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作品名:ぼくのおとうさん 作者:

第4回   ぼくのねがい3 遠い国の話
ACT.3  遠い国の話 
 
「今を捨てることができない者に、‘渡る’資格はない」 
クリスマスはパソコンの定位置から冷血の裁判官のように見下ろす。 
僕は床に大の字になる。裁きを受けた疲れで、全身の力が抜けていた。きっと僕はこの選 
択に死ぬまで後悔し続けるだろう。反面、妻や生まれてくる子供を殺してまで叶えたくな 
い。だから未練はなかった。 
選択は成され、決定したのだから。 
「殺すとか捨てるとか、できないに決まってるだろ」 
「確かにな。王と違って、お前は恵まれている……」 
憂いを含んだ声に驚いて起きあがる。 
「どういうことだ」 
クリスマスの目にはあの冷酷さはなく、かわって哀しげな色をしていた。 
そういえば、こっちへ来た時の父は選択できたんだろうか? 
あの滅多に怒らなかった父が、誰かを殺してこちらへ来たとは到底思えない。しかし、来 
たのだ。 
こちらへ来た理由はこの王の友人の表情が物語っている。 
「クリスマス。親父はどうしてここに来たんだ?」 
ホビットは息を吐いた。 
「そうだな。息子なら知るべきだろう。よし、聞け」 
「うん」 
椅子の背もたれをまたぐように、のんきに座る。僕はまだファンタジーに夢を持っていた 
ので、王は華やかなものだと無意識に感じていた。剣と魔法がある、夢の世界に生きる王 
様だと。 
まさか過酷な現実があるなど思いもしなかった。 
 
……あやつは小さな国の第三王子として生まれた。もちろん王族の王位継承はない。 
王は第一王子、王妃は第二王子を溺愛しておったから、あやつは生まれた時から王族の誰 
からも相手にされていなくてな。おとなしい性分もあるんだろうが。唯一相手にされた時 
は必ず兄上達の引き立て役だった。それでもあやつには都合が良かったらしい。ささいな 
嘲笑も苦にもなるどころか、呼び出しに取られる時間が惜しいと思うくらい、書物を読む 
ほうが大事だったようだ。 
 
こんな王子でも30の時に妻を娶った。どこにでもいるような貴族の娘での。いきなり押 
し掛けてきて、一目惚れだとか占い婆の言ったとおり運命だとかまくしたてる。あやつも 
いつもの調子で適当に相手しているから、気づいたら婚姻の約束まで果たしていた。まぬ 
けな王族もあったもんだ。あやつの口からこのことを聞いたとき、わしは笑いが止まらな 
かったぞ。それでもあやつはこの結婚に満足していたらしいが。 
王家にとっても恥の上塗りのような婚姻だから、父君から与えられた土地も城も王家の中 
では粗末でちいさく、申し訳ていどしかなかった。だが、貴族にしてみたら大きな昇進、 
そこではそりゃあ盛大に祭が催された。 
その席でわしとあやつが会った。わしは献上品を運んだに過ぎなかったが、なぜかそこで 
チェスの話になって意気投合して、それからの仲だ。以来、毎晩のようにチェスをさして 
おる。今はわしのほうが勝ってるが、あいつもとぼけた顔しているくせになかなか。 
 
ああ、すまんすまん。后のことを話そう。后でもあやつの母じゃないぞ、娶った妻のこと 
じゃ。この后が食わせ物でな。結婚したとたん心優しい淑女は一変し立場をハナにかけた 
高慢女になった。もちろん臣下の誰からも嫌われた。それでも態度を改めるどころかこの 
女、次第に本性をあらわして、夫である王を殺そうと動きだした。 
王の寝室に毒虫を忍ばせる。狩りに出れば王めがけて矢が飛んできて、犯人を問い詰めれ 
ば后がはした金で依頼した男。それであきらめると思えば、今度は后のまた従兄弟の戦に 
義理立てしろと騒いで、あやつには全然関係ない戦に駆り出さる。凱旋しても、疲れた身 
体を横たえる寝床には毒蛇。自分の城で心休まるどころか、命が危ない状態だった。 
押し掛けてきた娘の目的はこれでわかるだろう。王族に仲間入りし、実権を虎視眈々と 
狙っておったんだ。この点だけはあやつより王族向きと言えるな。 
大体はここで妻を斬り捨てるくらいするだろうが、あやつはしなかった。諫言する臣下も 
いたが、それでもあやつは黙っておった。妻の仕業とわかっていても、だ。王はあんな后 
でも愛しておったかもな……。 
 
