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作品名:ブラマリール・コウン 〜異国の闇殺士〜 作者:榊 星燿

第5回   商談
 孤高の闇殺士は座っている椅子の肘掛に両肘を立て、まっすぐにした両指を交差させている。そして、今は開かれたその視線は遠く現実の外へと飛んでいた。
 ナーメラムが十八歳の時“カリバロシュの手”の呪いを受けた富豪を救うのと呪った本人の抹殺任務で、狂面と渾名される闇殺士とコンビを組んだ
 狂面は闇殺士としては、特異な性格の持ち主であり、平均以上に陽性でおよそ闇殺士らしからぬ言動で、ダナキ暗殺部の幹部には少し敬遠されがちなところもあった。
 徹底した闇殺士は心身共に自らを闇に沈め、生活パターンもそれに則す。夜界の魔物の如く昼夜を逆転させ、陽の当たる人生を完全に捨て去った。闇殺士として生きることは、基本的に自らの存在を世間から抹消することを意味する。ただの暗殺者との相違点は技術や才能の面だけではなく、無故の存在価値にあった。それがいかなることかと言えば、その存在は知られてもいけないし、知ってもいけない。闇殺士としての姿を見た者全て抹殺の対象となる。見られた瞬間に存在してはいけないものが、一転存在することになってしまう。だから、その存在を証明してしまう可能性を残らず消すのである。闇殺士を知る者は極必要最小限の者に限らなければないない。それがどれほどの利点をもたらすかは知れたことだ。故にどうしてもクライアントに接触する必要がある場合は、行動に差し支えないように作られた戦闘用の仮面を被る。
 戦と同じである。相手の情報が何も無ければ、どう攻めるか決め難い。守りに徹するにしても、戦力や経路が分からなければ防戦の組み立ても絞り込めない。極めて非効率的である。逆に相手がこちらの情報に精通しているなら、弱点を突かれて容易く敗北の命運を辿る。史上にはよくあることなのである。ましてや、相手の存在すら知らなければ、手の打ちようは無い。その時は運に頼るしかあるまい。
 その点を通常の影者以上に徹底させていることも闇殺士の恐ろしさの一端と言えるである。
 が、狂面は至って、そうした闇殺士の基本スタンスに頓着しなかった。一般の人間とよく交流を持った。評価の高かった闇殺士としての才能に反し、性格が健康的過ぎた。後年それが元で事件に巻これ、組織に追われる身となる。その異端的なところは、ナーメラムが一度闘り合ったことのあるウォル・ストーカーのロゼインに類似している。
 当時共に任務に就いた時、その狂面に言われたことがある。
「才量はマスター・ダナキが認めるように卓越している。が、お前さんは闇殺士には向かんよ。陰に見えて陽、静のようで激。その本性がいずれダナキと袂を分かつ。冷たい仮面の裏に隠したものが熱過ぎるのさ」
 ま、自分も似たようなものだが、と付け加えた時の顔が今でも浮かぶ。いずれ来るべきものを受け入れていた者の顔だった。
 自身、そんな顔をするにはまだ若い、という自覚がある。いずれに転んでも一寸先は闇さ。考えるのはもう少し後でいい。いずれ岐路に立つとしても、今はこの路しかない。ただ、少なくともこの路の細さに満足するつもりがないことは、はっきり言える。
マスター・ダナキ――ボルコーズはどう思っているのだろうか? 
