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作品名:ブラマリール・コウン 〜異国の闇殺士〜 作者:榊 星燿

第3回   白い影
「で、依頼料は受け取らないと言うのだな。逆にこの状況を利用すれば、好都合にもなる。別の手の者が殺ったと簡単に見せかけることができるのだからな。
 ・・・・・が、それも叶わぬは、闇殺士故の矜持か。不自由なものだな。まあ、分からぬでもないが。
 ではつまり、バルナイトはよほど危険な敵を複数抱えていたと言うことか・・・・。確かに私の調べでも上辺の政治的な陰謀に溺れていただけでなく、裏社会にも通じていたことは明白なのだが」
 闇殺士からの報告を聞いたシャルクは、顔を闇に沈めながら独語するような口調で応じた。蝋燭の乏しい灯りが暗闇を一層浮かび上がらせている。
 今回シャルクに来た依頼は、バルナイト卿、すなわち暗殺された貴族の政敵からのものであった。足が付かぬように“鱗”のコネを通じて国外の闇殺士を使用したいとのことで、ナーメラムが所属する総合闇組織ダナキに話が回って来たのである。が、バルナイト自身、裏社会に深く関わっていたのなら話は複雑化する。死を招いたのは、政治のみでないやも知れぬのだ。
 裏社会と言えど、そう簡単に貴族に手を出す訳ではない。力のある貴族を敵に回せば損失の方が大きい。下手をすれば、こちらが壊滅的ダメージを得る。だが、一部にはそうした計算は論外にして、ことに及ぶ連中が存在することは確かである。例えば、強大な野心とそれに伴う力を持った魔術師たちや狂信的な集団などはそうと言えよう。
もし、後々こちらとの利害関係が絡む可能性があるならば、手を打っておく必要がある。魔術師は独自に調査の必要性を感じた。
 闇殺士は喉元に溜めてあるマスクを引き上げた。黴の臭いが鼻に纏わり付く。
 魔術師の殺風景な応接室は湿った洞窟のような感じで、極めて不快であった。沼好きのリザードマンを分身のように長年相手していると、自らの生活嗜好もそれに倣うのであろうか。
「心当たりがおありのようです」
 闇殺士の出任せめいた言葉にシャルクは爬虫類の目を向けた。
「無論、ないこともない。噂だ、白い影のな」
「白い影・・・」
「白装束で統一した狂信的テロ組織ではないかと思われている。彼らを前にして生き残った者は皆無。真偽はどうあれ、情報源は現場を偶然垣間見た者かららしい。いくつかの話から複数の白い影がいる」
「確かに戦闘能力は図抜けています。武器の扱いは屈強な戦士を軽く凌駕し、修武僧さながらに神聖魔法を操り、その上得体の知れぬ強力な技を持っています。そして、どうやら仲間同士で念話のようなこともできるようです。つまり、一人ではない。また、あの口振りからして、何かを同時に行っていたようです」
 言うまでもなく、暗殺だろう。バルナイトの別邸以外にも二箇所の屋敷が襲撃されている。こちらは貴族がターゲットではなかったようだが。シャルクの下には、すでにその情報が別ルートから入っていた。
「とりあえず、よく生きて帰って来れたな。実は、過去の事件で闇殺士が殺られているのだ。確証はないが、手口が似ている」
「世に闇殺士と言っても、レベル格差はかなりあります」
「フッ、自信過剰は禁物ではないかな」
当の闇殺士はわずかに微笑を返しただけであった。
 魔術師は迷彩調の斑衣を揺らせて頷き、言葉を継ぐ。
「ああ、聞いているとも。そなたの力量が歳に相応しからぬほどのものだと言うことはな。が、才のみでは実戦を潜り続けていくことはできぬ。その性向はいつか必ず、自身を危地に導くことになるぞ」
 わずかな接触でこの闇殺士の性格をよく見抜いている。
「貴重なご意見です。経験者は語ると言ったところですか」
「当たらずとも遠からずだ。それよりも修武僧の話をもっと詳しく訊きたい。実際、戦って生きていた者はそなたが初めて故、できる限りの情報が欲しい」
「今後、彼らと事を構える時のためにですか」
「ああ、構えたくはないが、止むを得ずそうなることもある」
「貴族が絡むと貴方でも仕事の選り好みは難しくなるようですね」
 口元によぎる微かな笑み。
「お互い様だろう。上得意となり得ると同時に仕事もやり易くなるからな。だが、知っての通り、私は直接関わりはせぬよ。表のギルドとの付き合いから、いくらか助けるだけだ」
「どのような関係でも持ちつ持たれつですね」
「そう言うことだ」
「では、我々の関係もそれで行きましょう」
 その言葉に魔術師は眉を寄せた。