しかし、その日は確実に来た。 
 
苦戦していた戦が落ち着き、半年ぶりの凱旋だった。 
なんとめずらしいことに、この時后が門前で王を出迎えていたのだ。いつもは窓から憎々 
しく見ているだけ后が、王の功労をねぎらいながら無事を喜ぶ。これには城にいた家臣も 
戦から戻った兵士も驚きを隠せなかったようだが、あやつはいつになくうれしそうに笑っ 
ておった。 
夜になり、わしはいつものように王の間でチェスをの相手をしておった。駒を進めながら 
する話は戦のことだったが、今回の后の変貌ぶりに戸惑っている相談もあった。やさしい 
あやつらしいと思った。しかし、わしは好きにしろ、としか言わなかった。夫婦の感情に 
口出しは無用なもんだ。 
そこへ突然后があらわれたので、わしはあわてて隠れた。わしの存在は王のごく身近な人 
物にしか知られておらず、后にも内密にされていたからだ。 
后は酒を携えていて、なにやら神妙な顔つき。あやつも緊張した面もちで迎えた。后にど 
こか不調でもあるのか尋ねると、いきなりすがりついて泣き崩れた。悲壮な泣き声をあげ 
ながら、自分が悪かった、どうか今までのことを許してほしい、と訴える。 
もちろんわしは涙すべて演技だと思っていたから、その場に出ていって責め立ててやりた 
かったが、あやつの姿を見てやめた。 
あやつはなにも言わず、温厚な夫らしく、妻を泣かせるにまかせていた。まるで妻の所業 
を心から許しているように見えてな。あやつが許したならわしも許そうと思った。 
わしが黙って部屋を後にしようとした――その時だ。 
妻の涙が止まりかけた頃だろう、あやつは酒を開けグラスについだ。そして后に先に飲む 
よう薦めた。 
わしはそこで気づいた。あやつはなにも言わないだけで、后を許したわけじゃない、信用 
したわけじゃなかったと。 
案の定、后は青ざめた。王のために準備した上等の酒だからと遠慮する后に向かって、王 
は上等な酒ならなお后からと、にこやかに味見をすすめる。すすめるほど、すすめられた 
ほうは逃げ腰になる。それが延々と繰り返されると思ったが、王の一言が終止符になった。 
「まるで酒に毒でも入ってるみたいに逃げるね」 
言ったその時、妻が杯を奪い、ぐっとあおった。 
とたん后はガマガエルのような声で恨みを吐きつつ、全身から血を噴き出してのたうちま 
わり、王の間の床という床を朱に染めてこときれた。 
 
淡々と語られる暗殺未遂のようすと凄絶な最期に、僕はふるえが止まらなかった。 
「后の葬儀がすべて済んだその夜だった」 
 
王の間で椅子に腰をおろしたままうなだれる王は、一気に年老いたようになり、その目は 
どこも見ていなかった。 
どう声をかけたらいいものか迷いながらクリスマスが近づくと、ブロンズ像のような王が 
つぶやいた。 
「なあ、クリスマス。戦いが無い国はどこかにないのだろうか」 
「あったらどうする」 
「……行きたい。なにもかも捨てて、行ってそこで暮らしたい。平民の暮らしがいい。も 
うこんなことはうんざりだ。……もう」 
クリスマスは疲れきった友人を見て、決意する。 
「わししか知らない術がある」 
人は顔を上げ、ホビットはうなずく。 
「転送の術といって、お前の希望する国に連れて行く術だ。但し二度とこの地を踏めない 
覚悟も必要とする」 
「わたしはいいが、この国はどうなる」 
「簡単だ。王のいない間は優秀な臣下に任せ、王自身は病に伏しているといえばいい。元 
より小国、支障ないからな。いざとなれば影武者をベッドに寝かせておけばいいだけのこ 
と」 
王の目にみるみる光が満ちるのを小人は知った。 
「クリスマス……!」 
「わしにとって無二の友の願いだ。希望するなら叶えよう、友よ。――どうするかね?」 
その夜、あやつは契約の剣を取り、渡った。 
あやつが今のお前よりも若い頃のことだった。 
 
