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作品名:ブラマリール・コウン 〜異国の闇殺士〜 作者:榊 星燿

第8回   戦闘技と魔具
 さすがに両者とも息が切れ始めた。傷は双方受けているが、明らかにムスラクの方が多い。反応速度も少し遅れが見え隠れしている。
 闇殺士もそれを見逃していない。
 ナーメラムは先ず、突きの連撃をコンパクトに胴部へ集中させた。それから、ムスラクが身を引くに応じて一歩踏み込み、切り返す一撃で顔の左側面を横薙ぎにする。
 ムスラクはそれをシャリフーで受け止めた。澄んだ金属音が両者の鼓膜を震わせる。そして、右前方に滑り出ながら噛み合せていた刃を走らせ、逆に闇殺士の頚動脈を狙った。
 ナーメラムは間一髪、それを掻い潜り、股間を狙って斬り上げる。
 しかし、それを予期したいたかの如く、ムスラクの右足から繰り出された蹴りがその攻撃を払った。
 お返しとばかり、下方から巻き上がるトルネードのような回し後蹴りがムスラクの鼻先を捉えた。が、その大技に闇殺士の体が大きく開き、止む得ず体勢を戻すため間合いを計るかに見えた彼の両腕の動きは、それを追撃しようとしたムスラクの裏をかいた。鼻の痛みに構わず闇殺士の胴にシャリフーを叩き込もうとした右拳は、闇殺士の左手によってその軌道を枠外に撥ねられ、ミニシミターを構えた闇殺士の右腕がカウンター気味に二連突きを放つ。
 ムスラクは大きく跳び退った。二撃目は完全に避けきれず、浅い刺し傷が左胸に加わっている。その時、闇殺士は少し体勢を崩していたが、反撃可能な間合いでなかった。
 距離を取った両者の動きが停滞した。
 ムスラクは胸の傷に指で触れる。微かに滲んだ血糊。大きく息をついて、目を鋭く細めた。
 来るか!
 ナーメラムは身構えた。
 しかし、まだであった。
 滑るように間合いを詰めてきたが、相変わらず銀弧を死神の鎌の如く乱舞させるのみ。しかも、その刃筋に鬼気迫るとも、切れのピークは間違いなく過ぎていた。
 技量は卓抜しているが、戦術的な奥深さに欠けがある。その点、こちらが一枚上手か。
 よし!
 ナーメラムは先ほどの攻撃パターン一式――連撃、横薙ぎ、斬り上げ、蹴り、二連突き――を分割し、一見分からぬよう巧妙に組み直し、しかし、無意識下で反応するような類似の攻めを再度繰り出した。
 しかし、今度は最後の突きを躱された時に体をわずかに泳がせた。先ほど、似たような場所で体勢を崩したが、今度はそれを助長させた形だ。すなわち、一撃を加え得る隙である。
 ムスラクはそれに反応し、一度攻める素振りを見せたものの、引いた。左の手裏剣を用心したのだ。やはり、迂闊には手を出せない。
 もちろん、ナーメラムもそれを放つことはできたが、使用しない。それ如きで決定打は望むべくもないからである。
 そして、さらに組み立てと個々の繋ぎタイミングを変えて、三度類似パターンの攻めを行使した。最後の突きでまたもやナーメラムの上半身が下前方へ泳いだ。正しく足にきているように見えた。
 本物の隙らしく見せるのが鍵であった。
 シャリフーが、今度は逆撃に闇殺士至近の空を切り裂いた。しかし、それも今ひとつ踏み込み切れていない。
 ナーメラムは躱し様に胴撃ちを決めようと食指が動いたが、危うい所で止めた。
 世話の焼ける人だ。ここまで用心深いとは。私のような人間に出会わない限り、長生きできるでしょうよ。
 内心苦笑を添えながら賞賛した。
 が、真偽を見切る能力に長けたムスラクも次の罠には、遂にかかってしまったのである。
