Warning: Unknown: Unable to allocate memory for pool. in Unknown on line 0 Warning: session_start(): Cannot send session cache limiter - headers already sent in /var/www/htmlreviews/author/11456/11307/3.htm on line 4 チャンドラ 中華街の星たち
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作品名:チャンドラ 中華街の星たち 作者:hanaco

第3回   第二章 休戦宣言
「休戦宣言」                                                                                                           
 
 市場通りと香港路を結ぶ台南小路には一軒だけ駄菓子屋があり、横の路地裏が日本人グ

ループの溜まり場であった。この路地裏には日本人のほかにも様々な人種のフリーの連中

も顔を出すことがあり、何か問題が発生すると常時十人以上のメンバーが地べたに座り込

んでは会議を開いていた。

「そうかあ・・・・・あのばかたちとうとうやられたかあ・・・・・今日よお、俺たちが

とんずらしたのがまずかったのかなあ・・・・・」  

 ケンは気まずそうに顔を歪めて唇をかんだ。ケンは心を許した相手には優しい男であ

る。笑っている僕とは大違いだ。        

「気にするなって、あれだけ仙人山には行くなって言ってたのによお、そんなこと気にも

してねぇんだからよお、ばちが当たったんだよ、ばちが・・・ケンよお、仙人山のやつら

今度は日本人狩りでも始めようとしてんじゃねぇのか?」 

 僕は冗談半分で言ったのだが。

「エフもそう思うか、俺もよお、そろそろ来るんじゃねぇかなって思っていたんだよな、

けどよお、あいつらもしつけぇよな、あれから何ヶ月経ってると思ってんだか、今更雪合

戦でもねぇだろう。それによお、だいたいあれはリョウがやったんじゃんかなあ」

「けどよお、ケン。三ばかが言うには、あいつらは俺らがやったって決め付けているみた

いだからよお、このままほっとく訳いかねぇじゃ」

「・・・・・・・・そうかあ!」

 ケンは少しの沈黙のあと何かに気づいたように声を上げた。

「何だよ、びっくりすんじゃ」

「エフ、もしかしたらよお、仙人山のやつら、リョウがやったってこと気づいてんじゃね

ぇのか?」

「それだったら、めんどくせぇことしねぇで、リョウに直接言えばいいじゃねぇか」

「そうだよなあ、っといってもあいつらにそれはむりかあ」

「・・・・・・・・そうかあ!」

「なんだよ、エフ。びっくりすんじゃ」

「あいつらよお、俺たちがリョウとよく一緒にいるの見てるから、リョウが俺たちのあた

まだと思ってんじゃねぇのか?」

「あたまっていえばあたまだけどなあ、でもなあ、リョウは一匹狼だからな」

「あいつらそんなこと判っちゃねぇから、下から順番にってことだよ」

「エフよお、今までのこと考えりゃ、俺たちが狙われるのは判るけどよお、あいつら何で

中華街狩り始めたのかなあ、しかも襲われたのは俺たちとための連中とその下ばかりじ

ゃ、やっぱり雪の日のことが絡んでんのかなあ?」

「それは関係ねぇんじゃねぇの、あいつらよく中華街におりてきては誰かしらにやられて

たじゃ、だから逆襲にでたんじゃねぇか」

「けどよお、エフ。仙人山のやつらリョウまで狙うと思うか?」

「むりむり、反対に殺されんぞ」

「そうだよな、けどなあ、トッポジージョやブースカのバックには俺たちより上がかなり

いるしな」

「一つ上の黄金バットたちか?」

