「おいバカ、そんなとこに置くんじゃない。それはメイスの右脇だと言ったろうが。全く使えん奴だ!」 ダロッサは若い使用人を怒鳴りつけた。整然と並べられている一画を指さして細かく指示する。丁寧かつ効果的なディスプレイは重要だ。店内に入るなり雑然とした品並びでは、購買意欲も低下してしまう。そこで店の質も知れるからだ。 彼は武器商として卸をするだけでなく、店を出して小売りもやっている。武器商を始めて二十年以上になる。若い時は危険な橋も時折渡ったが、その甲斐あってか規模は小さいものの知る人ぞ知る武器商人として信用は厚く、目利きの方もずいぶんなものだ。もう十年以上、粗悪品や名工のよくできたレプリカの類を掴まされるようなことはない。置いている品物は確かにいい。もちろん、値段も相応なものになるが。武器は持ち主の命を預ける道具だ。それを知っている者は値段よりも品物を先ず見る。そうした者たちは、必ずと言っていいほどダロッサの店をよく利用するのである。そのため、大通りより少し奥まった所に構えているに関わらず閑古鳥とは無縁であった。 しかし、使用人選びについては難があるようだ。 怒鳴られた使用人は気の抜けた返事を残して届いた荷物を指示された場所へと移動させる。その時、手を滑らせて木箱が割れるかと思うほどの大きな音を立てた。 ダロッサは振り向いて何か言いかけたが、溜めた息をふーっと吐いて、何とかやり過ごす。一々怒っていたらこちらの身が持たないと感じたのだろう。 首を振りながら、別の品物のチェックを続ける。 使用人は雷が落ちなかったことにほっとして、縮めた肩から力を抜いた。そして、次の荷物を運ぼうと表に出ると、その前に長身の影が立ちはだかる。それを見上げる顔に声が降ってきた。 「よう、いがぐり。ダロッサはいるかい?」 何度か見たことのある男だった。口調と言ってる内容がめちゃくちゃで、デタラメな話をバンバン平気で言う。気の短い店主に対しても例外ではない。そのため、二人に口論は付きものだった。使用人は一度たりともその男に本当の名前で呼ばれたことはない。初対面で、即“いがぐり”と名付けられたのだ。そのままだが、いがぐり頭だからだそうだ。使用人は何度か名前を教えたが、聞く耳を持っていないようで、ことごとく無視された。のんびり屋の使用人も、とばっちりだけは受けないよう用心する必要がある、と即座に思った。 「へ、へい。お待ちを。ボスー、お客さんですよーー」 奥の部屋に行っていたダロッサは羊皮紙に武器名と数量を書いたリスト表を置いて、店の入り口へと向かった。 しかし、近づくまでもなく、その男はずかずかと入って来て。あちこちの武器を物色するかのようにいじり回している。 「何だ、クラビストじゃないか。この男は客じゃあない。疫病神だ、覚えとけ」 ダロッサは長身の男に目をやるなり、後から付いてきた使用人に言い伏せた。 「はあ、疫病神だと。人の顔を見るなり何だそれは。俺がお前にいつ何をしたってんだ?」 「やかましい。古い掘り出し物だとか言って、呪われた武器を掴ませやがって、ほんとえらい目を見たぞ」 クラビストは首をひねった。 「……そんなのあったか?」 「ついこの間持ってきた短剣だ! とぼけるな」 「ああ、あれかあ。呪いがかかってたのか」 「たあっぷりとな」 「ふうーーーーん。でも、その一点をのかしゃあ、確かに掘り出し物だったろう。いいもんだぜ、あれは」 ダロッサは両手を上げた。降参の意だ。まともにやり合うだけ損だ。 「で、今日は何だ。冷やかしなら余所行ってくれ」 「つれないことを言うな。今日は、とある貴人に贈るためのとっておきを探しに来たんだ」 それを聞いたダロッサは胡散臭そうに鼻を鳴らした。 「嘘こけ。うちは実用的なものしか置いておらん。上品なものを探してんなら、どっかの工房にでも頼んで作ってもらえ」 「おお、すまん。ここがどんな店か忘れていたよ。こんなガラクタ持って行ったら怒られるよな」 ダロッサは目に剣呑な色を湛えて、至近の武器に手を伸ばした。その長剣を構えた時には、クラビストは使用人の後ろに隠れていた。 「どけ、どかんとお前もまっぷたつだぞ」 哀れな使用人は両手を振りかざしながら意味不明な奇声を上げて、必死に逃げようとする。 「あびひゃー。離してくれー。心中なんて、オラ嫌だーー」 どうやら背後から首筋を掴まれているらしい。じたばたするが、どうにもならない。羽を抓まれて藻掻いている虫のようで、その姿は少々哀れみを誘うほどに惨めだ。 「何だ、お前男だろう。