 ナーメラムは全力で相手上半身への攻撃をテクニカルに繰り出した。腹部フェイントから頭頂への攻めは防ぎ難い。明らかに反応が遅れやすいパターンだ。そういった、嫌な攻め方でこれでもかと畳み掛けた。
 ムスラクの肩に深い傷が大きく口を開ける。今や白い法衣は見る影もなく朱の毒々しい斑模様に彩られていた。
 無論その間、闇殺士の方も無傷とは言えない。余裕ありとは言え、基本的技量が伯仲している証拠だ。
 攻撃の最中、ナーメラムは相手の気配のただならぬ変化を知覚していた。荒波は鎮まり、無理矢理抑えたような極小刻みの一定リズムに様変わりしている。フェイクか、ただの疲れか、待ち望んでいたものの予兆なのか、これは分からない。
 ナーメラムは一応、それを津波の前兆として捉えることにした。この期に及んで、ちんけなフェイクをまだ弄する気なら、即引導を渡してやる。
 引き続き尚且つ、上段への攻めに休みはない。そして、それにムスラクの反応が慣れてきたところで、素早く身を沈め、右大腿部を強襲した。
 計算されたこの一撃、避けるのは不可だ。
 ムスラクは苦く表情を歪めながら、シャリフーを直下させた。何とか銀閃の刃腹に衝撃を加え、その威力を減殺させる。
 刃は太腿に少し潜り込んだところで、しかし、その場を捨てた。ナーメラムは、すでにミニシミターを足から胸へと翻し、突きを放っていたのである。
 その光景に戦慄を爆発させつつも、これまた驚くべき反応でムスラクは身を捩って軌道を譲った。急激で無理な動きに骨と筋肉が悲鳴を上げる。
 ナーメラムはそれを半ば予期していたが、相手の底力に舌を巻いた。切れは落ちても、ムスラク自身の意志に十分体は付いて行っている。
 突きが不発に終わった闇殺士のバランスが乱れ、上半身に泳ぎが垣間見えた。
この攻防の中で、必殺の突きが残す隙こそ闇殺士の弱点、そう見えても無理はなかった。繰り返し行われた突きの演出と巧妙すぎるほどのタイミング。その努力は次の瞬間、実を結んだ。
 もはや、絶好の機会と見定めたムスラクは、躊躇わず渾身の力を込めてシャリフーを斬り上げた。
 闇殺士の首を斬り飛ばすかに見えたその時、必殺の間合いで放たれたはずの銀弧は空を切ることすらできなかった。いつの間にか闇殺士の左手が、ムスラクの右手を封じるように突き出されていたのだ。
 再び、戦慄が足下から突き上がる。
 読まれていた?!
 そして、ムスラクが見たものは、防ぐことも避けることも不可能な銀閃の突撃であった。
 その一撃は過たず、ムスラクの下腹部に到達した。
 しかし、あろうべきことか、ミニシミターはその刃先を内部に潜らせることができなかった。
 異常な瞬間に危機を感じたナーメラムは即座に跳び退った。
 修武僧は追って来なかった。
 佇んだまま闇殺士を凝視している。
 その輪郭が揺らめく薄い金砂のような輝きを燻らせている。煌くような黄金の光芒が綿帽子のように舞い上がり、一種幻想的かつ神々しさすら感じさせた。しかし、それはすぐさま消え失せた。
「たまげたよ。本当にこれを使わせるとはな・・・。ブレッスナとの賭けは負けだ。闇殺士風情に神授戦闘技“アスラミクオーデ”なんぞ必要ないと言い切った俺に、使わなければ死ぬとぬかしやがった。正にそうなった訳だ。今の一撃、普通なら勝負を決めていた。
 この身一つ同士での戦い――お前の勝ちだ。だが、これでお前は終わりだ。これを使う以上、お前を待つのは死あるのみ」
 そう言ったムスラクの気は小刻みに震えて、その硬質さを増していく。
 さっきの前兆と同じだ。
