20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:ブラマリール・コウン 〜異国の闇殺士〜 作者:榊 星燿

第9回   シャルクの決断
 時は戻り、闇殺士がシャルクの砦を出て、しばらくのこと。
 
 とある山の麓にある池の辺に石造りの家が一軒ある。
 その一室にて、二人の男が話し込んでいた。
 シャルクが僚友へ問う。
「どう思う?」
「難しいところだな。先手を打つのはいいが、それは当面、全く無関係であった相手の矛先を強引にこちらへ向けさせることにつながる」
「無論、そうなるだろう。承知の上だ」
「承知か。これを論ずる以上、最後までやる覚悟はあるのか?」
 その切り替えしに、シャルクは再度考えを反芻した。躊躇いが無いとは言い切れない。知己である魔術師アルベインの言う覚悟が意味することも重々分かるからである。
今までの限定された情報からも、白い影と事を構えるとなった時のリスクの大きさは、最悪シャルクの死とその軍団の壊滅――十分あり得ることだった。そのリスクと敢えて白い影を追うことで得られる利益を天秤に掛ければどうか?
 だが、あの闇殺士は止めても決して聞きはすまい。それによって、嫌が応にもギルドが巻き込まれれば、いずれは自分も対処せざるを得なくなる。
 それならやはり、先手を打っておいた方が現実的であろう。先に場を固めておいて、他者の参加を強いる方向に持っていけばよい。
「いずれ辿る道だ。出遅れれば、追い着くにいらぬ力を要する」
「お前は表舞台に立っておらんのだろう。身を引き続ければ、何とか逃げ切れる気もするが」
「甘いな。私が持つつながりは、それほど希薄なものではない。知らぬ存ぜぬを決め込むには、ギルドたちとの交流を強め過ぎた。
ま、そなたのような隠者と一緒にしてもらっては困ると言うことだ」
「ふん、似たようなものに思えるがね。
で、やるとして考えはあるのか。こうした仕事ではリザードマンは使い難いだろう」
 シャルクは首肯した。
「確かにな。しかし、全ては使いようだよ。奴ら、白い影は神出鬼没と個々の戦闘力の高さを頼んで、単独行動を主体にしている。それを逆手にとって、できるだけ各個撃破で戦力を減らす。それが基本戦略だ。リザードマンは覆滅時に使う。いかに戦闘力が高くともリザードマンの数にものを言わせれば、間違いはない」シャルクの眼光が陰鬱に瞬いた。「多少の犠牲は覚悟の上よ。だが、その舞台に白い影を引きずり込むための手駒が必要なのだ」
「なるほどな。その後は、策を弄するという事か」
 アルベインは、シャルクが後々周りのギルド連中を自分の都合の良いように使おうとしていることの確認を暗に仄めかした。
 シャルクは不敵に口端を歪める。
「ふっ、相変わらず聡いな。ま、それでこそ頼りがいもあると言うこと」
「褒め言葉と取っておこう。
 それはさて置き、あの闇殺士はどう位置付けるのだ? それも考慮に入れておかねばなるまい」
「・・・・あまり当てにできまいよ。あ奴の頭の中には仕事をさらったブレッスナとやらのことしかないようだからな」
「その他の利をもって、協力させることはできぬか」
「うむ、どこまで本気なのかは分からぬが、奴の方が先にその事を持ち掛けている」
「協力すると?」
「ああ、眠り目にしても単独では、できることは知れている。奴も闇殺士だ。余計に行動が制限される。時間が無いとも言っていたが、それはダナキ本部から次の任務の指示が来るからだ。猶予は長くて七日程度であろう。それらを考えると、向こうの方が協力を欲しているかも知れぬ」
「では、手駒に使えばよいのではないか」
 僚友の意見にシャルクは用心深い表情を湛えた。
「二回しか会ってはおらぬが、危険な男だよ、あれは。何か得体の知れぬ恐ろしさを感じさせる。上手く説明はできんがね。
 勝手な真似をするなら、内にも敵を抱えることになると脅したが、いかな影響も与えられなかった。実際、眠り目を敵に回すなら白い影と戦をした方が、ましに思える。そう思わせるだけの資質はあるな。
 手駒にできる玉ではない。だからこそ、協力関係に至った時の行動も多少は読める。自らの素質に対する矜持故に、奴の狙いはブレッスナのみなのだ、少なくとも現時点ではな。その首を取れば、そこで我々の関係は終わる。その後、我々がいかなる苦境に陥ろうと、眼中にすら入るまい。それは確実だ」
「なるほど」
 沈黙が漂った。
 考えることが必要だ。
 今回の賭けについては、いくら考えても考え過ぎるということは無かろう。リスクはとてつもなく大きい。
 アルベインは一応魔術師ギルドの一員だが、活動は主に単独で弟子・助手の類も取らない。しかし、魔術師同士の交流は意外と広く、実際は隠者と呼べるか難しいところだ。
 闇殺士の恐ろしさも、その仲間からよく聞き知っている。魔術師の天敵は同業者でも歴戦の戦士でもなく、暗殺を美学にまで昇華させる闇殺士なのである。例え、眠り目とやらが高名な闇組織のエリート闇殺士でなくとも、ただの闇殺士というだけで、魔術師は誰でも最大限の警戒心を呼び起こすであろう。それが敵味方関係なくである。
が、警戒と恐れとは違う!
 アルベインの思うところはそこである。確かに闇殺士はその存在を気付かさず、魔術師が攻防いずれにも手を出せぬ間に無力な魔術師を殺せる。とは言え、それを防ぐ手立てはいくらでもあるのだ。人間の限界を超えた力を操ることができる者の代表者が魔術師なのだ。もっと誇りを持って、その威信を布くべきではないか。古代魔術を研究する彼は、切にそう思う。古の術師たちはその力をもって、あまねく畏敬の対象たり得た。世を支配した者の傍には、常に魔術師の影があった。物理的な領域でしか自分を生かせぬ者に真の天上人はいない。魔術魔法こそ、人智を超えた無限の可能性を啓く唯一至高の手段である。