「?・・・どういう事かな」
「白い影について、貴方の知っていることを教えていただきたいのです」
 爬虫類めいた顔の陰が不意に暗さを増した。
「聞いてどうするつもりだ」
「無論、私の仕事はまだ終わってはいないと言うことですよ」
 シャルクはフードを後に落として、相手を直視した。一方、美麗の闇殺士は、例によって軽く目を閉じたまま。
 ナーメラムは自分の獲物をさらった白い刺客を、自らの手で殺ると言っているのだ。
こうしたことは、言うまでもなく慎重に慎重を重ねて動かねばならない。シャルクとしては、正直、国外の人間に好き勝手かき回されたくはなかった。余計なテンションはこちらの仕事をやり難くさせる要素だ。個人的な思惑からのスタンドプレーと来ては尚更である。
 噂ほどの戦闘集団と闘るならば、最初から綿密な計画を組み立て、相手の組織全体をターゲットにしなければならない。仮にバルナイトを殺った奴だけ始末して、後は知らぬとばかり去られても相手側の警戒と反撃を煽る結果になるだけで、計画が整っていなければ、こちらが後手後手に回る可能性が大。そうなれば、相手が相手だけに尋常でない損害を被ることも予想内だ。そうした馬鹿げた事態は当然避けねばならない。
「概して、闇殺士は視野の狭い人種だと評価されている。思考が狭隘なのだ。全てが完璧な暗殺という行動に集約されている。自分が作ってきたように思えて、逆に作られた闇殺士としてのスタイルに自らがはまり込んでいるのだ。そのラインからずれる者は闇殺士に如くはないとまで言われる。そして、身動きが取れなくなる。どの業界にもそうした弊害はあろう。専門性を追求すれば、おいそれ一長一短は出てくるものだからな。だがな、そなたも組織に身を置く人間である以上、そなたのやろうとしている行為が、こちらの組織にいかな影響を与えるかは考える必要がある」
「仰る通りです。一般論としては、反論の余地はありません」眠り目は言葉にわずかな間を置いた。魔術師の反応を見るためだ。「しかし、一つ勘違いさせてしまった点がありますね。彼と決着を付けることは、彼との約束なのですよ。あの時の勝負は預けられたままなのです」
「ハッ、それは幼い詭弁だよ」
「私は生粋の闇殺士です。問答は不得手で、自分の中の真実を述べるまでです」
「喰えぬ奴。いずれにせよ、このまま行けば内にも敵を抱えるだけだぞ」
「お言葉ですが、今まで行動を共にした同業者でさえ、味方と思ったことは一度もありません。我々が生きるこの世界で、その仲間が決して裏切らないと、誰が保証できます? できないでしょう。裏切られ所が悪ければ、そのお人好しに次はなく、目覚めぬまま地下で永劫の後悔に苛まれるのです。私はずっと独り――回り全てを敵と仮定しておけば、自然油断はなくなります。今までそうして生きてきて、これからもその生き方を変えるつもりもありません」
「・・・愚かな」
「不器用な愚物なのです」
「そなたの才と何よりも運がどこまで、性向がもたらす破滅からそなた自身を守り賜うかだな」
 闇殺士は屈託のない微笑を浮かべた。
「運命論を論じる気はありませんが、基本は自らの力が全てを左右するのです。運のみに頼るはその者の罪、そう信じます」
「話が逸れた。そなたは何も知らぬのだ。身のために言う。今回のみは退いておけ。一対一ならまだしも複数で来られたら、間違いなく殺られるぞ」
 確かにあのレベルの者複数を同時に相手するのは、少々骨が折れるでしょう。しかし、何も知らないのは貴方ですよ。戦い方というものは無数にある。時と状況に応じた“無形”をものにしているかどうかでしょう。
 闇殺士は心中呟いた。
 彼が目標にしているロゼインが、その完成形。
 ダナキのマスターは、ナーメラムに対して目をかけると同時に過酷な試練を強いてきた。通常は複数でなすべき仕事も単独で行わされた。ケイムリエンのイザック(特異能力の集団を指す)暗殺もその一つだ。計八人、いずれも魔法と剣に長けた手練だった。彼はマスター・ダナキの期待を裏切らなかった。いや、自身のと言った方が正確であったろうか。
 不意にドアが開かれる。
 巨怪が現れた。
 魔術師の腹心、リザードマンのクェイバであった。
 闇殺士が城の外で感じたがさつな気配の主である。


(次回予告)
任務から戻った豪放磊落なクェイバの報告は、一気に不穏な空気を漂わせた。
そして、謎が交錯していく。



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