20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:ぼくのおとうさん 作者:

最終回   ぼくのねがい4 祈ること・託すもの
ACT.4  祈ること・託すもの 
 
国が平和になったところで、新たな問題が浮上しているという。 
その唯一の悩みは、王が后を娶ろうとしない事。 
過去にああいったことがあったとはいえ、家臣は跡継ぎをと焦っている。しかし王は見合 
い話に苦笑いして断るばかり。 
ホビットのためいきには悪いが、僕はつい心がはずむ。 
「そうなんだ」 
「わしも心配になってあれこれ聞き出してな。口をかたく閉ざしていたあやつも、とうと 
う白状した。なんとこちらに妻子がいると言うじゃないか。それなら妻を娶ろうとしない 
事も合点がいく。しかしだからと言ってこちらで一生独身というわけにもいかない。だか 
らわしは呼ぼうと決めた。妻も子供もだ。それがあやつの為に、ひいては国のためになる 
と思ったからだ。もちろんあやつも喜んで賛成してくれたぞ」 
「……って、おふくろも?!」 
まさか母も対象になっているとは思わず、驚きのあまり腰が浮いた。 
「そう。但し、強引に連れてくることはせず、判断は本人任せでな。ちなみにこれはあや 
つが決めた条件だ。離れてしばらく経っているお前達の生活を犠牲にしたくないと言って。 
すぐにでも連れてきてほしそうだったがな」 
「親父らしいね。会社でも気配り上手だったみたいだから」 
「術には誓約の剣とそれを運ぶ生命が必要でな、今回はわしが来た。あやつの息子も見て 
みたかったからな……それにしても」 
「がっかりさせたみたいだな」 
「がっかりもいいとこだ」 
あきれ顔のホビットに僕は苦笑する。 
「じゃあおふくろは」 
「別の迎えが行っている。渡ったかどうか今のわしにはわからん」 
母はとなり街で一人で暮らしている。再婚せずにひとりでがんばってきた母は、どう選択 
するんだろう。父の元へ行くんだろうか。それとも、もしかしたら。 
携帯電話に手を伸ばしたところでクリスマスに手を弾かれる。 
「たとえ親でも他者の選択になにか言う必要はない。お前が妻を殺すか迷ったように、い 
たずらに相手を惑わせる。やめておけ。それはここへ置け」 
「……そうだね」 
僕はためらいつつ携帯を机に置いた。確かに迷いのタネは少ないほうがいい。 
王の友人は僕の迷いを見抜いたようにうなずいた。 
「お前たちがどう選ぼうと、アスラン王は認め受け入れるだろう。あやつはそういうやつ 
だ」 
「――アスラン!?」 
 
クリスマスは立ちあがって叫んだ僕に驚き、パソコンから転がり落ちる。 
‘アスラン’は童話界では有名も有名、金のたてがみを持つライオンの名だ。一声吠える 
と闇が晴れ、その足で駆ける地は命が芽生える。彼の名はアスラン、ナルニアを治める偉 
大なライオン。その威厳に満ちた眼と雄々しい姿が夕陽に映える親父の横顔が重なる。 
「そうか、アスランか。うん、決めた。勇者の名前はアスランにしよう!」 
「なんの話だ」 
クリスマスは興奮する僕を怪訝顔で見る。 
「今、童話を書いてるとこなんだ。主人公はトパーズみたいなドラゴンに騎乗する勇者。 
名前もどうしようかと思ってて」 
「トパーズに乗っているって、まるであやつでも書くみたいな口ぶりだな」 
「親父が……その王がモデルだから」 
とたんにホビットは笑い出した。僕は恥ずかしいのを通り越し、憮然となる。 
「そんなに笑うことじゃないだろ」 
「子供とは名ばかりの腰抜けのお前が!? 王の城すら見たことすらないお前が!! 本 
当に王を書けると思っているのか!?」 
「見たことなくても親父の姿くらいわかってみせるさ」 
小人は嘲笑する。 
「どうだか。いったいどんな話にするのか聞きたいもんだな。どうせ荒唐無稽な話に決 
まってるが」 
売り言葉に買い言葉、僕は頭が熱くなるのを抑えられない。 
「ああその通りさ。ついでにあらすじも教えてやる。勇者が王様になるまでの物語だ。勇 
者の頃は冒険に次ぐ冒険の日々で、波瀾万丈に満ちている。数々の経験により彼はすばら 
しい国を作りあげていく……そんなとこだ」 
「そんな王がどこにいる。ぜひ一度お目にかかりたいものだ」 
「そりゃ暗殺とか生で見てるヤツにはそうだろう。でも子供が読む本だ。みにくい人間関 
係とか血なまぐさい話は存在しなくて当然だろ」 
表で笑って裏で取引するような狡猾さはいらない。書かれる世界は実に単純明快、勧善懲 
悪がいいんだ。 
「童話ってそんなもんだろ」 
そこまで言ったとき、小人は笑いをやめた。 
合わせて僕の肩の力も抜け、そのまま椅子に腰を下ろす。 
「たぶん、親父もそんな王様になりたかったんじゃないかな。すごくそんな気がする」 
「くだらん。夢のまた夢だ。そんな腰抜けの王は塔にでも幽閉しとけ」 
吐き捨てる口調のわりにどこか照れがある横顔。この王の友人も同じ事を考えていたのか 
もしれない。僕は苦笑する。 
「クリスマスってホビットのくせに冷たいよね。陽気な一族だって聞いたけど」 
「わしは祭が嫌いな変わり者だ。だからこそあやつとウマが合う」 
「変わり者同士ってことか」 
そんなところだ、と小人は笑った。 
「物語の中ならそれもいいだろう。あやつもどこかでそんな国を求めていたかもしれん。 
……書いてやれ」 
静かにうなずくのを見て、かえって胸が詰まる。 
華やかであろう王族のはずなのに、生まれてからずっと日陰で生きてきた彼の結婚生活は、 
心安らぐどころか后の血に染まる寝室で終焉を迎えた。 
アスラン王の現実を知ったことで、書こうとしていた童話に新たな目的ができていた。 
――そんな父を子供の僕がすこしでも救えたらいいと思う。 
クリスマスはにやりとした。 
「王の半生を書くなど、まるで吟遊詩人だな」 
吟遊詩人という肩書きに、くすぐったく、すこしいい気持ちになった。 
夕陽の向こうにいる王のすべてを、子供の僕が文字に託して歌い上げる。 
「それとも道化か」 
とたんにむっとする僕を、クリスマスはくすくす笑う。 
「好きに言ってろよ。僕は書くだけだ」 
「好きに書けばいい。あやつも喜ぼう」 
 