 アルベインの思いは過信誇張の嫌いがある。しかし、魔術師の端くれとして、究極の叡智と神秘の技を自ら体現し得る者であるが故の陶酔は、許されざるべきであろう。無論、その思いが現実の行動まで左右するほどである場合は、大いに危ぶまれることだが、今のところそれはない。
「クラビストと組まそう」
「奴か・・・」
 シャルクはその名を聞いて妙に渋い顔をした。
「何だ不満か?」
「ううむ、正直気に食わぬなあ」
「はあ、贅沢な奴だな。腕は確かだぞ。相当なものだ。どこが気に食わんと言うのだ」
「分かるだろう。先ず、あの落ち着きが無く、人を食ったような性格。着いて行けぬ」
「誰にも一つや二つ欠点はある。働きでお釣がくれば良かろう。確かに奴を好く者は少ないが、クラビストに命を救われた魔術師は少なくない。ギルド専属の魔術師護衛を主にやっているが、自身そんな退屈な仕事だけでは満足しておらず、色々なことに頭を突っ込んでは駆け回っているようだ。雑多な性格だが、失敗りは聞かんぞ」
「それも承知している。だが、奴には何か影がある」
「ふうむ、影ねえ。ま、そこまで言うなら、別のでも良いが、誰にも得手不得手がある。今回のケースにはクラビストが適任と思ったのだ。今、手が空いている者では、多分レシィゾ辺りだが、正直不安要素がある。応用力と即断力に欠ける。しかし、手練であることは折り紙つきだ。純粋な戦闘のみで評するなら一級の魔法戦士と言えよう」
「レシィゾなら知っている。他のケースなら間違いなく彼を選ぶのだが、そなたの言うように不向きがある」
「何を最優先させるかだよ。戦闘か駆引きか特殊技術か、その他諸々」
「今回は全てだろうよ」
「難儀な話だ」
「だが、そなたの言う通りどこかで妥協せねばなるまい」
「無論だ。この世の中の大半は妥協で成り立っている。王侯貴族の恵まれた環境ですらそうだ」
「ましてや、求めて虎口に飛び込むのだからな」シャルクは皮肉な笑みで口端を歪めた。「高望みに執着するは、あつかましいことこの上なしと言ったところか」
「自覚できているのならまだ見込みはあるな」
「ははは、そのようだよ」
 シャルクは僚友の皮肉をそのまま返した。
 アルベインは後三人ほどの候補を挙げて、各々の特色・短所長所を説明した。
「そんなところだ。どうするね?」
「やはり、今回はクラビストが最適か」
「と思うがね」
「仕方あるまい」
「ふっ、本当に贅沢な奴だ。クラビストが聞いたらさすがに怒るぞ」
「いや。お前で我慢すると、目の前で言っても憎まれ口を叩いて笑い飛ばすだろう。そういう男だ」
「言えてるわ」アルベインは苦笑しつつ頷いた。「これで人選は決まった。確認せずとも奴に限って、否はあるまい。次の議題に移ろう。闇殺士とクラビをどう動かすかだ」
「先ず、二人に情報交換させねばなるまい。それが条件だった。協力するなら、自然と含まれることだが。それをもとに情報収集を重ねて核心に近付く。やり様は二人に任せよう。組ませると言っても、おそらくほとんど別行動になるだろうしな。下手に枠にはめようとしても反発するだけであろう。初めに明確な目的を提示しておけば、それに沿って後は上手くやるさ」
「ふむ、ま、クラビストは制しても先走るところがある。奴の裁量に任すが一番だが、釘は刺しておいた方がよい」
「そうだな、そちらは任せる」
「何だ! いつの間にか俺も使われることになっているのか」
「さもあらん。最初から組み入れていたさ。そんな細かいことは気にせん方が良いぞ。度量が小さいと大志は抱けんものだ」
「相変わらず訳の分からぬ口は上手いな」
「アルベイン師からお褒めの言葉とは、光栄身に余る」
「どういたしまして」
「では、クラビストとの直接的なコンタクトは任せても良いな。そなたとの交信は問題ない故、逐次打ち合わせすることとしよう」
「ふむ、何か巧く丸め込まれていく感が拭えぬが、ま、よかろう」
冗談めいた口振りだが、その言葉に嘘はない。
 僚友に対する次のシャルクの一言には静かな感情が込められていた。
「・・・すまぬな」
 しばしの沈黙――
 今回相手にしようとする白い影は極めて危険な集団と目すべきであり、容易な判断で近付くべき事柄ではない。それに僚友を巻き込むかどうか迷うところなのだ。アルベインに力を借りるのは、アドバイスのみで止めておくのが筋であったかも知れない。実際、彼がむずがれば即座に身を引くつもりであった。そして、外の者を使っていたであろう。しかし、彼はすんなり受け入れた。どれほどの危険を招じ入れることになるか、 承知しているはすだ。
 次に言う言葉も予想できた。
「分かっているだろう。お前には借りがある。それに、お互い信の置ける数少なき友の一人ではなかったか」
「ああ、そういうことだな、友よ」
そう、今回のように敢えて虎口に飛び込むに、信用の乏しい者を使うには大いに抵抗があったのだ。その点、クラビストも今一だが、アルベインが噛む以上、信用せねばなるまい。
「では、いらぬ気は使うな。本番にまで取って置け」
 シャルクは引き締めた表情で、承知、と一言応じた。

 そして、これが今生の別れとなる。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 23