とうとう広田さんとの訓練の最終日を迎えてしまいました。
練習が終わり、私は涙を流しこれまでのお礼を述べました。
広田さんは、ことさら明るく何時(いつに)もに増してにこやかに、
「よくこの大変な訓練をやり遂げたね。攻撃の技術は何も教えなかったけれど大丈夫。化勁で崩した後、機会を見て発勁を放てばいいだけだ。君自身で創意工夫をしてください。」
と言いながらも、その後、真顔になり
「梶尾と不幸にして一戦を交えることになったら、ともかく落ち着くこと。ストリートファイトは、防具も無ければ審判も居ない、ましてやルールなんかない。如何(いか)に冷静になれるかだ。裸拳が当たれば一撃で終わりになることもある。だから徹底的に防御を教えた。名人と呼ばれる人は総じて護りが完璧だ。」
「はい」
「攻撃には何も岩を砕く拳は無くてもいい。目、金的、喉・・、急所に決まれば指一本で事足りる。派手にぶん殴ることは忘れて急所攻撃に徹しなさい。」
「・・・」
私はただただ何度も頷きました。
「老師、長い間、本当にありがとうございました」
私は胸の前で右手で拳を作り、開いた左手をそれに添え、訓練中の取り決めである中国拳法の礼儀作法で深々とお辞儀をしました。
これを最後に、広田さんとは一切連絡が取れなくなりました。
彼女とは、その後も順調に交際を続けていました。
が・・・、結婚はできそうもありませんでした。
なかなか自分のことを話してくれなかったのですが、交際が続き私の思いがそれとは無く伝わってくると、さすがに沈黙は通せなくなったようです。
扇状地にできた漁師町で母親と二人暮らしらしく、お母さんが元気な間は傍を離れることはできない、と語りました。
「お母さんも一緒に来て貰えば?」
結婚を前提にした話を勧めていくと、
「ごめんなさい、母がここを絶対に離れたくないと言うの。だから私は誰とも結婚できない。母が亡くなる頃には、私は中年になっているでしょう。そしたら、どこかの温泉街に行って住み込みの仲居で一生を終えるつもり」
決まってこの台詞が出てきました。
単なる断り文句かとも思いましたが、その真剣な眼差しにウソも感じられず、また日ごろの交際にも深い愛情が感じられ、正直、訳が判りませんでした。
先は考えず今を楽しもうと決心し、ある土曜日のデートは無国籍料理で有名な店に行くことにしました。
夕食の前に、二人で見たかった映画を観に行き、鑑賞している間ずっと手を握りあって居ました。
楽しい時ってなんでこうもあっさり時間が経ってしまうんでしょう!!
私たちは映画の余韻に浸りながら無言で駐車場に向かいました。
映画館の駐車場は小さく満杯だったため、近くの有料駐車場に車を停めたので、そこに向けて二人で歩いていると
「へ〜。面白い組み合わせじゃねえか」
品のない言い回しで、野太い声が後ろから私たちを引き止めました。
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