「ん・・・・・あいつらはそれほど怖くねぇけど、二つ上のジミーとジョンがでてくると

やっかいだよな、その後ろには大魔神も控えてるしよお・・・」

「デビーか? あいつはそう簡単にはでてこねぇよ。今までだって姿すら見たことねぇじゃ」

「けどよお、リョウをやるとなったらでてくんだろう。もし、リョウがやられたりしたら

中華街の四天王が黙っちゃねぇぞ。あの、怖い怖い四人が動いたら全面戦争だな」

 ケンは身震いしながらニターっと笑った。本当に怖いと思っているんだか、楽しんでん

だかよう判らんやつだ。

「ケン。そんなことどうでもいいじゃ、それよりよお、その前に関係ねぇ三ばかに手をだ

した仙人山をどう料理してやるかだよなあ」

「そうだよなあ、このままやられっぱなしじゃなあ」

 ケンは石ころを拾って前の家の壁に投げつけた。すると、小窓がすっと開き、口うるさ

い中国人おばさんが怒鳴った。

「石・・・だめで・・しょ・・」

 いつものことである。僕とケンはとぼけていた。すると・・・

「わか・・たあぁ・・・」と、四角い顔を小窓から出した。僕とケンは立ち上がり、その

四角い顔に近づくとしっかり挨拶をした。

「うるせぇんだよ。くそばばあぁ」

「くそ、ばば、だれ?」

 おばさんは細い目を吊り上げた。

「おめぇだよ・・・」

「そうだよ、うるせぇんだよ」

 僕とケンが頭上になる小窓に背伸びをしたままそう怒鳴り返すと、おばさんはでかい顔

をひっこめ窓をピタッと閉めた。僕とケンは元の位置に戻り座りなおした。

「まったく、毎度、うるせぇばばぁだよ。なんで中国人って早口で怒鳴ってばかりいるん

だろうな、エフ」

「また、太鼓のバチ持って出てきたりしてな」

 僕は、クッ、クッ、クッと笑った。

「エフ、話しが判らなくなっちまったよ。なんだっけ?」

 そう言われてもケンに判らないことは僕にも判らない。考えていた・・・

「そうそう、だからよお、早い話し仙人山をやっちまおうてことだよ」

 僕はケンの横顔を覗き込んだ。ケンがすぐに乗ってくることは判っていた。今回は三ば

かがからんでいる、僕とて今まで何度とケンに助けられている。ケンが動かない訳がない

のだ。

「そうだな、エフがやんだったら俺もやるからよお、日本人狩りされる前にアメリカに奇

襲しかけるか」

 ケンはそう言って二回頷きながら同意した。

「けどよお、エフ。あいつら今日はトッポジージョたちもいれて六人いたんだよなあ。コ

ンジンやヨンホウがやられた時は十人以上いたらしいしよお、俺たちより上の連中がごろ

ごろいたみてぇだから、俺たちのほかにも何人か連れていくかあ?」

 ケンは僕の顔を覗き込むと太めの眉を顰めた。しかし、僕は三ばかとケンを含めた五人

にこだわりを持っていた。この頃この近辺には同学年の日本人が比較的少なかったため、

中途半端でとんづらしそうな同学年よりも、どう見ても年下には見えない三ばかのほうが

よっぽど安心であったに違いない。

「五人いれば何とかなるって、むこうの人数が増えたらそんときはそんときじゃ、俺たち

が動いたって大魔神やジミーとジョンまでは出てこやしねぇから」

「エフは相変わらず三ばかを買ってるよなあ」

「そうじゃねぇよ、俺が頼りにしているのはケンだよ。いざとなったらよお、ケンが一人

で三人やっちまえばいいんだからよお、五人でどうにかなるって」

 僕はのんきに言ってケンの肩を叩いた。

「そうだな・・・・・えっ? 俺が一人で三人やんのかよお、俺はエフがいるからやるん

だからよお、まあいいや、そんときはそんときだな」

 ケンものんきに笑った。そのうちパンチョ、コング、バッハの順で集まりだした。彼ら

は僕とケンの前で胡坐をかいた。

 そして、会議は始まった。結局、気がおさまらない三ばかの意見を考慮して、なるべく

早く行動を起こそうということでまとまり、報復の決行日は明日の日曜に決まった。

