「オイ」 野太い押し殺したような声がしました。
私は首を伸ばし、ベンチの背もたれ越しにその男を見ました。
月の薄明かりの中、顔はよく見えませんが体格と服装には見覚えがありました。
ジーパンに黒っぽい革ジャンのような上着。
「梶尾!」 私は意味もなく恐怖に襲われ、心の中で叫びました。
「おまえ強いんだろ。勝負しろよ」 梶尾は凄むように言いました。
「勝負?・・・・・?」
私はノロノロとベンチから立ち上がり、梶尾と対峙しました。
梶尾は少しずつ前に進み、2,3メートル手前で止まりました。
「フン!」
左足と左手を前に出し、ぐっと腰を下ろし右手を脇の下に構えると、梶尾は息吹(いぶき)のような低い気合いを発しました。 パン!と分厚い胸と丸太のような腕が更に一回り大きくなったように見えました。
熟達した構えです。
「行くぞ」 梶尾が吠えた。
「オイオイ、何でおまえと・」
そこまで言ったとたん、私は背中から芝生の上に落ちました。
「ぐひゅ」
背中の痛みではなく左足の激痛に、私は悲鳴を上げました。
上げたつもりでしたがあまりの痛みに声が出ず、左足を抱えるように俯せになりました。
梶尾の右のローキックが私の左太股を直撃していたのです。
「メキッ」
右脇腹に激しい衝撃を受け体が宙に浮きました。
奴の左のつま先が私の肋骨をへし折っていました。
一瞬息が止まり失神しそうになりました。
「ぐえ」
ドンと芝生に落ちた瞬間、梶尾の右足が腹にめり込み、胃袋が爆発したような衝撃と苦しさで意識を引き戻されました。
左右の蹴りの3連発で、私は芝生の上でのたうち回っていました。
梶尾は怪我の様子が他人に判らないよう、顔面は狙ってきません。
それだけに、失神することも許されず、宴会でたらふく摂った食事とアルコールを芝生の上にまき散らしていました。
「何だ、てめー」
梶尾の声がして、それから次の攻撃が途絶えました。
痛みとアルコールのせいで、私はいつしか意識を失っていきました。
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