“アスラミクオーデ”――ムスラクは独り、神の鎧と呼んでいる。正しく、いかなる武器、いかなる魔法もその金色の煌きを破ることはできない。ほぼ、あらゆる物理的非物理的エネルギーを無効果せしめてしまう。
 その点については文字通り、完璧さを誇ると言ってもいいだろう。一般的に何者もこの法を曲げることは不可能である。魔法の武器であろうが、ドラゴンのブレスであろうが、強大なメテオの呪文であろうが、ことごとくである。
 しかもその効は防御のみでなく、攻撃にも及ぶ。発動時に身に付けていた武器の類はあらゆる意味における抵抗を無にする。アスラミクオーデを纏った武器の前では、ミスリルメイルであろうが、マジックシールドであろうが、薄紙に同じである。付与を受けた武器が、例えボロけた錆びナイフであってもだ。
 この瞬間のムスラクは無敵であると言っても、過言ではあるまい。まともに対抗する術は無い。
 が、これもまた、人の身に余る技である。
 ブレッスナを始め、白法衣の者達が操る特殊技の媒体はその者の生体エネルギーだ。
 アスラミクオーデは無敵技であるが故に、エネルギーの消費量もでたらめに多い。一回に発動できる時間はわずか数秒でしかない。そして、発動前には自らの気を特別な状態に変質させなければならない。そう頻繁に使えるものではないのである。どの技にも一長一短があるが、アスラミクオーデの場合は、発動制限が弱点的短所だ。
 神格的存在は人間に対し、決して万能物を与えはしない。
 ムスラクの全身が再び金色に包まれる。
 そして、爆発的な勢いで闇殺士に肉薄する。
 防御の必要を無視するムスラクの攻撃は通常のセオリーを無視できる。それは闇殺士に圧倒的不利な状況をもたらした。
 さすがにナーメラムも、それらを体術のみで避け切るのは不可能だった。
 そして、ミニシミターが銀弧を受け止める。
 その刹那、シミターに感じた衝撃は軽い重さを残して突然消失した。
 不思議と驚きはなかった。シミターの刃をバターのように両断してシャリフーが迫りくる。停滞は一瞬だけだったが、ナーメラムの目にはスローモーションのように写った。最小限度の被害に抑えるべく、次の動きを複合的に計算していた。そして、その次の攻撃は決定した。
 急速に下がりつつある闇殺士の脇腹をシャリフーの牙が逃さずにえぐる。
 ナーメラムは鼻に皺を寄せた。
 傷は結構深い!
 身をさらに退きながら、闇殺士は左手でおかしな動きを見せた。黒衣が翻る。
 ――魔力の拡がり。
 ムスラクの視界が不意に闇に包まれた。
 ナーメラムがグリア(魔具)の一つを使ったのだ。しかし、これはムスラク単体を対象にして発動されたものではなく、エリア系のものであろう。アスミラクオーデが消える前に使用していたのだから、単体対象なら無効化されているはずだ。
 事態の急変に見えざる脅威を悟ったムスラクは、即座にここから出ることを決した。戦闘開始時は階段付近だったが、激しく位置を入れ替えている内に奥のフロアにまで移動してしまっている。しかし、幸い通路を突っ切れば、階段に行き当たり、抜け出すも容易だ。自分の位置と向きは把握しているから、その点は問題ない。
 闇は闇殺士の独壇狩り場。
 そのことについて、議論はない。ここは退くが勝ちだ。
 身に帯びていた白金光はすでに鎮火している。無敵の守り手は去った。
 気を整えつつ、身を翻して一目散に駆ける。
 闇殺士がどこにいるのか全く分からなかった。
 気配は皆無。
 急転直下の窮地に全身の肌が泡立つ。
 その時――
 前方からの鋭い衝撃。
 ムスラクは目を見開き、無言の叫びを上げた。
 やられた!