「エフ、もしよお、仙人山にサンダーバードがいなかったらどうする?」
 
 ケンがいい質問をした。

「そうだよなあ、あいつら仙人山に住んでるわけじゃねぇもんなあ、それに何処に住んで

んのかよくわかんねぇしな」

「家でもわかれば乗り込んで一人づつやってやんだけどなあ」

 ケンは恐ろしいことを言った。

 確かにあの仙人山グループはあの一帯を縄張りにしてはいたが、何処から集まってくる

のかは謎であった。だから必ず仙人山にいるとは限らない、しかも今回の仕返しは五人で

決行する。簡単に終わらせるにはなるべく早く見つけ出し、トッポジージョたちを集中攻

撃したい。山の手周辺を長い時間うろついていると僕らより上の連中が集まる危険性があ

る。そんなところに突っ込んで行っては勝てる喧嘩にも勝てず、それこそ袋たたきあう危

険性大である。僕は噛み切った爪をプっと吹き出した。

「けどよお、よく考えてみぃ、明日は日曜じゃんか、もし仙人山にいなくてもあそこに必

ずいるって・・・」

 僕は全員の顔を見渡した。

「そうだな、元町公園か港の見える丘公園、もしくはフランス山・・・」

 ケンは直ぐにピンときて三ばかを見渡した。

 トッポジージョたちの行動範囲はだいたい決まっている。日曜ともなればケンが言った

ように外人墓地周辺にいるはずだ。その中でも一番確率が高いのは元町公園だろうと僕は

読んでいた。

 と、その時だった。台南小路からやっかいなやつが走ってきた。突然現れては何処にで

もついて来たがる二年のカズキである。

「おい、明日のことはカズキには言うなよ」

 僕は即座に全員を見渡して口止めした。どこにでもついて来たがるカズキなのだが、明

日は連れていくことは出来ない。僕なりに考慮したつもりだ。カズキはいつものようにニ

コニコしながら近づいて来た。

「やっぱりここにいたのかあ、探しちゃったよ。エフの家に行ったらいないし、パンチョ

の家行ってもいないし・・・・・ねえエフ、なに相談してたのよお?・・・」

 カズキは息を切らせながらそう言うと三ばかの後ろにしゃがみこんだ。

「だいたい、なにしに来たんだよお、お前ぇは?」

 振り返りざまコングがカズキの頭をはたいた。

「なにしに来たっていいじゃんか」

 カズキは頭を撫ぜながらぼそぼそコングに言い返した。すると、パンチョがカズキの頭

を取り「相変わらず生意気だな、よかねぇんだよ」と言いながらヘッドロックを食らわせ

た。

「エフ、なに話してたのよお」

 カズキはヘッドロックをされたまま僕の顔を見た。パンチョがヘッドロックを解くとバ

ッハが「なんでもねぇぇぇよ」とカズキの頭をはたいた。それでもカズキは僕ににこりと

しながら食らい付いてきた。僕はカズキににこりとされると何故だかこまってしまう。そ

れを察してケンが助け舟をだしてくれた。

「風呂でも行くかって話してたんだよなあ、エフ」
 
「そう、そう、風呂な、風呂」 

 僕はケンの助け舟に乗ったつもりだったが、カズキの疑い深そうな顔はそのままだ。す

ると、パンチョが突然、当時の日本全国の子供たちが一度は口にした殺し文句。

「あたり前田のクラッカー・・・だっつぅの、なあエフ」とつまらないことを言った。

「つまらねぇこと言ってんじゃねぇよ、このばぁか」

 ケンが笑いながらパンチョの頭をはたくと、カズキはニコニコしたが、その顔が一瞬に

変わり立ち上がったと思いきや「あっ! ああああ」と叫び、台南小路方面を指で差しな

がら後ずさりを始めた。僕はカズキが指差す方向にしゃがんだまま目をやった。

 すると、十mほど先になる路地裏の入口に頭を包帯でぐるぐる巻きにしたお方と、顔じ

ゅうが赤ちんと絆創膏だらけのお方がこっちを見据えながら立っていた。

 それを目にした三ばかは即座に立ち上がり路地の奥へとゆっくり歩きだした。けして逃