 知れたことだ、彼は全てを弁えている。その上で、私を放し飼いにしているのだ。私が持つ才能を認めているが故の放任なのであろう。闇殺士故の束縛はあっても、闇殺士は安っぽい規格品ではない、二つとないカスタムメイドであり、様々なタイプが存在することは当然なのだ。
 ナーメラムに唯一、恐れに近いものを抱かせる人間がいるとすれば、それはボルコーズだ。
 ダナキを統べるマスターは、代々盗賊部の長に引き継がれる。これについて、一切の例外は無い。大組織を率いる人材は集団を率いる盗賊部でこそ育成される。そして当然、ボルコーズもまた盗賊部の出身だ。つまり、個人の戦闘力としては、闇殺士たるナーメラムの足元にも及ばない。彼がその気になれば、何度でもボルコーズを殺すチャンスはある。だが、ボルコーズを直接知る者で彼を裏切ろうとする者はいない。例えそれが傲慢で愚かな貴族であったとしてもだ。
 他者を強く惹きつけ、心を侵蝕すると同時に恐れさせる力もまた、マスター・ダナキの持つ比類なき才なのだ。彼の人物を語るには時間がいくらあっても足りない。
 その内面に眠り目の持っていない強さと、とてつもなく巨大なものを懐胎している。彼が畏敬するのはその点なのである。人物としての大きさは、そこいらの貴族では比肩し得るまい。岐路さえ開けていれば、きっと王侯の頂きに登り、その辣腕を振るって繁栄の別世界を創り上げていたであろうに。実際、組織結成から長い年を経て澱みと衰退の兆しを見せていたダナキは、ボルコーズが盗賊部の長に就いた頃から質量共に充実を図り始め、彼が名実共にマスターとしてダナキを仕切るに至ると周辺諸国の闇社会を次々と傘下に収め、一国の大ギルドに過ぎなかったダナキを大陸闇社会に冠たる巨大組織へと革新させた。
 ダナキは蘇生どころか、その一個人の大才によって一気に他の追随を許さぬほど勢力版図を拡大したのである。ボルコーズの名は、間違いなくダナキ中興の祖として、闇の歴史に刻まれるであろう。
 そんな彼を心酔する者も少なくはない。
 それほどの男だ。私のような若輩の心中や性情は、無論把握していよう。それ故の国外遠征なのか。
 確かにナーメラム自身、ボルコーズに希望として異国遊歴を匂わせたことがあった。
自分の技術やセンスに一つの壁を感じていた頃だ。その壁を突き破るために貪欲なほど何かを吸収したがっていた。早熟がために戦闘スタイルが完成の域に達しつつあったのだ。方向を変えなければ、可能性は広がらない。彼の考えでは熟成は次の段階で良かった。いや、その必要があったのだ。先ず複数の分野を完成させ、それらを複合して熟成させるのだ。個々の熟成よりその効果は絶大になる。先に個々を熟成させてしまうと、互いに主張し合い過ぎ、スタイルの融合が難しいのである。そうした戦闘理論を構築できるだけでも、彼の才がいかなものか知れる。
 ボルコーズが後年、ナーメラムに年老いて前線より身を引く時が来たならば、ダナキ支える次代の闇殺士を育てるべく教示の途に就けと、説いたことからも、彼のそうした才をも的確に評価していたことが分かる。
 だが、異国遊歴の件について、その時は時期尚早として、ボルコーズから全く返答がなかった。
 そして今、異例とも言える形式で任務を受け続けている。ダナキ本部に異国の任務が回ってくることは、少なくはない。だが、実際受けるのは経験に過不足の無い中堅クラスの影者であり、ボルコーズ肝煎りとは言え、ナーメラムほどの若年者が、しかも単独で任されるのは今までに無いことであった。
 無論、彼は嬉々として、その任務を受けた。しかし、当初、最初に指示された二つのみで終わると思っていた仕事が、任務を終える度に使い魔や魔術師の交信手段を通じて次の依頼を指示してくるのである。ブレッスナに先を越された貴族暗殺で六件目になる。
 さすがに苦笑した。
 やるなら徹底的にしろと言うことだ。
 ただ、野垂れ死にしたらそれまでのこと、退くときは退け。陰鬱な笑みを漂わせながらそう忠告するボルコーズの顔が見えるようだった。
 凍りつくように冷たく静謐な外見と雰囲気に反し、ナーメラムは狂おしいほど獰猛な凶獣を内に抱えている。それはあまりにも貪欲だ。時には自らが持て余すほどに。
そのことすら、ボルコーズは知悉しているだろう。少なくとも彼に就いていれば、自分の舞台を整えてくれる、ナーメラムはそう思った。
 では、今度の件はどうする?!
