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作品名:ぼくのおとうさん 作者:

第3回   ぼくのねがい2 行動
ACT.2  行動 
 
汗ばむ手を握りしめて唇を噛みしめる。胸を突き上げる想いは熱を持ち、痛さに息が詰ま 
る。 
父に会いたい。会ってもう一度話したい。どうして行ってしまったのか、理由はなにか。 
話したいことは山ほどある。 
いや違う。本当の理由はもっと些細なものだ。叶うことない夢を叶えたいだけ。 
トパーズに乗りたかった。風を切って飛びたかった。子供の頃、何度も描いては絵の中で 
うっとりした。ドラゴンに乗って鳥のように飛ぶのは、どんなに気持ちがいいだろう。 
「僕は」 
乾いた唇からしぼりだす声は凍りついたようにこわばった。すこしでも喉のこわばりを抑 
えるよう、緊張で冷たくなった手を組みキーボードに目線を落とした。 
とたんに現実が鮮やかに蘇えってきた。 
 
生まれた時から住むこの街は、ちっぽけでつまらない典型的な田舎だ。毎日同じ繰り返し 
で、生きていることすら嫌になることも数多くある。でもどこかに必ず光があった。願え 
ば叶う夢も少なからずある。だからこそ生きていけた。なにより今は彼女と生まれてくる 
自分の子供という大切で護りたい存在がある。人間はみにくい、故にいとおしい、かけが 
えのない僕の生きる世界。 
捨てられない。自分の世界を捨てられるはずがない。 
「僕は」 
再三、脳裏に浮かんだ夕陽に映えるシルエットに問う。 
母を誰よりも愛している、と言って元の世界に帰った父。その愛する者を置いていった気 
持ちは、剣を持った時に振り切ることができていたのだろうか。僕もここで剣を手にした 
ら振り切っていけるだろうか。いつも僕を支えてくれるあの笑顔を……。 
彼女を愛している。誰よりも愛している。もうすぐ子供が生まれるんだ。生まれた時はこ 
の手で抱くと決めてる。だからなんとしても側にいてやりたい。 
それなのに、胸を焦がす想いはあらがえばあらがうほど止まらない。 
 
行きたい。 
行けない。 
飛びたい。 
でも。 
 
耳の奥でトパーズの咆吼と幼い僕の呼び声が共鳴して混ざりあい、そのまま警鐘になって 
僕を打ちのめし、たまらずうなり声を漏らす。責め苦から解放してくれるならば、とナイ 
フに目をやり、あえぐ。 
だめだ。自殺だけはだめだ。 
じゃあどうする。 
――選ぶしかない。 
 
どのくらい時間が経ったのか、クリスマスが口を開いた。 
「選択したか」 
憔悴しきっている僕は頭をもたげ、左右に振る。それしかできなかった。 
宣告者は片眉を上げる。 
「それは否という意味か」 
「違う。……どうしても決められないんだ」 
「そうか。では、剣を取れ」 
聞き間違いかと思ったが、ホビットは机に刺さったペーパーナイフを顎で指した。 
「あれをお前の手で引き抜いて、そのまま妻を刺してこい」 
「な」 
「妻を刺し殺してこい、と言ったんだ」 
頭の中が一瞬で沸騰した。立ちあがった勢いで椅子が転がる。 
「なんだそれは!!」 
胸ぐらをつかもうとした手をホビットは軽く跳んでかわし、そのまま剣の柄に器用に立つ。 
剣は重さを感じないのか微動だにしない。 
「できないか」 
「できるわけないだろう!! これは僕の事で、彼女は関係ない!」 
「関係ある」 
「ない!」 
「妻の存在がお前を悩ませる、それで充分関係しているのだ。悩みがなくなったときに、 
はじめて正しい選択ができるというもの」 
僕はなにか反論しようとしたが適した言葉が見つからず、歯を剥いて小人をにらみつける。 
憎しみの視線を浴びるほうは、慈悲のかけらすら感じさせない目で見返す。 
「妻を殺せ」 
「嫌だ!!」 
「……選択は成された」 
そう重々しく言うと、柄を蹴る。剣は小さく深い穴を残してかき消えた。 
同時に僕は床にへたりこんだ。 
倒れた椅子の足に腕をぶつけ、椅子のタイヤがカラカラと間抜けな音を立てた。 
 
こうして、父とドラゴンに会うチャンスはあっけなく消滅した。 
あの時のように、僕の目の前で。


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