中国には大変な名人達が居て、
井戸の底の水に映った月に地上から手刀を振るったらスパッと水面が切れ暫くそのままであったとか
一指拳(いっしけん)と言って数メートル離れたロウソクに人差し指を向けて気合を発すると炎が消えてしまったとか、
特別な歩法があって一歩で数メートルの距離を詰めてしまうので、離れているからと気を抜いたとたんやられてしまう、
或いは、水の入った大きな壺に手を当て気合を発すると中の水が2メートルくらい上に飛びあがった
なんて話を延々と語ってくれました。
私は、幼子がヒーロー話に夢中になるように、夢のような拳法の達人が活躍している姿を思い浮かべて、ウットリしながら聞いていました。
「お替りください」
広田さんが珈琲を注文する声で現実に引き戻されました。
こんな出会いをするのは絶対に前世からの縁だ、この人しか居ない、と思いました。
「広田さん、あのー」
行動しなければ次の現実は生まれない。 私は意を決して、弟子入りをお願いしました。
「私は学生時代いじめられっこで、強くなりたい一心で独学で太極拳を何年もやってきました。でも結果はご存知の通りです。私に中国拳法を教えていただけないでしょうか?」
「おいおい、改まってなんだよ。いつも通り話してくれよ。」
広田さんは笑顔で答え、 「でも、ごめんな、僕は弟子を採らないんだ。あきらめてチョーダイ」
財津一郎の有名な台詞を真似ながら、話を終わらせようとしました。
しかし私にとっては笑い事ではないので必死になってお願いしました。
中島に、お前も一緒にどうだ、一緒に頼んでくれ、という目線を送るとヤツは手と顔をぶるぶる横に振って 「俺には無理」とつぶやきました。
どんなに頼んでも、広田さんは笑顔で断るばかりで、結局その日は弟子入りを認めてもらえませんでした。
しかし私は、絶対に諦めないぞ、広田さんが根負けするまで弟子入りのお願いに通い続けよう、と硬く決心しました。
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