クリスマスはおもむろに立ちあがった。 
「じゃあわしは行く」 
「クリスマス」 
「なんだ」 
「僕はここから親父、いや、アスラン王を見てることにするよ。ここから親父とその国に 
住む人たちがしあわせでいられるように、アスラン王の息子として書きながら祈ることに 
する。……それしかできないけど」 
重く息苦しい沈黙がおりる。 
「そうか」 
「うん」 
「二度と王に会わなくてもいいんだな」 
間をおいて、僕はうなずいた。 
「本当は会いたかったよ。たくさん言いたいこともあったし、トパーズに乗りたかった。 
おふくろが再婚しないで、今も一人でいる事も言ってやりたかった――もしかしたらもう 
知ってるかな。二度と会えなくても平気。昔からそう思っていたから、今こうして親父の 
本当の名前を聞いただけでもラッキーだったと思う。ほかにもいろいろわかったし。クリ 
スマスのおかげだね。ありがとう。だから……もう、いい」 
「決意は固いようだな」 
ホビットにも自分にも決意を示すようにうなずく。 
僕は今やっと、もうひとつの故郷を切り捨てた気がした。 
これで本当に未練はない。もう二度と行きたがらないだろう。 
「――そうだ。クリスマス、親父に渡してほしいものがあるんだけど、頼んでいいかい?」 
「わしが持てるものならな。なんだ」 
「家族の写真。親父に渡して」 
「シャシン」 
僕は本棚から小さなアルバムを引き抜いて渡す。小人は自分の顔くらいある大きな本にす 
こし難儀したようだ。 
「絵みたいなものかな。僕もおふくろも写ってるし。こちらの思い出があってもいいだろ 
う」 
「しかと引き受けた」 
クリスマスはよろよろとしながらも小さな手でしっかりと持ち、パソコンを軽く蹴った。 
僕はゆっくりと浮きあがるホビットを見つめる。 
「親父に伝えて。僕はここで親父を書いてるから……ずっと書いてるから」 
天井間際でちいさな背中を向ける。 
そこで消えると思ったが、おもむろにズボンからなにかを取り出し、投げてよこす。 
親指くらいある牙だ。軽くて堅く、荒々しい雰囲気が恐竜を思わせる。 
「トパーズの抜け落ちた牙だ。ドラゴンの牙は幸運をもたらす」 
これが夢に見たドラゴン、その牙。 
急に涙があふれてきたので、あわてて牙を手の中に包んだ。こらえるよう強く握りしめる。 
「ありがとう」 
「アスラン王は妻を殺めなかった息子を誇りにするだろう。これは必ず渡しておく。達者 
でな。さらばだ」 
「さよなら」 
クリスマス、と言おうとした時にはもうちいさな姿は消えていた。 
剣の跡とトパーズの牙を残して。 
 
僕はしばらくしてから寝室に向かった。 
とにかく彼女のぬくもりが愛おしかった。あどけない寝顔を見ていたかった。 
未練はなくても後悔はある。それを少しでも軽くしたかった。 
彼女の寝顔は僕だけの女神のように優しく、すこし微笑んでいて、つい涙が滲んでくる。 
選択は正しかった。これで良かったんだ――これで。 
 
次の日。母は僕たち一家へ短い手紙を残して姿を消した。 
最後の一行は特に親戚を騒がせたが、僕は最後までなにも言わなかった。 
行き先を言ったところで誰にもわからないだろう。 
 
‘ごめんなさい。おとうさんの所へ行きます’ 
 
僕はもう夕陽を恨みうらやむこともないだろう。だけどあの日も一生忘れない。 
そのためにここで言葉に思いを託していく。 
書き出しはこうだ。 
 
<ぼくのお父さんの話をしよう。お父さんの名前はアスラン。そう、あの伝説の勇者だ> 
 


了   (20030615) 

参考文献  C.S.ルイス「ナルニア国物語」 


← 前の回  ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 1289