梶尾は社員旅行の夜のように前足を曲げ腰を落としたいわゆる前屈立ちに構えました。
そしてジリジリ少しずつ前に進んできました。
私はうろたえてました。
攻撃の練習をしてこなかったので、どんな構えをしたら良いのか分からず、構えが決まらないため頭の中は混乱するばかりでパニクる(パニックになる)寸前でした。
お互い手を伸ばせば当たる距離になった所で、梶尾は立ち止まり一度深呼吸をした後、声にならない気合を発し、次の瞬間パッと砂煙が立ち昇りました。
飛び込みざま左の順突き、右追い突きの連続攻撃。
私は一撃目をかろうじて後ろに体を引いてかわしたものの、ブァと拳風が顔に直撃したのに驚き、さらに倒れるように後ろに飛び下がりました。
お陰でどれも直撃は避けられたものの、尻餅を着き、勢い余って一回転し、背中をネットフェンスに激しくぶつけ、止まりました。
追撃を恐れ、私は四つん這いであたふたとフェンスに沿って移動し、もう一度フェンスに背を持たせかけ、座り込んだまま梶尾を見上げました。
「ザマーねーなー」
勝ち誇ったように、やつは大声を上げました。
助かった。追い討ちを掛けられていたら抵抗の術(すべ)がなかった。
実際の攻撃を受けて気持ちは落ちるところに落ち、冷静さを取り戻しました。
ゆっくり立ち上がり、首をコキコキ鳴らし、広田さんの言葉を思い返していました。
『冷静になれ、地味でいい、急所攻撃を』
私は何度も自分に言い聞かせました。
パンパンとズボンを叩きながら、ゆっくり中央に戻り、長年習い覚えた太極拳の起勢(きせい)の構えを取りました。
一度上に揚げた両腕を静かに降ろしつつ半身になり、ゆらゆら上体を動かし、居着かないようわずかに右に左に移動を繰り返し梶尾にゆっくり近づいていきました。
「何の真似だ!」
一吼えすると、そこから梶尾の怒涛の攻撃が始まりました。
上中の直突き
中段回し蹴りから後ろ蹴り
ローキック
前蹴り
再び突き
突き
突き
くるりと一回転して裏拳(バックハンドブロー)。
私は必死で捌き、防ぎ、避けました。
決して無傷ではありません。
右頬にナイフで切り裂いたような痛み、わき腹に燃えるような熱さ、ローキックを防いだスネはジンジンしています。
直撃は免れたものの、僅かに掠る(かす)ように被弾していました。
パッと飛びのき距離を取り、ガハッと口で息をしました。
全神経を防護に集中させていたため呼吸をする暇がなく、ヒューと深呼吸をし大量の酸素を取り込みました。
梶尾は、と見ると両肩を激しく上下させながら、ゼーゼーと激しく呼吸を繰り返していました。
そうか、荒れた生活のせいで訓練を怠っていたんだな。やつは持久力がない。もう少しだ。
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