「あとのことはお前のほうが詳しいはずだ。どんな日々を送っていたんだか」 
「来たばかりの親父は知らない。小さい頃に一度だけ、おふくろから聞いたけど、ゴミ捨 
て場にいい男が落ちてたから拾って帰ったのがそもそもの出会いだって。そばで聞いてた 
親父はひどいって笑ってたし冗談だと思ってたんだけど……案外、本当だったのかも」 
あやつの苦労が見えるな、とホビットは頭を抱えた。 
「王を辞めたあやつは、こちらでは幸せに暮らしていたようだったか?」 
「私はしあわせだった、って言って飛んでいったよ。本心だったと思う」 
「そうか」 
良かった、とクリスマスは満足そうにうなずく。 
「でも、どうして親父に剣が来たんだ。親父がいなくても国はやっていけたんだろう?  
それに二度と戻れないみたいな事だったし」 
「本当は送ったモノなら戻すことはできるんだ」 
「うそついたのか」 
「嘘も方便みたいなもんだな。術には準備がつきものだ。一度送ってすぐ戻せと言われて 
も困るし、戻れないと聞いたらやっぱりやめる、ということもある。施すほうにしても、 
しっかりした覚悟がほしかっただけだ」 
「送るほうはわかった。じゃあなんで呼び戻されたんだ? 親父が呼んだわけじゃなかっ 
たんだろ」 
ホビットは険しい顔つきになった。 
「そうだ。あやつが戻りたがったわけじゃない。あやつの国が窮地に陥ったからだ」 
「緊急事態だったわけ」 
「そのようなもんだ。血の熱い兄上が弟の領分に目をつけはじめたのがそもそもの始まり 
だ。幼い頃のように弟を使って力を誇示したかった節もあったがな。貢ぎ物を出せとうる 
さいので、今は臥せってるから後にしろと返せば城を落とすと脅してくる。どうせ口ばか 
りだと適当に相手していたら今度は、弟の土地は俺の物だとやりたい放題。畑を荒らし、 
家畜を殺し、村人にも手をかけ始めた。わしたちだけではだめだと判断して、急遽、剣と 
トパーズを迎えにやったのだ。そして臣下数人と共に祈り、待った。王国の命を左右する 
大きな賭けだった」 
ヒゲに埋まる険しい顔から、ふ、と力がぬける。 
「そして、あいつはわかったかわかるまいか、どっちにしろ応えてくれた。術を施して間 
もなくトパーズとともに現れた姿は、いつぞや送った時と違って丸々肥えた別人だったが、 
おもかげはまさしくあやつだ。なにより気難しいトパーズを乗りこなしているのが証拠。 
驚きと再会に喜ぶわしたちから事情を聞くなり、あやつは兄上の元へ一直線に飛んでいっ 
た。兵が城の目の前まで来ておったからな。弟の姿に兄上は大笑いした時、その喉元へ剣 
が突きつけられた。兄上はなにも言わず、逃げるように国へ戻っていった」 
「本当に危機一髪だったんだ……良かった」 
「城の主が戻ったことですべてが落ち着いた。荒廃しかけた村はゆっくりと緑になり、一 
時は疑心暗鬼に満ちた城内も晴れ渡ったようだった」 
「大円団だね」 
「そんなところだな」 
クリスマスはやさしいお爺さんの笑みを見せた。 
国は安泰、王は健在。それがその国の‘あるべき姿’なんだろう。 
それと同じように、この街で生きるのが僕の‘あるべき姿’なんだ、きっと。 


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