げていった訳ではない。彼らの戦う本能である。いつものことだから目的は判っている。

 僕らのいる位置から十mほど奥に行くと、コンクリート製で木蓋の付いたゴミ箱が設置

してある。その裏には武器が隠してある。三ばかはその裏から鉄パイプを五本取り出すと、

 引きずりながら戻って来た。

 ケンは僕に視線を送りながら「なあんだ、あいつら?」と顎を振った。僕も不気味な二

人を見ながら考えていた。

「ん・・・どう見てもヨンホウ君とコンジン君だよなあ・・・それにしてもなんだよなあ、

 あの包帯と顔は・・・」

「あいつら仙人山にそうとうやられたみたいだからなあ、それにしてもあれは大げさだよ

な、けどよおエフ、なんであのばかたちが一緒にいるんだよ」

 ケンは不思議そうに二人を見据えていた。確かにケンの言う通りだ。あの二人は敵対し

あっている中国系と朝鮮系親分である。その二人が一緒にいること事態が初めて見る光景

であり信じがたいことなのだ。後ろからバッハが声を上げた。

「エフ、あれやっぱしコンジンとヨンホウじゃ、ちょうどいいからやっちまおうよ、俺た

ちに行かせてよ」

 三ばかは鉄パイプを杖にしながらぞろぞろと立ち上がった。

「ばあか、あわてんじゃねぇよ。なあんかおかしいよな、あいつら手ぶらだしよお、なあ

ケン」

「それもそうだよなあ、いつもだったらとっくに殴りこんでくるはずだしな、なんか企ん

でんじゃねぇのか」

「まあいいや、あいつらも動かねぇから様子をみっか、君たちも下品なこと言ってないで、

 そんな恐ろしい棒は下に置いて座って座って・・・・・」

 僕はそう言いながら三人を座らせた。

「エフケン、そんなにのんびりしてて大丈夫かよ、あいつら協定を結んだのかもしれねぇ

し」

「そうだよ、台南小路に三十人ぐらい隠れてるかもしれねぇし」

「ってことは、逃げるか、こっちから行くかのどっちかじゃ」

 三ばかはノータリンなことを口々に言ったが、一理ある意見であった。

「ばあか、協定協定って、あいつらが本当に組むと思ってんのか? なあエフ」

 ケンは笑いながら僕を見た。

「その通り、ケンちゃんの言う通り」と、僕も笑いながら三ばかを見渡した。

 その時、コンジンとヨンホウが動きだした。そして、神妙な面持ちで近づいて来た。

 どうであれこの二人が現れるとろくなことがない。ちょっとでも心を許そうものなら隠

し持った武器で頭をかち割られることもある。ことが起こればカズキは足手まといである。

「カズキ! ゴミ箱の裏に隠れてろ!」

 僕がそう怒鳴ると「ん、うん」と素直に頷き路地の奥へ走って行った。それを見定めて

ケンは三ばかとカズキに声をかけた。

「お前らよお、路地の奥も見てろ。カズキィ! そっちから誰か来たら教えろお!」

 そして、コンジンとヨンホウは僕らの前で足を止め、ヨンホウが口火を切った。

「お前らよお、そんなに警戒すんなって、お前らよお、その鉄パイプなんだよ・・・・」

 警戒してるのはお前らではないか、二人は三ばかをしきりと気にしていた。

「お二人お揃いで珍しいじゃ、なんか文句あんのか!」

 僕は座ったままそう怒鳴ると、上目遣いで二人を睨みつけた。

「エフ・・・そんな怖い顔すんなよ」

 コンジンが落ち着いた口調で言った。

「お前らよお、なにしに来たのかしらねぇけど、袋にされたくなかったら、さっさと帰っ

たほうがいいよ」

 ケンも座ったまま二人を威嚇した。すると。

「ばーか、誰がお前らの袋になるってぇ、ふざけたこと言うな、このやろう!」

 ヨンホウが怒鳴り返した。

「面白いこと言うじゃ・・・」と、僕が立ち上がろうとした瞬間、バッハとコングが後ろ

から飛び出し、二人の胸ぐらにつかみかかった。しかし、いつもの二人であれば胸ぐらを

そう簡単につかましたりしない。その前にパンチが飛んでくるはずだ。二人は微動だにし

ない。どうも様子がおかしい。僕はケンに視線を送ると首を傾げた。するとケンも首を傾