情けないこと言うなよ。たまには命掛けてダロッサと戦ってみろ。ほらっ、積年の恨みを今晴らせ」 と、訳の分からぬ理屈を言って、剣を構える店主へ見事なまでに遠慮なく突き飛ばした。 使用人はもんどり打って、ダロッサの足下にスライディングを決める。 勢い余ったダロッサも、反動でその上に倒れ込んだ。 「ははは、真っ昼間から二人でお遊びとはいい身分じゃねえか。俺もあやかりたいぜ」 「やかましい。一体、お前何しに来たんだ? 新手の営業妨害か! 色んなことに顔を突っ込むのは知っていたが、そんな仕事にまで手を出し始めたってのは、さすがに初耳だ。遂に焼きが回ったか。救いようのないバカだな」 「あははは、人生何事も経験だぜ。つまんねえこと言うなよ。ま、それはさて置きだ。ちと、訊きたいことがある」 使用人を追い払ったダロッサは怪訝な顔をした。いつもと違い前置きが長い。いつもなら直ぐ用件を切り出す。あまりに唐突すぎて身も蓋もないくらいだ。だが、それが今まで恒例だったのだが。 「厄介事ならご免だ、他を当たってくれ」 「そう、邪険にするなって。がさつなことはがさつな奴に訊くのが筋だろう」 「はっ、がさつ結構。だが、お前だけには言われたかないね」 馬鹿馬鹿しくなったのか、そう言い捨てて品物を並べ始めた。売れ筋は、キドロスファクトリーのミドルソードだ。実用性を損なわせず、装飾的なところがモダンな風合いを出し、初級者から上級者まで幅広い愛用者を獲得している。 クラビストにしてみれば、どんないい剣も自身にしっくりこなければ、駄剣である。 性格は奇抜で癖がありすぎるが、剣とその技は生粋の正統派だ。ランベラクの古流騎士剣術と傭兵間で高名な実戦剣法ミットライを修め、隙の無いその剣運びに定評がある。 剣に関しても、名工房フラストロジェルンのブロードソード“アルパン”をすこぶる愛用している。アルパンは、外見的に無骨で噛み付くような地金が特徴で見た目の精彩は欠く嫌いがあるものの、性能面での信頼度はかなり高い。もちろん一流人らしく、どんな剣でも使いこなすが、人と同様に物とも相性がある。アルパンは彼の剣技に一層の冴えを加えるのだ。 「がさつはお互い様と言うことで、イマックスファルトについて訊きたいんだが」 その名詞を耳にして、ダロッサは片眉を上げた。手にしていた武器を置くと、彼の方に向き直る。 「珍しい武器の名を口にするじゃないか」 「ああ、ふとした事で興味を持ってな」 「自分の獲物にする気か?」 「馬鹿はよしてくれ。あんな下品なものはどっかの肉だんごが使うべきもんだろ。俺はフラストロジェルンのソード一筋さ。浮気はしない」 「何だ、どんな武器か知ってるんじゃないか」 探るような目つきで言葉を返した。 「ああ、触り程度はな。今はもっと詳しく知りたいんだ。手にしたことも無ければ、実物を見たことも無いんでな」 「じれったい奴だなあ。なぜ知りたいか言えよ」 「聞きたいのか?」 「・・・まあな」 「どうしてもか」 「フッ、もったいぶるじゃないか。わしには言えんのか」 「いや、別段そんなこともない。知りたいと言うなら言ってもよいぞ」 ダロッサは少しムッとした。 「じゃあ、さっさと言えばいいじゃないか」 「おう、よかろう。実はな、あんたももう耳にしていると思うが、一昨日貴族が殺られたろう」 「ああ、郊外の館の主だな」 「そうだ」 「で?」 「鈍い奴だなあ。そこにいた者全員、イマックスで殺られたと言ってんだ」 「何ぃ、傷跡からか?」 「いや、それだけじゃない。物証だ。その鉈斧が三階の寝室に残されていたらしい」 「ほーう。イマックスで護衛全部を料理したと。・・・で、下手人は腕力に自信ありか」 クラビストは両手を広げ、肩を竦めた。 「さあな、実際そんなことは知らねえよ。やろうと思えば、小人だって使えるんじゃねえか」 「はあ? お前馬鹿か。イマックスってのは、刃渡りが45〜65レト(50〜72p)あって、身幅がとてつもなく広い上に背の部分で厚みが最大2レト(2.2p)くらいある。まあ言ゃ、長く変形した斧とも言える代物だぜ。そんなもん小人がどうやって振り回すんだ?」 「両手に決まってんだろう。手が小さいだろうが、両手ならきっと持てる。ちと考えりゃすぐ分かんだろうがよ」 クラビストの口調が伝法なものへと変化してきた。調子に乗ってきた証拠だ。鼻の穴が開いて、口元が締まりなく緩む。 「こ、こいつ・・・」 青筋が浮かんだ。こういう場合、奴の言っていることは嘘ではない。