 また、次の指示が来るはずだ。それを捨て置くわけには行かない。
 勿論、決心は付いているが、やはり任務の内容とその場所を確認しておく必要がある。さすがに無視するほど放胆、無頼ではない。それに、待機という場合もあるからだ。この一連の任務を挟んで、二回ほど待たされた。今回もその可能性は高い。この暗殺任務は一週間の予定で組まれていたが、結局四日で貴族は死んだ。今はまだ、次の仕事の段取りを組んでいる最中であろう。
 一分一秒も無駄にしたくなかった。あの調子ではシャルクから得られる情報も知れているだろう。そうならこんな場所に用は無い。現場を離れる時間が長ければ長いほどに白い影に近付くための要素は減少していく。
 焦りは無いが時間の浪費に苛立ちは感じた。
 間接的なルートを通じて町のギルドに、暗殺された貴族の屋敷を見張り、主要人物をチェックするよう依頼していた。先ずはそこから洗って、方向を決める。
 ノックがして、シャルクが入ってきた。
「待たせたな」
「いえ、相変わらずご立腹のようでしたね」
「構うことは無い。凶暴な性情はリザードマンの美徳だよ。一々応じていては、こちらが疲れるだけだ」
「承知しております」
「だろうな」
 シャルクは苦笑した。この男には何を言っても何をしても暖簾に腕押しなのだろう。
「先ほどの続きの前に、本部からは何と言ってきましたか?」
 時間から考えても、すでにダナキ本部と連絡を取って、結果を伝えているはずだ。
「白装束の刺客を逃したのは、間違いなくそなたの失敗りだと言っておった。依頼料についても受け取らぬは当然だとな。厳しいものだ」
 ナーメラムは頷いた。
「無論です。で、次は?」
「しばらく町で待機、追って知らせるとのことだ」
 そう言った瞬間に闇殺士の口元が微かに吊り上った気がした。
「了解しました。で、どうしますか? 情報交換の件については。貴方にお任せします」
「考え直す気はないのか。傲慢にもほどがあると思うのだがな。そなたが死ぬのは勝手だが、こちらの状況を複雑にしてもらっては甚だ迷惑なのだよ」
「いずれ貴方も関わることになるのでしたら拙速を尊ぶべきです。いっそのこと最初から協力して事を詰めれば良いではありませんか。手柄は全て貴方が持てばいい。次期を見計らって貴族に売り込めば、今後の貴方の影響力もより一層大きなものになるはずでしょう? 悪い商談ではないと思います」
「本気で言っているのか? 今までの経緯も現況も知らぬ余所者のそなたがふらっとやって来て、わずかな日数でいきなり核心に行き着けると考えておるのかね。そなた自身、リスクがどれほどのものか見えてはいまい」
「いかにも、私には悠長な時間が無いのです。マスター・ダナキの期待を裏切る訳にもいきませんしね。その時まで、できるだけのことはするつもりです。勿論、飛ぶ鳥跡を濁さず。中途半端に終わりそうでしたら、無理に貴方が困るような深追いはしません。
 そう言うことで、商談が成立しないなら、もう行きます」
 相手の反応を待たずに、闇殺士は軽やかに立ち上がった。
 シャルクは舌打ちをした。
「気の早い奴よ。まあ、考えておく。いずれにせよ、町の盗賊ギルドに連絡をやろう。ギルドとのコンタクトは怠るなよ」
「良いお返事をお待ちしております、では」
 ナーメラムはその場にそぐわぬ爽やかな微笑を残した。


(次回予告)
商館に赴いた氷のような美女、彼女(彼?)はそこで芸術的な恐ろしい剣舞を目の当たりにする。
小説としてバランスが良くないのですが、早くも再びマニアックな戦闘シーンに突入です。この小説に関しては、戦闘の多さが漫画的なレベルに近いものになります。これはそういうものだと思って、今後も読み進めていただければと思います。


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