げながら言った。

「コング、バッハ、手を離してやれ。こいつら今日は喧嘩に来てねぇよ」

 ケンがそう言うとコングとバッハはぶつぶつ言いながらも手を離し、僕らの後ろにしゃ

がみこんだ。

「まったくお前ら三人は威勢がいいし、容赦ねぇな。俺の子分にしてぇよ、けどよお、ポ

ンを子分にするほど俺は落ちぶれてねぇからな」

 相変わらず口が悪いヨンホウの言葉に切れたのかケンがすっと立ち上がり。

「お前ぇ、それ、どういう意味だ。こらあ!」と、怒鳴った。その瞬間、僕は立ち上がり

ヨンホウの股間を蹴り上げていた。ヨンホウは股間を押さえて膝を付くと、コンジンが僕

を制止ながらヨンホウをかばっている。はじめて見る光景だ。

「お前らよお、結局、嫌味言いにきたのか? このやろう!」

 僕は怒鳴った。

「エフ、落ち着けって、ケンが言った通り、今日は喧嘩しにきたんじゃねぇんだからよお、

ヨンホウ、いいかげんにしとけよお、これじゃ、話しにならねぇからよお、今日は俺も我

慢すっから、お前も我慢しろって」

 今度はコンジンがヨンホウをなだめている、ビックリした。

「判ったよ、コンジン悪かったな」と、ヨンホウは悔しさを隠し切れずも素直に頷いてい

た。まったくこの二人は頭がおかしくなったようだ。僕はあきれ返ったままケンと座りなおした。すると、二人はすばやく僕らの前で胡坐をかいた。

「エフよお、お前に蹴りくらったの久ぶりだな、効いたよ」

 ヨンホウは股間を押さえながら調子いいことを言ってにやっと笑った。この二人がお世

辞を言ってまで俺らに何を聞きたいのだろうかと僕は思った。

「お前らよお、なに企んでんだ? だいたい、お前らが何で一緒に俺らのとこへ来るんだ

よ。俺らはお前たちに話しなんかねぇよ」

 僕は二人を睨みつけた。
 
「お前らよお、俺たちに勝てねぇから協定でも組んだのか、どっかにぞろぞろ仲間が隠れ

てんじゃねぇのか?」

 ケンが疑い深そうな顔で嫌味っぽく言うと、ヨンホウは凝りもせずにがぶりを振った。

「ばーか、ふざけたこと言うんじゃねぇよ。お前らなんか協定なんか組まなくても、いつ

だって潰すことはできんだからよお」

 ヨンホウとそりが合うやつなどいないのだが、普段からケンとヨンホウはどうもそりが

合わない、言葉ひとつで殴りあうのだ。僕はケンの肩に手を置いてケンを制止ながら言っ

た。

「潰してくれよ・・・」

 一瞬、血生臭い風が吹いたが、コンジンがでかい顔をヒクヒクさせながら言った。

「今日は本当に話をしに来ただけだからよお」

「そうやって油断させといていつもみたいに一気に奇襲しかけるんじゃねぇのか!」

 後ろからパンチョが怒鳴った。ヨンホウは機嫌を直したのか、三ばかを見上げながらボ

ーズ頭に巻かれているずり下がりそうな包帯を押さえながら言った。

「まったく疑いぶけぇなあ、本当に今日は二人しかいねぇからよお」

 今までのことを考えればこの二人を信用しろということ事態がむりな話しである。

「それによお、俺たちがわざわざ組んでお前らのところへこれから奇襲しかけますって言

いに来ると思うか」

 コンジンは絆創膏と赤チンだらけのでかい顔に、申し訳なさそうに付いている小さな目

を瞬きながら、見たこともない真面目そうな顔でそう言った。

 人のいい僕はひとまず話しだけは聞くつもりでいた。しかし、この二人を見ていると今

までのことが脳裏を掠め、むらむらした気持ちになり、本当に二人だけなら袋にするには

今が絶好のチャンスとも思っていた。

「けどよお、ちょっとでもおかしなことがあったら、お前ら二人ここでタコにすんぞ、い

いな覚悟しとけよ」

「わかってるって、ケン。もしよお、俺たちが嘘を言ってたらタコにでも袋にでもなって

やっから・・・お前らとは当分、休戦、休戦・・・」

 ヨンホウの言葉を続けるようにコンジンが言った。