嘘じゃないが、ひねくれた言い方で、相手をはめようとするのだ。よくやる手である。 「ああああ何て分からず屋なんだ! 世話が焼けるったらありゃしない。長いこと付き合ってるが、一向にその癖直らねえな。まったく、そんなんでよく商売が続くな」 「ややかましい! 物があるならさっさと持って来い。調べたら、どこで作られたもんか分かるかも知れん」 「だめだよ」 「・・・・・・・」 「・・・・・・・」 「分かったから早く説明しろ。何がだめなんだ」 「物があるってことは、当然あちらでも探知の魔法をかけてるって事さ。それで持ち主を捜せるってもんだ。実際、魔法ってのは便利なもんだ。だがな、その魔法をかけた途端、消えちまったらしいのよ」 「?? 消えた!」 「ああ。つまり、そのイマックスにゃ最初から何らかの魔法が付与されていた訳だ。だから、もしかしたら小人でも扱えたかもな」 「なるほど、では、辿るのは難しいな。他に手掛かりは無いか? それを見つけた奴から詳しいことを訊けば、ある程度のことは言えるが」 クラビストは一枚の羊皮紙を懐から引っ張り出した。 「唯一の物証だったからな。覚えている限り聞き出してきた。これでどうだ?」 そこには、イマックスの大体の形状と大きさと特徴が、絵で示されていた。 ダロッサは先にそれを出せ、と内心毒づきながら、その絵を引っ手繰った。 不人気なイマックスにもいくつかのタイプがある。だが、武器に詳しい者でも知っているタイプはその内の代表的な二種類だろう。そして、その絵のイマックスは後期に作られるようになった型だ。一般的イマックスの形状は正しく大きな鉈に近い。そして、剣先に行くほど厚みを増す。総じて、剣身は直と言うより前に反り気味だ。後の作品ほどその傾向が顕著になる。絵にあったイマックスは刃側の先端が鉤爪のように少し飛び出している。これは、初期のイマックスが、大剣同様頑丈さと重みで、単に鎧の上から叩き付けるだけの威力を重視していたのに対し、爪を付けることで容易に鎧に穴を開け、缶切りのように内部へ刃を潜らせる効果を追加させたのである。部分的に扱いがさらに難しくなったが、明らかに殺傷力は増加した。言わずもがな、威力は絶大である。ただ、重さと中途半端な長さから、扱いはすこぶる難しく、不人気な要因はそこに集約される。 「ふうむ、厚み2レト・刃渡り45レトか。最近の実用的な代物だな。出所はテザロンかフェリペの工房だろう。この国内に限って言うならだが。この型は通常より厚く短い。もしかしたら、使い手に合わせたオーダーメイドかも知れん」 「ま、糸口の一つだな。で、もう一つ。イマックスを持つ奴と戦う時の注意点と相手の弱点を教えてくれ」 ダロッサは手近のバトルアックスを取り上げた。そして、一振りする。 「これが一番近いだろう。破壊力はあるが、重くてドワーフのような筋肉ダルマしか扱えん、一般的にな。その絵のようなイマックスだと、振り回すのに一苦労だ。片手で扱うんだからな、かなりの持久的握力も要るぜ。刃速は当然遅いし、円滑な刃筋も望めまい。大抵は直線的で単調な攻撃になる。だからと言って、剣で受けようと思うなよ。受けた方がイカれる。元々、イマックスは鎧や盾や剣を破壊することに主眼がある。だから昔の戦場で大男どもがサブでよく使っていた頃、クラッシャーの異名をとっていたくらいだ。一撃必砕の部類――とにかく避けの一手だ。まあ、イマックスだけなら、隙が大きいからそこを狙えば、逆に有利な展開に持っていけるだろう」 「やはりそうなるかね」 「ああ、一般論としてはな。しかし、もし一人であれだけの人数を潰せるのなら、その常識論もどうかと言ったところだ」 その言葉にアルベインの言葉を重ねた。異国の闇殺士と互角に闘り合った! 闇殺士のスピード――体術・敏捷性は言うまでもない。 やはり恐ろしい使い手だな・・・・。 ダロッサがいきなり大声を上げた。 「おお。そう言や、盗賊ギルド襲撃の話は聞いたか?」 クラビストは目を剥いた。 「何っ!?」 「まだ知らんのか。昨日、白昼堂々やられたらしいぞ」 「どこのだ?」 「商館の方だ」 !…闇殺士と落ち合うことになっている場所じゃねえか。くそっ。貴族暗殺事件について嗅ぎ回っていたために、一歩遅れたか。 クラビストは店を飛び出した。風を巻いて飛ぶように通りを突っ切って行く。 後からかかる店主の声はあっと言う間に遠ざかった。
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