 腹部に焼け付くような激痛が沸き起こった。
 遠い昔に記憶がある。
 金属が肉に食い込み、潜り込む感覚。
 突き刺されたのだ、決定的な深さまで。即座に致命に達する傷ではないが、勝負は終わったも同然。
 さらに、その一撃だけではなかった。反撃する前に続いて二撃目が右肺を貫き破り、ムスラクの反撃を掻い潜った駄目押しの最後は足の甲を刺し通して床に縫い付けた。
 ムスラクは思わず苦悶を洩らす。
 時を置かずして、闇が晴れた。
 ムスラクは戻ってきた光に目をしばたいた。もはや、そうした隙に気を使う必要もない。死闘の決着は付いたのだ。戦術やセンスだけでない。闘い方そのものがクレバーだった。
 ムスラクは飄と佇む闇殺士を見上げた。
 闇殺士の両眼は閉じられていた。
 しかし、必要な情報は手に取るように知覚できるのだろう。真に恐るべき相手だった。
 死を近しく感じながら、改めて闇殺士の美貌の類希さに見入っていた。さながら名工の手による彫刻のようだ。闇殺士の顔じゃねえよな。
「やることはやった。油断もなかった。全力で闘った結果だ・・」苦しげに咳き込んだ口元から血が零れる。「・・大口叩くだけのことあったぜ。完敗だ、さっさとトドメを刺せよ」
 瞑目のままの闇殺士は、その催促に暫く沈黙を続けたが、やがて口を開いた。
「その傷では、普通は助からないでしょう。しかし、貴方がたは強力なヒールの使い手でもある。そうなのでしょう?」
 その確認めいた問いに、ムスラクは困惑と戸惑いの色を隠せない。一体何を言わんとしているのか、変なものを見る目つきで憮然とした。なぶる気か?
「それがどうした?」
「貴方は戦士でも騎士でもない。最も重要と捉えるべきは、自分に課せられた使命にあるはずです。もちろん詳しくは知りませんが、そういったものがあることは容易に想像が付きます。その前には、戦闘の勝敗など些末なこと。まだ、死ぬには早いのではありませんか」
「はっ、何を言い出すかと思えば。理屈は通っているが、その裏に何かあるのは見え見えだな」
「無論、これは取引です。無料で命を留め置く訳ではありません。私が頼みたいことは一つです。お分かりのはず」
「・・・・・ブレッスナか」
 その言葉にナーメラムは、敵意の欠片もないもの柔らかな笑みを浮かべた。
「ご明察」
「・・そこまでこだわることなのか?」
 激痛に朦朧としながらも、必死に声を吐き出す。言葉の合間には、ぜいぜいと言う苦しげな呼吸音が絶え間なく入り込んでいる。この状態では、しゃべるだけでも十分、拷問に近いものがあろう。
「性格でしょうね。未だかつて、任務を仕損じたこともなければ、ましてやさらわれたこともありません。一つでもそれを認めてしまえば、その後はいかに優れた仕事を継続しても一緒なのです。傷物は高く売れないでしょう。それが自他から与えられる評価というものです。影者として生きることを選んだ限り、少なくともそこでの頂点を目指す。こんなつまらないところで、つまずくくらいならそんな野心は最初から持つ資格もない。面倒なことは苦手ですが、このスタイルだけは変えられない。不器用な人間なのですよ」
 ムスラクは目を閉じた。
 確かに自分達の本当の使命は、別のところにある。あの時、亡霊まがいの啓示を受け、自分でもどうしようもない衝動に駆られて生ける死者の下に集い、甘んじて受けた使命に従って行動し続けている。それは、決して止められない、誰にも。そして、このまま死ぬことになれば、途半ばにして確かに無念ではある。
 だが、生きて帰って、負けた上にブレッスナをご指名だなんて言えるか? いくらゴロツキ上がりの俺でも言える訳ないよな。
 寝入ったように静かだったナーメラムはふと顔を上げた。
「どうやら来客のようです」
 ムスラクの頭に声が響いてきた。
(おい、ムスラクいるか?)
 はっとした。
 グレンソスの声だ。もちろん念話によるものである。
(ああ、いるさ)
(ちっ、ブレッスナが言ってたろう。確実に殺るために二人で行けって)
(分かっていたさ。が、そっちの状況も切迫してたろう。闇殺士如き、俺だけで十分と思ったのさ)
(??? お前なんか変だぞ。妙に力が乱れてるし、弱まってんじゃねえか?!)
(・・・ふっ、笑ってくれ。残念だが、俺の負けだった)
 そう伝えた途端、グレンソスが駆け出したのを知覚した。
「では、これで一度お別れです。ブレッスナには必ず伝えておいて下さい。一応、貴方がたのことは、他の者にははぐらかしておきます。では、また近々お会いしましょう、必ず」
 そう言って、闇殺士は音も無く姿を消した。



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