「とにかくよお、しばらくの間、お前らとは休戦するつもりで今日は来たんだからよお、

だから最近はお前らの前に顔を出さなかったろ」

 えっ、休戦? 僕とケンは顔を見合わせた。そのとたん怒りがこみ上げてきた。

「ばあか、今まではりたいだけやっといて休戦だあ、ふざけんじゃねぇよ、このばかやろ

う。コング、鉄パイプ貸せ!」

 それを受け取って振り上げると、今度はケンが僕の肩にそっと手を置いて、にこにこし

ながら顔を左右に振った。ヨンホウとコンジンは身を引いて身構えながら言った。

「エフ、興奮すんなって、やりたいだけやっといてはねぇじゃ、そんなのお互い様だろう。

 なあ、ヨンホウ・・・」

 コンジンは普段はこんなに落ち着いたまともなやつなのかと、錯覚させるように痛くそ

の通りなことを言った。今の状況では彼らがふりなことは彼らが一番よく判っている。そ

れを承知の上でここにいて休戦するとまで言った。まったく勝手なやつらではあるが、僕

は努めて話しを聞くことにした。

「判ったよ、話しはちゃんときくから・・・」

 僕がそう言うと二人はほっとした表情をした。

「それにしても、お前らもすげぇ顔してんなあ・・・」

 ヨンホウはそう言いながら三ばかを見回すと、コングが言い返した。

「お前らに言われなかねぇよ、お前らのほうがすげぇ顔じゃ」

「どことやって来たんだよ、それにしてはエフケンはきれいな顔してんじゃ」

 コンジンがそう言いながらクッ、クッ、クッと笑った。それにしても不思議な光景であ

った。この二人が僕らと笑いながら話しをしているのだ。それこそ彼らと協定を結び仲良

く手と手を取り合えば中華街が平和に・・・・・なんてことがあるはずはない。

「俺たちがいねぇときにのこのこ仙人山なんか行くからこんな顔になっちまうんだよ」

 僕が答えると、ヨンホウがにやっとした後、眉間に皺をよせながら言った。

「そりゃ、話しが早いや」

「それ、どういうことだよ」

 ケンが不思議そうな顔をした。

「って、ことはよお、お前らもあのアメリカに恨みがあるってことだよなあ」

「ばあか、そんなの昔っからだよ、俺たちはお前らも相手にしなきゃなんねぇし、仙人山

も相手にしなきゃならねぇから忙しいんだよ」

 僕は二人の顔を交互に覗きこんだ。すると二人はにやっとして言った。

「そうかそうか、実はよお、今日はその仙人山のばかたちのことを聞きたくてよお、お前

らだったらあいつらのこと詳しいだろ」

「俺たちは学校も違うし、そんなに山手のほうにも行かねぇから、どうもあいつらのこと

がよく判らなくてな、仕返しに行きたくても動きがとれなくてよお」

 確かにヨンホウは朝鮮学校でこの地域からは遠方だ。コンジンとて中華街の中にある中

華学校ではあるが、山手に頻繁に出向かない限り仙人山の情報をつかむことは難しいであ

ろう。

「ヨンホウよお、俺たちのところへこなくても、お前らの縄張りに俺たちと同じ学校のや

つがいるじゃねぇか」

 ケンが聞き返した。

「いることはいるんだけどよお、お前らほど詳しくねぇし、仙人山とやりあっているのは

お前らぐれぇだと思ってよ」

「それだったらコージでも連れて行けばいいじゃ、強ぇし、以外と仙人山のこと詳しかっ

たりして」

 僕が嫌味ったらしく言って笑うと。

「あんなばかだめに決まってんだろ」と言ってヨンホウはため息をついた。

 コージは僕たちと同じ学年だが、低学年の頃僕らの学校からヨンホウと同じ学校に転校

して行ったのだ。僕とケンは幼稚園の頃から彼とは気が合い、朝鮮系にしては珍しく仲が

いいのだが、ヨンホウとはすこぶる仲がわるい。この場所にも時々顔を出しヨンホウたち

の情報を流してくれるありがたいお方なのだ。しかし、喧嘩をやらせたらこの地域では一

番強いのではないかと僕たちも認めている。だからこそ、ヨンホウにしてみれば目の上の

