「牛のような大きな動物の生皮を指で突き破るのは並み大抵のことじゃないんだよ。生爪は剥れ、折れた肋骨でざっくり手が切れたり、やはりそれ相応のスピードと指の鍛錬が必要だからね。」
広田さんはニヤッと笑って私たちを見、珈琲を口に含みました。
「手を戻す時も物を握った状態で肋骨の隙間を曳き抜くから、これまた大変なんだ。」
私たちは相槌を打つ声さえ出せず、口をあいたまま聞き入っていました。
「こんな風に全身を鍛えていくんだけど。・・・20年くらい経った頃かなー、20歳台で元気な盛りだったからね、日本で僕より強いヤツはいないんじゃないかと思い出してね。現に、全国の様々な大会に出て負けたことが無かったからね。」
「それで空手の源流である中国拳法の名人と戦いたいと思ったんだよ。少林寺拳法7段の友人と中国に渡り、対戦が実現してね。相手は太極拳の老師だったんだけど。老師といっても老人のことではなく『先生』って意味なんだよ。40歳位だったかなー」
「最初に少林寺の友人が戦ったんだよ。一撃目の突きを左手でぐるっとまわすように捌かれ、頭を相手の胸の前で抱え込むような状態で固定され、『金剛搗碓(こんごうとうすい)』の技で右足をどんと踏み鳴らすと同時に右拳を頭に落とされクビが45度位に曲がってしまって。今でも戻らないんだ。」
「次に僕の番。友人のを見てたから慎重に隙をうかがって、会心の右逆突きを中段に打ち込んだんだよ」
フーと息を吐いて 「相手に僕の拳が当った瞬間に、相手のお腹がブルッと震えた。と同時に僕の手が弾き返され、腕の骨が押し戻されて肩から5センチくらい後ろに突き出してしまったんだ」
「惨めなほど完敗だった。はじめは軽く考えていたんだ。中国拳法なんてってね。それで体を直すのに一旦、帰国したんだ。友人の首はさっき言ったようにどんなに治療してもとうとう元には戻らなかったね」
ちょっと肩をすくめ、当時を振り返るような遠い目をしていました。
「僕は心底中国拳法の凄さが判り、その後10年ほど中国に通い、色々な老師について色々な拳法の修行をしたんだ。太極拳(たいきょくけん)、形意拳(けいいけん)、長拳(ちょうけん)・・・ほか色々ね。その後、日本で一人で技の研鑽を積んできた。今では空手歴より長くなってしまったよ。北派(ほっぱ)の中国拳法は気を練る事に重点を置くので体を鍛えることはあまりやらない。だからあんなに鍛えた手も、拳ダコひとつ無くなってしまったよ」
「すっげー」
「今はどんな練習をしているんですか?」
「会社までの15キロを毎日走って通っているし、真夜中に裏山に入り真っ暗の中、池に入って泳いだり」
「深夜に誰も居ない山中の池で泳ぐんですか〜?幽霊出そう」
「ああ、気骨を鍛えるにはいい訓練だよ」
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