に腰を下ろした。
「ええ。ミネソタ州に現われたやつも含めて、これまで確認している〈天使〉のブログやホームページを片っ端から当たっているんですけど、ブックマークしたのも含めて、どこにも見当たらないんですよ。つい昨日はあったサイトもないんです」
「リンク先を変えたんじゃないの? アドレスを変更しただけとか」
「これは別のケースですよ。一つや二つじゃないんです。今までダウンロードしたページや、〈天使〉に関するニューズ・ページにアクセスしているんですけど・・・」
「どれも消えてしまっていると? まさか!」
「でも、そのまさかなんです」
 その途端、呼び出したホームページの色表示が変わり、《不正アクセス中。これ以上のアクセスは出来ません。現在使用中のプログラムを強制的に終了します。》とダイアローグが出て、勝手に閉じてしまった。
「ほら、駄目でしょう?」
「ちょっと貸してごらんなさいな」
 キャサリンはデスクの端からキーボードに覆いかぶさり、検索ボックスに該当する単語を打ち込んでいったが、結果はどれも同じだった。不正使用を糾弾する警告や、お探しのホームページはありませんという、素っ気ない表示が出ただけだった。
「今までいくつにアクセスしたの?」
 B・Jは手元のメモパッドを眺めた。「百二十五以上。あとは面倒なので、数えるのをやめてしまいました」
「ふう、あきれた! それにしても、それだけのホームページやブログが消えるなんてことは――」
「それも一晩のうちにですよ。ぼくが見た中には、昨日の午後八時にはあったのもあるんですから。誰かが消して回ってるんじゃないでしょうか?」
「誰かって?」
 その時チャイムの音が聞こえ、メールの着信を告げるメッセージボイスが響いた。B・Jがマウスを操作して、メールボックスを開く。
「うわっ、なんだ」
 光がきらめいて、音楽が――狂った調子の《ヤンキー・ドゥードル》が奏でられた。
 メールペットの山羊が、口いっぱいに紙の束をくわえて、むしゃむしゃと頬ばり始めた。
「これ、爆弾よ。ウイルスだわよ。感染したのよ」
「そんな。あやしい物には触れてませんけど。メールボックスを開いただけですから」
「それがまずかったんじゃないの? それがブービートラップだったのかも。ハードディスクに常駐していたウイルスが、たまたまそのクリックで、起動する回数に達していたとも考えられるわ」
「畜生、そうか。そういうことか!」
 二人の目の前で、もくもくと立ちのぼる紫色の煙に、山羊が包まれた。パイプオルガンの音色が、スピーカーから流れ出す。
「いやな曲ね。黒ミサでも始まるみたい」
 次の瞬間、キャサリンのつぶやいた通りのことが起こった。
 デスクトップの煙が晴れると、一匹の堂々とした体躯の、毛むくじゃらの黒い怪物が現われて、絵の中の怪物――ディアボロスだかマモンだかは、いやな声で笑い出した。
 画面に呼び出されたデータ文字が、突然、雪崩のように崩れ始めた。フォントが砕け、デスクトップ画面の下に降り積もっていく。
 破片はクラッカーかポテトチップスの屑のように、こんもりと山を築いた。
 B・Jは愕然として、別のファイルをディレクトリから探し出した。
 ファイルを開いたとたん、その文字の列も音を立てるように流れ落ちた。B・Jは心臓を高鳴らせて、ファイルを閉じようとした。ファイルは言うことを聞かず、外部からの操作を受けつけない。
 B・Jの見ている前で、ダウンロードした〈天使〉に関する保存データが、塵となって消え失せた。
 デスクの右端に置かれた、配信社のメールとファックスの両方を受信するデスクトップ・パソコンが、いやな音を立ててクラッシュした。続いて作動中だった別のコンピュータもクラッシュする。
「いけないわ、止めなくちゃ。増殖して、社内中のコンピュータを壊されちゃう」キャサリンが悲鳴を上げた。
 B・Jは舌打ちして端末のケーブルを引っこ抜いたが、今さらそんなことをしても無駄だと悟ると、コンピュータ同士をつないだサーバの回線を切断するために、立ち上がった。
 オフィスに残ったキャサリンは、いくつも並んだコンピュータの匡体を見つめていたが、そばのコンピュータに、ある変化が現われたのに気づかなかった。
 クラッシュしたコンピュータの、ディスプレイ上のフォント屑が、もぞもぞと這うように動き出した。
 集まって、画面にあらたな文字列を構築する。


 あなたをアメリカ合衆国友愛会の大パーティーにご招待します。
 参加費用は当方が負担します。
 なーんちゃって!


 文字列は嘲笑うように、ディスプレイ上で消えたり現われたりを繰り返すと、今度はばらばらと崩れていき、塵となって降り積もったまま、二度と立ち上がらなかった。





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