たんこぶのような少年なのだ。

「コンジンはどうなのよ」と、僕はでかい顔を覗きこんだ。すると、だめだめっという素

振りで手のひらをでかい顔の前で左右に振った。コンジンの手がやたらと小さく見えた。

「そんなことないんじゃないのお・・・ほかにもいるんじゃないのお・・・」

 僕はにやにやしながら二人を見た。

 そうなのだ。この二人には神様のように崇め、自分たちがふりな状況においてその名前

をだせば、だいたいの連中は逃げてしまうようなお方がいる。僕はその二人を思い浮かべ

からかい加減で名前を出した。 

「キートンは中華学校だから仙人山のことは詳しくねぇかもしれねぇけど、リョウがいん

じゃ、リョウに聞けよ。なあケン」

「そうなあ、キートンはあてになんねぇな、仙人山のことならリョウのほうがいいな」

「そんなのお前らに言われなくてもとっくにやってるよ。キートンもリョウもあてになん

ねぇからお前らのとこにきたんじゃねぇか」

 ヨンホウはそう言って肩を落とした。

「やっぱり・・・・・」

 僕とケンは笑いながら顔をみあわせた。

「実はよお、仙人山のグループが俺たちやヨンホウのところへ現れてからよお、毎日リョ

ウのところへ行ってたんだけどよお、リョウは知りませんの一点張りでよお。一緒に仕返

しに行ってくれって頼んでもよお、あいつらには近づくなって、話しにならなくてな、だ

から、ヨンホウとも休戦して組んでやり返しに行こうと思ってよお、それには仙人山のこ

とを少しは知っておかねぇと思って、ここに来たって訳よ」

「・・・・・・・・・・・・?」

 このぽかぽかした陽気の中、コンジンの演説を聞いているうちに眠くなって、腕を組ん

だまま目を瞑っていた。

「お前ら、失敬だな、聞いてんのかよお・・・・?」

 その声に我に返った僕は、隣のケンに目をやった。すると、ケンも腕を組んだまま瞑想

中であった。

 確かに敵対し合っていた朝鮮系と中国系のグループが、一時であれ組んでそのトップで

ある二人が僕たちの縄張りで自分をさらけだしているのは、彼らにとって仙人山のグルー

プは馴染み少ない西洋人で、白人、黒人ともなると得体の知れない相手に違いないのだ。

「コンジンよお、キートンにも仕返しのこと話したのかよ、うまく動かないとやり返す前

にまた仙人山にぼこぼこにされんぞ」

 僕はそう言ってにやにやしながらコンジンの顔を覗きこんだ。

「ああ、キートンにも話したけどよお、ぜんぜん相手にしてくんなくてよお」

「そりゃあそうだよな、中華学校を仕切っているキートンがお前らの相手なんかするわけ

ねぇじゃ。クッ、クッ、クッ」 

 そう言ってケンが笑った。

「なに、笑ってんだよお・・・」

 コンジンのでかい顔がさらに膨れ上がり、申し訳なさそうに付いている目が三角になっ

た。その不気味な顔に参ってしまったケンは詫びをいれた。

「わりぃ、わりぃ、けどよお、キートンはそんなお人よしじゃねぇってこと、お前だって

判ってんだろ。だいたいキートンは意地が悪いんだからよお」

「ん、まあ、そうだけどよお・・・」

 おかしい。実におかしい。今日のコンジンは素直である。いつもであればヨンホウより

コンジンのほうが手が早く、根にもつタイプである。ケンとのこれだけの会話で殴り合っ

ていてもおかしくないのだ。仙人山の情報を得て仕返しを実行するためにはプライドも捨

てられるということだろうか。

「けどよお、キートンがいい作戦を教えてやるって言ってくれてよお、それもあってここ

に来たようなもんだからよお・・・・・」

 コンジンは意味ありげににやーとした。

「えっ? えっ? えっ?・・・え・・・?」

 僕とケンはキートンのいい作戦と聞いて身震いがした。どうせろくでもない作戦である

ことは確かだ。しかし、考えてみれば僕らには関係のないことである。そうであれば興味

津々聞くことにした。

「コンジンよお、そのいい作戦ってどんな作戦だ?」

「言いにくいんだけどよお・・・やり返しに行くならあの二人を連れて行けって言うから

よお・・・」

「キートンが言うんじゃ、あの二人だな・・・けどなあ、あの二人が行ったらたいへんな

ことになるぞ。けどなあ、あの二人が行ってくれるかなあ? あの二人はエフのことだっ

たら行くかもしれねぇけど、お前らの頼みじゃなあ・・・・・どう思うよ、エフ」

 そう言ってケンは困ったように眉を下げながら僕の顔を見た。ケンの言いっぷりで誰の

ことかは察しがついた。

「そうなあ、あの二人は年下の喧嘩には口を出さないからなあ」

「あっ、そうかそうか、それをエフからヤンとロンに頼んでほしいのか、それでここに来

たってわけだ」

 ケンがコンジンの顔を覗きこむと、コンジンは一つため息をつい言った。

「お前らよお、いったい誰のこと言ってんだよ。誰がヤンとロンだなんて言ったんだよ。

あのヤンとロンが行ってくれる訳ねぇし、得にロンにそんなこと怖くて言えっかよ」

「そうだよなあ、ロンは確かに仙人山の連中と同じような顔してるしな」

 クッ、クッ、クッと僕は笑った。

「ヤンとロンじゃねぇってことは誰だよ。キートンはいったい誰を連れて行けって言った

んだよ」

 ケンはそう言いながら胡坐を揺らした。

「エフケン・・・お前とお前だよ!」と、コンジンは僕とケンの顔を指で差した。

「え・・・・・・・・・・・・・?」

 僕とケンはあまりの驚きに胡坐をかいたまま後ろへ倒れこんだ。自分らの名前を言われ

て驚いたのではない。キートンの嫌がらせの予感が的中したことに驚いたのだ。

「そんでよお、キートンが二人で足らなかったらお前ら三人も連れて行けって言ってたっ

け」

 コンジンは三ばかを見回した。

「なあんで、俺たちがお前らの仇を取りにいかなきゃなんねぇんだよ」

「ほんとだよなあ、冗談じゃねぇよ」

「エフケン、まさか、行くわけねぇよね」

 三ばかは口々に騒ぎ始めた。

「行く訳ねぇだろ、なあ、エフ」

 ケンの言葉に三回頷いたが、正直なところ今日のコンジンの様子を見ているうちに、一

回ぐらい行ってやってもいいかなっと、少しは情が沸いたのも確かであった。しかし。

「ヨンホウ、コンジン。ケンもこいつらも納得してねぇから、俺らはお前らと一緒に向こ

うの縄張りに乗り込むことはできねぇよ。けどよお、今度あいつらが中華街に乗り込んで

きたら、俺たちもやっから、そのかわりあいつらの弱点とか、溜まっている場所とか、聞

きたいことは教えるから・・・ケン、そのぐらいはいいよな・・・・・」

「・・・・・ん、まあ、しょうがねぇな。どっちにしても俺たちは明日仙人山へ乗り込む

から」

「なあんだよお、それだったら俺たちも連れていけよ、ケン」

 ヨンホウはケンの言葉に目をぎらつかせた。

「だ、か、らあ、明日はこの三人のおとしまえ付けに行くだけじゃ、お前たちの仇は打た

ないって言ってんだろ。わかんねぇやつらだな、まったく!」

 ケンがむっとしてヨンホウとコンジンの顔を覗きこむと、二人の眉毛がピクピクと動い

た。一瞬、彼らとの間にまたもや血生臭い風が吹いた。まずい、ケンが戦闘準備に入って

いる。しかも後ろにいる三ばかは既に立ち上がっている。このままでは僕の出番はなくな

ってしまう。

「まあまあまあ・・・どっちにしてもよお、明日俺たちが行って様子を見てくっから、そ

んで何か変わったことがあったらお前たちに教えるから」

 僕は心にもないことを言うとケンとヨンホウの肩を叩いた。

 その後、ヨンホウとコンジンの質問攻めは続いたが、ほとんどいい加減なことを並べた

てて答えておいた。ざまあみろである。しかし、彼らは今まで見たこともない爽やかな顔

をして去って行った。


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